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第二話『鍛冶屋のダザン』

 森を抜ければすぐに麓の村に着く。道中多少の障害はあれど、それはもう、ブランクの敵ではない。


 村はのどかで空気も良い。新鮮な空気は、ブランクの中に燻る不安を優しく(さら)ってくれた。


「よぉブランクぅ、久しぶりだな!」


「あっ、トトスおじさん! また屋根の修理?」


 屋根の上から声をかけられると、ブランクは慣れた様子でそう返した。それに応えるように、無精髭の男──トトスは、屋根から飛び降りて、ブランクの前に、不恰好な着地をした。


「おっとっと、へへっ。この村は木造ばっかりだからなあ。すぐ痛んじまう。都会みたいに、屋根瓦でもあればいいんだけどよ」


 参っちまうよなあ、と後頭部を掻くのはトトス。お調子者で、どこか飄々としている。


「仕事はもういいの?」


「見てみろ、お天道様が天辺だ。こんなに暑くて仕事なんてやってられるかってんだ。それより、ブランクが山から降りてくるなんて、珍しいこともあるもんだ。明日は雹でも降ってくるんじゃねえか?」


 ええ? と、けたけたと笑うトトスにブランクはやめてよ、と不機嫌に口を尖らせた。


「ウィルに届け物があったんだ。すれ違うかもと思ってたんだけど、ここには来てない?」


 ブランクがそう尋ねると、トトスは妙だな、と首を捻る。


「いや、来たのは来たが……あれ、もう結構前の話だぜ?」


「え、そうなの?」


 ポカンと間の抜けた顔をしたブランクであったが、トトスは顔を合わせてなきゃおかしいだろ、とでも言いたげな雰囲気だ。冗談とかでもないらしい。


「どこで道草食ってるんだろ……」


「まあ、あいつなら魔物にやられるってこともないだろうし、滅多なことはないだろ」


 その言葉にはおおむね同意であったが、ブランクはトトスをジトっと()め付けた。


「な、なんだよ?」


「大人ってすぐ不安を煽ること言うよね」

「うぐっ」


 安心させるために、最悪の事態を否定する。それは不安を連想させ、助長させることにも繋がる。トトスに他意はなくとも、ブランクは縁起でもないと思った。


「ま、まあ俺も仕事しながらだったし、出て行く瞬間は見てないから、もしかするとまだ村の中にいるかもよ!」


「ふーん。まあ、とりあえず他も当たってみるよ。ありがとう!」


「いいってことよ! あっ、そうだブランク」


「うん?」


 思い出したように呼び止められて、ブランクは振り返る。するとトトスはいつになく真剣な面持ちで、ブランクに言う。


「北の森には近付くなよ」


「うん? ……うん。分かったよ、ありがとう」


「おう、気にすんない!」


 気っ風の良い言葉で見送ったトトスを背に、ブランクは、久々に足を運んだ村の中を探索した。そうして村の人たちと言葉を交わしていくうちに、ブランクはあることに気がついた。


(今日は、前に来た時より人が多いような。何か催し事があるのかな?)


 普段は森の中で狩りだとかをしているような人たちが、暗い表情で村の中にいる。しかし尋ねれば「ああ、なんでもないんだ」とはぐらかされるのだから、始末が悪い。ブランクの中には、何とも言い知れない不完全燃焼のような思いが燻った。


「こんにちは、サリナさん」


「あら、ブル、いらっしゃい」


 ひだまりのような笑みをこぼすのは、村一番の器量良しと評判であるサリナだ。気さくでさっぱりとした性格をしていて、片親である父親が足を痛めてからは、姉妹の二人で酒屋を切り盛りしている。ブルというのは、ブランクのあだ名だ。


「ウィル見てませんか?」


「うーん、ウチには来てないかなー?」


「そっか、邪魔してごめんね」


「いいのよー」


 ブランクは、店の奥に小さな影の動くのを感じた。暗闇からぬぼーっと浮かんでいるのは、じっとりした瑠璃色がふたつ。その寝ぼけたような双眸は、しっかりとブランクを見つめていた。


