第四十一話『才能の正体』
「お、お……お?」
狼狽えるドマに、ブランクはくすくすと笑う。
「ごめんごめん、驚かせたよね。これは賢者の書って言って、内部に特殊な空間を持ってる魔道具なんだ」
放つ言葉一つ一つに疑問を募らせるドマの手を引いて、ブランクは、森中にある一軒家へと案内する。
「さあ、ここだよ」
「お……おお……!」
ペタペタと設備のものを触っているドマを他所に、ブランクは、つうっと窓枠に指をなぞらせて、その腹を覗いた。
(埃がない……?)
指先にある指紋には塵の一つも黒ずまず、見るに掃除をされた後のように綺麗でピカピカだった。
(取り上げられてたから、中を掃除しなきゃと思ってたのに)
手間が省けて助かる反面、ブランクの中には、奇妙な違和感が残った。
「や……やろう……!」
「……うん、ちょっと準備するから、手伝ってもらえるかな?」
既にやる気十分なドマに当てられて。「任せ、ろ……!」と親指立てる頼もしいドマと、実習形式で、鍛冶場の立ち上げをした。
「──……うん……うん」
見るに立ち上げるに至るまでの早さたるや、それは熟練の技が見えるほど流麗で、無駄の一つもなかったのだが、ブランクは、意思疎通の難しさに、心底絶望した。
「ドマさん、肩に力が入り過ぎてるよ。ハンマーは手首だけで振らないで。肩で持ち上げてから、手首で振り落とす。これを意識するだけで、だいぶ違うから」
「……う?」
「うわっ……」
良かれと思っての助言をするのだが、そうすると途端に全ての連携が崩れ去ってしまい、しっちゃかめっちゃな動きになってしまう。今に至っては、握る意識がなくなり、ハンマーがぶん投げられてしまう始末である。危うく煌々と光る板材に手がつきそうになって、ブランクは、とうとうガランドの心労を思って頭を悩ませた。
(これは……大変なことだぞ……!!)
ブランクは、なんと安請け合いしたのかと後悔した。ブランクもようやく一人前だと認められただけであって、人に物を教えることの大変さを、ようやっと思い知ったのだ。
「で……このタイミングで冷やす! って、あれ。ドマさん、聞いてる?」
おーい、と声をかけども、耳まで遠くては機は完全に逸していて。慌てて肩を叩くと鉄槌がすっぽ抜けるのだから、危険極まりない。
これじゃあまるで、今日始めた人に物を教えるのと、何ら変わらない。今までやってきていてこれなのだから、ブランクは、一朝一夕ではないこの難儀な課題を途中で投げ出せない歯痒さと、世知辛さとに、とうとう昨日の自分を呪ってしまった。しかし、
「やっぱり……おれには、才能が、ない」
(あっ……!)
ブランクはハッと我に返り、これを聞き、己を恥じた。師弟の間柄でなくとも、物を教える人の立場にある者が、教わる者の前で、ことさら心にある機微を顔に出すことがあるなど、もってのほかではないか、と。
「知ってい、た……おれは、なにをやっても、才能がない。これまで、たくさん微笑われた。しゃべることも、ままなら、ない」
それと同時に、ブランクは、自分の師匠を思い出していた。彼は、ダザンは言っていた。それが、今の自分を支えている言葉で、ブランクは、その言葉が大好きで、今のように前を向けたのも、その言葉があったからだ。
ブランクも、一年間かけて修行をしていた時、今のドマのように、弱音を吐くことがあった。自分には才能がない、だから、ウィルやジャンのようにはなれない。
そうやって不貞腐れて、自分の不甲斐なさに言い訳を重ねていると、師である、ダザンは言った。
『いいか、ブランク。よく聞け。お前や世間の人々は、度々〝才能〟という言葉をよく口にするが、そんなものは存在しない。これだけは覚えておけ』
絶対に忘れるな。才能というものの正体は──。
「ドマ」
不意に声をかけられて、ドマは戸惑う。けれど、ブランクは伝えたい思いを琥珀色に乗せて、まっすぐな言葉で言う。
