15. 初めてすること
あの後、私は王家が主催するパーティーで初めて社交界に出ることが決まった。
昨日までは聖女の勉強はお休みして、マナーやダンスの練習ばかりしていたのだけど、私はダンスの才能があまり無いみたいで、昨日ようやく完璧に踊れるようになった。
昨日までは今日を迎えるのが恐ろしかったけれど、今はパーティーが楽しみだ。
ちなみに、普通の貴族令嬢なら、このデビュタントと同時に婚約を結ぶことが多い。
私も例に漏れず、イアン殿下と正式に婚約を結ぶことが決まった。
彼のことを好きかと聞かれたら、答えに困るけれど……嫌いではない事は確かだ。
そもそも、貴族の家に生まれた以上、自ら望んだ婚姻は結べない。これは幼い頃から覚悟していたから、今回の婚約が王命でも嫌だとは思わなかった。
「アイリスお嬢様、お待たせしました。いかがでしょうか?」
「気に入りました。ありがとうございます。
まるで貴族の令嬢みたいですね……」
「お嬢様は正真正銘、貴族のご令嬢でございます。ですから、もっと自信を持ってください」
今の私は白いドレスを纏い、髪は巻いている。おまけに髪飾りまで付いているから、普段とは雰囲気が全く違う。
まるで別人になった気分だ。
「自信を持つって、どうすれば良いのかしら?」
「そうですね……まずはもう少し偉そうになりましょう。私達への敬語をやめて、主従を明確にして頂けると、私達としてもお仕えしやすくなります」
「えっと……分かったわ。これで良いかしら?」
偉そうにすると言われるとジュリア達の姿が思い浮かぶ。
けれど、あの態度をすれば怒りを買うことになる。私が行き場のない怒りを感じていたのだから、他の人でも同じように感じるはずだ。
嫌われ者になる趣味は無いから、まずは使用人相手の言葉だけを変えることにした。
「ええ、大丈夫です」
「良かったで……良かったわ。口調を変えると、話しにくいのね」
「アイリスお嬢様ならすぐに慣れます。このまま続けましょう」
そんな言葉を交わしていると、イアン殿下が迎えに来て下さる時間が迫っていることに気付いた。
だから、お母様の形見のネックレスを身に着けてから玄関に向かった。
「……報告致します。もう間もなく王太子殿下がいらっしゃいます」
「報告ありがとう。下がって大丈夫よ」
「では、失礼いたします」
衛兵にお礼を言うと、彼はそのまま廊下の向こうに姿を消した。
お客様をお迎えする時は使用人も加わるのがマナーだけれど、警護という大事な役目がある衛兵はその限りではないのよね。
当然だけれど、これからお迎えするのは王族だから、使用人に加え伯母様と伯父様も殿下をお出迎えするために玄関前に出ている。
イアン殿下と会う約束をしているのは私だから、伯母様と伯父様よりも前に出て殿下を待った。
そして、少しすると王家の紋章を掲げた馬車が見え、馬車寄せに止まるとイアン殿下が姿を見せた。
「アイリス、お待たせ。準備は良いかな?」
「はい、大丈夫です。迎えに来て下さってありがとうございます」
私が最初に頭を下げると、後ろの方から一斉に頭を下げる気配が伝わってくる。
アースサンド公爵家は王家との親交が深いから、堅苦しい雰囲気は殆どないけれど、こういう場面は慣れる気がしない。
「どういたしまして。立っていると疲れるだろうから、馬車に乗って」
「ありがとうございます」
緊張していることに気付かれたのか、イアン殿下に馬車へと促された。
最初に私が乗り、彼は私の隣に腰を下ろす。
イアン殿下とこんなに近付くのは初めてだ。
胸の鼓動がいつもよりも煩くなったのは、きっと気のせいじゃない。
王家の馬車は大きく作られているから肩は触れないけれど、控えめに言っても格好良い彼の近くにいるだけでも心臓に悪い。
イアン殿下の方に視線を向けると、彼は私に笑顔を向けていて……あっという間に顔に熱が上がってしまった。




