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The Alter Story《ジ・アルター・ストーリー》  作者: 水落護
第三章『初恋は、破天荒な夜に散る』
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エピローグ『初恋は、破天荒な夜に散る』

「はあ……他に追手もいなさそーだし。オレ、そろそろ帰るわ」


「えっ?」


 脈絡もなくそう告げられて。エレノアは憂いを帯びた顔をすると、ただ静かに困惑で瞳を揺らした。


領内(くに)まで──送り届けてはくれないの?」


国境(そこ)を越えればオレは領域侵犯になる。アンタが帰る分には別だろうけどな」


 とはいえ、半獣化でもして、亜人である証さえ見せれば、ヴリテンヘルクで過ごしたとて、特別問題視されることはないだろう。そんなことはジャンも分かっている。しかし、ジャンはそもそも早く帰りたかった。


「オレも早く弟分たちを探しに行きてーんだわ」


 ジャンの中の計算上、二日間も洞窟で遭難している弟分たちを思うと、二人に残されてるリミットは少ないはずだ。それを思えばこそ、ジャンは気が気でなかったのだ。


「そう……」


 がっかりしたように、けれどこれっきりで終わりたくないとでも言うように。エレノアは「ところで──」と会話を続けた。


「わたしを見つけてくれたのは──あなた、なのよね?」


 エレノアが尋ねると、ジャンは首を横に振る。


「いーや。オレ様のイカす弟分さ。赤い髪と琥珀色の目が特徴的だ、見たらすぐ分かるぜ」


「そっか……」


 そうなのね、と。アテが外れたと言わんばかりの顔に、ジャンは「それじゃ──」と(きびす)を返した。


「また──」


 これっきりになってしまう。そんな祈りにも似た願いを乗せて。少女は尋ねた。


「また、会える?」


 上目遣いにいじらしく尋ねるエレノア。しかし、その目に溜めた思いは寒風に吹かれれば飛んで消えそうなほど揺らめいていた。恐らく彼女は、その答えを知っている。そう知れば、ジャンは、同じく答えの分かる言葉を返すしかない。


「イイ男とイイ女ってーのは……一生の内にそう何度も会えねーもんなのさ。オレ様しかり、お嬢ちゃんしかり、な。次に会うのはジジイになってからかも知れねーな。その時まで──ババアになるまでずっと待っててくれるか?」


 一回り近くも歳の離れた少女には、臭すぎただろうか。そもそも遠回しに言い過ぎていて、ちゃんと伝わっているのか。肩と共に落ちた(おもて)だけを見ていても、ジャンにそれを窺い知ることは叶わない。


 しかし「そう──」と短い言葉に続いた言葉は、ジャンをあっと驚かせた。


「わたしはラーゼンヴァルグ公爵家の跡取り娘なのよ。頼まれたって、もう会ってあげないんだから!」


 白歯(しらは)を見せて、ニカっと気丈に笑う少女。まなじりから溜まった涙が溢れそうだとしても、それを指摘するほど、ジャンという人間も野暮ではない。


「そっか。そりゃ、惜しいことをしたな」


「ええ。あなたは大馬鹿よ」


 春風のように爽やかな微笑みをこぼす少女の優美さに、ジャンはやはり惜しいことをしたかと思った。それでも出会いがあれば別れもあり、今日という日は、それに沿ぐわなかった。ただそれだけのことだと、ジャンは家路についた。そうして、走り抜けた山頂からの帰り道、ジャンはやはり背後に何か視線を感じて、足を止めた。


(この視線──オレを狙ってんのか?)


 人の機微のようなものが垣間見える。殺意はないが、一挙手一投足をずっと見ているような、そんな薄気味の悪さが感じられて、ジャンは振り返った。


「誰かいんのか!」


 暗い山の獣道に、ジャンの声が残響する。しかし、それに答えるのは、山裾に向けて吹く、おろし風だけだ。


「へっくし!」


 次に残響するのはくしゃみ。それだけはなぜか風に邪魔されず、遺憾なくディレイされていった。


「……()ぇるか」


 自分の声が間抜けに反響し、どうにも決まらない現状に。ジャンは山頂に視線を向けるのも自意識過剰に思えてきて、さっと麓を見た。


「おっ、あの光は──」


 地理的に、自宅のある場所に、人の気配のある灯りが見える。


「ハオディ」


 足に浮かんだ魔法陣をひと蹴りして置き去りに、全速力で家のある方へと向かった。


(へへっ、これで誰かいたとしても追ってこれねーだろ)


 一瞬エレノアたちに矛先が向くのでは、とも思ったが、彼女たちが、誰何(すいか)されて名乗りも上げないような臆病者にやられるはずがない。そう思えば、胸のうちに芽生えた小さな不安は自然と取り除かれた。


(結局──破壊の左腕(ハガラズ)は使い切っちまったな)


 制約により、力は次の新月を待たねば復活しない。しかし──ジャンはそれを少しも後悔していない。何故ならそれが、カッコいいからだ。


(一応ケガも隠しとくか)


 それも当然、カッコ悪いからだ。


「おう、(けぇ)ったぞ!」


 自宅の扉を開けば、ドタドタと慌しい足音が響いた。


「おかえり、にーちゃん!」「おかえり、ジャン!」


 一斉にジャンの帰宅を労うように、二人の少年が駆け寄ってきた。


「おう、元気そうだな。何もなかったか?」


「それが聞いてよジャン、ウィルったらさ!」


「わわっ、ブランク、それ言うなよ!」


 二人の少年は自分勝手に話したいことを話そうとして、それを邪魔しあっていて、しかし心なしか、そこに前よりも深い絆が感じられて。


「怪我も無さそうで良かったぜ。二人とも元気そうじゃねーか!」


 ジャンがそう言うと、今度はブランクの方が肩を跳ねさせ押し黙った。それを見たウィルは、イタズラににたぁっと笑う。


「ブランクのやつ、大怪我したからダザンに治してもらったんだぁ!」


「わっ、ウィル、許さないんだから!」


「ブランクぅ、どーいうことだー?」


 鬼の威を借りるジャンに、ブランクはびくっと怯えて縮こまった。


「えっと、それは、その……」


 泳ぐ目は行き場を失い、下を向けば溺れる寸前だ。後日、偏屈な鍛冶屋から差し出される請求書を思えば、ジャンの怒りは容易く頂点に達した。


「尻を出せ、尻を! 三回は叩かせろ!」


「わっ、いい歳してそんなのやだよ! ウィルたすけて!」


「うわっ、ばか、こっち来んなよ!」


 ウィルがそうやって脱兎のごとく逃げ出すと、ブランクは「なんだと!」と怒りをあらわにして追い回す。


「ブランク、待てぇ!」「ウィル、許さないから!」


「わっ、わっ、にーちゃん助けて!」


 狭い家の中で始まる追いかけっこは、今日という怒涛の一日よりも、忙しない。


 ジャンは、こんな日がいつまでも続けばいいな、と。そう切に願った。

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