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The Alter Story《ジ・アルター・ストーリー》  作者: 水落護
第六章『金運、荒風と共に来たり』

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第五十話『疑憶の先へ』

「ランツさん!」「うぉおお!?」


 突然呼びかけられて。獣舎で騎獣の世話をしていた──否、恋人と逢引をしていたランツは、もはや、隠すに手遅れな恋人を藁の中へと追いやると「ど、どうしたっぺか?」と口角を歪めながら、静かにはにかんだ。


「今の人って──」「わー、わー! なんでもねーって、な!?」


 ブランクが全てを言い終えるよりも早く、その災いを生みそうな口に蓋をして、ランツは獣舎の外で、右と左とを見て、そっとブランクに言いつけた。


「滅多なこと言うな! バレたらどうするべ!?」

「バレたら困るようなことしちゃダメでしょ……」


 呆れるブランクをよそに、ランツは顔を背けながら、口笛を吹く。


「ランツさん……」「おー、なんだなんだ。何かしに来たんだべ? 早く言えって」


 後ろから何か声がかかるも、ランツは「しーっ!!」と大袈裟に口に指を立てて、沈黙を促している。しらーっとそれを見ていたブランクも、今はそれどころではないために、ここへ来た要件を告げる。


「ランツさん、騎獣を貸して欲しい。一番早いやつを」

「……それって、おめ、許可とってんのか?」

「うっ……」


 ブランクは「それは……」と言葉を詰まらせた。エレノアからは、外出の許可をもらっただけで、騎獣を借りる許可など、もらってはない。しかし、今から戻るのでは、時間を多く取ってしまう。


(でも、長旅なら、騎獣がいるだろうし……)


 歩いて行くこともできるが、ブランクの予想が正しければ、最悪の場合、戦闘は免れない。底知れぬ強さを持つネロとことを構える前の消耗は極力避けたいブランクにとって、騎獣の存在は必須であった。


「分かったよ、今から許可をもらってくる」


 すごすごと立ち去ろうとするブランク。


「待つべ」そんなブランクに、ランツは鋭く呼びかけた。


「おでがいつ、貸さないって言ったっぺ?」

「え?」


 耳を疑う言葉に、ブランクが振り返ると、ランツは、恋人を片手に抱きながら、言った。


「おでは、黙っておめに騎獣を貸す。おめは、おでらのことを黙って胸にしまっとく」


 推しつ推されつ? だべ、と言うランツに、ブランクは目をパチクリと瞬かせた。

「ランツさん……」持ちつ持たれつでは、と思った矢先。


「ま、そうは言っても鞍が修理中だから、遠乗りはできねーべな」

「え」


 ケツ死ぬぞ、と続くランツの言葉に、ブランクは「他の鞍はないの?」と尋ねた。するとランツは、うーんと唸って、


「ねーことはねーけど、車を引く用のだべ。個人で使うやつは、ちょうど今、鍛冶場の修理に出してるべ。どうしても欲しいなら、あの気難しい職人を急かすしかねーべさ」

「そっか……ありがとう」


 気にするな、と一言告げると、一匹の騎獣を連れてきた。


 見た目はうさぎに近い。しかし人が乗れるほど大きくて、イノシシのようにゴワゴワした雨風に強そうな毛並みをしていて、四足歩行に特化している。頭部は恐らく皮膚が変質化したようなコブのような固いものがあり、ブランクは、それが傷だらけなのを見て、相当気性の荒い生き物なのではと、生唾を鳴らした。


「こいつなら人懐っこくて、まだ乗りやすいべ。ほれ」

 乗ってみろ、と促されて。ブランクは、ランツに押し上げられながら、騎獣の背に乗った。


「わっ、意外と……」


 騎獣の背中は背骨がゴツゴツとしていて、鞍がなければ普通に歩くよりも深刻なダメージを、臀部が訴えそうであった。


「気ーつけろよー!」

「ありがとう!」


 ブランクは、騎獣を走らせながら、ちらと振り返った獣舎の屋根がボロボロなことに気がついた。


(帰ってきて余裕があれば、直してあげよう。あの人仕込みの──あの人仕込みの……?)


