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The Alter Story《ジ・アルター・ストーリー》  作者: 水落護
第六章『金運、荒風と共に来たり』

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第五十三話『重なる思い』

 頭に昇った血が頭の中でどんどん膨れ上がっていて。それが重たいのか、フラフラとなりながら、ブランクは立ち上がる。


 それは不思議な感覚だった。黒い空が光って唸り、風は横殴りに吹き付け、雨は叩くように降っているというのに。


(やけに静かだ……)


 芽生えた野心がメラメラと燃え盛り、はらわたは煮えくり返り、今すぐにでも殴りたい気分なのに、ブランクの中には、妙な落ち着きがあった。


 一度大敗を喫した相手なのに何故、と、思ってから、ブランクは気がついた。


(そうだ……コイツには、アルトリウスみたいに、絶対に勝てないって圧がない)


 アルトリウス。あの恐ろしい夜に現れた、竜人族(メギア)の男。


 神すらも見下していそうな不遜な態度。白金色(しろかねいろ)の長い髪に、月色の瞳が二つ。肉すら裂けそうなほど、鋭く冷たいあの声は、今思い出しただけでも鳥肌が立つ。しかし、


(ネロは確かに強い。一撃一撃が痛烈で、重みがあって、プロテマを超えてその打撃を突き抜けさせてくる。その上、俊敏性はハオディにも負けず劣らずだ)


(でも──)ブランクは、剣を握る力を一層強めた。


(それは、彼女を見捨てる理由にはならない……!!)


 失意に座り込む少女。あれだけ気高い彼女がうずくまる姿など、もはや見るに堪えない。


「おい」ブランクは……ネロを倒す決意を固めた。


「……力の差が理解出来無い(よう)だ。うじ虫以下の存在が。虫唾(むしず)が走る。愚図(ぐず)は救い様がない。無謀と勇敢を履き違えている」


 ブランクは、そう言われて額に青筋が立った。腹の底で燃え盛る気持ちを、震える肺から出た空気に乗せて。ブランクは──ネロに鋭い声で突きつけた。


「勇気なら……嫌というほど知っている」


 親友から貰った勇気。奮い立たせた勇気。嘘を吐く勇気。向き合う勇気。手折られた勇気。


 そして──見せつけられた、勇気。


 あの夜のことを、ブランクは忘れたことがない。否、忘れることなどできやしない。己の無力を呪ったあの夜を。勇気を失うことの怖さを。


(そうだ。僕は……もう逃げたくないんだ)


 自分が自分でなくなるような。あるいは、自分に嘘を吐き続けるような。苦しさ、悲しさ、悔しさ。どれか一つでも刺さればそれが自分の醜さを曝け出させ、見せつけ、自分のことがひどく嫌になる。


(そうだ、僕は──)


 だからこそ逃げなかった。ナハクを相手にした時も、大蛇を相手にした時も、仕入れ人と戦った時も。ブランクは、自分のために逃げれば、この大切な輝きを失うことを知っていた。

 きっと、ジャンやウィルもそうだったのだろう。


 ──自分を大切にしないのはどうして?


 そうクロエに聞かれた時、咄嗟にその答えは、すぐには出なかった。けれど今にして思い返せば、その答えはずっとあったのだろう。今、ブランクはようやく理解した。


(だからこそ僕は──)


 自分を大切にしないから無謀な戦いに挑むのではない。自分が自分でなくならないために。自分を愛するために。自分を好きでいられるために。そんな思いを大切にするために。ブランクは誓った。


