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The Alter Story《ジ・アルター・ストーリー》  作者: 水落護
第三章『初恋は、破天荒な夜に散る』
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第十話『同じ空の下で』

 鉱山の死闘から時が流れた明くる日。ブランクとウィルは、鉱山の外にある近くの水辺で、釣りをしていた。空は雲一つない快晴で、風が吹けば木の葉が語らいあい、水面はにわかにさざめき立つ。


 昨日から一転してのどかな日常で、ウィルは赤枯れ色した髪の少年へと駆け寄った。


「ブランクぅー、釣れたかぁ? オイラもう腹減っちゃってさぁ!」


 底抜けに明るい声で呼びかけられたブランクは、口を尖らせながら言った。


「……釣れたら呼ぶでしょ。僕の手を見て言ってよ」


 ブランクは、これ見よがしに自分の左腕を見せつけた。木片を巻き込んでぐるぐる巻きにしてある包帯は、手元に木の枝をくわえ込み、その先には糸と餌が取り付けてある。釣り竿だ。それが、ブランクの怪我をした左手に巻き付けてあるのだ。


「っていうか何。魚が釣れたら痛さで分かるって。すごいよね、ウィルって。人の心をどこに置いてきたらこんな発想が思い浮かぶの?」


「えへへ、あんまし褒めんなよ、照れるだろぉ!」


「褒めてる顔に見える?」


 虚無。失意と絶念とが入り混じり、細く澄ました顔が、ウィルを無言で責め立てる。


「ブランク、どうしたんだ? 何か嫌なことでもあったのか?」


「うん、現在進行形でね」


 ブランクがそういうと、ウィルは「へへっ」と笑った。

「ゲンザイシンコーケイっておいしそうだなぁ」


「話通じないじゃんもーう! ダザンはどこ行ったのさーっ!!」


 取り残された二人。ブランクの悲痛な声が、瑠璃色の空にこだました。




 ──そしてその同じ空の下、同時刻。


「オイ、ジジイ。ウィルとブランクをほっぽって帰ってきたと思ったら、こいつは一体全体、どういう了見だ?」


 ジャンはダザンの家にいた。留守中の村の護衛を任されていたジャンであったが、ダザンの帰還を知り、かわいい弟分たちを迎えに立ち寄ってみれば、そこにウィルやブランクの姿は見当たらず。代わりにいたのは、見知らぬ少女だ。それも意識が朦朧としていて、彼女が重症患者であることは、ジャンにもひと目で分かった。


 それでもあえてどういうことだ、と尋ねたのは、二人の少年を置き去りにしてきたことに対してである。


「見れば分かるだろう、この娘の額を」


 ダザンはジャンの真意を汲み取る努力をまるでせず、うなされる少女の前髪をたくしあげ、寝台で眠る少女の額にある、ある物をあらわにした。


「デコに赤い角? 鬼人族(ラルヴァ)か。ってこたァーこいつ、ヴリテンヘルクの人間じゃねえか!」


 ジャンの反応に、ダザンは極めて冷静に頷く。


「そうだ。ブランクのやつは、角の存在に気付いてなかったみたいだがな。休戦中の敵国の人間が何故(なぜ)、という疑問は(はなは)だ尽きんが──ひとまずは、この首にある刻印を見てみろ」


 ダザンに促されて、ジャンが覗き見ると、少女の細首には、籠の目に蛇の巻きついたようなアザが浮かび上がっていた。


「呪いか。それも戦場で使い古されたような、ケチなやつだな」


 記憶と示し合わさればそれは、ジャンの最も嫌う、姑息な邪法であった。ジャンの言葉に、ダザンは「そうだ」と二つ返事に肯定してみせた。


「こんなものでも一度発現すれば、命を奪うには十分過ぎる。それに──進行状況は恐らく末期だ。今この娘が生きているのは、ひとえに鬼人族の再生力あってのことだろう」


 ダザンの言葉に、ジャンは「ふーん」と興味なさげに鼻を鳴らした。


「それで? オレにどうしろって?」


 わざとらしく肩をすくめるジャン。ダザンはそれを、仏頂面で黙って見ている。そうすると沈黙を利とするダザンに分が上がり、ジャンはこの駆け引きに数秒と間が持たず、舌打ちをした。そうして負けだと負けだと後ろ頭を掻いて「わぁーったよ」と観念する。