「メル、こんにちは」


 ブランクがそうやって声をかけると、メルと呼ばれた少女は、モコモコとした羊のような白い髪を揺らしながら、ぴゅっと店の奥へと引っ込んでいった。


「あはは、ウチのメルがごめんね? 家族以外、誰にも懐かないんだ」


「僕もあんまり人と関わるのは得意じゃないから、なんとなく分かります」


 とは言え、その心に少しの(きず)もないと言えば、嘘になる。待ってと無意識に差し出した手が、行き場を失くして虚空をさまようことも、気恥ずかしさに拍車をかけていた。


 その気持ちを振り払うべく、ブランクは村の中で気になっていたことを、気さくなサリナに尋ねてみることにした。


「そういえば、村で何かあったの? みんな暗い顔してるけど」


 ブランクがそうやって切り込むと、サリナもまた表情を曇らせた。いよいよ何かあったな、と悟ったブランクに、サリナはまなじりを下げながら言う。


「うーん、実はちょっと北の森に入ることができなくなっててね。ブルが住んでる西の森は大丈夫だと思うんだけど、それでみんな、ちょっと生計が立てられなくて。ウチも、お酒やお薬の材料が取れなくて……って、なんかごめんね。子どもにするような話じゃないかっ」


 愚痴っぽくなってる、と気づいたのか、サリナは困ったように笑いながら、その先を話すことをやめた。それでもブランクにとっては大収穫で、ブランクはしっかり頭を下げながら、サリナに感謝の意を示した。


「ううん、ちゃんと話してくれたのはサリナさんだけだよ。ありがとう」


「どういたしまして、隠し事が苦手なだけだよ。でももう大丈夫、もうすぐ領主様のところの私兵団が、応援に来てくれるみたいだからね!」


「そっか、ならよかった」


 軽い会釈で別れを告げて、それからついでに暗闇に光る瑠璃色にも手を振った。


(私兵団まで呼ぶなんてよっぽどだな。何か強い魔物でもいるのかな)


 考え込むのは自分の悪い癖だ、と、ブランクは頭を振り切った。


(サリナさん、綺麗だったな。メルも、いつかはあんな感じに話せるようになるのかな?)


 人見知りで引っ込み思案だった過去の自分を思えば、今ではかなりマシになった。そんな過去の生き写しを見たような懐かしさが込み上げて、ブランクは、気づけば頬が弛んでいることに気がついた。


 余談ではあるが、ジャンはサリナが好きである。ブランクは、酒に溺れる彼から何度その話を聞いたかは知らない。そもそも酒を買うのもサリナに会いに行く口実なのだ。現状実を結びそうな気配は感じられないが、ブランクにしてみれば、義理の家族になる可能性があるので、村の人の中では一番親しみを持って接している。


(さて──行きますか)


 そうして気持ちに風を通したブランクは、いよいよウィルのいそうな本丸へと向かう決意を固めた。


「こんにちは」


 扉を開けば顔に熱波が押し寄せて、煤けた泥のような臭いが辺り一面に立ち込めていた。


「……ジャンのとこの小僧か。今日は──怪我じゃなさそうだな」


 耳に沁み入る金床の高い音と、吹子で活気づけられた火炎の低い音。玉のような汗が湧く熱気と、その湿気が余すところなく多分に含まれた空気に満たされたここは、漢たちの職場『鍛冶屋』だ。しかし、ここは人手が少なく、注文に武器も少ない。


 ここグレフ村は、辺鄙(へんぴ)な村ではあるが、痩せた土地ながらも農業が盛んだ。(すき)(くわ)の刃先や蹄鉄なども使う機会は多く、まだ研磨のされてない無骨な鉄の塊が、蒸気を上げて、そこいら中に吊るされていた。その中で、取り分けブランクの目を引いたのが──華美な装飾の施された鞘に納まる剣であった。宝石などの類は付いていないが、色の違う金属を、魔法のように重ね合わせているそれは、素人目に見ても価値ある一品だろうと思わせた。


「冷やかしなら帰れ。ワシも暇じゃない」


 年老いた店主の職人がそういうと、ブランクはむっと口を尖らせる。


「お金なら持ってきたよ、ほら」


 手にするだけでも結構な重さだ。そんな硬貨袋をどじゃっとカウンターで鳴らすも、老齢の職人は、興味の一つも示さない。


「そこに置いとけ、今は手が離せん」


 つっけんどんな物言いで、客に対する態度としては、お粗末もいいところである。それでも客足の絶えないのは、この近辺にある鍛冶屋がここだけということもあるし、その腕っ節に評判があるからだ。


