第四十二『火床よ、煌々と甦れ』
顔を引きつらせるブランクとドマを交互に見比べて、ガランドは不機嫌に眉を吊り上げた。
「ドマ、これは一体どういうことだ? この小僧が、なんでここにいる?」
今にも噛みつきそうな低く鋭い声に。ドマは、一つの物怖じもせずにずいっと前へ出ると、
「ブランクに……鍛冶の特訓に、付き合ってもらっていた」
堂々と言い放った。その言葉を受けて、ガランドは「何ィ!?」とあからさまに隠そうともしない苛立ちを露わにすると、猛獣のように歯を剥き出しにして、ブランクを睨みつけた。
「テメェ、人様の弟子に、勝手に物教えようなんざ、粗鉄に唾吐くようなマネしやがって、一体全体、どういう了見だ!!」
どうやら今日は酒が入ってないらしく、先日見た時とは違い、溶鉱炉より真っ赤な顔で、ガランドは怒り散らしていた。
「ドマさん……」
「……テメェ、どういうつもりだ?」
腕をまくり、今にも食ってかかりそうなガランドの前に、ドマは、ブランクを庇うように躍り出た。
「問題は……おれにあった。おやかた、ブランクはわるくない」
「……気に入らねえな。いつからそんなスラスラ物が言えるようになりやがった?」
ジッと研がれた刃物のように凄むガランドに、ドマはゆっくりとしゃがみ込んだ。
「おやかた、おれは、変わりたい。そのための特訓をしていた。だから──」
ドマが全てを言い切るよりも早く。ガランドは「うるせえ!」と短気に言葉を叩きつけ、ドマの胸ぐらを掴み上げた。
「それが気に入らねえってんだッ! こんなどこぞの馬の骨なんかに、ホイホイついていきやがってッ! お前も弟子なら、師匠を頼れってんだッ!!」
明らかに冷静さを欠いたその様子に、ブランクは慌てて止めに入った。しかしそんなブランクを他所に、ドマは、一言「すまない」と、素直に謝った。
「変わりたいだと!? 俺は気が短けぇからこれ以上は待てねぇ!」
そういうと、ガランドはもう日の傾いた窓の外を、親指で示して、それから腕を組んだ。
「ドマ、弟子が師匠に楯突くなんざ、生半可な覚悟じゃ通らねえぞ!」
ガランドの言葉に、ドマは確かに顎を引き、頷いた。
「……よし。お望み通り、これからテメェが変わったかをどうか見てやる。今から俺の工房で、テメェがどれだけ成長したかを試してやる。それで見込みがなけりゃ……ドマ、お前は破門だッ!!」
「そんな横暴な、ドマさんだって今日はもう疲れて──」
ガランドの無茶苦茶な提案に、ドマはそっと手で制して、ブランクの言葉を押さえつけた。
「……いこう」
「ドマさん……」
発端に自分があるため、気が気でないのだが、ドマは存外強かにあった。
斯くして、三人はガランドの工房へと移った。日が沈み、夜が更けて、辺りはとうに暗くなったと言うのに、今更火の入った工房は、町中で明るく目立ち、見紛えば祭りのようだ。
「──……さあ、見せてみろや。お前らの特訓の成果とやらを」
「ドマさん、練習通りに」
「ああ」
そうして顎で示し合わせ、ドマの補助にブランクが立とうとした時だった。
「待ちな!!」
ガランドはそうやって水を差し、ブランクを指差し、親指で自分の足元を下す。
「余計な吹聴されると困るからよ、補助は俺がやる」
「……どうぞ」
そんなつもりはないが、と言わんばかりに、ブランクは両の手のひらを見せつけて、身の潔白を証明する。腕をまくり、口ぶりに反してなかなかやる気を見せるガランドは、まるで初心に帰ったようだ。
「へっ、親方になって補助なんざ、いつ以来だ」
「おやかた……よろしくたのむ」
ドマが甲斐甲斐しく頭を下げると、ガランドは気恥ずかしそうに「ケッ」と吐き捨てて、