 ブランクは──ハッと気がついた。


 あの人って、誰だ。ダザンのように職人気質で、頑固で、しかしどこか飄々とした親しみやすい人柄で。そんなところまでしっかりと覚えているのに、名前と顔だけが黒塗りされたかのように、何故か思い出せない。まるで記憶の一部を、何かに奪われたようだった。


(なんだ、これ。すごく──気持ち悪い……!)


 ブランクは、不合理にして曖昧でちぐはぐな記憶の存在に気づき、込み上げる吐き気を、懸命に飲み込んだ。騎獣の揺れも相まって、困難なことではあったが、もし今ここで吐いてしまえば、もはやクロエを追うどころの話ではなくなってしまうからだ。


(堪えろ、堪えろ……!)


 そうしてなんとか堪え抜いた先。


「止まれっ!!」

「止まって!!」


 屋敷の壁門のところで、番兵に制止の号令がかけられた。騎獣は急停止をかけ、ブランクは、わっと声を上げながら、騎獣から吹き飛ばされた。


「おい、そいつ、鞍がないみたいだが……脱走か?」

「待って。こいつ、最近屋敷で厄介になってる、例のアイツじゃない?」


 ほら、例の……と、痛む体に鞭打つブランクを見下ろす二人に、ブランクは「お願いだ」とせがむ。


「教えてほしい。クロエがここに来なかった? ほら、あの黒髪と、猫耳が特徴的な!」

「クロエ……ああ、ノワール嬢か? 今日は見てないな」

「なんだ、エレノア様の使いっ走りか?」


 駒使いされてると思われたのか、突然親近感のある調子で脇腹を小突く番兵に、ブランクは「じゃあ──」と言葉を切り返す。


「昨日は? 昨日も見てない?」


 ブランクが意にも介さずそう言うものだから、番兵は面白くもなさそうに「ちぇっ」と舌打ちをした。それからもう一人の番兵が記憶を辿るように──、


「あー、昨日の……確か、ちょうど今くらいの時間かあ? 通ったような気がするが……」


 ようやく得た手がかりに、ブランクは、目の色を変えた。


「それ、本当?!」

「なんだ、俺が嘘つきだって言うのか?」


 ジロっとひと睨み利かされたことよりも、今は嬉しさが(まさ)った。


「まさか! ありがとう!!」

「お、おうよ……!」


 じゃあ……と騎獣に跨って通ろうとすると、それはそれ、と。


「急いでるんだ、通してくれよ!」

「すまんなあ、俺らも仕事でよ。騎獣の持ち出しは、許可証がないとなあ……」

「悪く思わないでよねー」


 この真面目に仕事をこなしているだけの二人の門番を相手にして、力付くというわけにもいかない。昨日から出ているのなら、いよいよクロエが単独で領を発ったのは確実で、ブランクは、これ以上時間を無駄にしたくない気持ちと、出直すべきかという気持ちに板挟みになっていた。


