第五章幕間『優しさの矛先』
※地の文が存在しないのは仕様です。
「どうした、こんな夜更けに」
「なんだか、寝付けなくてさ……」
「そうか」
「ダザンは?」
「やることがたくさんある」
「ふーん……ねえ。ここ、いい?」
「好きにしろ」
「よっと──わっ!」
「なんだ、随分と楽しそうじゃないか」
「またそういうこと言う!」
「ふん」
「この椅子も、だいぶ痛んできたね。また楔を打たないと……だいぶ歪んでるや」
「作り方は分かるか?」
「もちろん。ダザンが色んなことを教えてくれたからね」
「そうか。ほら、飲みなさい」
「ありがと。あぁ〜……ただのお湯なのに、すごく安心するね」
「水を飲むと体を冷やすからな。しかし、寝る前に飲み過ぎると、夜寝付けなくなるぞ」
「僕もうお漏らしなんてしないよ」
「そういうことではない。体が温まり過ぎるのが問題なのだ。体を温め過ぎると、寝苦しくなって、寝付きが悪くなるのさ」
「そう、なんだ……ダザンは、なんでも知ってるね」
「そんなことはない。賢者だのなんだのと言われているが、ワシが知っているのはこれまで見聞きしたものだけだ」
「そっか……」
「ああ」
「風が……強くなってきたね」
「もう、私兵団もお前を探しに夜まで出張ることはなくなったな」
「そうだね。おかげで夜は安心して過ごせる」
「とはいえ、夜更かしは感心せんな。いくら室内とはいえ、そろそろ冷え込む時間帯だ」
「そっか…………ねえ、ダザン」
「なんだ?」
「ひとつだけ聞いていい?」
「……なんでも聞け」
「僕がヤラグ族を助けたことは、間違いだったのかな」
「ふむ」
「助けなきゃ、よかったのかな……」
「そうだな──」
「……」
「優しさとは施しだ。無い袖を振ることは誰にもできやしない。富める者が貧者に恵むことはできても、貧者が貧者に恵むことはできないだろう?」
「えっと……つまりどういうこと?」
「優しさに見返りを求めてはいけないということだ。そこに見返りを期待してしまったが故にブランク、お前は今、裏切られたと思っている。そうだろう?」
「……うん」
「しかしそれは違う。確かにお前の施しは命を救ったかも知れないが、そんなものは、相手の受け取り方次第だ。ヤラグ族には、お前の優しさは伝わっていない。それどころか、何故かトドメを刺さずに立ち去ったマヌケとすら思っているだろう」
「そんなこと──」
「いいやそんなものさ。魔物に慈悲の心を理解しろと言っても難しいものさ。広い世の中には魔物を飼い慣らすようなヤツもいるが、それでも並ならぬ『教育』で『価値観』そのものを植え付けなければ、到底不可能だ」
「でも──だからってさ。見かけた端から全部倒して回ってるんじゃ、さ……賢者の冒険譚でも、ダザンは言ってたじゃないか。殺しは、自衛と捕食のためだけにしろって」
「別に全て倒せとは言わないさ。この場合、襲われた時点で自衛は成立する。そこで見逃してしまえば、人を襲うそいつはまた誰かを襲う。それがたまたまお前で、自衛できない状況にあった。それだけのことだ」
「それは、そうかも知れないけど……」
「人の体が一つである以上、人が与えることのできる優しさは限られている。目に映る全てを助けていたらお前の体が保たないし、第一、助けた者同士が争っていたら、お前はどちらを助けると言うのだ。ヤラグ族がジャンやウィルを襲っていても、同じことが言えるのか?」
「それは……」
「意地の悪い答えかも知れんが、お前が本当に大切に思っているものを、決して履き違えてはならん。ブランクよ、それだけを覚えておけば、自ずと答えは見つかる。自分が何を守りたいのか。誰を助けたいのか。それを、努々忘れるな」
「……分かったよ。でも──ヤラグ族だって生きてるのに、やっぱりそんなすぐに割り切れないよ」
「うーむ。そうだな。例えば人を殺した盗っ人がいたして──そいつが大怪我をしたとする。そいつを五体満足にして助けたら、どうなる?」
「……また、人を殺して盗む?」
「そうだ。何故なら持って生まれた性質は変えようがないからだ。それぞれが持つ『常識』とは育ってきた環境が全てを形作る。『人喰い』は『人喰い』以外にはなれない」
「でも──だからって見捨てるの?」
「見捨てるというのはまた偏った物の見方だ。この場合は棲み分けというのが正しいだろう。異なる性質を持つ者同士がいる場合、より害意が強い者から歩み寄らねば共存は成立しない。何故なら、悪意を悪意と思わぬ者は、隙を見せた者をことごとく蹂躙してしまうからだ」
「そっか……魔物はそうだよね」
「いいやブランク。これは人間に置き換えても、同じことが言える」
「えっ、人間でも?」
「アルトリウスなどはいい例だ。ヤツは善意というタガが外れている。この世の全てが己を中心に回り、この世の全てが己のために在ると、本気でそう思っている。そして──それを叶えるだけの暴力を持っている。こういう輩を野放しにしてしまえば、お前のように悔しい思い、苦しい思いをする者が、何人も増え続ける。分かるか?」
「そっか。そうだね……」
「話はもう終わりか?」
「ううん。……ねえ、ダザン」
「なんだ?」
「僕のしたことは、間違いだったのかな」
「ふむ」
「助けなきゃよかったのかな」
「その自分の行いを悔いているのならば、それは、きっと間違いだったのかもしれない」
「ははっ……そっか。そう、だよね……」
「ただ──」
「えっ?」
「ワシは、分け隔てなく優しくあれたお前を、誇りに思うよ」
「もう……優しくなんて、ないよ」
「そうか。お前がそう思うのならそうなのだろう」
「なんだよ、それ……」
「気に食わんか?」
「ううん。ありがと」
「礼には及ばん。ワシの考えを言ったまでだ」
「ううん。だから、ありがとう」
「おかしな奴だな……今夜は冷える、早く寝なさい」
「うん。……おやすみ、ダザン」
「ああ、おやすみ」
「……もう、優しくなれないよ」




