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第三話 いにしえの契約とふたたびの罪⑤

「学校を何かがさまよっているの。女学校はうわさ話好きで、もともと怪異が生まれやすい場所ではあるのだけれど……」


 初めは友人たちや授業で習ったことの話をしていたが、結局、これに転がっていった。鳩羽が勧めてくれたふた切れ目のカステラをつつきつつ、考えながら打ち明ける。


「でもその程度の怪異より、ちょっとだけ存在が強いのよ」

「だから朔夜、僕も――」

「許婚が変質者になったら困るの」


 百瀬の口にカステラの塊を押し込み、お茶で唇をうるおして続ける。


「なんだか気配が妙なの。確かな存在ではないけれど、うわさ話で生まれるような、すぐに消える存在でもないみたいで……掴みどころがないというか」

「ふむ。しかし、それは我らあやかしの本質ではあるのう」


 鳩羽が無造作にぱちりと指を鳴らすと、その指先に力が揺らめき、不安定な炎がぱっと生まれて消える。


「あやかしは、この世の気まぐれが不意に生み出すもの。生まれることに決まった理屈もなく、確かなかたちも持たず」

「気まぐれで生まれてきているというには、不自然に同じようなものばかり。……とすると、誰かが生み出している、とか? それも、かなり中途半端なやり方で」

「そうじゃろうの」


 鳩羽はまるで初めから知っていたかのようだ。疑問は顔に出ていたらしく、彼は少し姿勢を正して朔夜と百瀬を見据えた。


「朔夜に、街で西洋の占いが流行っていると言ったじゃろ。あれは簡易な召喚術でな、精霊のたぐいを喚び出して問いかけに答えてもらうんじゃよ」

「簡易な、ということは、喚び出せるものも程度が知れているか、そもそも召喚できないのでは?」


 百瀬が首をかしげる横で、朔夜ははっと目を見開く。


「もしうちの学校でもそれが流行っているのだとしたら、同じようなのがいくつも生まれてくる理由になるわ。けれど、それにしたって素人が召喚したにしては……」

「鳩羽さまは、街で流行っているその占いを、放っておいてもいいと思っているんでしょう? ご自身で動いている様子もなければ、僕たちに何とかしろと言いたいふうでもないのだから」


 百瀬は朔夜と鳩羽を見比べて、腑に落ちない様子でいる。彼の言うことはもっともで、もし街中でも女学校のように怪異が頻発しているとしたら、鳩羽はもっと問題視しているだろう。怪異自体の力はさほど強くないとはいえ、それは朔夜たちから見てのことで、普通の人々には無害とは言い切れない。


「そもそも、何の後ろ盾もないお主らに、外の国のあやかしを何とかせよとは言わぬよ。よく知らぬものじゃし、我らと同じことわりとは限らぬ。あまり首を突っ込むでない」

「でも、学校を放っておくわけにはいかないわ」


 朔夜が言うと、鳩羽は眉を寄せつつも沈黙した。何を言うべきか考えているようにも見えたが、朔夜には、鳩羽に反対されても手を引くつもりはなかった。


「祓った感じ、ことわりが違うとは思わなかったの。それに邪気も、あれは覚えのある感じだった」

「じゃあ、占いそのものは関係がないんじゃない?」

「それか、召喚しているのが外つ国のあやかしではなく、この国のもの……もしくは、その場で生み出している……かしら」


 朔夜と百瀬はそろって鳩羽へと視線を向けた。鳩羽はぱちりと瞬きをし、試すように目を細めて見返してくる。積極的な手助けはしてくれないということだろうか。朔夜はさらに考え込んだ。


「人の想いが、あやかしや怪異を生むことはあるよね」


 百瀬が朔夜の思考を助けるように言う。


「だとしたら、いったいどんな想いが……」


 一度、対峙したモノは、朔夜に『ただいま』と伝えようとした。その言葉が、朔夜たちがいつも使うものと同じ意味であるとは限らない。人間とはことわりを異にし、また、人間の営みまで理解しているとは限らないからだ。


(どこかへ帰りたい? いえ、私に『おかえり』と言わせようとしたなら……『受け入れてほしい』?)


 怪異を生むほど苦しい想いなのだろうか。

 学校で誰かが苦しんでいるなら、力になりたいと思う。けれどそれが人の想いなのだとすれば、不用意に暴くわけにもいかない。


「誰のどんな想いであっても、朔夜、吞み込まれないでね」


 百瀬が不安そうに朔夜の手を取り、身を寄せてくる。彼が朔夜を過剰に心配するのも、百瀬には朔夜のほかに誰もいないからだ。彼にとって、失えない存在だという自覚はある。


 想いを抱えて、けれど誰にも言えない気持ちなら、朔夜にもわかる気がした。

 百瀬を安心させてあげたいのに、朔夜には浅く頷くことしか、できない。


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