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The Alter Story《ジ・アルター・ストーリー》  作者: 水落護
第四章『君の夜になりたい』

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エピローグ『君の夜になりたい』

 それから。ブランクたちは火の後始末をして、それぞれの帰路に着いた。フラフラとした足取りで、髪もボサボサで、顔は煤だらけで。それでも、やり遂げた仕事の達成感たるや、今のブランクの心を大きく満たしていた。


「あっ」


 そうして浮き足立つブランクの足元を掬ったのは、小さな石ころだった。もつれる足で、危うくバランスを崩して倒れそうになったものの、ブランクは、すんでのところで何かにもたれかかっていた。


(あれ。なんだ、甘い香りがする……)


 かすかに華やぐ甘美な匂いが鼻腔をくすぐり、ブランクは、それで自分が誰かに支えられたのだと、ようやく気がついた。


 ぼうっと顔を上げれば、そこにいたのはエレノアで、心なしか、ブランクにはその顔が、ひどく疲れているように見えた。


「呆れた。こんな時間まで外を出歩くなんて。今から帰ったんじゃ、見張りにしょっ引かれるわよ」


「あれ……なんで、君が……?」


 霞む視界は夢か現かの線引きを曖昧にするが、重たくのしかかる目蓋と、体の節々の痛みとが、現実の酷薄さをありありと突きつけて。そうであれば、目の前にいるこの困ったような顔する少女は、きっと夢ではないはずだと。


 肩を貸すなんて、そんな夢のようなことがあるものかと、ブランクは頬をつねった。


「夢じゃない……?」


「クロエじゃなくても、今あなたが失礼なことを考えてるのだけは分かるわよ」


 ずももも……と、少女は訴えるような眼差しで、ブランクの失態に圧力をかけたものの、見捨てるということはしないらしい。ブランクは、ありがたいと思う反面、途端に降って湧いた疑問に、もう一度問いかけることとした。


「どうして──ここにいるって分かったの?」


 できることならば触れられたくもない後ろめたさにか、エレノアは、一度口を固く結んだものの、やがて、観念したかのように、深いため息をついた。


「クロエに聞いた……では、納得しないのでしょうね」


 そう、ブランクはクロエへどこに行く、とまでは言っていない。こんな夜更けに、こんな場所に、いくら夜中に明かりがあって目立っていたとはいえ、見計らったように現れることなど、まるでおかしいことである。


 指摘されればおかしいことであるが、エレノアはちらっとブランクの腰にある、賢者の書を見た。


「その本に、魔道具を仕込んでおいたの。どこにいても、周囲の会話を拾えるものよ」


「……うそ!?」


 あまりに予想の範疇を超えていて、ブランクは、戸惑いを隠せずに、賢者の書を多角的に捉えて観察した。しかし、


「もう外してあるわ。さっき、あなたを出迎えた時にね」


「……なーんだ、びっくりしたよ」


 ははは、と頬を引きつらせるブランクに、エレノアは「怒ってないの?」と、大層驚いた顔を見せた。


「クロエに渡すように言ったのはわたしで……わたしは、あなたを試したのよ?」


 エレノアが目をパチクリさせながら深刻そうにそう言うものだから、ブランクはたまらずクスッと笑いをこぼしてみせた。


「僕が怒る? どうして? 君は君の仕事をしているだけだし、その範疇で、僕が不自由を被らないように、こうやって努力してくれてる。忙しい仕事の合間に、気にかけてくれてる。感謝こそすれど、怒ることなんてありえないよ」


 あまりに毒気のない顔に、エレノアはどこかバツの悪そうな顔をして俯いた。


「ごめんなさい。わたし、あなたがどうしてもまだ信じられなかった。そのために、こんな手の込んだことをして……どうかしていたわ。あなたは……わたしの領民のために、必死になって働いてくれていたというのに」


 自分が恥ずかしいわ、と、殊勝な態度で隣を歩くエレノアの横顔はどこか儚げで、見た目よりもずっと大人びて見えた。ブランクがその横面に見惚れていると、エレノアは、ポツリと続ける。


「あの工房については、わたしも気にかけていたの。けれど、どうしても方々を飛び回っているから──」


 そう言いかけてからエレノアは、何かに気づいたように、首を横へ振った。


「いいえ──これは言い訳ね。彼は気難しい人だから、わたしはきっと、どうしていいのかが分からなかったのだわ。そのために、地方へ赴く仕事を優先していたのね。見て見ぬふりをしたかったのかしら」


