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The Alter Story《ジ・アルター・ストーリー》  作者: 水落護
第四章『君の夜になりたい』

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第四十話『深夜の交歓会』

「どうしよう……」とブランクは頭を悩ませた。大見得切って誘ったところまでは良かったものの、ドマと一緒に鍛治の特訓をするには、絶望的なまでに足りないものがあった。それが、何かと言えば──。


「鍛冶場なんて、どこにもないよ……!!」


 約束を取り付けたところでそのことに気がついた。なんとか先延ばしするべく、落ち合う約束を後日へ先延ばししたのだが、無い袖など振れるはずもなく。ブランクは、(きた)る明日を思えばこそ、こうして眉間にしわを寄せているのだ。


「本当にどうしよう……」とめどなく溢れてくる案はどれも夢物語であり、実現可能なものなど、一つもありはしない。


 ガランドの鍛冶場を借りるのは論外だ。鼻を明かすと言った(本人には言っていないが)以上、いそいそと特訓に明け暮れているところを見られては、鼻で笑われるのが目に見えている。


「というか、一つの町に二つ以上の鍛冶屋なんてあるわけ……」


 そう、よほど栄えた街でもない限り、鍛冶屋など複数あることは、滅多にない。装蹄師でもいれば、あるいは炉を借りられたかもしれないが、この町にはいないようだった。


「う〜ん、他に鍛冶場のあるところって……」


 町から出ることができない以上、他に探しに行くのも難しい。仮に出られたとて、この国の地理に疎いブランクが鍛冶屋のある町を探すなど、年明けを待つより時間がかかるだろう。


「騒がしいのは顔か声かどっちかにしてよ……」


「あ。ごめん、クロエ」


 起こしちゃった? と詫びれば、彼の黒猫の少女は、寝ぼけ眼をこすりながら、うゆうゆと夢現(ゆめうつつ)にまどろんでいた。


「深夜にぶつぶつ独り言なんかしてたら、さすがに起きちゃうよぉ」


「うっ……いや、ほんとごめん」


 頭上(あたまうえ)にある大きな猫耳をぴょこぴょこと跳ねさせながら、独り()つたことを反省するブランクを、クロエは、とろんと溶けそうな目に浮かばせた。


「どうしたの?」


「えっと、鍛冶場が欲しいんだけど、場所がなくて……」


 ぐしぐしと目を擦るクロエに、事情を説明する。ブランクの言葉に甲斐甲斐しく、あるいはこっくりこっくりと頷くクロエを尻目に、ブランクは思う。


(賢者の書があればなあ……)


 あの中には鍛冶場もあれば、それに関する記録も揃ってる。ドマと秘密の特訓をするには、打ってつけなのだ。しかし現状取り上げられているのだから、それもない物ねだりである。


 ブランクが、またクロエを差し置いてうんうんと唸っていると、クロエは耳をパタパタと忙しなく動かして、それから──、


「いいよ」


「……え?」


 呆けるブランクを、水鏡がごとく澄んだ(まなこ)で捉えて、再び「いいよ」と言った。


「さすがに剣を返したりなんかしたらエレノアに怒られちゃうだろうけど、あの本、攻撃に使う物じゃないんだよね?」


「う、うん。そうだけど──」と、渡りに船のありがたさに感謝の念があったが、ブランクは、それよりも気になることがあった。


(そういえばこの子、また雰囲気が違う……!)


 くわっと大口開けてあくびをする彼の娘は、常のきびきびした人柄とは打って変わって、どちらかと言えば、杜撰な部屋の様相を生み出している張本人であり、もしかすれば彼女は双子では、と思わせるのだが、


「キミ、失礼なこと考えてるでしょ。ボクだって分かるんだからね?」


「あ……ごめん」


 ぷくぅっと膨らむ頬を除けば、その心内を見通す目など、まさにクロエの持ちうる稀有な能力である。普段の働く彼女を思えば、こちらの雰囲気など、妙に幼びて見えるのだが、


「本のことは──ピノちゃんが起きたら、ボクがちゃんと伝えといてあげるから」


「ピノちゃん?」


 初めて聞く名に、ブランクは首を傾げた。するとクロエは「あれ?」と不思議にこてんと首を傾けた。


「言ってなかったっけ。ボクの名前はクロエ=ピノ・ノワール。だから、その真ん中の名前を取って、もう一人の子のことを、ボクは──ピノちゃんって、親しみを込めて呼んでるんだぁ」


 かわいい妹でしょ、と無垢にはにかむ少女は、どちらが上か下かを考えさせる。しかし、


(やっぱり──人格が二つあったのか……)


 ブランクも噂には聞いたことがあった。というより、物語の中でしか見聞はなかったが、許容し得るストレスを大幅に超える環境に曝された時、人は、その人格を破壊されてしまうのだという。中にはそのまま廃人となるケースもあるのだが、大抵がその人格の再形成をし、元の人格と、外の堪え難い現実を一身に引き受ける、いわば心の芥場のようなものを、作り上げてしまうのだとか。


 一昔前では、悪魔に取り憑かれただとか、魔女だとかさえ言われていたほどであり、この現象は、当人たちにとっては極めて慎重を要する問題なのでは、と、ブランクに思わせた。


 そうなると、迂闊に触れない方がいい話題なのでは? と、以前に尋ねた時に、突っぱねられたことを思い返すのだが。当の本人であるクロエは、そんなことはお構いなしなようで、どこか他人事のように、くすりと笑うのだった。


「キミのそういうところ、ボクは好きだなあって思うよ」


「えっ?」


 聞き間違いか、と思って聞き直すと、もう言ってあげない、と少女はいたずらに笑って。やっぱり年相応に愛らしい少女の無垢さに、ブランクはすっかり言葉を失っていた。


「それじゃあ、ボクはもう寝るから、あんまり騒がしくしないでね」


「あっ、うん。ほんと、ごめんね!」


 ありがとう、クロエ! と言えばおやすみ、と返されて。ブランクが同じ言葉を交わして床に着くと、半刻足らずで、室内には規則正しい寝息が響いた。


 それから続く明くる日、目覚めればブランクの枕元には既に本があった。


「なんだろ。こういうの、なんか嬉しいな……!」


 事前に知っていたはずなのに、なんだかサプライズプレゼントをもらったかのような喜びに、ブランクは、久方ぶりに目にした大切な本を、大事にぎゅっと、抱きしめた。


 なんとか約束を果たす目処が立って、ブランクは、心中ホッとしていた。それもこれも、クロエが融通を効かせてくれたからである。この一件を終えたら、何か彼女にプレゼントをしてあげよう。そう思いながら、ブランクはいそいそと布団を飛び出した。


 それから、ブランクはドマと合流した。待ち合わせ場所であるドマの家は、見るに殺風景で、部屋の中には、観葉植物が一鉢と、タンスと机があるだけだ。どうやら椅子は使わないらしかった。寝室などもなく、タンスの上に、毛布が一つ、折り目正しく畳まれているだけであった。


「鍛冶場は……見つかった、か?」


 ドマは、やはり独特な間でそう尋ねてきた。若干の戸惑いに首を捻る彼の者に、ブランクは「まあ見ててよ」としたり顔で本を見せつけて、


「開け、賢者の書!!」


 それから、二人は本の中へと吸い込まれた。

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