22. 水魔法以外でも
あれから少しして、私は学んだばかりの風魔法を使いやすいように改変して放った。
魔法の改変というのは、上級者が魔力の効率や威力を高めるために用いる技法で、私はまだ習ったばかりだ。
今回使ったのは生活魔法だから、改変しても強めの風が吹くくらいの効果しかない。
けれど、イアン様は何かに気付いたらしく、嬉しそうな表情を浮かべ口を開いた。
「アイリス、今の魔法をもう一度かけて欲しい」
一体何を考えているのか、彼は自らの手の甲に引っかき傷を作った。
戸惑いながらも同じ風魔法を放つと、その傷が少しずつ塞がっていく。
「……これって」
「水魔法の時と同じだ。治りは水の方が早いが、こちらは場所を選ばずに使えると思う」
どういうわけか、私が使いやすいような改変をすると、治癒の効果が混ざってしまうらしい。
この後すぐに火魔法でも試してみたのだけど、治癒の効果は出ず火傷をするだけだった。
「……水魔法を」
「はいっ!」
真っ赤になってしまったイアン様の手に水魔法をかけると、一瞬にして火傷が癒える。
すぐに治せるとはいえ痛みは伴うから、申し訳なく感じてしまう。
「もしかしたら、極寒の中で使えば違うのかもしれないな」
「そうかもしれません。闇魔法でも試しますか?」
「ああ。光と闇は反発するから、慎重にお願いしたい」
本来なら光魔法は闇魔法を打ち消すためにも用いられる。
だから治癒魔法を混ぜた闇魔法というのは不可能に思えた。
でも、試す前に諦めるわけにはいかないから、また引っかき傷が作られたイアン様の手に向けて闇魔法を放った。
すると一瞬で彼の手の周りが真っ黒になる。
今使った闇魔法は視界を奪うためのもので、本来は相手の目の辺りに使う。
それを解くと、傷がそのままになっているイアン様の手が現れた。
「無理だったみたいです」
「流石に厳しかったか。だが、効果は桁違いに高かった。
この改変は実戦で使えると思う」
今のところ風魔法と水魔法、そして治癒魔法でしか傷を治すことは出来ない。
正直、これだけでも十分だと思うけれど、何が起きるかは分からないから、色々な魔法を使えるようになりたかった。
そう思った時。
衛兵がこんな報告をしに来た。
「殿下、魔物の群れが出たと報告が入りました。危険度が低い魔物なので、アイリス様の練習に使えるかと」
「分かった。馬車の用意を」
ただ魔法を使うだけの練習はいくらでも出来るけれど、魔物と戦うには実戦を交えないと、いざ強い魔物が出ても戦えないらしい。
魔物の対処を行う騎士団や魔導師団も訓練には実戦を取り入れているから、私も同じように練習したいと希望していた。
服装はドレスのままだけれど、魔法を使う時に邪魔になることはないから、足早に馬車寄せへと向かう。
魔物の報告があった場所までは一時間ほどかかるから、勉強のための魔法書も忘れない。
そうして王都を出ると、しばらくしたところで護衛が声を上げた。
「――前方にアンデッドの群れが居ます! 数が多いので、殿下達だけでも引き返すべきかと」
「アンデッドだと!? あれは夜にしか出ないはずだ」
「昼間にも出たことはありますが、極めて稀です。瘴気の影響かもしれません」
アンデッドというのは、夜になると現れる魔物だ。数年に一度は昼間にも目撃されることがある程度で、今日の私達は運が悪いと思う。
腐った人間のような見た目からこの名前が付けられているけれど、人間の死体というわけではないらしい。
光に弱く、本来なら夜にしか現れない。けれど、御者台に繋がる窓のカーテンを開けて前の方を見ると、低めの壁のように見えるほどの数が目に入った。
「ここまで影響が出ているとは……。
光魔法が効かないとなると厄介だが、他の魔法でも倒せる。この場で対処しよう」
ここは王都からあまり離れていないから、放置する方が危険だと判断したらしい。
いつでも逃げられるように馬車の向きを変えると、イアン様は窓を開けて魔法を放つ構えをした。
直後、彼の手から無数の光の筋が放たれる。
攻撃したことで私達の存在がアンデッドの群れに気付かれたようで、壁のように見えるものが動き出す。
「殿下、殆ど効いてません!」
「光以外の魔法も使うんだ!」
私はまだ攻撃魔法を使っていないけれど、宙に浮かべた水魔法で遠くの光景を拡大してみると、少しずつアンデッドが倒れているところは見えた。
少し前に私が戦った時は水の攻撃魔法で簡単に倒せたのに、今はいくつもの攻撃魔法が当たってやっと倒せている状況。
「アイリス、光魔法が効いているか分かるか?」
「少しだけ効いています」
「分かった。光魔法で攻撃を頼む」
「まだ準備してるので、少し待ってください!」
イアン様にそう言われたけれど、まだ魔力を込めている最中だ。
慣れている魔法なら手を動かすのと同じように放てるのだけど、慣れていないと魔力を込めるだけでも数十秒はかかる。
でも、彼の言葉に返事をして十秒ほどで準備が出来たから、私も攻撃魔法を放つ。
本来なら攻撃魔法は狙いを定めてから放たないと当てられないけれど、今使っているのは魔法自ら標的に向かっていくものだから、一度にいくつ放っても当てられる。
「この量を一度に撃てるのか……」
「アイリス様、いきなりこの量の魔法を使うとすぐに魔力切れになってしまいます!」
感心しているのか、それとも驚いているのか。イアン様は間抜けな顔をして呟く。
一方で護衛は魔力切れの心配をしてくれているけれど、改変しているお陰で魔力は殆ど使わずに済んでいるから、同じ魔法を一万回くらいは使えると思う。
「これくらい大丈夫です!」
私が放った攻撃魔法は一瞬でアンデッドの群れを貫き、この一撃だけで壁が崩れ落ちるようにして倒れていく。
だから、二回目の攻撃魔法を放つことはしなかった。
「アイリス、今までも魔物の群れと戦うことがあったのか?」
「ジュリア達が移動する時に護衛をさせられて、遭遇した魔物は全部私が倒していました」
「水魔法だけで倒していたのか……。
一応聞いておくが、魔物と戦う練習の必要は本当にあるのか?」
「水魔法以外は慣れていないので、絶対に必要です! 今のままだと、魔力を込めている間に死んでしまいます」
そう説明するとイアン様も護衛達も納得してくれたようで、私達はこのまま本来の目的だった魔物の群れを探して移動することになった。