「僕は──もう二度と、自分を裏切らない!!」


 ブランクの心に、確かな炎が灯った。その輝く琥珀色を見て──ネロは、血色の目を伏せ、鋭く光らせた。


「……気に入らないな。まるで、自分が勝てると思い込んでいる、愚か者の顔だ」


 ネロは手にしていた矛先を、ブランクへ差し向けた。


「そんな愚か者を、これまで沢山見てきた。皆、一様に捻じ伏せてきたがな」

「よく喋る人だね。あなたは、もっと寡黙な人だと思ってた」

「……何?」


 ブランクの挑発に、ネロの視線が一層鋭くなった。


「僕は、君に勝てるだなんてこれっぽっちも思っていやしない」

「……そうか。では、今すぐ無様に逃げ出すのなら見逃してやる。去れ」


 そうやって来た道を指し示すネロに、ブランクは「何を勘違いしてるの?」と強気に抗する。


「僕は、誰かに勝てないからと言って逃げ出すような、臆病者なんかじゃない」


「……何を言っている?」つくづく理解に苦しむ。そう続けたネロの後ろで。


 亜麻色の髪をした少女が「ブランク……?」と不安そうに声を漏らした。


 その揺れる緑青色と目が合うと。ブランクは──不敵にニカっ、と笑ってみせた。


「君の聞かん坊な友だちを、ちょっと懲らしめてやるよ」


 待ってて、と言い終えた直後。眼前に差し迫った鈍色の刃へ、ブランクは、手にした剣の刃を当てがい、火花を散らせた。


「俺を挟んで会話をするな。気軽に彼女と口を利くな──下衆がッ!」

「くっ……!?」


 はっ、と逆流しそうになる胃液を懸命に堪え、立て直そうとしたブランクの頬へ向けて。黒い塊が視界を割っている。拳だ。


「ブランクッ!!」


 吹き飛ばされて、転んだブランクを見て。エレノアは懇願する。


「お願いネロ、もうやめて。わたし、あなたの言う通りにするから。これからはもう、何も望まない。あなたの望む通りに生きる。だから──」「エレノアッ!!」


 全てを言わせる前に。ブランクは名を呼び、引き留める。肩を跳ねて怯える少女に、そうじゃないと、首を振る。


「僕はそれを絶対君に言わせない。言わせちゃいけない。言わせたらきっと……僕は、僕を許せない。だから君は──」


 口の中が切れて、鉄の味がする。でも、それを気取られないように、ブランクは、白歯を見せつける。


「いつもみたいに、呆れたって──ナマイキに笑っててよ!」

「ブランク……」


 毒気を抜かれた顔をして、どこか呆れたような顔してエレノアが呆けていると──。


「忌々しい、実に忌々しい……私の()を見るなァッ!!」


(娘──?)ブランクがネロの言葉に疑問を覚えた時だった。


「──あ」


 ブランクの眼前に、鈍色があった。槍だ。その矛先が、ブランクの眼球を貫かんとしている。


「プロテ──」


 マと言えたかは分からない。悪あがきだ。あるいは生存本能だったかもしれない。

 これまで幾度も自身を救ってきた口癖のような。自分は既にプロテマの有効時間内にあるというのに、ブランクは、何故かプロテマにすがるように、それを唱えていた。

 そして──、


「…………う?」


 いつまで経っても来ない衝撃と、とうに鳴り終えた金属音とにうっすら目を開くと、


「……え?」


 ブランクは、何事かと思った。

 攻撃を受けたはずのネロがどろどろになった地面で、横ばいに丸まってうずくまっている。

 何故、という疑問が浮かんだところで。どこかで似た様子を見たことがあると、ブランクは思った。それから、


「あっ」


 と思い出した。それは、はぐれヤラグ族と初めてやり合った日の、プロテマによる反撃を与えた時だ。あの時のヤラグ族はプロテマの効果によって、まさに今のように。力が逆転し、弾かれ、腕をへし折られていた。

 腕こそ大袈裟に折れてはいないが、ネロの状態は、非常によくそれと重なる。


(なんでだろ、さっきまでは痛いくらいだったのに──)


 今までの自分と変わったところ。自分の姿を顧みて、ブランクは、あっ、とそれに目を釘づけられた。


「そうか……魔法剣っ!!」


 ブランクは気がついた。魔術演算効率を高める魔法剣は、無詠唱を可能とするだけではない。恐らくは、その隠された力の中に、魔術の二重適用を可能とする、高速演算能力を持ち合わせているのでは、と、ブランクの中の仮説が成り立った。


「へへっ……ありがと、ダザン!」


 思えば師に感謝の念を送り、再び立ち上がった敵へと意識を送る。


「何をした……?」

「何もしてないよ。君が勝手にやられたんだ」


 ブランクとしては、煽りでもなんでもなく、ただ本当に、それが蓋然性のある客観的事実として述べたつもりであったのに。ネロは額に青筋を浮かべ、その内に燃え盛る怒りの劫火を、さらに膨れあがらせた。


「お前を……殺す」


 混じりっ気のない殺意を向けられて、さすがのブランクも背筋に悪寒が走る。恐怖はないにしろ、その威圧感はアルトリウスに負けずとも劣らない。


「大方、防御魔術なのだろう。お前には、それ以外の能が無いようだからな」


 それならば、同じ魔術で看破すれば関係が無い。そう続けたネロは、その黒槍を一巡振るい、矛先に手を添えた。


怨嗟共鳴(ゲルゼル)

(無詠唱……!)


