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The Alter Story《ジ・アルター・ストーリー》  作者: 水落護
第一章『異国の地へ』

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第二十四話『張り巡らされた罠』

    第二十五話『張り巡らされた罠』


「こっちだよー、足元には気をつけてねー?」


「うわっ、と……」


 歩きにくいな、と愚痴をこぼすブランクに、サリナは、だから言わんこっちゃないと腰に手を当てる。二人はあの少女のいた川の上流へ向かっている。岸辺はもうなく、革靴を腰に結び、裸足で歩いている。


 川底は藻がぬるぬるとしていて、歩行者が足を滑らせるのを今か今かと待ち構えている。ブランクはなにくそと指の股をかっ開き、しっかりと体幹を使ってバシャバシャと、すり足使って先へ先へと立ち向かっていく。


「やっぱ私が抱っこしよっか?」「遠慮します」


 食い気味にそう言うと、サリナはキラキラした顔から一転して「釣れないんだからぁ」と、口をぶーっと突き出して、不服をあらわにする。


 そうして上流へ渡っていくと、途中でどん詰まりに差し当たる。見るに、水の動きのあることから、下から湧き上がってきているようだった。その先は濁っていて何も見えやしないが、幸い、ブランクたちが向かうのはこの冷たい水の中ではなく、横手に逸れる大穴だ。


「こっちこっちー! 水搾っとかないと風邪引くよー!」


 んしょっと言いながら、サリナは、スカートの裾を搾る。そこから覗く足は、白毛に覆われていて、二股の蹄がしっかりと地面を踏み抜いていた。


(そういえば、サリナさんの足ってああなってるんだ)


 今まで人型であったが、亜人は形態変化を持つ。半獣化と獣変身。自尊心の強い竜人族(メギア)は竜変身と顕示(けんじ)しているらしいが、要領は同じである。


 半獣化は体の一部を獣化させるのだが、これが人から離れれば離れるほど本来の力を増すという。先ほどのサリナの着地も半獣化の要領である。しかし一方で理性や知性が失われるというのだから、滅多なことでは獣変身は使われないらしい。基本的には今のサリナと同じようにふくらはぎから先だったり、肘から先を獣化させる。そういう使い方が基本だそうだ。


(行きずりに話してくれたけど──結構すごいことだよね、これ)


 西の賢者の冒険譚では、ダザンにとって既知の事実であるからか。ことさら大袈裟に取り上げていることはなかった。なので、ブランクにとってはありがたいほど新鮮な情報だった。


(でも──)


 中には絶望的な情報もあった。


(竜人族は変身しても知性が失われない、か……)


 わざわざ『竜変身』と銘打つだけあって、通常の獣変身とは一線を画するようだ。唯一の救いとも言える情報は、肥大化するためにエネルギー効率の悪さから、変身することが滅多にないということだ。しかしそれはほとんど竜化してなかったアルトリウスの強さを、ただただ裏付けるだけになっていた。


 だがありがたい情報には変わりない。ブランクは口を結んで考え込む。これは貴重な情報だ。何も知らないのとはわけが違う。


 きっと、亜人にとっては裏切り者、と後ろ指を差されてもおかしくないような秘密の開示である。それを嫌な顔一つせずに当たり前のように教えてくれるのだから、ブランクは頭が上がらないな、と素直に感謝した。


「ほらほらブルぅ、そんな下ばっか見てないでこっち見てごらんよ!」


「えっ?」


 ブランクは、サリナに促されて面を上げた。瞬間、言葉を失った。


「わあ……!」


 洞窟は、いつの間にか終わりに差し掛かっていたようだった。そのままそこへ進むことはできないが、一つ大きな崖を挟んだ向こう側には、岩のフレームに収まった、異国の風景がある。人の住まう建築物こそ見えないが、伸びる針葉樹などはブランクたちのいた場所とは違っていて、少年の冒険心をくすぐるにはそれだけで十分だった。


「どう? 驚いたでしょ」


「うん、すごいや……」


 夜明けを迎えそうな空の向こう。それを見て目をぱちくりさせるブランクに、サリナは、どこか興奮気味に言った。


「私も驚いた! 前見た時は小さかったしあんまり覚えてなかったけど、めちゃくちゃ綺麗なんだね、ここ!」


(あっ──そっか)