 ほんと──バカみたい。と、自嘲気味に笑う少女の横顔は、年相応に頼りなく、けれど、確かに自省を受け止める、強かさがあった。


 それだけに、ブランクは心配になった。


「君は、少し休んだ方がいいかもしれないね。仕事、仕事ばかりで、心にゆとりがないように見える」


 いつかにダザンから習ったことであるが、固いばかりでは、そこに脆さや危うさを孕んでしまうのだ。それは人の心も同じである。そう案じての提案であったが、エレノアは「あら、ありがとう」と上辺だけの礼に、でも、と言葉を続けた。


「わたし、こう見えて丈夫なのよ? それに、徹夜は慣れてるの」


 慣れている。それは、全く平気というわけではない。言葉の端から垣間見えた彼女の心の軋みや歪みが垣間見えた気がして、ブランクは、余計なお世話と知りつつも、一歩踏み込んだ。


「睡眠はしっかり摂った方がいいよ。滅私奉公と言えば聞こえはいいけど、我が身あっての物種だよ。今のままじゃあ、まるで自分を罰してるようじゃないか」


 ブランクはそれに、と付け加える。


「夜は静かで寂しい。今日もそうだけど、あまり長く起きるものじゃないと思うよ」


 流石に「お化けが怖い」などとは格好がつかなくて、口にすることすらできなかったが、エレノアがおかしいと言わんばかりにくすくすと笑うので、ブランクは、ムッと口で「なんだよ」と問いかけた。すると、


「あなたは夜が怖いのね」


「なっ──!」


 心の奥を見透かされたようで、恥ずかしさやら空恐ろしさやらで、ブランクの顔は、盛んに巡った血色で、途端にかあっと真っ赤に染まった。しかし言われっぱなしではどうにも癪に障ってしまい、ブランクは開き直って「夜が怖くない人なんているもんか!」と強がってしまう。


「夜の闇が怖いから──人は光を求めて、火を興したんだ!」


 夜の闇。それは、ブランクの家族を奪った、夜を夜たらしめるモノである。それだから、ブランクは夜があまり好きでなかった。しかし、そうだというのに、少女は「あら、お言葉ね」と軽い言葉で応酬する。


「皆が皆、夜が嫌いというわけではないわ。わたしは夜が好きよ」


「どうして?」


 夜が好きとは変わっている、とブランクは思った。その答えとして、月が綺麗だとか、星の海が見えるだとか、そんなロマンチックなものを考えていたブランクであったが、


「夜は──孤独を否定しないでいてくれるから」


「それってどういう──!」


 その少女の薄らいだ、失意を矯めた双眸が、ブランクの喉を凍らせた。視線がこちらへと向かずしてこれなのだから、面と向かわば、果たして自分はこの少女の抱える闇を受け入れることができるのだろうか、と、ブランクは思った。


 月影が切り抜いた白く細い輪郭は、触れれば、たちまち壊れてしまいそうなほど儚げで、あるいは月暈だけ残した月のように朧げで、ブランクの中に浮かんでいた疑問は、たちまち全て消し飛んだ。


 過去に、どれだけ凄惨な出来事があれば、自分と似た年頃の少女が、そんな顔をできるのだろうか、と、ブランクは考えた。そして、夜が好きな理由の中で、こんなにも寂しいものが他にあるだろうか、と、ブランクは思った。


 その横面は、それ以上の追求を拒んでいて、その日、二人は一つも言葉を交わさずに屋敷へと戻った。


 夜空に独り漂う月色と同じ髪したあの少女のことを、自分は何も知らない。それ以上踏み込むことはできないというのに、ブランクは、どうしようもなくあの緑青色の視線の向かう先が、気になった。


 以前クロエから聞いた、彼女の両親のことが頭を過った。あの子はどうして領主になったのだろう。孤独を受け入れてくれる夜を求めるのは、きっと両親が関係してるのだろう、と、ブランクは考えた。


(風が騒がしくなってきた……)


 朝焼けの中、風鳴りに語らう木々に、言葉の全てを任せたブランクは、その心の傷を癒す夜に、自分がなれたなら──と、自然と、そんなことを考えていたのだった。

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