破壊の左腕(ハガラズ)で呪いを〝壊せ〟ばいいんだろ?」


「なんだ分かってるんじゃないか。察しが悪いのかと思ったよ」


 ダザンの皮肉に、ジャンは言ってろと悪態をつく。


「ちっ。これで、あと〝一回〟か」


「次の新月まで我慢しろ。この娘には死なせてはしならん理由がある」


 ダザンがそう言うと、ジャンは不服そうに「言われるまでもねー」とぶっきらぼうに言う。


「身なりを見てりゃ分からァ。どこぞのご貴族様だっつーんだろ?」


 そんな身分のある人物が他国で亡くなれば、暗殺を疑われる。それは、不平等条約などで済めばまだ生易しく、開戦や、報復の引き金たり得る出来事になるのだ。


「新月、ね。まあ三日後の夜までの辛抱だな」


 物見遊山なら他国(よそ)でやれ、と思いながら、ジャンは左手からソレを発現した。血色の稲妻。赤くほとばしるそれは、指先に向かうにつれ小さくなり、震えるジャンの指先から、水面に浮かぶ餌に群がる、肉食魚のように跳ね回る。


「どうした、震えてるぞ。やめておくか?」


「ナメんな。オレ様に不可能はねー」


 ダザンに煽られて、ジャンは青筋立ててムキになる。そうすると、ジャンの指先から、糸の繊維ほど細い雷が、刻印と繋がった。


「こんなとこか……」


 その間の空気がチリチリと静かな悲鳴をあげる。その間隔を保ったまま、ジャンは唱えた。


破壊の左腕(ハガラズ)


 次の瞬間、刻印が〝壊れ〟た。少女の皮膚と一体化していたはずのそれは、剥離し、見事に砕け散っていた。後には塵一つ残らず、言われなければ刻印のあったことなど分からないほどである。


「ま、こんなもんじゃねーの?」


 イタズラに笑って見せるのはジャンである。ダザンは椅子に腰掛けながら静かに見守っていた。


「うっ……」


 斯くして、少女は目覚めた。定まらない意識の落ち着くところを整えるように、ただ静かに頭を揺さぶる少女は、その仕草すら流麗で、無意識下に振る舞われるその所作は、彼女の教養が付け焼き刃ではない証左であった。


「ここは──」


 開かれた目蓋からは美しい緑青(ろくしょう)色が覗いた。触れるに危うげで、けれど思わず手の伸びてしまうような魅惑の瞳。それが虚ろにジャンとダザンの姿を認めると、途端に正気を宿して睨めつけた。


「あなたたちは誰? わたしをどうするつもり!?」


 先ほどまで眠っていたと言うのに、意識に火が灯ればそこに充てがわれた色は警戒一色である。女の身一つに男二人がいるのだから当然とも言えたが、ジャンにしてみれば、助けて開口一番がそれでは、面白くはない。


「随分なご挨拶じゃねーか。オレたちはお前を助けて──」


 ジャンが全てを言い切るよりも早く、ダザンは手で制した。暗に「ワシに任せろ」と言うことであった。


「ワシの名はダーシュ=ファン・ザルーグ・ナファディウム。ここの者たちには、ダザンと呼ばれている。ヴリテンヘルクでは──『東の賢者』の方が通りが良いか?」


「東の賢者……ですって!?」


「オイ、ジジイ」


 余計なことを言うな。それを含んだ視線も、ダザンは冷ややかな横顔で受ける。


「建設的な話をしよう。オヌシが何故ここに足を運んだかは問わぬ。オヌシに降りかかっていた呪いはここにいる男が解呪した。しかし、その呪いがもたらした結果にまでは及ばん」


