11. 将来のために
正式にアースサンド家の養子になり、私はお屋敷の説明を伯母様から受けることになった。
「アイリスちゃん。覚えているかもしれないけど、変わっているところもあるから、この家の説明をするわね」
幼い頃は何度も遊びに来ていたお屋敷だから、勝手は分かっていて、王宮の時とは違い説明されなくても何がどこにあるのか分かる。
広間や応接室の場所は、十年前までと同じだ。
けれど、当主の執務室や各私室の場所は変わっていて、覚え直さないといけない。
「――この部屋は空いているのですね」
「今はここしか空いていないの。アイリスちゃんのお部屋はここでも大丈夫かしら?」
最後に案内されたのは、お母様が使っていた部屋だった。
このお屋敷に遊びに来たときは必ずと言っていいほど入っていたから、記憶にも残っている。
そして、お母様が思い出を楽しそうに話している姿を思いだして、目頭が熱くなってしまった。
「……嫌だったかしら?」
「いえ、母のことを思い出して……」
「余計なことをしてしまったわね」
「最近は思い出すこともなかったので、きっかけが出来て嬉しいです」
もう会えない人のことを考えると悲しくなるけれど、忘れかけていたお母様のことを思い出せたことは素直に嬉しい。
だから、お礼の意味も込めて小さく頭を下げた。
それから、お母様が使っていたという宝石箱の前に立って、ザーベッシュ邸から持ち出したお母様の形見のネックレスを手に取った。
「これ、お返しします……」
返事は無いけれど、私はそれを傷付けないように宝石箱の中に入れた。
すると、隣の伯母様が口を開く。
「それ、アイリスちゃんが身に着けた方がアレシアさんも喜ぶと思うわ。もしかしたら、何かあった時に守ってくれるかも」
「そうでしょうか……?」
「ええ。信じられないかもしれないけれど、大切な人のものは身に着けていた方が幸せになれるわ」
本当に私が着けて良いのか分からない。
持ち主の答えは聞けないから、私が考えることしか出来ないのだけど……今は伯母様の言葉を信じてみようと思う。
だから、一度仕舞ったネックレスを取り出して、自分の首に付けてみる。
鏡を見ると、私にはあまり似合わない気がした。
やっぱり、これはお母様が身に着けている方が絶対に良いと思う。
「似合っているわ」
「ありがとうございます」
伯母様は私と違う感想を持ったようで、似合っていると言われた。
他の人にも聞かないと分からないけれど、似合っていないと思ったのは私だけなのかもしれない。
「この邸の説明はこれで最後だけど、分からないことはあるかしら?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
そう思っていると伯母様から声をかけられて、私はイアン殿下が待っている応接室に足を向けた。
これからお話するのは、私の勉強のことだ。
今まで侍女以下の扱いをされる日々を過ごしてきたから、このままでは殿下の婚約者どころか貴族令嬢らしい立ち居振る舞いは出来ない。
水魔法のお陰で怪我は全て治り、おまけに疲れも吹き飛んでいるから、すぐにでも勉強を始めようというお話になっていた。
「殿下、お待たせしました」
「説明は全部聞けたかな?」
「はい、もう完璧です」
そんな言葉を交わしながら殿下の向かいに腰を下ろし、彼の言葉を待つ。
「良かった。早速だが、妃教育について話をしようと思う。
まずは貴族社会で必要な礼儀作法を身に着けてもらうことになる。大変だと思うが、大丈夫か?」
「はい。ずっと前から勉強したいと思っていたので、どんなに辛くても逃げたりはしません!」
「分かった。聖女になるための勉強も進めてもらいたいが、辛かったら遠慮せず言って欲しい。君を追い詰めたくはないからね」
勉強がどれくらい厳しいものになるか想像もつかないけれど、イアン殿下の口調は柔らかいものだから、苦しくなったらお休みすることも出来そうだ。
出来るだけ早く普通の貴族と同じくらいの作法は身に着けたいけれど、殿下の配慮を裏切らないためにも無理はしないことに決めた。