 以前にサリナがここを訪れたのは、父の亡命によるものである。幼いサリナにとっては、それこそ死に物狂いの逃避行であり、景色を楽しむ余裕などなかったのだ。


「ふへっ、メルにも今度見せてあげたいなー」


「またおいでよ」


「うん、余裕があればそうするー!」


 まずは帰ってから慰めなきゃなー、と先を憂うサリナに、ブランクは気になっていたことを尋ねた。


「そういえば見送りにメルいなかったね」


「んー? 気になるー?」


 そう言われると別に、と言いたくなるのだが、サリナの目が「早く聞けよ」と言っていた。


「気になった……」


「よろしい、ならば聞かせてしんぜよう!」


 男らしくドンっと胸を叩いたサリナは自信満々に言った。


「実は別れるのがつらいから見送りたくなかったんだってさ」


「あー……」


 メルならあり得そうだ、とブランクが納得すると、サリナが、げんなりと肩を落とした。


「でも、たぶん帰ったら、見送れば良かったーって泣きついてくるんだろなーって」


「あー……」


 それも容易に想像できたブランク。そこへサリナが「ちょっと!」と物申す。


「気のない返事ばっか! 聞く気はあるのかね、聞く気は!」


「えっと、あっ、はいっ、ありますあります!」


 自分から話しだしたんだろ、とは思ったものの、気になると言わされた手前そんなことも言えず。ブランクは、謎の熱量に溢れたサリナに、苦笑を浮かべながら相槌打った。


 麗しすぎる姉妹愛もあって。サリナの話は、ほとんどがメルのことだった。その熱量は、目に入れても痛くないと言わんばかりであった。


「でさ! メルったら二歳の頃に『ねーちゃ!』って言ってくれてさー、あんまり喋らない子だったから、あの時は感動したのなんのって……!」


(酔ってないのに酔ってる時のジャンそっくりだ……)


 絡み方が酔っ払いのそれだった。同居していた頃にも幾度と聞いた話を、サリナは、さも新鮮なことのように話してくる。しかし、酔っ払いと違ってタチの悪いのが、しらふだから、適当にあしらうと根にもたれることである。


 ブランクは、大袈裟なほど身振り手振りで感動を語るサリナを、ちょっとボケた老人だと思い込むことで、なんとか耐え忍んだ。


「おっ、ほら見てごらんよブランク、出口だよ、出口!」


「あっ──ほんとだ」


 そうして横並びに話していたサリナが先行くと、ブランクもようやっとこの洞窟が終わるのかと安心した。ブライト光石の光もあるとはいえ、やはり自然の光の方が安心する。外はちょうど朝日が立ち込めていて、その眩しさに、ブランクは目をすぼめた。


 その一方で、サリナは、子どものようにはしゃぎながら、出口へ向かって駆け出していた。


「まったく、どっちが子どもなんだか──」


 言いかけて。ブランクは、奇妙な違和感を覚えた。


(え。なんだ、あれ)


 床に、白い布のようなものがまばらに落ちている。それは湿り気のある繊維質の集まりで、土埃を不自然にくっつけて、洞窟の景観を損なっていた。そうしてハッと顔を持ち上げた先、洞窟の出口でキラキラと光る朝日に混じって、何かがキラリと光ったような気がした。


「──プロテマッ!!」


 そして、考えるよりも早く。ブランクは、サリナへ向けて、無詠唱魔術を放っていた。


「ほえ? うわぁっ!?」


 次の瞬間、サリナは見えない何かに弾かれて、ブランクの元まで吹き飛んできた。


「わっ、わっ、と……ブル、平気?」


「それはこっちのセリフ……サリナさんは無事?」


 なんとかね、と起き上がってからスカートの土埃を払ったサリナは、急ぎ自分を門前払いした出口を睨みつけた。


「なにごと?」


「分かんない。ただ、何かある」


 ブランクはそう言って近くにあった石を拾い上げると、弓なりに腕を振るいながら、それを投げつけた。


「げっ!」


 ブランクの隣から、淑女にあるまじき声が聞こえた。しかし、ブランクにも同様の驚きがあった。


(これは……!)


 投げつけた石は、見えない何かによってすっぱりと断ち切られていた。それは有機生命体ならば容易く命を刈り取ることを証左していて、つまるところ──それは、命を脅かす天敵の存在を意味していた。プロテマという、硬度上昇と衝撃緩和の魔術がなければ、サリナの命が簡単に奪われていたということに他ならない。


「サリナ姉ぇ気をつけて、なんかヤバい──」


 言いかけて後ろ足を引いた瞬間、


「──は?」


 ブランクの体は、宙に浮いていた。


(なんだ、何が起きた……!?)


 慌てて周囲を見渡すと、天井にサリナがいて、青ざめた顔をしてこちらを見ている。


(違う、これは──)


 ブランクは気が付いた。自分が真っ逆さまにぶら下がっているのだと。そしてその足には、先ほど布だと思っていたものがへばり付いていることに。


「くそっ、なんだこれ!」


 ブランクは天井まで伸びたその布のようなものを抜き放った剣で断ち切ろうと、腕を振る。しかし体の支えようとない空中ではその力は持て余すばかりで、さらにその剣身が、ぐにっと曲がった白布にくっ付いてしまうのだから、始末が悪い。


(固いのに柔らかい……なんだこれ!?)


 謎の材質に疑問が深まるばかりだが、ブランクは、感覚的になんとか切ることができそうだと踏んだ。


「プ……プロテマ!」


 そうしてプロテマを自分に使うと、張り付いていた剣がぶちぶちと繊維を断ち切っていく。


「わっ!」


 ぐるりと体勢が変わり、それから剣に張り付いていた白布が糸へと変わり、ぐにょーっと伸びると、ブランクは、伸縮性に富んだ糸に、ゆっくりと地面まで運ばれていった。


「ブル、大丈夫!?」


「なんとかね」


 そう言いながら、ブランクは剣に貼り付いていた糸をぐいっと岩に擦り付けて、それを引きちぎった。


(これって、蜘蛛の糸に似てるような──)


 ブランクがそうやって思考を巡らせていると、


『あわれなり』


 そのくぐもった残響は──響いた。

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