 白く輝く塊は叩くと赤く様変わりし、火から遠く冷えたところが黒く染まる。叩いた鉄はひしゃげていって、それを折り返してから丸めて潰して、また板にしていく。重なることで鉄はより硬質化するらしい。言葉にすれば容易いが、ただ折り曲げるにもコツがいるらしく、ジャンにはこれができなかったようだ。ようだ、と言うのは、その昔、酔っ払った本人からブランクが聞いた話であるからだ。


 もっと言えば、ここの鍛冶屋が扱っている鋼は『オプティマス鋼』と呼ばれる特殊な金属が用いられており、それは軟鉄との配合や冷やすタイミングを見誤るとすぐに割れる、取り扱いの難しい代物だ。それを扱える技術や知識を持ち合わせている者など、グランヴァレフ全体で探しても一握りなものだ。


 その中でもこの職人は、過去に王室への献上品を任されたこともあってか、王都から直々にお呼びがかかったこともあるらしい。その誘いを断ってこんな村で小さな鍛冶屋を続けている理由など、ブランクには皆目見当もつかない。嘘かもしれないと思ったこともあった。


 しかし、鍛造に対するこの真摯な眼差しや、疲れ知らずに振るわれる鉄鎚の正確無比さを見るに、あながち否定できるものでないことは、ブランクも薄々気付いていた。


(でも──やっぱり、ムカつく)


 それが、人として尊敬できるかと言えば、また話は変わってくる。この職人は無愛想だし、顔にはその性格が滲み出ていて、頑固で屁理屈で、何よりブランクが苦手としている理由は、一つだ。


「なんだ? そんなところに突っ立って。学ぶつもりもないなら、気が散るから他所(よそ)へいけ。これもジャンの教えか? ったく、最近の若者はこれだから……」


 二言目には、ブランクの育ての親であるジャンを、皮肉たっぷりに馬鹿にするのだ。


(何さ! ジャンの用事がなければこんなとこ来てないよーっだ!)


 きっと、面と向かって何か言われるのが嫌だから、ジャンもウィルに頼んでいるのだろう、とブランクは思った。頭の中であかんべえをしながら、二度とくるもんかと息巻いた。


「ジャンに頼まれてたのを、買いに来たんだよ」


「ああ、そうだったか」


 ボケているのか、ともブランクは思ったが、そうでもないらしい。疲れ目を(しばた)かせながら、深く一息吐く姿を見れば、集中してろくすっぽ話を聞いていなかったのだとわかった。それから、男は真っ赤になった鉄を、水の張ったバケツに沈めた。ジュウっと肉の焼けるような悲鳴と蒸気を上げると、その鉄はやがて窒息したかのように泡を吐かなくなる。それから男は火ばさみを器用に使って鉄を吊るすと、手袋を外し、近くのバスケットへ投げ捨てた。


 そうして立ち上がれば、男はまるで熊のようだ。見上げるほどの背丈さえ低ければそれはもうずんぐりむっくりで、隆起するほどゴツゴツとした筋肉質な体に反して、腹にしこたま貯め込まれた脂肪の塊など、まさに仕事をこなすためだけに作り上げられた体のようだった。


「さあ、さっさと済ませるぞ」


 不機嫌そうに鼻を鳴らす不遜な態度。この男なら、たとえ神を相手にしても変わらないのだろう、と、ブランクは思った。




 カウンターに置いたお金を机の上に移して、男はお金を数え直した。わざわざモノクルを持ち出してまで、偽造金がないか調べる周到さである。ギャラギャラと低い音のなるお金が、硬貨袋に詰められるのを見るに、偽造金はなかったようだ。


「──三千ネッカか。ワシの技術も安く見られたもんだ」


「そんな言い方ないでしょ! ジャンだって必死にかき集めんだ!」


 鍛冶場の中いっぱいにブランクの怒声が響き渡った。それを鬱陶しそうに顔をしかめると、老齢の男は視線で椅子を見て、座るように促した。


「ふんっ。必死にかき集めて金の価値が上がるなら、貧乏人はとっくにみんな大金持ちだ」


「なんッ──ふんっだ」


 これ以上の言葉は無駄だ。ブランクは続く言葉の全てを飲み込んで、ぷいとそっぽ向いた。そうすると視界に飛び込むのは、今回ジャンが購入しようとしていた、先ほど視界に入ったあの装飾の施された剣である。


「あの剣は、どこへ出したって恥ずかしくない。それこそ、王室への献上品にだってなれるだろう。この魔法剣(、、、)なら、どれだけ安く見積もっても一万ネッカはくだらん」


