4. 戸惑うことばかり
しばらく馬車に揺られ、私は無事に王宮に来ることが出来た。
玄関前には使用人たちが並んでいて、イアン殿下に続けて馬車を降りると揃って頭を下げられた。
「「ようこそいらっしゃいました、アイリス様!」」
「……っ」
こんな風に歓迎されるとは思っていなかったから、言葉に詰まってしまう。
まるで私が来ると最初から決まっていたみたいだ。
「……お出迎えありがとうございます。よろしくお願いします」
戸惑いながら、私も頭を下げる。
すると、どういうわけか悲しそうな表情を向けられてしまった。
「アイリス様は伯爵家のご令嬢ですのに、使用人のような扱いを受けていたのですね……」
「どうして分かったのですか?」
「その礼は使用人しかしませんから、すぐに分かります」
うっかりいつもの癖が出てしまったらしい。
今の私は使用人ではないから、気をつけなくちゃ。
慌てて令嬢としての礼をし直すと、侍女が私の前まで出てきた。
「アイリス様、初めまして。今日からアイリス様の身の回りのお世話をさせていただくアンナと申します。これからよろしくお願いします」
「は、はい! よろしくお願いします!」
婚約者ではなく、ただの候補なのに……侍女までつくみたい。
誰かに身の回りのことをしてもらうのは本当に久々だから、どんな振る舞いをして良いのか分からなかった。
「立ち話も辛いだろう。アイリスの部屋に案内しよう」
「私の部屋ですか……?」
「ああ。婚約者候補が応接室暮らしでは、外聞が悪いからね」
そう言われ、イアン殿下の後を追う。
王宮の中は十年前と変わらなかった。
もう二度と見られるとは思わなかった光景に、涙が出そうだ。
でも、今泣いたりしたらイアン殿下を心配させてしまうから、何度も瞬きをして堪える。
どうやら部屋は二階にあるようで、彼は階段を登っていく。
歩幅を合わせてくれているのか、追いかけても息は上がらない。
そうして廊下を進むと、とある扉の前で止まった。
「この部屋を用意したよ。自由に使って構わない」
「……こんなに広い部屋、本当に良いのですか?」
扉の先には、柔らかそうなソファーに天蓋付きのベッドがあった。
部屋はザーベッシュ邸でお義父様が来るまで与えられていた部屋の三倍の広さはありそうだ。
いくら婚約者候補とはいえ、候補はあくまでも候補のはず。
作法なんて全く身に付いていない私が使って良いのか、不安になってしまった。
「婚約者候補だから、これくらいの待遇は当然だよ」
「そ、そうなのですね……」
あの物置小屋なんて比にならないほどの好待遇に、また目頭が熱くなる。
それを誤魔化すように、部屋の中に足を踏み入れた。
すると、殿下の他に二人も私の後を追ってきていることに気付く。
「あの方達は……?」
「医者と料理人だ。アイリスが弱っているから、早く元気になってもらうために専属になってもらうよ」
まさかの専属。いきなり新しく専属にすることは出来ないはずだから、イアン殿下は私の状況を知っていたに違いない。
真意は分からないけれど、いつまでも社交界に姿を見せないことを心配して、探りを入れてくれたのだと思う。
「そこまでして頂けるなんて……頑張って働いてお返ししますね!」
「今は頑張らなくて良い。しっかり身体を休めて、元気になって欲しい」
「私は今も元気ですよ?」
傷は痛むし、今まで雑草しか食べられていなかったからお腹も空いている。
それでも自由に動けているから、弱っている自覚はない。
「……身体に力が入りにくかったり、歩いていてフラフラしたり、そういう事は無いか?」
「ありません」
イアン殿下の問いかけに、はっきりと答える。
すると彼はこめかみに手をあててしまった。
「──雑草だけで、ここまで元気になれるものか?」
「普通なら生きることも難しいです。恐らくですが、魔法か何かの力で命を保てているのかと。
成長は止まっているようなので、しっかり食事を摂っていただく必要はあります」
確かに、十年前から私の背丈はあまり伸びていない。
二歳年下のジュリアよりも拳二つ分くらい私の方が低いのよね……。
今からたくさん食べても背が伸びるとは思えないけれど、せめてもう少しだけでも背を伸ばしたかった。
「そちらは私にお任せください。問題はアイリス様に食べ切っていただけるかですが……」
「頑張ってたくさん食べます!」
「……この様子なら大丈夫でしょう」
こんなにお腹が減っているのだから、いくらでも食べられる気がする。
だから、胸を張って口にした。
けれども、そんな時。
背中の傷がドレスに擦れたのか、痛みが走った。
「先に、その傷の治療をした方が良さそうですね。そのメイクは傷を悪化させるので、少し染みますが洗い流しましょう。
その間に、殿下は魔力検査の用意をお願いします。もしかしたら、アイリス嬢はとんでもない魔法の才能を持っているかもしれません」
痛いのは嫌だけれど、傷が早く治った方が良い。
だから、私はお医者様の言葉にしっかりと頷いた。