 (いぶか)しむ少女の表情は、呪いの言葉を聞くと、さあっと青ざめた。


「その姿、どこの貴族かは知らぬが先ほどから垣間見えるその美しい所作。さぞ名の通った名門の出自なのであろう。そうして学問を修める聡明なオヌシならば、一度は耳にしたことくらいあるだろう? 『グァルナハムの牙』という言葉を」


「魔力を、吸い上げる呪い……」


 伝説上の竜の牙の名を冠する呪い。その効力は、ただのマーキングだ。しかしその存在の維持に使う莫大な魔力を、被術者の魔力から奪い取るのが、この呪いのタチの悪いところである。


(魔力は二次生命力だ。二次つっても、それが枯渇するってこたァ、器の破壊に至り、それそのものがイコール死に直結する。そして、魔力の尽きた体で、呪いが次に餌場とするのは、生命力そのものだ。相変わらず無駄がないというか、風情がないというか……)


 その存在に辟易としながら、ジャンは窓の外を見た。


(あー。ブランクたち、無事で()っかなー)


 窓の外から仰いだ瑠璃色の空はお日様が強く光っていた。そんなのどかな空とは一転して、ちらと見遣れば埃っぽい室内では、いかにも重苦しい会話が交えられている。


「よく聞け。確かに呪いは解除されたが、魔力の生成器官である魔力槽(マナドゥム)の損壊までは治っておらん。言ってしまえば、今のオヌシは、呪いに食い荒らされた臓器から、生まれた魔力がダダ漏れとなっている有り様だな。放っておけば当然、あぶれた魔力による中毒症状が進行して、これもまた死に至るだろう」


 ようやっと目覚めて九死に一生を得た思いをした少女だったが、間髪入れずのすぐにまた次の死期についてつらつらと語られれば、一難去ってまた一難どころの話ではない。ただでさえ辛気臭かった表情は、より一層シケっ面に拍車を掛けた。


「だが──ワシなら治せる。治すことができる。回復魔術の権威とされる、ワシならな」


「東の、賢者様……」


 希望の絶えた顔をしていた少女の表情は一転して、光が灯った。傍目(はため)にその様子を窺っていたジャンは、やれやれと首を振る。


(お気の毒様、ジジイの常套手段だな)


 ダザンの会話は狡猾だ。そう思うように仕向ける。そして、それだけの人生経験と説得力がある。そして何よりも、西の大帝国ヴリテンヘルクでは『東の賢者』という存在は、童話でお馴染みで、知らぬ者のいない英雄だ。


 さらに回復魔術を北の神聖ルヴェルディア教会が統制していることを考えれば、回復魔術を伝えたとされる東の賢者の存在は、その信憑性を高める。そして、それが事実であるからタチが悪い。ダザンは自分の価値を知っているのだ。


(まだまだ青いね。見た目からしてブランクと同じ年くらいか)


 憧れの人物に会えたことで顔の絆された少女を眺めながら、ジャンはそんなことを考える。そして、その視線は胸部に移ると鋭く光った。


(……サリナといい勝負だな。この年でこれとは、将来有望じゃないの。あと五年もすれば、いいオンナになるなこりゃ、へへっ)


 下劣な思考を瞳の奥にしまったジャンだったが──。


「おいジャン」「おっ、はい!」


 突然ダザンに話しかけられて、間抜けな返事をしてしまう。すると少女は、よそよそしいジャンの態度に先ほどの視線を思い返してハッとする。それから氷点下を宿した薄い双眸で、ジャンを見下げた。


「サイテーね」


「同感だ」


「くそぅ……」


 ジャンは、本能に抗えなかった自分を呪った。

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