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The Alter Story《ジ・アルター・ストーリー》  作者: 水落護
第二編『失意の領主』

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序章『決意を新たに』

 少年ブランク・ヴァインスターは振り返る。


 それは、数年前のことだ。ブランクが、まだメルと同じくらいの年頃の話であった。今はもう失われてしまったその真新しい家の中で、ある事件が起きていた。


「あのよー」


 ジャンは後ろ頭を掻く。目の前の少年二人に呆れて。


「オレもさー、面倒見てる手前、どっちの言い分も聞きてーんだわ」


 ブランクはウィルを、ウィルはブランクを睨みつける。そんな表面張力のようなわずかなバランスで整えられた一触即発の空気に、ジャンは、気まずそうに一石投じた。


「なんでそんななるまで喧嘩した?」


 ブランクとウィルには、ほっぺが腫れるまでいがみあった跡があった。


「だってこいつが」「だってこいつが」


 声を揃えて、二人はお互いを指差す。それが気に入らなくて、二人はお互いの頬をつねりあった。


「やめろやめろ!」


 醜い(いさか)いに割って入って、ジャンは二人を引き剥がす。


「同じ家族だろ? 何で仲良くできない?」


 ジャンが尋ねると、先に弁明したのはウィルだった。


「こいつ、弱いくせにオイラに突っかかってくるんだ」


 直球的な煽りを受けて、ブランクは「はあ!?」とトサカにきた怒りをぶちまける。


「そっちこそ女の子みたいな顔してさ、ちんちんついてないんじゃないの?」


「なんだと!?」「なんだよ!!」


「おい、いい加減に──」


 ジャンがそうやって取りまとめようとした時だった。


「攻撃魔術も使えないくせに!!」


「なっ──」


 ブランクが一番気にしていたことを、ウィルは言い切った。かあっと顔を真っ赤に染めたブランクは、ウィルの売った喧嘩をすぐに買った。


「そっちこそ、補助魔術の才能ないじゃんか!」


「はあー? 攻撃は祭壇の防御だから!」


「は? それを言うなら最大の防御だし! バカじゃないの!?」


 ブランクに訂正されて、ウィルは「うっせ!」と語彙のない罵倒をする。


「意味伝わってるんだからいいじゃんバーカ!」


「バカはそっちだから!」


 不毛な応酬に、ウィルが「うるさいうるさい!」と気を昂らせた。


「弱いくせにいきがるなよなっ!」


 ウィルがそう言うと、急所を突かれたブランクが一瞬口を(つぐ)んだ。それから──悔しさで目元を濡らし、背中を向けた。


「ウィルのばか、もう知らない!」


 ブランクは涙ながらに駆け出して、家の外へ出た。へへーんと調子良く勝利を噛み締めるウィルの頭に、ジャンの拳骨が降った。


「いてっ!」


 見上げるとウィルの紫紺の瞳に呆れたジャンの顔が映り込む。


「言い過ぎだぞ、ウィル」


「だって──」


 そうして言い訳がましく反論しようとしたウィルに「だってもクソもあるか」と、ジャンはピシャリと言いつけた。


「攻撃魔術を教わるまで、お前も補助魔術の使えるブランクを尊敬してたろ」


 ジャンにそう諭されて、ウィルは不服に唇を尖らせた。

「だって……使えないとは思わなかったんだよぉ。教えても、意味分かんないって言うし」


 ウィルがそう言うと、ジャンは「あのなあ」と呆れ果てる。


「お前が補助魔術を使えなかった時、ブランクはバカにしたか?」


 その言葉に、ウィルは「うっ」と言葉を詰まらせた。


「してないよな? 一生懸命教えてくれてたろ?」


「そりゃ、そうだけどさぁ……」


 もごもごと口をまごつかせるウィルに、ジャンは言う。

「お前が使えなかったのはお前に才能がなかったからだけど、それはバカにしていい理由にはならないだろ。ブランクもそれを知ってるから、バカにはしてなかったよな」


「……」


 ジャンにそう言われて、ウィルはとうとう口を閉ざした。それを見かねたように、ジャンはブランクの出ていった扉を見つめながら、ウィルへ向けて言った。


「とりあえずお前、ブランク連れ戻すまでもう帰ってくんな」


「はあ!? なんでそんな──」


 横暴だと言わんばかりの勢いに、ジャンはずいっと鼻先の擦れるほど顔を近づけ、ウィルを圧迫した。


「ちょっと外で頭冷やしてこい。な?」


「うっ、ぐっ……」


 有無を言わせぬ圧力に負けて──ウィルはくそぉ! と叫びながら家を出た。


    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ウィルのばか……」


 ブランクは見晴らしの良い崖で、黄昏に焼ける空を眺めていた。膝を抱え、鼻をすすって。すぐ傍にあった石を拾い投げ、ぽーんと遠くへ投げやる。それはやがて下に霞む森の海へと吸い込まれていった。


