25. 不思議な魔法
「……刺さりませんわ」
跳ね返ったナイフを見て、思わずそう呟いてしまった。
すると、イアン様に手を握られ、感触を確かめるように何度も揉まれる。
「普通に触っている分には普段のアイリスだけど、しっかり効果が出ているようだね」
「自分で触っても普段通りなので、色々試すのは少し怖いです」
私は痩せているから、腕や足を触ってもすぐ骨に当たってしまう。
でも、わずかなお肉を触った時の感触はいつもと変わらない。
けれども、手を思い切り叩いてみると、まるで石と石をぶつけたかのような重々しい音が響いた。
この支援魔法、痛みや怪我を伴うような状況になると効果が出るらしい。
「ここまで効果が高い支援魔法は見たことがない。試すわけにはいかないが、剣で斬られても無傷で済むかもしれないよ」
「ずっと使っていれば、いつでも安心できますね」
「理想はそうだが、魔力消費の多い魔法だから常に使い続けることは難しいと思う」
イアン様はそう口にしているけれど、魔力を使ったのは起動する時だけで今はほとんど使っていないのと同じくらいの魔力を消費しているだけだ。
これなら、タイミングを見計らって使うより、常に使い続けていた方が魔力を使わずに済むと思う。
「これくらいなら、一日中使っていても平気です」
「アイリスは魔力量が多いのだったな。大丈夫なら、使い続けて欲しい」
「分かりました。イアン様にもかけてみますか?」
「ああ、お願いしたい」
自分にかけた支援魔法は効果が出ているけれど、私以外の人にかけた時にも効果が出ないと聖女の役目は果たせない気がする。
だからイアン様にも試しにかけてみることにした。
「では、今からかけてみますね」
断りを入れてから、私は詠唱を始める。
自分にかける魔法と他人にかける魔法とでは少し違うから、上手く出来るか心配だった。
そして、詠唱が終わり魔法を発動させたのだけど……見た目の変化は何も起こらない。
手応えはあったのに、失敗したらしい。
「アイリス、試しに俺を叩いてみてくれ」
「本当に良いのですか……?」
「ああ。叩かれたくらいでは怪我をしないように鍛えてあるからね」
イアン様の言葉を信じて、差し出された腕に向かって手を振り下ろす。
すると、石と石がぶつかるような音が響いた。
私は支援魔法の効果があるから、痛みは一切ないけれど……この音ではイアン様の骨が折れているかもしれない。
不安になったけれど、彼はいい笑顔を浮かべて口を開いた。
「これはすごいな」
イアン様は支援魔法の効果を気に入ったらしく、使用人に木の板や屋根瓦を持ってくるように指示を出す。
そして、積み重ねられた板に彼の拳が振り下ろされると、一瞬にして何枚もの板が割れた。
「アイリスの支援魔法、身体能力も上がるようだね」
「そんな効果も出ているのですね……」
言われてみて、試しにジャンプしてみる。
すると、一気に天井スレスレのところまで身体が持ち上がる。
普段なら背丈の半分も跳べないのに……。
幸いにも天井にぶつからずに済んだけれど、この事は意識しておかないと危ない目に遭いそうだ。
「天井に頭をぶつけないように気を付けて。突き破ったら大変だからね」
「分かりました。この効果が出ないように改変してみます……」
余計な効果が出てしまうのは厄介だから、事故になる前に対処しておきたい。
だから、この後はイアン様や宮廷魔導師の方々の助言を得ながら、、防御力だけを高める支援魔法を完成させた。
他にも、息をしなくても大丈夫になる魔法や、雨に濡れなくなる魔法、日焼けをしなくなる魔法などを教わることになった。
どれも便利な上に魔力をほとんど使わずに済むから、日焼けをしなくなる魔法と雨に濡れなくなる魔法、それから防御力を高める魔法は常に使うつもりだ。
イアン様にも同じような魔法をかけているから、暗殺されるようなことは無いと思う。
試しにお花に同じ魔法をかけ、それを衛兵が剣で斬ったところ、剣が刃こぼれするだけでお花には傷一つつかなかったのだ。
「――これで何があっても安心ですね!」
「いや、まだ油断は出来ない。精神作用系の魔法をかけられたら無意味だからね」
「精神作用系の魔法ですか……?」
「幻術の類だ。例えると、俺がアイリスに洗脳魔法をかけたら、アイリスは俺の意思だけで行動するようになる」
イアン様にならかけられても大丈夫だと思うけれど、お義母様やジュリアにかけられたらと思うと恐ろしい。
対策があれば良いのだけど……。
「どうすれば防げるのですか?」
「実は、まだ方法は分かっていないんだ。ただ、洗脳魔法は一人に一つまでしかかからないから、自分で先に洗脳をかけることで対策になる。
王家の人間は必ずそうしているから、アイリスにも教えるよ」
そうして教えられた洗脳魔法は支援魔法や治癒魔法よりもずっと簡単で、習得するまでに一時間もかからなかった。
でも、この魔法は本来ならすごく難しいみたいで、王家以外で使える人は滅多に現れないという。
思い返しても、ザーベッシュ伯爵家にいた頃は洗脳魔法の話なんて一切聞かなかった。
「今考えられる対策は全て出来たと思う。
これで安心して過ごせるよ」
「色々と教えて下さって、本当にありがとうございました。また明日、お会いできるのを楽しみにしていますわ」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとう。また明日、必ず会おう」
外は茜色に染まっていて、私を迎えにきたアースサンド家の馬車は大勢の護衛を引き連れていた。
暗殺の可能性を少しでも避けるためにイアン様のお見送りは玄関まで。
けれど、そういう理由があると分かっているから寂しいとは思わなかった。




