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The Alter Story《ジ・アルター・ストーリー》  作者: 水落護
第六章『金運、荒風と共に来たり』

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エピローグ『金運、荒風と共に来たりて』

「うっ、ぐぅ……!」


 膝を着き、歯を食いしばり。槍を杖にしてなんとか立ち上がろうとするも、腹部の裂傷は傍目に見れば致命的で。やはりネロは立ち上がれずに、再び膝を着く。


(よし。今のは不意打ちだったから、決定打を与えられたのがかなりデカい……!)


 いくらブランクが膨大な魔力を持っていても、有効打となる攻撃は多くない。それが、油断していたネロの足元を掬えたとはいえ、ブランクは、上手くいくかは五分五分で見ていた。


 何よりも。ブランクは今、ハオディの反動で動けずにいた。まるで昔にゴアドを使った時のようで、足の裏の、皮の感覚がなくなったようにすら感じている有り様で。


 この反動は、ブランクにとっても予想外なものであった。もしこれを止められていたら、あの槍に触れられていたら──。


 そう思えばこそ、ブランクは、とっくに雨も止んだというのに、この薄氷の上の勝利に冷たい汗をかいていた。


「ブランク!」

「エレノア」


 無事? と確かめると、エレノアは「ばか!」と怒鳴りつける。


「それはこっちのセリフよ。いっつも無茶ばっかして……」


 ははは、と苦笑を浮かべるブランクに。エレノアは懐からハンカチを取り出す。あまりに汚れのないその布に、ブランクはとんでもないと手と首を振る。


「そんなに大した怪我はしてないんだ。僕よりもあっちの方が──」


 言いかけて。ブランクはゾッとした。エレノアも同様だったようだ。その魂が震えるような殺気が、致命傷を負ったはずの青年から放たれている。


「何故、何故、何故、ナゼ……!!」


「ネロ──」言いかけたエレノアの声が止まった。その理由はすぐに分かった。ブランクの視線の先──ネロは、赤い目を血走らせて、牙を剥いた。


(コイツ、まだ──!)


 その姿は兎の骨格こそ保っているが、瞳はぬばたま色に染まり、肌は赤くなり、額から角が覗く、恐ろしい形相へと姿を変えつつあった。


「手に入らないなら、いっそ全て壊シて──」

(ぁ──)


 一瞬、どこからか死の足音が聞こえたような気がして。ブランクの頬から、生ぬるい雨水が頬から流れ落ちた──その時だった。


「はい、そこまで」


 ブランクの喉元に突き立った槍が、ギチギチと悲鳴を上げていた。そこへ──白羽がヒラヒラと舞い降りて。現れた人物が抱えていたものに、ブランクの鼓動は火に油を注いだように加速した。


「クロエッ!!」


 ブランクよりも早く、エレノアが駆け出した。しかし、


「おっと、いけないいけない。全くもって手癖が悪いね、ウチの坊ちゃんは」


 目の前の人物──大鷲の男は、ネロの拳を鉤爪ですっぽりと受け止めていた。


「何のつもりだ」ネロが低い声で威嚇すると、男は言った。


「ああ、失礼。奥方様から、キミヘ言伝があってね」

「後にしろ」


 ネロの眼力に一つの物怖じもせずに。その大鷲の男は「やれやれ」と首を振る。


「話は最後まで聞いてほしいものだね。僕はただ、いつも贔屓(ひいき)にしてくれてるキミの奥方様に頼まれただけだよ。奥方様が大きく体調を崩されてね。キミのことを、探していたみたいだけど?」

「母上が……」


 ネロはその身の変化を徐々に抑え、元の姿へと戻っていった。そうして矛先を納めると、そのまま踵を返した。


「今一度、命を預けておいてやる。エレナ……次こそ君の目を覚まさせてやる」


 必ずだ、と言い残し。ネロは背中を向けたまま歩き出した。

 待て、と追いかけようとして。


「うっ……!」


 ブランクのその眼前に、大翼の壁が立ちはだかった。


「なんのつもりだ!!」


「やれやれ。僕は彼の使用人じゃないとはいえ、ホーエンハイム家お抱えの運び屋だよ? そんな物騒なものを持って怖い顔していたら、止めないわけにはいかないだろう?」


 それに──、と。大鷲の男は、大翼の羽先をブランクの後ろへ向けた。


「そんなことしている暇があるのかな? 僕の見立てでは瀕死だよ。彼女」

「あっ」


 クロエ、クロエと揺さぶる少女を押し退け。ブランクは「下がって」と腰から小瓶を取り出す。


(出血がひどい。腹部の傷が、開いてから時間が経ってる……)


 さらに天候は雨。泥水も跳ね、不衛生極まれりだ。


「エレノア、さっきのハンカチを貸して」

「え、ええ……」


 エレノアが懐からハンカチを取り出すと、ブランクはそれをすかさず壺の中へと突っ込み、取り出した。ベトベトとした油まみれになったそれを、ブランクはそのままクロエの傷口へ押し当てると、外れないように上着の袖を巻き、キツく縛った。


「へえ。キミって医療の心得もあるんだ。面白いね」

「応急処置だ、ゴゲラの脂を塗って。だけど……早く医者に診せないと……」


 バサッと羽を開くと、その男は途端に地を離れた。


「さあ、僕の彼への報告の仕事は終わった。もし彼女を君たちの(くに)まで運ぶのなら……騎獣よりも安静を保って連れて行ってあげるけど?」


 高くつくよ、と続けられて。しかし言葉を返したのはブランクではない。


「お願い、わたしの友だちを助けて……!」


 滲む緑青色に、大鷲の男は果たして、


「お安い御用だ」と褐色の少女を抱え上げた。


「元よりそのつもりだったさ。だから助けたんだ」


 大鷲の男は、黒猫の少女を抱えて飛び上がった。


「待て」


 一刻を争うのだが、ブランクはどうしても確かめておきたかった。


「あなたは、どうして僕たちに肩入れする?」


 すこしの疑問を覚えつつ、ブランクがそう尋ねると。大鷲の男はニヤリと笑った。


「僕はお金の匂いが大好きなんだ。それ以外に、何か理由が必要かい?」


 そんな言葉を残して。大鷲の男は、不吉を孕む棚紅(たなくれない)の空へと飛び立っていった。

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