(そりゃ僕も、ちょっとは言い過ぎたところはあるけど……何もあんなこと言わなくたっていいじゃないか)


 少し前までは、初めて覚えた魔術に二人して興奮していた。危険が伴うから補助魔術からであったが、先に覚えたブランクと違って、ウィルはいつまで経っても魔術が使えなかった。精霊が姿を現さなかったのだと言う。


 その感覚が分からなかったブランクであったが、拗ねるウィルを見かねたジャンが、二人に攻撃魔術の指導を始めてからはその価値観がひっくり返った。


 ブランクは攻撃魔術の詠唱をしても、精霊の姿が見えなかった。ウィルの言っていた言葉の意味を肌で感じて、がっくりうなだれた。


 そんな時、ウィルの嬉しそうな顔を見て、喜び半分に、妬みが半分。素直におめでとうと言えたら良かったのに、ブランクは負けず嫌いに言ってしまった。


『あとは補助魔術も使えるようになれば完璧だね』


 それから、二人はいがみ合うようになった。


(……元を正せば、僕が悪いのか)


 そう気づくと、ブランクは地平線に飲み込まれる太陽よりも一層気持ちを沈ませて、自分に辟易とした。


(帰って謝ろ)


 バカみたいだ、と自嘲気味に笑い、ブランクは顔を持ち上げた。


(ん?)


 そこへ──ぬーっと影がひとつ、忍び寄る。


「何してんだよ、ブランク」


「……ウィル」


 顔だけ向けると、そこに不機嫌そうなウィルがいた。

 先刻まではどうやって謝ろうかと考えていたのに、苛立ちを隠そうともしない顔を見ると、ブランクは、それを見ているのにも嫌気がさして、気づけばぷいと、顔を背けていた。


「せっかく謝りに来たのに、なんだよその態度は!」


 あからさまに和解の意思のない気勢を見るに、ブランクは、その背景を推察した。


「どーせジャンに言われて形だけ謝りに来たんでしょ。見てればわかるよ」


 意固地になってそう言うと、ウィルは「は、はあ!?」と慌てふためいた。


「べべべ、別にそーいうんじゃないからッ!」


「図星じゃん、恥ずかし」


 ブランクがそうやって煽りたてると、ウィルは「うざ!」と一言添えて、それから、ずんずんと地面を踵で叩きながら赤枯れ色の少年まで近く寄った。


「お前が帰ってこないと、オイラも家に帰れないんだよ!」


「へー、やっぱそうなんじゃん」


 聞けば困らせてやろうと言う思いが沸き立つ。こうなったらテコでも動かないぞ、と決意を固めたブランクの腕を、ウィルがぐいぐいと引っ張る。


「何ムキになってるんだよ──そっちのがよっぽどバカじゃん!」


 そう言われて。ブランクは、かちんときた。それこそ図星だったからだ。


「うるさいな──もうあっちいけよ!」


 振った腕は大きく空振った。


「あ」と声が重なった。突然ブランクという支えを失ったウィルの体は、崖の向こう側へと放られていた。すると──取り返しのつかない状況に、ブランクは全身の毛穴から大玉の汗を噴き出していた。


「ウィルぅ!!」


 先に放られた銀髪の少年を追いかけて。琥珀色の瞳を恐れに濡らした少年は、条件反射で崖の向こうへ行っていた。


 どうしよう、という思いはどちらも同じだった。ウィルは思いがけずであるし、ブランクなど考えなしに体を動かしていたからだ。


(あ、そうだ──アレなら……!)


