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第四話 孤独の闇夜に射し込むひかりは②

 鳩羽の言いたいことはわかっているが、彼は理想を語りがちであった。朔夜にも、鳩羽と似たところがある。けれど百瀬には、その理想を叶えるほどの力がない。

 だったら、できることの範囲で最良の手を使うべきだ――それがどんなものであっても。


「幸せに? だったら、おれだって彼女の力に理解がある。わかってやれる。不安定なお前よりも幸せとやらを与えてやれると思うがね」

「幸せは、誰かに与えられるものではなかろうて」


 苛立ちに手のひらを強く握り込んだ百瀬の肩に手を置いて、鳩羽が穏やかに言う。彼は新より、百瀬へと言い聞かせているようだった。


「鳩羽さま……」


 彼の言うことは正しいのだろう。けれどもそうだとすれば、自分が何をしてあげられるのか、ますますわからなくなってしまう。

 朔夜に会いたいと、胸の痛みが訴えてくる。朔夜がそばにいないとき、いつだって恋しくてたまらないのだ。


「君は、朔夜の幸福なんて考えていないくせに」


 これ以上、話すことなどない。ひとつ息を吸い、声音を変える。


「『村主新。帰れ。そうして二度と姿を見せるな』」


「百瀬」


 咎める鳩羽を、百瀬は醒めた顔に昏い瞳で一瞥し、そのまま新へと視線を戻した。

 百瀬の言霊を受けて、新は硬直している。どうにか抗おうとしているのだろうが、無駄な足掻きだ。


「……百瀬、そういう恥辱が憎しみとなり、積み重なって災いを招くのじゃよ」


 新は最後まで百瀬を睨みながらもぎこちなく回れ右をし、からくり人形のようにがたついた動きでのろのろと進みはじめた。その背を見ながら、鳩羽が遣る瀬無そうにぽつりと言う。


「……朔夜にとって、彼はすでに災いだよ。朔夜に降りかかるすべての災いを跳ねのける力が、僕にあればいいのに。どうせ化物と呼ばれるのなら」

「あの子は望んでおらぬじゃろう」

「……それでも……」

「ひとりでは万能の力を持たぬからこそ、誰かとともに生きられるのじゃ」


 振り向いて鳩羽の顔を見る。彼は感情の読めない芒洋とした表情で、百瀬を通り越してどこか遠いところを見ていた。だが百瀬の視線を感じてか、すぐに焦点を取り戻して百瀬へと目を向ける。


「神代の、そもそもの始まりからして神すらも不完全で、互いの欠けたところを補いあってこの国を生み出したじゃろう」

「……神と人を同じに見なすの?」

「さして変わらぬと、百瀬こそわかっているのでは? 神か人かもあやふやな子じゃ」


 痛いところを突かれて百瀬は目を伏せた。

 神か、あやかしか――今となっては知りようもない遥かな過去、神代に受けた血が、今になってよみがえり、人のまま生まれさせてはくれなかった。


「幸せを願うのは同じであっても……」


 同じところがあるからこそ、差異が際立つ。


「人と同じように生きてはゆけない……たぶん」

「あの子の口ぐせは、その恐怖心ゆえじゃ。大丈夫じゃと言ってやりたいが、私が言っても意味がないのう」


 鳩羽は視線で百瀬に同意を求めたが、百瀬はうなずくことができなかった。自分にもそう言ってやれる力はない。

 新は論外だとしても、もしもいつか、朔夜が安心して寄りかかれるような存在が現れたら、朔夜はそのひとに惹かれてゆくだろうか。

 彼女に気遣われてばかりの自分ではなく、心から信頼できる誰かに。

 そんなことになったら自分がどんな手を使うか、百瀬自身もはかりかねた。

 顔を曇らせる百瀬の背を鳩羽がゆるやかに叩く。


「迎えに行っておやり」

「そうする……今は、せめて」


 鳩羽はうなずいて、現れたときと同じようにふっと姿を消した。残された百瀬は朔夜の霊力を辿り、位置を探り当てる。

 百瀬を罵って駆けて行った朔夜の目には、薄い涙が見えていた。


『契約がないと私があなたのことを大切に想わないって、そう思っているから、そんなことを言うのよ』


 それは誤解だ。

 契約は百瀬のほの暗い衝動でしかなかった。蔵で見つけた書物に朔夜が興味を抱いたときに、術式の解釈を誤っていると気づいていながら口にせず、微笑んで見守った。そうすればまだ幼く無邪気な彼女が、百瀬とその『約束』を結びたいと言い出すだろうとわかっていた。


「僕の、朔夜……」


 契約のもとにこの身を朔夜へと差し出すくらい、代償としてはあまりに安い。引き換えに、百瀬は朔夜を手に入れた。

 大切に想ってくれるとわかっていたからこそ、契約が朔夜を捕らえるだろうと予期した。

 契約がなかったら、朔夜は新の手を取ったかもしれない。もともと愛情深いひとだから、そのまま育っていれば、帝都を守るためなら身を呈すこともあっただろう。


 けれど百瀬がいるから、今の朔夜は決してそれを選ばない。


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