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第十五話『杜撰な誘惑』

「へへっ。遺っ跡だ遺跡!」


 目に映る全てが鮮やかで。見るもの全てに目移りしているであろうウィルは「見てみろよブランクっ、トカゲがいるぞ!」とはしゃいでいる。


「ウィル、遊びじゃないんだからね」


「分かってるよ。うはっ、待てー!」


 それを見れば自分がしっかりしなきゃ、とより一層気を引き締めた。


(ウィルには台座に触るなってさっき伝えたけど、これは奥に着いたらもっかい言わなきゃだね)


 はやる気持ちに押されて、常ならば見るに及ばない柱の裏すら見て回るウィルは、もはや観光客気分そのものだ。しかし、浮き足立っているのは、ブランクも同様であった。


(何か、変な感じ。初めて来るのに、すっごく懐かしいや)


 夢で似たような光景を見ただろうか。いや、そんなものじゃない。内部にひんやりと立ち込める冷たい空気や、揺らめく火影(ほかげ)で踊るウィルの影。厄介者が来たと言わんばかりに物陰に走るトカゲなど、ブランクはその全てに既視感を覚えていた。


(なんだろ。やっぱり夢で見たのかな?)


 予知夢のようなものなのかもしれない、と、ブランクは思うことにした。そうして自分に言い聞かせると、あまり気にもならなくなった。ひとまず思いの落ち着くところに収まったところで、二人は祠に突き当たった。


「うーん、行き止まりだけど──ここかな?」


 靴底一つぶんくらいの段差がある、小さな円形の台。それを除けば柱が囲むようにぐるりと並んでいるだけの、狭い祠だ。他に目立つものなど何もない。供えてあったはずの遺物や美術品も、今では台座の存在でしか確認できない。


「ウィル、こっち来て」

「おっ! なんかあったのか!?」


 ブランクが呼びつけると、ウィルは隠しきれない高揚そのままに、ブランクの元へと駆けつける。台座の上に乗ったのを確認すると、ブランクはウィルに「落ち着いて」と駆け足をやめるように促した。それからカンテラの火をフッと吹き消すと、辺りは静寂に包まれた。


「わっ、なんだ、何も見えないぞ!」

「ウィル、ちょっと黙って」


 訪れた静寂をすぐに破るのは、もはやウィルの様式美であり、お約束だ。ブランクがその口を(つぐ)むようにが促すと、暗闇の中、ガコッと何かが小さな音を立てて、足場の揺れ動くのを感じた。


「おっ、おっ? これ床動いてる!?」

「もう、ウィル。少しは落ち着いてってば!」


 ガラガラと石造りの仕掛けが動く音が響き続け、それが収まると、ぼんやりと奥に翡翠色の光が灯る。発光バクテリア独特のもので、ブライト光石によるものだろうと、ブランクに思わせた。


(なるほどね。探索に時間をかけたくない盗賊が、わざわざ火を消すことなんてしないっていう心理を見事についてる。しかもその仕掛けが壁じゃなく下がる床なら、滅多なことじゃ気付けない。すごいな)


 考察を捗らせるブランクは、方向性こそ違えど、ウィルに負けず劣らず気持ちを昂らせていた。


「うはっ、早く行こうぜブランク!」


「ウィル待ってってば」


 カンテラに火を灯して。それから、ブランクはウィルの後を追った。先へ続く石畳の床は、長い年月を経てデコボコと歪んでいた。右へ左へ傾いだままの床面では、さしものウィルも歩く速度に影響が出た。


「歩きにくいなあ……うおっ!?」

「わっ! と……足元、滑るんだから気をつけてよね」


 足を滑らせたウィルが背後にもたれかかると、ブランクがそれを支える。体を起こすよりも早く、ウィルが「ひひっ、ありがとな!」と短く感謝の意を述べると。ブランクは「ん」と照れ臭さから短い返事をする。


 そうして突き当たりにあった階段を下れば折り返しの踊り場で二手に分かれる階段があり、ブランクが左に行けばウィルは右へ駆けて行った。降り立てば先は同じ空間に行き当たるが、小さな灯火を魔術で手に宿すウィルは、自重する気など微塵もなさそうだ。


「ウィル、さすがにはしゃぎ過ぎ」


「へへっ、ごめんごめん」


 ほとんど謝る気のない謝罪に、ブランクは「調子いいんだから」と口を尖らせた。


「おっ、ほら見ろブランクっ、部屋、部屋がある!」


「もう、ウィルったら──」


 そうやって部屋に足を踏み入れた瞬間──。


 あ。


 ブランクの思考に、ノイズが走った。砂嵐のように掠れた記憶の中、ウィルが言う。


『お、これなんだ? 新しい仕掛けか!』


『ウィル──待ってッ!』


 ──そして。そのイメージは、突然終わりを迎えた。


(なんだ、今の?)