 脳裏を過ったのは、習ったばかりの補助魔術。


「守りたまえ、固めたまえ、パスク・ア・ビット・ハリアスク──」


 一字一句を間違えないように、抑揚もなく声高に唱えていく。


(──あ)


 そうして魔術を発現しようかという刹那。開いた視界の先で切り揉まれているウィルの姿を見て、ブランクは気づいた。


 遥か眼下にあったはずの崖下の緑の海は、もう眼前にある。ブランクが学んだ補助魔術は、一人にしか使えない。


(これだめだ)


 色んな思考が巡る。このままいけば、きっとなす術もなく地面に叩きつけられ、ウィルは死ぬ。しかしもう一度魔術を唱える時間などない。あちらを立てればこちらも立たず。


 下唇を噛み締めて、ブランクは選んだ。


「プロテマッ!!」


 そこから、ブランクの記憶は吹き飛んだ。


 次に目を開けた時には、とっぷりと夜が更けていて。ズキズキと疼く頭の痛みを助長するような高い音が、ずっと響いていて、それがブランクの琥珀色の瞳を開かせたのだ。


「くそぉ、あっちいけよ!」


 霞む視界に、銀色が映る。


(……うぃる?)


 ぼやけた世界は、やがて、ゆっくりとその輪郭を取り戻していった。ブランクは、自分の生きていることを、全身隈なく刻みこまれた痛みによって、ようやく気付かされた。


「うっ……」


 確か──と、記憶を巡る。ブランクは、ウィルにプロテマを使った。それは、自己犠牲のような尊く高尚な心ではなく、自分のせいでウィルが死んでしまったら、ジャンに怒られてしまう。そんな、寝小便をした布団を少年が隠す心理のような、打算的なものだった。


 しかしそれが功を奏したのか、ブランクの体は、運良くウィルの体に弾かれて、その衝撃を和らげた。しかし衝撃を緩和しているのはあくまでウィルであり、ブランクは生身の体だ。


(いた)っ……だめだ、動けない……)


 ぷるぷると震える指先を動かすのが精一杯で、あまりの痛さに、体の自由が利かない。


(うるさいな、あれ。何してんだよ……)


 そうやって首だけ動かすと、先ほどはよく見えてなかった光景がよく見えて、ブランクはぎょっとした。


(魔物……!!)


 それは、ヤラグ族の群れだった。わらわらと横並びになる小鬼の集団のうち、よく見れば、そのうち一匹が頭にこぶを作っていて、目が血走っている。それを、ウィルが適当な木の棒を見繕って、追っ払っているのだ。


(早く加勢しないと……!)


 そう思うのに、体の自由が利かない。なんでだよ、と歯痒さに心を苛まれた時、


「穿て紫紺の弾丸! 七つの罪を手に宿し、我に仇為す敵を討て!」


 それは、ウィルが覚えたばかりの攻撃魔術の詠唱だった。


「ラトゥス・レトス・メドゥ・ミヴィ・エンプーリ・リーニリ・ラタマータ!」


 一つ唱えるたびに、紫紺の光がウィルの指先に集まった。


魔弾(ガドム)ッ!」


 それは銀髪の少年の号令を合図として、一気に解き放たれた。あれだけ多くいた小鬼たちも半分近くが一度にやられてしまい、一匹が恐れを抱いて逃げ出せば、それからは蜘蛛の子散らすようだった。


(やっぱ……ウィルはすごいなあ)


 初めてこの攻撃魔術を見た時に、ブランクは感動した。岩すら抉る威力もそうだが、あの可憐な少年の瞳と同じ美しい紫紺の光があまりに美しくて、鮮やかで、そして強くて。それが自分のものにならない現実を、受け入れることができなかったのだ。


(なんて、みじめな理由なんだ……)


 自分の気持ちに気付けば、情けなさに涙が溢れてきた。醜い嫉妬がささやいた、陰湿で心ない言葉への(いざな)い。


(どうして、あんなことを言ってしまったんだろう……)


 後悔の海から溢れた涙で視界が溺れて見えずとも、銀髪の少年が心配して駆け寄ってくるのがすぐに分かった。それが見ていられなくて、ブランクは思わず顔を背けた。


「ブランク、ぶじか!?」


 口を真一文字に結んで、醜い心に蓋をする。それでも込み上げてくる恥ずかしさが、瞳の奥から溢れてポロポロこぼれ落ちていく。


 自分ができないからって他人を蔑めても、自分は他人にはなれないのに。その人の足を引っ張ったって、自分がその人より偉くなるわけじゃないのに。


 バカは自分だ。ウィルの言う通りだった。その気持ちが胸の内をこれでもかと暴れ回っていて、痛いほど分からされた。


「なんだ、ブランク、いたいのか!?」


 違うよ、と言いたかった。それなのに、心と体が痛くて、口にすることができない。


「なんだ!?」


 そうこうしているうちに、ずしずしと地鳴りのような音が近寄ってくる。


(あれは──モロゾフ……!)


