24. 身を守る方法
「――そうか、分かった。
誤った情報を流した見張り役は牢に入れるように」
練習になりそうな魔物の群れを探して移動していると、イアン様が馬車の外から何かの報告を受けた。
風の音で外からの言葉は聞き取れなかったけれど、雰囲気から良くない事が起きているのは理解できる。
「アイリス、練習は中止だ。すぐに引き返す」
「何があったのですか?」
「練習に丁度いい魔物の群れというのは、誤った情報だった。つまり、何者かが俺達の暗殺を謀ったということだ」
イアン様の言葉に、背筋を冷たいものが流れる。
今回は無事で済んでいるけれど、一歩間違えれば今頃私はこの世に居なかった。
私達の暗殺を企てている人は今も王都に居るはずだから、逃げ戻ることさえ憚られる。
けれど、イアン様は王宮の中の方が安全だと考えているらしい。
「王宮に暗殺者が居たらどうするのですか?」
「今は居ないと断言しよう。大聖女アリス様が遺した結界魔法で分かるようになっているんだ」
私が問いかけると、イアン様は私の耳元でそう囁く。
結界の存在は今まで聞いたことが無かったけれど、彼が嘘を言っているようには思えない。
きっと王家が代々秘匿してきたのだろう。
そんなものを私が知って大丈夫なのか心配になるけれど、イアン様に信頼されている証だと思う。
彼のことは裏切りたくないから、この事は何があっても話さないと決めた。
もし脅されたら……治癒魔法を改変して舌を無くせばいい。
「……王宮内なら安全なのですね。私はアースサンド邸に帰れるのでしょうか?」
「王宮から信頼出来る護衛を出そう。そうすれば、万が一裏切り者が居ても対処できる」
「ありがとうございます。自分でも身を守れるようになりたいのですけど、守るための魔法はあるのでしょうか?」
最悪の状況でも対処するための方法はあるけれど、そういう状況にならないことが一番だ。
今なら護衛が守ってくれるけれど、護衛の目が離れる時もあるから、対策はした方が良いのよね。
「防御魔法や支援魔法を使えば守れるようになる。しかし、魔力を消費するから常に使い続けることは難しいと思う」
「咄嗟の時に使えるように、防御魔法も練習したいです」
「分かった。戻ったらすぐに準備しよう」
イアン様は快諾してくれたから、あとは私次第。攻撃魔法よりも防御魔法の方が難しいそうだから、今までみたいにとんとん拍子にはいかないと思う。
でも、途中で諦めるつもりは欠片も無かった。
そうして覚悟を決めていると、ちょうど王宮に辿り着く。
出迎えの人数は普段の倍以上で、今日は非番だったはずの護衛の姿も見える。
攻撃魔法を警戒しているようで、馬車を降りるとすぐに護衛達に囲まれる。
すると、私達を囲うようにして何かの魔法が広がった。
「今の魔法、何ですか……?」
「防御魔法だよ。他人にかけるものは、今のように目に見えるんだ」
「自分にかけると見えないのですか?」
「ああ。今も使っているが、分からないだろう?」
玄関に入り陽の光が遮られたはずなのに、イアン様の周りには何も見えない。
魔力の気配も感じられないから、言われなければ彼が防御魔法を使っていると分からなかった。
「……本当に普段と変わらないのですね」
それから少しして、私達は普段から魔法の勉強に使っている部屋に入った。
イアン様はいつもとは違う魔法書を手にしていて、ここに防御魔法のことが書かれているらしい。
「これは防御魔法で、この白い方は支援魔法が書かれている。支援魔法の方が効果が高いから、これを先に身に着けよう」
並べられた二冊のうち、支援魔法の方は防御魔法の倍の厚さがある。
この中でも防御魔法に関する内容は一部だとは思うけれど、いきなりこの量を身に着けるのは難しそうだ。
「この量をですか……?」
「全部ではないから、アイリスなら今日中に使えるようになると思う」
「今日中!?」
あまりの無茶振りに、思わず声を上げてしまった。
ここが社交界なら、無礼に粗相に……あまり考えたくない失態だ。
でも、イアン様は苦笑いを浮かべるだけで、ついに魔法書が開かれる。
そこには治癒魔法よりも複雑怪奇な魔法式が書かれていて、理解するだけでも時間がかかりそうだ。
「俺は支援魔法を使えないから、先生が来るまでは魔法書で頑張って」
「イアン様……」
「アイリスなら大丈夫だ」
「そういう問題ではありません!」
抗議の視線を向けたけれど、一蹴されてしまった。
仕方なく魔法書に目を通しているけれど、正直何がどうなっているのか分からない。
それでも最後まで目を通すと、ようやくこの魔法の仕組みが理解出来た気がした。
試しに詠唱しながら使ってみると、一瞬だけ魔力が吸われただけで、何も起こらない。
「……やっぱり、一人では難しいです」
「いや、成功していると思う」
イアン様はそう口にすると、私に手を差し出してくる。
そして、こんなことを口にした。
「痛かったらすぐに言って」
「何をするのですか?」
「手を握って、痛くなければ成功しているということだから、その実験だ」
彼の手を握りながら問いかけると、少しずつ握る力が強められる。
でも、痛みなんて欠片も感じなかった。
「俺が本気で握っているのに痛くないとは、しっかり効果が出ているよ」
「ナイフを刺しても無傷で済むでしょうか?」
「試しても良いが、先に治癒の効果がある水を用意した方が良い」
「分かりました」
言われた通りの準備を済ませると、イアン様から小ぶりなナイフを手渡される。
試しに指先に刃を突き立てたけれど、尖ったものに押されている感覚があるだけ。
それに、治せるとはいえ自分を刺すなんて、怖くて中々力が入らなかった。
だからナイフを持ち上げて、手の上に落としてみる。
すると、何か硬いものに当たったような「カンッ」という金属音が聞こえてきた。