「ねえ」


 そこへ──氷水のごとく澄んだ声色が、一陣の風と共に通り抜けた。


「通るわよ。道を開けなさい」

「へ……?」


 番兵の顔の向く方へ、ブランクは、恐る恐る振り返る。すると、今誰よりも求めていた人物が、そこにいた。


「忘れ物よ」「わっ」


 ブランクは少女の手から放られた剣を受け取った。それは、ブランクが頼れる姉御肌から認めてもらった時に渡された、師匠の打った傑作──魔法剣だった。

 久々に握ったその宝剣を、ブランクは、とても重たく感じた。


「何を呆けているの? 早く行くわよ」

「エレノア、なんで……」


 執務は、などと聞きたいことはたくさんあったのだが、騎獣を以って先陣切るのだから、ブランクは、置いていかれないように、慌てて騎獣を駆って追いかけた。


「執務はどうしたの!」

「誰かさんがただならぬ様子で慌てて騎獣を持ち出してたから、説教しにきたの!」


 先行く少女は、白く気高い騎獣を乗りこなしながら、言った。


「帰ったら、承知しないんだから!!」


 その表情は、どことなく嬉しそうで。ブランクは、クロエの行方を掴んだことか、誇らしくて嬉しくて、その笑顔に「ああ!」ととびっきりの笑顔を返していた。


「おー、ブランクでねっが! どした?」

「あぁん? ブランクだぁ?」「む……」


 それから鍛冶場に着いた二人はトートードとガランド、それからドマの三人に会った。


「おお、これはこれは領主様……」

「堅苦しいのは抜きよ。頼んでいた鞍はできたかしら?」


 それが……と一同は、囲んでいた鉄の塊を二人に見せつけた。


「ドマの野郎がヘマしやがって、この鞍、ちょっと曲がってんだ」

「親方が……おきなかった」


 うるせえ!! と、怒号が飛び、トートードは頬を掻く。


「なんとかならないの?」

「ちょっとのことなんだぎね。もう少しだけ曲がりがねーと、鞍がぐらついて、騎乗者が鞍ごと落っこちまうんだ」

「熱入れりゃ曲がるだろうが……急ぎで?」


 ガランドはブランクとエレノアの様子を見て、目配せをする。熱を入れれば曲がるだろうが、冷やすまでにはいささか時間がかかり過ぎる。


「僕がやるよ」


 ブランクは、騎獣から降りた。既に骨と骨の接触で響く骨盤をさすりながら、ブランクは鞍の前に立つ。


「おい小僧。いくらお前が鍛造に詳しくたって、この質量の鉄、お前に曲げられるわけ──」

「ゴアド」


 ブランクの両腕に、光の粒子が溶け込んでいく。それは、精霊が与える怪力の奇跡である。


「くっ、うぉおおおおおッ!!」

「へ?」「うおっ!」「む……」「まあ……!」


 ブランクが力任せに鉄をひしゃげさせると、それはブランクの乗っていた騎獣よりも、一回り大きなサイズに留まった。予想外の光景に息を呑む一同を前に、ブランクは呼吸を整えてから言った。


「これで……あとは隙間を緩衝材で埋めれば、いけるよね?」

「あ、ああ……」


 異常な力を見せつけたブランクに、エレノアが「すごいじゃない」と駆け寄ってきて、肩を叩いた。


「正直、見直しちゃったわ」


 それから、あっと口に手を当てやると「少し……ほんのすこーしだけね?」と慌てて釘を刺すことも忘れずに。ブランクは自分の力量を弁えてはいるので、ことさらそれを気にすることもなく。


「ありがとう。でもこれは正直、ただの補助魔術だからね。すごいのは僕じゃなくて、魔術を作った人だよ」


 ブランクがそうやって謙遜すると、エレノアはムッと口を尖らせて、腰に手を当てやった。


「そうやって、人の好意を素直に受け取れないのは良くないわ」

「ええ……」


 自分では水を差しておいて、と、ブランクは思いを燻らせるのだが、今この気持ちを口にすれば、余計に拗らせてしまうのは火を見るより明らかである。


 ブランクは逆らわぬが吉と見て、全ての気持ちを、エレノアの賛辞と共に飲み込んだ。


「そうだね、ありがとう」

「ええ、どういたしまして」


 にこっと満足げに笑う少女に、ブランクは思う。


(顔はかわいいんだよなあ……)


 しかし、気が強すぎる。ブランクは、将来彼女の伴侶となる不運な男に、わずかながらも同情の気持ちを抱いた。


 ──あ。


 それから、ブランクは一歩足を踏み出して。踏み抜いた石畳との影の間に、意識を引きずり込まれるような感覚に陥った。


(これは──)


 立ちくらみのように、あるいは意識が吹き飛んだように。



「──ンク……ブランク!!」


 ブランクは、ハッとした。気がつけば少年は、少女に抱えられていた。逆光を落とす少女の向こう、瑠璃色の空が、懸命に世界の輪郭を取り戻していく。


「大丈夫? 一体どうしちゃったのよ」


「あれ……僕……」と、ふらつく頭を振るわせて、確かに首に座っていることを確認すると、ブランクは、エレノアの手を借りながら立ち上がった。


(今の記憶は……)


 ブランクは確かに見た。砂嵐で見え隠れするような、掠れた記憶の中。亜麻色の髪をした少女が泣き崩れ、自分がそこから立ち去る姿を。


(今の記憶は……未来?)


 それとも──と、険しい顔をしながら。


「行こうか」

「え、ええ……」


 ブランクは、妙に後ろ髪引かれる思いをしながら。憂う面持ちをする少女と共に、南西を目指した。

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