 ヤラグ族の上位種。名前はヤラグ・モロゾフである。緑色の肌をする雑兵のヤラグ族とは違って、その肌は青白く、恐ろしいほどの剛腕で、何よりも恐ろしいのは、その巨体である。大木を継ぎ合わせたように太ましい体は、もはやただの人間では逃げるより他がない。


 それは逃げ出したヤラグ族が呼んだ応援のようで、その近くでは、まるで腰巾着のように媚びを売る小鬼たちがいる。


「くそぉ……しつこい!」


 そう言いながら、ウィルは魔弾の詠唱を始めた。それが炸裂すればあるいは──と思っていた二人の希望は、


「あ」


 無慈悲に潰えた。魔力切れである。ウィルの手元に集まっていたはずの紫紺の光は、魔力がないと見るや否や、すうっと大気に溶けて消えていった。


「なんだよ、これ……」


 魔弾、魔弾と連呼しながら、ウィルはヤラグ・モロゾフへ手を向けやる。しかしもう精霊たちは応えてくれなかった。


(ダメだ、ウィル、逃げて……)


 元を正せば、これは自分が蒔いた種だ。そう思えばこそ、ウィルだけでもと思うのに、痛みに肺が圧迫されて、声にならない。色んな悔しさが綯い交ぜになって、ブランクは、銀髪の少年に手先を伸ばす。


(逃げて、逃げて、逃げて──)


 そう思っていると、ウィルは言った。


「ブランクはオイラを守ってくれたんだ……今度は、オイラがブランクを守る番だ!」


 ブランクは、その気高さに泣いた。自分はそんなに真っ直ぐな気持ちでウィルを救ったというわけじゃない。なのに、この少年は、少しの気恥ずかしさもなく、よく見れば恐怖で膝も笑っているのに、勇敢に立ち向かっているのだ。


 魔術がダメだと分かれば、ウィルは頼りない棒切れを構えるしかない。


 そこへ──見上げるほどの大岩のごとき鬼が、大木のような腕を振り上げた。


 ……二人の少年が死を覚悟してキュッと目を瞑ると、鈍い音が響いた。しかし、いつまで経ってもやってこない痛みに、不思議に思った二人が目を開くと、


「テメー……」


 そこには烈火を瞳に宿す、ジャンがいた。黄金色に光る旋棍を交差させて、自分の何倍もある大鬼の攻撃を防いでいた。


「オレ様の弟分たちに、何してやがるッ!!」


 腕を弾かれ、その身に余る力で蹴り上げられた大鬼は、地響きと土煙を撒き散らし、木々を薙ぎ倒しながら、盛大に吹き飛んだ。


破壊の左腕(ハガラズ)


 そうやって視界が落ち着けば、ジャンの準備は整っていた。左手の先から放たれた血色の雷が、寸分違わず青白い大鬼へ向かうと、その鬼──ヤラグ・モロゾフは、全身の穴から血を噴き出して、その後、身動き一つすることはなかった。


 それを見たヤラグ族たちにできることは、尻尾を巻いて逃げることだけである。我先にと逃げ出せば、急を要するブランクの容態を優先するジャンに、追撃されることもない。


    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ──その後、二人はこっぴどく怒られた。当然和解もした。どちらからともなく、同時だった。


 ブランクはいつだって二人に守られてきた。いつだって二人に救われてきた。


(今度は──僕が助ける番だ)


 西の国ヴリテンヘルクの擁する最強種族、竜人族(メギア)。彼に奪われた二人の家族。生きているのなら、今頃どこかで酷い目に遭っているはずだ。


(待ってて……ウィル、ジャン。僕が絶対に助けてみせるから!)


 瞳を閉じて、決意を新たに世界を拓く。


「ブルー、早く早くー!」


「ごめん、今行くよ」


 先行く長い白髪の乙女に誘われると、ブランクは西の国へ向かって一歩踏み出した。


 かくして、少年の旅は始まった。失われた家族を取り戻すために。大切なものを取り返すために。勇気を胸に矯めて。


 ブランクは、ヴリテンヘルクを目指した。

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