43. Side 恐怖に震える人
イアンがウェストフォール入りを決める時から遡ること数十分。
人の気配が消えた旅館の中では、イリヤとロイドがベッドに潜ったまま恐怖に震えていた。
魔物を呼んだのも、魔物を強化したのも、二人が強力して行ったことだ。
けれど、自分達の窮地に気付いて魔力を止め、魔法陣を壊しても集まった魔物達が離れることは無かった。
町には戒厳令が敷かれている上に、戦える者は全員防壁に上がって魔物を倒すよう命令が出されている。
戒厳令下の命令は絶対。従わなければ投獄は必至だ。
しかし、幸いなことに町を警備する衛兵でさえも魔物と応戦するため城壁に向かっているため、イリヤ達は今のところ無事で済んでいる。
とはいえ恐怖心は一向に消えなかった。
「私達、大丈夫なのよね!?」
「大丈夫かなんて俺には分からねぇよ! 少なくとも、この町の戦力だけでは守り切れない!」
「それ大丈夫じゃないって言うのよ! 何とかしなさいよ! 貴方だって魔法が使えるのでしょう!?」
旅館に人の気配がしないのをいい事に、二人はベッドから飛び出し言い争いを始める。
しかし、明るかった空が瞬く間に薄暗くなると、言葉が止まった。
「急に曇るなんて、不吉だな……」
「ま、魔物に負けたのかもしれないわ……」
「ここは危険だ。物を置いて部屋に入れないようにしよう!」
そうこうしている間に、外からは激しい雨音が聞こえてくる。
天気の急変は不吉なことというのは常識で、ロイド達は恐怖に胸を締め付けられた。
実際は雨ではなく、アイリスが放った水魔法なのだが……城壁に登っていない彼らが気付くことはない。
「そ、そうだわ! ジュリアに助けを呼びましょう!」
「馬鹿を言うな! あの娘に聖女の力なんて残っていないんだぞ!」
王都の屋敷で留守番中のジュリアは魔法こそ使えるものの、魔物と戦った経験などなく、今更呼びつけたとしても足手纏いになるだけ。
仮に聖女の力が残っていたとしても、一人で戦うことは出来ないとロイドは理解していた。
そして、自分達が使用人以下の扱いをしていたアイリスなら魔物を倒せる可能性が高いとも考えている。
イリヤはアイリスの戦いぶりを当然だと考えていたが、曲がりなりにも領主として私兵を率いていたロイドの目には異質なものとして映っていた。
一度に一万を超える数の魔物を一人で相手して無傷で済む力は、一騎当千どころの話ではない。
おまけに魔物の牙が迫っても一切表情を変えずに淡々と対処する肝の据わり様も、厳しく訓練された兵士でさえ容易に出来ることではないのだ。
だから――
「で、でも……まだ聖女の力が残っているはずじゃない!」
「アイリスを頼った方が助かる可能性が高い。現実を見ろ」
ロイドは淡々と事実だけを告げる。
しかし、イリヤよりも聡明なロイドでも、アイリスによって自らが絶望のどん底へと向かうことは予想出来ずにいた。