 ブランクは、ネロの矛先が低周波を鳴らし、触れた雨が悲鳴のような音を立てて蒸発するのを聞いた。


「どんな防御も意味を為さない。この振動は……お前を内部から破壊する」


 さあ来い、と、ネロは不敵に笑った。


「……親切だね、魔術効果を教えてくれるなんて」


 出方を窺いながら揺さぶりをかけると。ネロは、嘲るように笑った。


「お前が無様に逃げ回る様を見たいからだ。現に──」

「うっ?!」


 ネロは一息に肉薄し。何故か矛先ではなく、ブランクの頭を足で蹴り飛ばす。


「お前は槍に集中していて他が疎かになっている」


 無様だな、と続けながらニヒルに口元を歪めるネロであったが。ブランクは、そんなことを気にしている余裕などなかった。


(二重魔術……効果時間が、めちゃくちゃ短い……!!)


 二転、三転と地面を這い。ブランクは、二つ目のプロテマの効果時間が切れたことを痛感した。同様に。ネロもまた、自分の足に異常がないことを確かめると「やはりな」と不敵に笑った。


「先ほどの強固な魔術……恐らく、相当持続時間が短いのだろう。お前は顔に出やすい上に、分かりやすい。お前が真に無敵なら、お喋りなどせずに向かってくるはずだ」


 弱者とはそう云うものだろう? と、続けるネロ。一つも言い返すことができないために、ブランクは、切れた口内から溢れた血を口元から拭いながら、立ち上がる。


(コイツの厄介なのは、あの爆発的な瞬発力だ。兎だからか。初速がすごく早いんだ)


 悠然と構えているのは、まだ自分との実力差を歴然たりと感じているからだろう。しかし、それが付け入る隙でもあると、ブランクは感じていた。


「お前は……本当に愚かだ。まだ勝てると思っているのか?」


「なんだと?」ブランクのその切り返しを。ネロは、鼻先で笑い飛ばした。


「まだ分からないのか。ここまで来ると滑稽だな」


 そう言いながら。ネロは構えを解いた。まるで絶対強者が弱者を歯牙にもかけないような、明らかな格下扱いであった。


「何のつもりだ?」

「打たせてやる。来い」


 罠だ。分かっていても、ブランクには乗る以外の手立てがなかった。


「……後悔するなよ」

「御託は十分だ。弱者は口ばかりだな」


 卑怯だ、という意志もあり。ブランクは「いくぞ!」というかけ声とともに駆け出した。ネロはまだ動かない。

(動かない……?)疑問に思うまま、ブランクは剣を振るう。


「うっ……!」

 しかし、ブランクは気づいた。剣が止まる。

「やはりお前はつくづく愚かだ!」


 ネロが槍を構えれば、ブランクは引き下がった。触れれば振動に襲われると理解したからだ。


「この状況でまだ勝てると思っているのか? 俺が本気を出せば、お前はいつでも(たお)す事が出来る。今お前が生きているのは、(ひとえ)に俺の気が済まないからに他ならない!!」


 もっともだと思いながら。ブランクはその辛酸を舐めることも、飲むことも許せなかった。なんとか打開策を、とも思うのだが、咄嗟の思いつきである重ねたプロテマもすぐに対策を打たれた。


(一体どうすれば──!)


 思いかけて。ブランクは思考を止めた。諦めたからではない。


「もしかして、あれなら……!」


 ブランクは剣を横に構えた。その様子を見て、ネロは嘲るように鼻で笑い飛ばす。


「気でも()れたか? この後に及んでまだ諦めないとは」

「僕は諦めが悪いんだ。それに──」


 ちらと不安そうにこちらを見つめる少女の緑青色に、ブランクはそっと微笑む。


「負けるつもりは、最初からない!!」

「そうか……」


 そうして向き直ると。ネロは、槍の石突を近くの岩へ軽く押し当てた。すると、その岩はけたたましい叫び声と共にひび割れ、砕け散り、容易く崩壊した。


「なら──この岩のように、お前の骨を粉々に粉砕してやるッ!」


 今度は隙のない構えだ。本気で自分を殺す気なのだと、ブランクにも分かった。しかし、ブランクだって負けてはやれない。


「いくぞ」「来い、雑輩がッ!!」


 ブランクは感謝した。彼が油断していなければ、ブランクはこの一太刀浴びせられたかが分からなかったからだ。


「ハオディ」


 瞬間。ブランクは消えた。否、消えたように一息で、ネロの背後へ着地した。体についた雫を置き去りに。その白刃には、鮮烈な朱を乗せて。


「あなたは……油断しすぎた」


 直後──雨上がりの空の下。ネロはとうとう膝を突いた。

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