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The Alter Story《ジ・アルター・ストーリー》  作者: 水落護
第六章『金運、荒風と共に来たり』

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第四十九話『春風が吹く』

「どこにいったんだ……」


 翌日、ブランクは頭を悩ませていた。


 昨日(さくじつ)、部屋に戻るとクロエがいなくて。どんな顔を合わせようと思っていただけに、少しありがたいとも思ったものだが、翌日になっても姿が見えず、誰に聞いても分からないのだそうで、ブランクは、どこか言い知れぬ不安を抱いていた。


「ねえ、サラ。クロエがどこにいったか知らない?」


 ブランクはエレノアの元へ向かう道すがら、邸内で既に清掃作業へ勤しむ侍女の一人へ、そう尋ねた。その侍女は心底面倒臭そうに手を止めると、深いため息をついて、それから、その上背のある高さからブランクを見下ろすと「さあ。興味もないし」と、およそメイド長とも思えぬ口振りで、ブランクを煙に巻いた。


「そっか……ありがとう、サラ」


 フンッと鼻息荒く立ち去る様はどこか高飛車で、まさにブランクのことを見下しているようだった。


「なんだよ、あの態度」


 ムッと口を尖らせながら、ブランクはひとまず約束であった、エレノアの執務の手伝いへと向かった。


「来たわね」

「わっ、早いね」


 見ればエレノアは既に執務をこなしており、たった今、赤封筒に入れた手紙を封蝋で蓋したところだった。


「当然よ。猫の手だって借りたいくらいなんだから」


 そう言ってポンっと捺印を押したエレノアの言葉に。ブランクはそうだ、と今朝のことを思い出し、話してみた。


「クロエ? 見てないわね。彼女がどうかした?」


 心なしか、ムッと口を尖らせているような少女の言葉に、ブランクは「いやいや、なんでもないんだ」と身振り手振りで否定する。


(無闇に心配をかける必要もない、か……)


 ただでさえ心労が祟って倒れた翌日なのだ。無駄な心配をかければ、それが却って毒となる可能性もある。


「さあ、始めるわよ」


 ブランクは──目の前に積まれた書類の山に、喉を固くした。




「──サラの態度が気に食わない?」


 仕事の内容を懇切丁寧に教えてもらい、それが軌道に乗り出し、仕分け作業に、幾許かの余裕を得たところで。ブランクは、先ほどの出来事をエレノアに話した。仕事の手を止めることなく、ささらと筆を走らせる音を立てながら。エレノアは「藪から棒にどうしたのよ」と、山積みになった紙束の向こうでそう言った。


「鼻につくってほどでもないけど……うん、なんか、当たりが強いっていうか」

「あの子は……誰にでもそうよ。生まれも育ちも、元々は貴族ですもの。……あの子の話はもうやめてくれる?」

「うっ、ごめん……」


 露骨に機嫌が悪くなり、ブランクは、何か失態を犯したのかと思うのだが、振り返れど、思い当たる節がない。強いて言えば、人の悪口がそうだろうか。


(そういえば、エレノアもサラのことは苦手なんだっけ)


 ブランクは、屋敷の世話になりだしてから、当然二人が一緒にいる組み合わせも見たことがある。その時に感じた空気といえば、単なる主従関係でもなく、あるいはクロエとの関係性とも違っていて、もっと言うならば──、


(あの時の空気……そうだ。まるで、敵対者とでも鉢合わせたようだったじゃないか)


 エレノアのサラとの間に流れる空気は、まさに一触即発で。声に出さずとも明らかな確執があり、傍目に見ても、それは、まさに匹敵の相手とでも言うような。


(雇い主は……エレノア、なんだよね?)


