31. 順番に訪れる変化
あれから少しして。
私はイアン様に付き添われて、高位貴族が集まるという会議の場に足を踏み入れた。
今日の会議は魔物対策について話し合われるそうで、既に場の空気は張り詰めている。
何もしていなくても肌がピリピリするほどの緊張感は慣れないけれど、予定通りティーポットの中にお茶が一番美味しくなるお湯を作り出した。
「――失礼いたします」
「ここにお願いする」
「畏まりました」
一人ずつ順番に出していき、全員に行き渡ったところで陛下が中に入ってくる。
私は陛下にもお茶とお菓子をお出しして、目立たない場所に移動した。
会議に参加する予定はないから、出来るだけ気配を消すと、陛下が口を開いた。
「これから、魔物対策についての会議を始める。
今回の魔物の活発化は、過去に例を見ない勢いで進んでいる。よって、対策は急務だ」
陛下の言葉で会議が始まると、すぐに静寂が訪れる。優秀な高位貴族の知恵があっても、魔物が相手となると対策は思いつかないらしい。
私も考えているけれど、思いつくのは水魔法でひたすら魔物を倒すということだけで、効果がありそうなものは想像もつかなかった。
そんな時。分厚い本に視線を落としていたアースサンド公爵様――伯父様が顔を上げる。
この本は大聖女様について記述されているもので、魔物対策の記述があったのだと思う。
「陛下。可能性の話にはなりますが、効果を期待出来る方法があります」
「申してみよ」
「かつての大聖女様は浄化魔法を用いて瘴気を消していたようです。聖女候補であるアイリスが同じ魔法を使えたら、試さないという選択肢は無いでしょう」
一斉に私に視線が集まる。浄化魔法なんて習っていないから、使えるかは全く分からない。
けれども、どのお方も期待するような表情を浮かべていた。
「アイリス嬢は、かのアリス様の血を引いていると耳に挟みました。彼女の力はアリス様の記述に似ているところがあるので、今すぐにでも試すべきでしょう」
「貴殿の意見はもっともです。しかし、それよりも先に動くべきことがあります。
今まで私を含め、誰も気にしていませんが……ザーベッシュ家の動きがきな臭いと思いませんか?」
私が名前を知らないお方が放った言葉に、再び静寂が訪れる。
彼は最初に私が淹れたお茶を飲んでいたから、洗脳が解けて異変に気付いたのだろう。
原理は分からないけれど、洗脳が解けると隠されていたことばかり気になるとイアン様が言っていた。
彼も同じ状況だと考えれば、唐突にザーベッシュ家のことに言及した理由も分かる。
「あの家に怪しいところはありません。アイリス嬢をここまで育てた家に対して失礼ですよ」
「貴方は何も分かっていません。今のアイリス嬢の背丈を見て、何も気付かないのですか?」
「確かに、その通りですね。アイリス嬢はザーベッシュ家で虐げられていたということですか……」
まだ陛下だけお茶に口をつけていないから心配だけれど、話はザーベッシュ家のことに変わった。
陛下はまだザーベッシュ家が怪しいとは思っていない様子。
とはいえ、流石にこの状況では陛下自身の考えが変だということに気付いたようで、焦りを隠すようにお茶に口をつける。
「ザーベッシュ家はアイリス嬢に何の恨みがあるのでしょうか?」
「それは本人にしか分かりませんが、アイリス嬢に非が無いことは確かでしょう。
――思い出しました。あのロイドという男、ザーベッシュ家を勘当された元長男です」
この言葉で、点と点が繋がったような気がした。
怪しまれずに伯爵家当主になれたのは、過去の事実と洗脳を組み合わせた結果なのかもしれない。
長男なら将来の当主になることが約束されていて、その頃の記憶がある人なら洗脳にもかかりやすくなると思う。
私はまだ洗脳の魔法を教わっただけで使ったことが無いから、確かなことは言えないけれど……元々の記憶を利用した方が洗脳の効果が高くなるはずだ。
「恨みの理由は、家督を継いだ弟に対する嫉妬かもしれませんな。それを全くの別人であるアイリス嬢に向けていると……」
「ザーベッシュ家を我が物にする目的なら、聖女として力をつけるアイリス嬢を排除しようと動くかもしれません。瘴気対策は必要ですが、対策の要になり得るアイリス嬢の保護が最優先です」
「しかし、何故アイリス嬢は今まで気付かなかったのでしょうか」
この指摘はもっともだと思う。
お義父様が元々ザーベッシュ家の人間だったこと、そして元貴族だったことはイアン様に言われるまで知らなかったけれど、傍から見れば家のことなのに知らない方がおかしいはずだ。
お義父様が来てからというもの、身を守るのに必死で他のことを考える余裕が無かった上に、私が何かを知ることは許されてこなかった。
だから……調査が始まってようやく私が置かれていた状況を知ることが出来ている。
「私が元お義父様についての情報を得ることは許されていませんでした。貴族の常識も教わっていませんでした。
ですから、考えることすら出来なかったのです」
「つまり、違和感さえも感じなかったと?」
「はい。その通りです」
私が頷くと、周囲の方々から悲しそうな視線を送られた。
「……なるほど。ロイド・ザーベッシュは想像以上に徹底しているようだ。
アイリス嬢に反抗心を芽生えさせないために、知識でさえも身に着けられないようにしていた可能性がある」
「こうなると、アイリス嬢の保護はますます重要になりますな」
「貴殿の意見に同意します。ロイド・ザーベッシュの思考が読めない以上、万全を期すべきでしょう。ザーベッシュ家を潰すことも考えるべきかと」
元お義父様の真意は分からないけれど、簡単に人のせいにする一家のことだ。ジュリアよりも聖女に近いと言われるようになれば、私を排除しようと動くことは容易に想像できる。
社交界から追い出されるだけならマシで、命を奪おうと動くことだってあり得るのだ。
この前の暗殺されそうになったのも、もしかしたらザーベッシュ家の仕業かもしれない。
ジュリアが今どんな立ち位置に居るのか分からないけれど、もし私の方が優遇されているのなら、何もされない方がおかしいと思う。
「陛下、どうかお考えください。今のザーベッシュ家を野放しにすれば、取り返しのつかないことになります」
「皆がそう言うのなら……いや、皆の言うことは尤もだ。
何故この違和感に気付かなかったのか、恥ずかしい限りである。すぐに調査を命じよう」
ようやく陛下にかかっている魔法も解けたのか、そんな言葉が放たれる。
王家が動き出せば、今までの悪事が明るみに出るのも時間の問題だ。
まだ安心は出来ないけれど、厄介事が一つ消えると思うと肩が軽くなる気がした。