 突然白昼夢に視界を奪われたような。足元のおぼつかない、奇妙な感覚。まるで太ももの中ほどから水に浸かって浮いてるような、ふわふわとした不安定な気持ち悪さ。ブランクがふらふらとよろめきながら頭を支えると。部屋の奥から、底抜けに明るい声が聞こえてきた。


「お、これなんだ? 新しい仕掛けか!」


 ハッとしたブランクの視線の先。ウィルは、台座の上の玉に手をかけようとしていた。


「ウィル──待ってッ!」「えっ?」


 ブランクが言い切るよりも早く。銀髪の少年の手は、台座にある透明な玉に触れていた。


「わっ!」「うっ……!?」


 直後、室内を激しい光が埋め尽くした。それは目を開くことも困難で。突然膨れ上がった胸騒ぎが、ブランクに咄嗟の判断を委ねた。


「ハオディ!」


 無詠唱。上手くいくかは分からなかったが、一息にウィルの元へ辿り着けたことを顧みるに、成功はしたようだった。


「ウィル……離、して……」


 玉を取り上げようとしても、ウィルの手と一体化したように動かないそれは、触れているブランクの手のひらに焼けるような鋭い痛みを走らせる。見れば既にウィルは気を失いかけていて、ブランクだってそれは時間の問題であった。そして──。


「うッあぁっ!?」


 ついには(ほとばし)る電流と共に、ブランクを弾き飛ばした。


「うっ……ウィル────」


 もう一つの台座にある玉にみぞおちを強打したブランクの意識は、鮮烈な光に呑み込まれ、ついにはその視界を、無意識という名の暗闇の中へ、引きずりこんでいった。



    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ……………………どこだ、ここは。


 ブランクは戸惑う。うすらぼやけだ視界の中で、確かに見えるのは、跛行に揺れる吊り橋だった。波のたゆたうように揺れていた橋にいつの間にか自分がいて、銀髪の少年がそこにいる。何かを話していることだけは分かるかが、それが何かまでは水の仕切りでもあるように、薄ぼんやりとしていて上手く聞き取れない。話に区切りが着いた頃に、そうして揺れの収まった橋へ、巨大な手斧(ちょうな)が投げ込まれた。それが銀髪の少年に当たりそうになって──。


「────ク。ブランク、ブランクッ!」


「あっ……………………ウィル?」


 ブランクは、頬に重なる振動と、少年らしく少し甲高い声とが繰り返し自分を呼んでいることに気づき、目が覚めた。持ち上がった目蓋がずっと閉ざしていた視界は見るに色鮮やかで、先ほどまで見ていた虚ろで不穏な光景が、夢であることを確然と示唆している。


 そこへさらに鼻腔を通る埃っぽさが増せば、現実味は増すばかりだ。口の中には、寝起き特有の粘っこさがあって、乾燥気味の口内は少し生臭さが目立った。


 なんとなく。帰ってきた、と、ブランクは思った。


(なんだ、今の光景……忘れちゃいけないような……)


 未だ興奮冷めやらぬ脳内に、強く投じられたその一石は、夢にしては非常に緊迫感があり、何かを訴えかけているようにも思えた。


「大丈夫か、ブランク!」


 ぼうっと冷え込む現実に体が慣れると、ブランクは「うん……」と頼りなく返事をする。


「なんとか、平気」


 体に多少の痛みや二度寝したような気持ち悪さはある。だが命に関わるような大事はないと、肌で分かる。打ち付けたような痛みがもんもんと、ずっとお腹を渦巻いているが、今はそんなことよりも、状況をよく知りたかった、ブランクは砂でも詰められたような重たい頭を振りながら。酸素の足りない脳に、必死で全身の血を巡らせた。


「──あっ」


 すると明瞭になる頭が真っ先に取り戻す記憶は、気を失う直前のことである。焦慮の念に押されて台座を見遣るも、ダザンの噂していた(ぎょく)が見当たらない。そうなると、怪しいのはウィルである。まだ回らない口よりも先に視線で訴えかけると、ウィルは「ど、どした?」と少しの動揺を見せてブランクを心配した。


「あの玉は!?」


「えっ。あっ。あー……?」


 ブランクの言葉に。ウィルは、初めてその存在を思い出したようだった。先にブランクが探して見当たらないことは明らかであるのに、ウィルは形だけでもとキョロキョロと辺りを見渡した。


「うーん。オイラもさっき目が覚めてブランクを起こしてたから分かんないな」


「どうしよう、絶対触るなって言われてたのに……」


 ウィルを引率していた、少なくとも、そう思っていたブランクにしてみれば、これはとんでもない大失態だ。壊れたのか、消えたのか、はたまた寝ているうちに第三者が持ち去ったのか。いずれにせよ、任されていたブランクの罪は重い。事前に注意を勧告されていたにも関わらず、それを守れないなど、あってはならないことだ。