 そんな人間を、エレノアは何故手元に置いてあるのか。考えれば甚だ不思議な話であるのだが、ヴリテンヘルクはグランヴァレフと違い、独特の価値観や仕組みを持っているようで。ブランクは、文化の違いなのだろうと、納得をした。


 そうして思考を巡らせていると「ねえ」と、不意に声がかけられて。


「ん?」

「あなたの……故郷の話を聞かせて」

「え、僕の?」


 突然のことに驚いていると、エレノアはバンっと机を叩いて立ち上がった。


「他に誰もいないのだから、あなたのことに決まってるでしょ!」「わっ!」


 揺れる資料の山に、ブランクは、えらく気が立ってるな、と肝を冷やした。すぐさま取りつくろうように咳払いをして座り直した少女の機嫌が再び悪くならないうちに、ブランクはおずおずと口火を切った。

た。


「うーん。特に面白おかしい話はないんだけど……僕は、ウィルとジャンの三人で暮らしていて。最近になって、ダザンやサリナさん、メルと仲良くさせてもらって」「ふーん。メルってどんな子?」


 ジロっと目端で促されて。ブランクは、今日一番鋭い声色に、少し慄いた。


「メルは──サリナさんの妹で、まあ、僕にとっても、妹みたいなもんかな。まだ背が全然小さくて、かわいいんだ」


 へへっと照れ臭くなりながらはにかむブランクに。エレノアは「あっそ」と一瞥もくれずにペン先を早めた。


(なんだよ、自分から聞いといて……)


 鼻につく態度だと、ブランクがムッと口先を尖らせながら書面を見通していると、


「え。ノワール領の捜査協力の依頼書……探し人がクロエって、これ──」「貸して」


 ブランクが全てを言うよりも早く。エレノアはざっと書面に目を通すと忌々しげに眉根を寄せて、それから、


「あっ!」


 その手紙を、煌々と燃え盛る暖炉の火中へと放り込み、焚べた。暖炉の中では手紙が踊るように縮み上がり、そのまま灰になっていった。


「えっ、そんな……勝手に燃やしちゃっていいの?」

「いつものことよ。紙とインク、配達料も。無駄なことだわ。遠路はるばるご足労いただく郵便屋さんは、気の毒なことね」


 散々な言いようだ、とブランクは口角を引きつらせた。しかしタイミング的にもちょうど良く、ブランクは、クロエのことについて再び尋ねることにした。


「エレノア、クロエが今朝から見当たらないんだけど……どこにいるか知ってるかい?」

「……知らない」


 プイッとさらに不機嫌な顔を背けて。それから、エレノアは忙しそうに筆を走らせた。


「え、本当に知らないの?」


 手紙のことも相まって、ブランクの中には、何とも言い知れない不安が高まっていた。


 そうやってブランクが何の気なく尋ねたその時。エレノアは顔を真っ赤にしながら「あー、もう!」と勢いよく椅子をひっくり返して、スクッと立ち上がった。


「しつこいわねっ、あなた、ここにきてから女の子の話ばっかりしてる!」

「ええ……」


 メルのことについては自分で掘り下げたのでは、などと思いつつも、その通りではあるため、ブランクは、ぐうの音も出ない。


「ごめん。でも昨日、クロエが君のことを教えてくれて……それから、ずっと姿を見てない気がするんだ」


 ブランクの言葉を受けたエレノアは、途端に意気消沈して、静かに椅子を直すと、そのまますとん、と腰をかけた。


「あの子ったら……お喋りが過ぎるんだから」

「本当に、何も知らない?」


 ブランクが再三尋ねると、エレノアは「分からないわ」と首を横に振った。


「そもそも、あの子は仕事が分からないことはあっても、サボることはなかったのよ。本当に見当たらなかったの?」

 訝しむようにジッと見つめられて。ブランクは弁明のために首を振る。


「知ってるところは探してみたし、サラに聞いても知らないって。僕も君と同じように思う。たしかに彼女はだらしがないけど、自分のやることに責任は持つタイプなはずだ」

「……そうね」

 またツンとそっぽを向かれ、ブランクは頬を掻いた。

(気難しい子だなあ……)


 それだけお近づきになれた証左では、とも思うのだが、ブランクには、何が彼女の機嫌を損ねているのかが見当もつかない。それだけに下手な発言ができなくて、その気持ちたるや、大うつけの槍持ちのようである。