「君には才能がない」
あっけからんとそんなことを言われて。ドマは、視線のやり場に困ったかのように、炉の中へと顔を向けた。
「でも──僕にも才能はない」
気休めか? と言わんばかりの言葉に、ドマは狼狽えすらしなかった。だが続く言葉に、
「僕のお師匠も──きっと、ガランド親方にも、才能はない」
頓珍漢な発言に、ドマも絶句した。塞がらない開いた口へ、ブランクは優しく微笑んだ。
「元々、才能というものは存在しないんだ。そんな、ありもしないものに一喜一憂したって、しょうがないんだよ」
「才能は……ない?」
聞くに奇天烈な言葉に、ドマの頭は疑問で傾いた。前髪で窺い知ることはないが、その目がしどろもどろに踊る様が、目に浮かぶようだ。ブランクも、同様の反応をしたので、手に取るように分かった。
ブランクは続けた。
「ドマ。君の言う才能は何?」
「それは…………なんでも、できること。てんさい?」
聞けば漠然とした言葉に、ブランクは優しく頷いた。
「そうだね、僕もそう思ってた」
けどね、違うよ。と、そうやって、やんわりと否定されて、ドマはようやく狼狽えた。
「才能というのは、気付ける気付けないか。これだけなんだ」
「……う?」
どういうことだ、と言いたげであるが、ドマは、今日一番興味を示している。ブランクはドマへ告げる。
「僕のお師匠が言ってたんだ。才能っていうのは、そこに在る事実に気付けるかどうかだけなんだって。みんなから天才と言われるような人たちは、この真実に気付くのが早いだけで、その真実に気付く可能性は、誰もが持ってるんだって」
だから──と、ブランクは続く言葉に炉の温かみを乗せて言う。
「ドマ──君は、才能という言葉に惑わされなくていいんだ。それは、自分を縛る言い訳になってしまう。君の可能性に、蓋をしないで」
ブランクの言葉に、ドマは憑き物でも落ちたようだった。茫然と自分の手を鑑みて、それから、握っていた拳をそっと開いた。ドマの手にはたくさんのマメがあり、幾度潰れたのかも分からない。ただそのごわついた手は、才能の一言で蓋をするにはあまりにもったいない。
「もし──」
だから、ブランクは続ける。
「もしもこの世に才能というものがあるなら……それはきっと、何かを続ける根気を持てることを言うんだと思うよ」
「うっ……」
ブランクは、ドマの手を拾い上げ、その手のひらにできたマメを、優しく撫でた。
「ドマ、あえて言うよ。君は……立派な〝才能〟を持ってるよ」
「う、お……」
ドマは、泣いた。年甲斐もなく、恥も外聞もなく。これまで様々な苦労があったのだろう。その言動を、人となりを、後ろ指差されることもあったかもしれないが、それでもドマは、飄々と生きてきたはずだ。才能を言い訳にすることで。
しかし、その自縛は今日、解き放たれた。ドマはどこへでも行け、何者にでもなれる自由と引き換えに、心の支えを失った。
「ブランク……ありがとう」
ただ──もう心配はいらないのだろう。ドマのこれまでの人生が、消えたわけではないのだから。培ってきたものは嘘をつかず、これからいくらでもやりようがある。
それから、ブランクたちは特訓を続け、ドマもブランクの言葉に耳を傾けるようになり、見れるほど様になるようにはなった。
「ドマさん。今日はこれくらいにして、続きはまた明日やろう」
「……ああ」
心なしか話すリズムも改善が見られて、ドマも、なんとか自分を変えていくことにしたようだ。
「開け、賢者の書」
パァッと開いた本の中へ、ブランクとドマは飛び込んだ。光が収まると、ブランクたちは元の殺風景なドマの部屋へと戻っていた。
「うぉっ、どっから出やがった!?」
ただ……行く前と違ったのは、
「げっ!!」
「……なんだ小僧。ウチの弟子と何をコソコソしてやがった?」
その部屋に、ガランドがいたことだった。