「テメェのその生意気な口も聞き飽きたもんだぜ。俺以外なら、一発で手が上がるぞ」
「……」
ドマの疑問を覚える仕草に、ブランクは、手の上がったことがあるのだろう、と思った。
「さあやるぞ、久々だぜ、この溶鉄の熱気……!」
ブランクは、ハッとした。
「溶鉄!? もしかして、これからやるのって鋳造鉄の加工処理じゃ──」
意外に飛び退くブランクに、ガランドは、ひと時呆気に取られて、それから──ニヤリと勝利を確信した笑みを浮かべた。
「なんだ、鍛造だと思ってやがったのか。ウチは基本、鋳造生産だぜ」
しまった、とブランクは思った。
鍛治仕事は、大きく分けて二つの生産方法がある。
一つは、ブランクがよく学んできた、鍛造である。これは、金属を熱して叩き潰し、中の不純物を取り除き、鉄の硬度を上げたり、時には、異なる金属を混ぜ合わせたり、変形し、様々な加工をするものである。
そして──そのもう一つが、鋳造である。鋳造は溶鉱炉から流れてきた溶鉄を鋳型に流し込み、冷やして加工するものだ。技術的に必要な仕事といえば、鋳型の設計を除かば、温度管理やバリ取り、研磨、検査などがもっぱらであり、ブランクは、ドマがあんなに悩んでいるのだからと、すっかり鍛造のことだとばかり思っていた。
(そりゃ初心者同然なはずだよ……!)
あんまりにも見当違いだった。勘違いも甚だしく、まともに言葉を交わしていれば、すぐにでも思い至りそうなことであったのに、ブランクは、とうとう最後まで気づかなかったのだ。空いた休憩時間で、ドマとダザンの資料を覗きはしたが、鋳造に関しての知識は、もうそれぐらいしかない。ブランクにできることといえば、もはや祈ることくらいである。
「……!」
そこへ。ドマは、親指を天に向けてつき立て、任せろ、と、音もなく呟いた。
(ドマさん……!)
ブランクは、両の指を重ねて、必死に神へと祈った。
──……そうして、溶かした鉄を鋳型に流し込み、冷やし、加工処理を終えて。
ドマの完成品を、穴が開きそうなほどしかめっ面で見定めるガランドは、ようやく重い腰を持ち上げて、ふんぞり返った。
「てんで駄目だな。見こぼしが多すぎる。こんなんじゃお話にならねえ」
「そんな……」
得られた結果は、あまりにも無慈悲であった。
(僕が、余計な首を突っ込まなければ……!)
ブランクに芽生えたのは、今更遅い、自責の念である。
余計なお節介を焼いたばかりに、ドマは今日から根無し草だ。職もなくなり、明日から、どうにか生きるための術を見つけなくてはならない。現在複雑な事情で居候なブランクには、面倒を見切ることだってできやしない。
そんな申し訳なさに、ドマの顔が見れない。ブランクがそうやって、敗北感に打ちのめされながら地面へ顔向きを落としていると、
「だからよぉ──」「わっ!?」
ガランドは、ブランクの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「こいつの師匠は、俺しかいねえんだって、目が覚めたぜ」
ありがとよ、と。ガランドは照れ臭そうに鼻を鳴らす。
「えっ。それじゃあ──」
ブランクが大口開けて目をパチクリとさせていると、ガランドは、ああ、と頷き、自身より頭一つ高いドマの顔を、腕に引っかけてぐいっと寄せると、朗らかに笑った。
「む……」
「こんな手間のかかるやつ、俺以外に任せられる奴がいねえだろうが」
ガッハッハっと大口開けて豪快に笑い飛ばすガランドであったが、ドマも悪い気はしないらしい。頬をポリポリと掻いて、どうやら一件落着か、と、ブランクに思わせた。