「しょうがないわね」「え?」


 エレノアはサッと立ち上がると、ブランクの前までツカツカと詰め寄った。


「ほら、早く探しに行って」

「でも……僕には、君の手伝いが──」


 ブランクが全てを言うよりも早く、エレノアはピッと指を鼻先に突きつけた。


「ずっとわたし一人でやってきたことなの。今更一人でやっても、大して変わりはないわ。午後には出立するのだから、その相方がいないんじゃ、話にならないじゃない」


 本懐でない事の運びに、一つ物申そうとしたブランクであったが「それに──」と続いた言葉が、ブランクの言葉を詰まらせた。


「そんなに別のことに気を取られてたんじゃ仕事にならないわよ」

「うっ、たしかに……」


 面目ない、と、肩を落とすブランクに。エレノアは、腕を組みながら「ま、まあ?」と、いじらしくも助け舟を出した。


「すこーしだけ、気持ちだけ、ありがたく、受け取っておくわ。その……ありがとう」


 態度が素直かどうかではない。ブランクは、その本音を引き出せたことがとても嬉しくて。なによ、と照れ臭そうに頬を赤らめる少女の手を「どういたしまして!」という言葉と共に、握りしめた。


「それじゃあ、ありがとう!!」


 埋め合わせはまた今度するよ、と浮き足立って去り行く少年が扉の向こうへ消えると。少女は、握られた手をジッと見つめて、それから、大切にキュッと握りしめた。



 それから──。ブランクは、屋敷の中を探し回った。一階から順を追って、他のメイドに煙たがられながらも、一室一室をくまなく探して。屋根裏はもちろん、そんなわけはないと知りつつも、食材を保管している、箱の中まで探し回る始末だった。


「いない、どこにも……」


 しかし、見つからない。さすがに頭を抱えるのだが、他に当てもない。思い当たる節がないか、記憶を遡っていると、行き当たったのは、昨日の会話である。

 人に関心を示さない少女が、わざわざ嫌いとまで言った存在。


(もしかして──あの男の……)


 ハッと思い浮かんだのは、ネロの顔である。クロエがやけに気にしていたことを思い出し、ブランクは屋敷の図書室へ駆け出し、近場にあった地図を机に寝かせると、それをぐるりと広げた。


(ホーエンハイム領──あった!!)


 それは、ノワール領の道すがらにあり、ブランクは、覚えたその胸騒ぎを、包めた地図に引っ提げながら、執務室のドアを勢いよく開いた。


「エレノア!」


「きゃあ!?」と生娘のような声をあげて。その領主──エレノアは「なによ、騒々しいわね!」とブランクを緑青色でジッと睨みつけた。


「ごめん、ちょっと、早々に出立する許可が欲しいんだ!」

「なによ、クロエは見つかったの?」

「いや、それが──」


 言いかけて、ブランクは固まった。正直に、ネロのことを彼女に伝えるべきか否か。ネロは貴族だ。それも、エレノアとは旧知の仲で、その信頼は計り知れないだろう。そんな彼の存在と、自分の言葉。彼女はどちらを信じるだろうか。


(言うまでもない、か……)


 ブランクは、巡らせた瞬考に蓋をして「なんでもないんだ」と首を振る。


「ちょっと、ジャンやウィルに早く会いたくて!」


 ブランクは、痛む胸に気づかないフリをしながら、嘘をついた。


「そう……」


 見るに分かりやすく肩を落とす少女の姿に、ブランクは、早くクロエを見つけて安心させてあげなくては、と、さらに決意を矯めた。


「クロエを見かけたら、帰るように言っとくよ!」


 安心して、と言うブランクの言葉に、少女は緑青色を儚く薄らがせながら「わかったわ」と頷いた。


「ブランク──」「え?」


 どこか遠慮がちな声に、後ろ髪を引かれて。振り返ったブランクの視線の先には、気まずそうに片腕を引き寄せ、部屋の隅へと視線を落とす少女の姿があった。それは、まるで村を発つ頃のメルの姿と重なるようで、ブランクは、まさかと首を振った。


「どうかした?」

「えっと、その……、気をつけて」


 いじらしくそういう少女に、ブランクは「ありがとう!」と急ぎ足に部屋を出た。


「あ……」


 閉ざされた扉に向かって伸びていた手が、虚空に触れて静かに戻っていく。先ほど少年に触れられた温もりを名残惜しそうに撫でながら、少女の「ばか……」という呟きが、小さくこぼれて。

 晴れた窓の外には、くすぐったいほどの春風が吹いていた。

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