18. Side 邪魔な存在
アイリスとイアンの婚約が公表された時から遡ること三日。
ザーベッシュ家の執務室では、伯爵夫妻がとあることについて話合っていた。
「ジュリアの力が弱まっていると聞いた。一体どういうつもりだ?」
「そんなことを言われても、私にはどうすることも出来ないわ」
アイリスが去ってからというもの、ジュリアが持つ聖女の力は日に日に弱まっているのだ。
このままでは聖女候補から下ろされることは確実で、ザーベッシュ伯爵夫人――イリヤは頭を抱えている。
「どうにかするのがお前の役目だろう。確か……この前までここに居たアイリスが聖女の力を持っているそうだ。その娘を連れ戻すだけでも良い」
「ようやくあの憎き女の娘と離れられたのに、連れ戻すなんて冗談じゃないわ!」
「憎き女? 誰のことだ」
「私から全てを奪ったアレシア・アースサンドよ」
アレシア・アースサンド。
アイリスの母のことだ。
イリヤの言葉を聞いて、今のザーベッシュ伯爵は二十年以上も前の記憶を呼び起こす。
その時のイリヤは男爵令嬢という立場で、同い年のアレシアとは恋敵とでもいうべき関係だった。
彼女達は、容姿端麗だったアルベルト・ザーベッシュ伯爵令息に想いを寄せていた。彼のことを好ましいと思っていた令嬢は少なくなかったが、公爵令嬢であるアレシアが狙いを定めていたため、大人しく諦めて他の令息との親交を深めていた。
しかし、イリヤだけは違った。
アレシアが居ても間に割り込んでアルベルトと手を繋ぎ、居ない時は色仕掛けも使って彼を誘惑した。
その結果、イリヤはアルベルトから疎まれることになる。
それなのに、彼女は諦めなかった。次にイリヤが取った行動は、闇魔法である幻惑の魔法を用いてアレシアがアルベルトを嫌うように仕向けることだった。
もっとも、その魔法は一切効かず、彼女は周囲に幻惑の魔法をかけることにする。
そして、アレシアが周囲から嫌われるようにすることに成功した。
魔法が効きすぎたのか、彼女の顔に熱々のお茶をかける者まで出るほどだった。
けれど、アルベルトにも魔法は効いておらず、この計画はかえって二人の関係を深めるものになった。
これ以上の手を打っても、アレシアとアルベルトの関係は深まるばかり。
そうして二人は結婚し、アルベルトばかりを追いかけていたイリヤは婚期を逃し、社交界から姿を消した。
「……奪われたというより、お前が自滅しただけだろう」
「それは言わないお約束でしょう? 一応、これでも貴方には感謝しているのよ」
「治癒魔法使いを斡旋して顔を変えたことか? それとも伯爵夫人で居させ続けていることか?」
「両方よ」
「愛する妻の願いなら、叶えて当然だろう? 俺は元恋人との結婚生活まで許すような寛大な夫だ。追い出すことは無いから安心しろ」
今のザーベッシュ伯爵夫妻――イリヤとロイドが結婚したのは、ちょうどアイリスが生まれた頃のことだ。
それから親密にしている彼女達は、ザーベッシュ伯爵家を乗っ取る形でなければ、多くの貴族から理想的な夫婦だと思われただろう。
「本当にあなたはいつまでも優しいのね。あの男はアイリスのことばかりで、私にはちっとも構ってくれなかったのよ。ちょっと叱っただけで、アイリスを傷付けるなって怒鳴ってくる酷い男に変わっていたの。
……一年で死んでくれなかったら、私は今頃この世に居ないわ」
「そうか。やはり、早々に消しておいて正解だったな。
いくらアレシアを真似したところで、代わりにはならなかったのだろう。俺の言った通りだったな」
ロイドの手には小瓶が握られていて、その中では薄黄色の透明な液体が揺れている。
この中身の正体はロイドしか知らないが、彼が小瓶に触れた後は必ず手をしっかり洗っているから、有害なものだと分かるだろう。
「そうね。そんな先見の明がある貴方に相談よ。
ジュリアの力が弱まっている今はどうするべきかしら?」
「どんな手を使ってでも、この家に戻すべきだ。
アイリスは王太子と婚約することが決まったらしい。取り戻せたら、今よりずっと豊かな暮らしが出来る」
「どうやって戻すの? あの娘は公爵家の養子になったのよ?」
「前と同じように、アイリスが嫌われるように仕向ければいい」
その言葉に、イリヤが妖しい笑みを浮かべる。
この計画の行く末は、まだ誰も知らない。