「どうしよう、ウィル……やっぱ、正直に話した方がいいかな……?」


「え、なにを?」


 あっけからんとしているウィルは、さも他人事のように帰り支度を始めていた。ブランクの呆れと怒りとで満たされた肺が、その脳に溜まった言葉を爆発的に押し出した。


「馬鹿じゃないの! あの台座の玉──あれ見てこいって言われてたんだよ! 触るなって、僕言ったじゃん! なんで勝手に行っちゃうのさ!」


「うぉ! そんな怒るなよ、ブランク……」


 言うだけ言い切ると、ブランクはウィルそっちのけで「あー、どうしよう」と頭を抱えて、膨れ上がる不安を燃料に、ぐるぐると遺跡内を歩き回る。しかし実物がない以上どうしようもないことは確かで、ずっと尽きない燃料が、ブランクを無限に歩かせる。


「帰らないのかー?」


「ちょっと黙っててよ!」


 ブランクたちが頼まれたのは確認だけで、触るな、と言われた物に触ってしまい、あまつさえ、それが気を失ってる間にそれが無くなってしまっているのだから、ブランクにとって、それは信用に関わる一大事だ。


(ウィルは頼りにならないし……どうすればいいんだろう)


 初めこそ無聊(ぶりょう)(かこ)って親友を眺めていたウィルだったが、そのうち退屈が(まさ)って忘れ物がないかチェックを始めると、とうとう一人でに入り口の方へと歩き出していった。


「──いやなんで行っちゃうかなあ!?」


 呼び止めればウィルは大層驚いた顔をしていた。


「え、だってやることないし」


「言っとくけど、君のせいでもあるんだからね!?」


「えっ、オイラのせいなのか!?」


「あー、もうっ!」


 憤懣(ふんまん)やるかたない気持ちをどれだけ声高に叫んだところで、打てど叩けど響かないウィル相手では、水に金槌だ。すると全責任がまるで自分にあるかのように感じられて。ブランクは、ため息一つ吐き捨てると、途端に意気消沈してうずくまった。


「どうしたんだよ、ブランク。お腹痛いのか?」


「痛いのは胃だよ……」


 諦観の思いが脳から降りてきて、キリキリと締め付けているのが目に浮かぶようだ。遺跡の隅より暗い気持ちを抱きながら、ブランクはわらにも(すが)る思いで尋ねた。


「ねえ、ウィル。僕、どうしたらいいかな……?」


「……何があったんだ?」


 改まって頼れる兄貴っぽく言うウィルだが、ブランクは、この流れでなんで分かんないんだよ、という怒りが先立った。その気持ちをグッと堪えて、押し迫る罪悪感を少しでも軽くするために、ブランクは話すことにした。


「ダザンに、この部屋の台座の玉に触るなって言われてたんだ。それを、ウィルに言おうと思ったら、ウィルがもう触ってて……目が覚めたらその玉も消えてるし……」


 漫然とうんうん頷くも、言葉の要所要所で首を捻っていることから、内容はよく分かってないらしい。もはや呆れるよりは情けなさが先立ってきて、ブランクの心を惨めな気持ちが苛んだ。それでも話し終えると、心無しか身持ちが軽くなったような気がした。ブランクは、一つため息を挟んで、気持ちを切り替えた。


「オイラってバカだから、よく分かんないけどさ──」


 そんな時。ウィルが言った。


「バレなきゃいいんじゃない?」


「────は?」


 あまりに神経を疑う発言が出てきたので、それを削ぎ落としたい気持ちが、ブランクの声を一等鋭くした。しかし、ウィルはお構いなしに続ける。


「だって、ブランクはダザンにバレたら怒られるから悩んでるんだよな?」


「いや、(ちが)……わないけど。そうだけど、そうだけどさ!」


 すぐにバレる嘘をつくのは、さすがに人としてどうなんだ。そんな良心が、ウィルの杜撰(ずさん)な誘惑を跳ね除ける。そもそも、ブランクも馬鹿ではない。後を思えば先んじて謝った方が罪が軽くなるかもしれない。ダザンに限ってそれはないかもしれないが、これ以上嘘という罪を重ねるよりは、幾らかマシだ。


「オイラ絶対言わないからさ、安心しろよな!」


「あのさあ、ウィル──」


 ダザンに即バレした遺跡前のことを思えば、信用できるか、というのがブランクの本音だ。ブランクがウィルの案を撥ねのけようとした、まさにその瞬間──。


「バレたら一生ドレイにされちまうぞ!」「うっ!」


 会心の一撃は放たれた。ウィル被告の訴えは非常に現実味を帯びていて、ダザンの性格を思えば、それは容易に想像が及んだ。そしてそれは、ブランクの良心という心の支えを簡単に吹き飛ばしてしまった。


「あっ、あっ……」


「なっ? 黙っとこうぜ。オイラ、まだドレイになんてなりたくないぞ」


 でも、だって、と反論の接続詞は浮かぶものの、その内容が伴わない。まるで悪魔のように甘言を振りまいていたその悪友は、優しくブランクの肩に手を添えた。


「ブランク、一緒に帰ろうぜ?」


「……………………うん」


 ブランクは──誘惑に負けた。

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