「い、一万ネッカだって!? 家が建つ値段じゃないか!」


 それがどれだけ破格な値段か。しかしそれも当然と言えた。


 魔法剣。それは武器として扱うことを可能としたロストテクノロジーとも言われる、精霊との意思疎通の力──詠唱という魔術演算効率を劇的に上げる貴重な代物だ。


 この世界において魔法と魔術は似て非なるものである。魔法とは、神々の扱う世界の法という人の理から外れた力を言う。それこそ、歴史を変えたなんて話もあるくらいだ。もっと言えば、それらの力に詠唱など必要もないのである。


 一方で魔術は精霊の力である。言葉を交わし、契約を交わし、信頼がなければ成立しないこの約束ごとに、無詠唱など原則許されない。新婚夫婦が熟年夫婦を真似て『アレ』で意思疎通しようとするようなものだ。中には成功を収めた例もあるが、そんな不確定要素を実戦で用いる非効率的な者などいない。


 どこまで真実かは分かったものではないがとにかく魔法剣とは、魔術から詠唱というものを省いてしまう、魔術師なら喉から手が出るほど欲しがる国宝級の一品なのだ。


「いやなら買わんでいいだろう。欲しい奴はいくらでもいる。人間、身の丈にあった買い物をするべきだ」


「あっ──」


 まばゆいばかりの宝剣は桐の箱へ無造作に投げ込まれて、バタンとその身を隠した。こうなってしまうとブランクには手も足も出せない。


「どうしてもだめ?」「だめだ」

「……」


 何の手柄もなく帰る選択肢など、ブランクにはなかった。それは、この男に対する負けを認めるようなものだったからだ。


「お、お願いだよ。売って欲しいんだ。な、なんでもするから……」


 殊勝な態度で食い下がれば、老齢の男は伸びっぱなしの眉毛を持ち上げた。


「ほう。なんでもするか」


「うん……なんでもする」


 ──なら、帰れ。そう言われるかもしれないと、ブランクは思った。けれどやれるだけのことはやった。後は成るように成るだけだ。そうしてただ時間の経つことだけ待っていると、ダザンは痺れを切らしたように「いいだろう」と頷いた。


「ブー坊、お前のそのひたむきさに免じて交渉に応じてやる」


「ほんと!?」


 ブランクは、ブー坊と呼ばれることが好きではなかったが、この際そんなことはどうでもよかった。自分の話術で成功を収めたのだ。頭の中に、漠然とそんな喜びがあった。


「ただし、条件がある。なんでもやると言ったな?」


「う、うん」


 弟子になれ、だったらどうしようとブランクは思った。ジャンを殺せなどとは言うまいが、もしそんなことを言われたら、今すぐこの老人の首を掻っ切ってやる。ブランクが人知れずそんな不穏なことを思っていると、ダザンは言った。


「最近近くの森にゴゲラが現れてな。大熊(おおぐま)だ。もう少し若ければワシが行くんだが、ワシも歳だからな。普段巡回をしている青年団がやられた以上私兵団の到着を待てと言ったのだが、村の者にも生活がある。山の恵みに頼るこの村で『森に入るな』は『仕事をするな』と同義だからな。できることならば、早急に対応してやりたい。ヤツは北の森を縄張りにしている。ジャンのやつに、そう報せろ」


「……わかった」


 案外まともな内容で拍子抜けをする。弟子になれ、などよりは危険を伴う依頼はであるが、少なくともそこまで不自由を被るものでもなかったことは、ブランクにとっては僥倖(ぎょうこう)だ。


 やはり自分の交渉術の賜物(たまもの)だろう、とブランクが脳裏で一人ほくそ笑んでいると、


「ああ、そうだ」と男は思い出したように言った。


「交渉の場において、なんでもすると言うのはやめた方がいいな。それは自分に出せる手札は自分しかないという、交渉における敗北宣言に等しい。その青さに免じて、交渉に応じてやったのだ。忘れるな」


 ブランクは、自分の思い上がりに気付かされたのもあったが、この男に温情をかけられたのだと言う事実に、かあっと溶鉱炉のように顔が染まった。


「やっぱり……ダザンなんて嫌いだ」


「ふんっ、そいつは光栄だね」


 その男──ダザンは、ブランクの青臭い口撃など意にも介さずに、鍛治仕事へと戻っていった。

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