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約束

 僕は鐘の音を聞くことなく、成人式を迎えた。同級生の数は五分の一ほど減っていて、参加者の中に万智の姿は見えなかった。モノリスによる無差別な人類の淘汰とうたはいまなお健在らしい。


 スーツ姿のまま、僕は公園に来ていた。あの頃と同じような夕焼けが広がっている。山の上に聳えるモノリスは時の流れを全く感じさせない佇まいでそこにいた。


「太一くん、来ると思った」


 振り返ると、私服姿の万智がいた。


「あっ……てっきり、もう――」


「死んじゃったかと思った?」


「……うん」


「まだ、大丈夫。でもさ、もし私が鐘の音を聞いちゃったら、止めてほしいな」


 昔はどうにもならないからと悲観的にとらえていたはずなのに、万智は俯いたままそう言った。


「止めるって?」


「鐘の音を聞くとね、みんなモノリスに向かって歩いていくんだって。もちろん、自我を失ってね」


「そういえばそんな話、聞いたことあるかも」


 モノリスには扉などはなく、いわゆる入口がなかった。それなのに、鐘の音を聞いたものはモノリスに吸い込まれるように消えていくという。


 あるものはモノリスは殺戮兵器でどこかの国が作り出したものだと言っていたし、またあるものはモノリスは宇宙船で人間を選定していると言っていた。神様が増えすぎた人類を間引いているのだ、と言っていたのはうちの父親だったが、一昨年の冬、鐘の音を聞いたのか行方不明になった。


 僕が公園の隅にあるベンチに腰掛けると、万智も同じように隣に座った。遠くで、カラスが鳴いている。


 久しぶりに会って話したいことが沢山あったはずなのに、何だか言葉が出てこなかった。僕はこの二人の時間が好きだったはずなのに。


 横を見ると、大人びた顔つきの万智がいる。昔と違って薄く化粧をしているし、髪はずいぶんと長くなっている。僕のことはどう思っているんだろう、と少し気になった。


 唐突に、万智が話し始めた。


「私、トマト好きになったの」


 一瞬なんのことかと思ったけれど、すぐに理解した。こういうのは男である僕がリードしたほうがいいように思えた。


 万智の手に、僕の手を重ねる。


「僕はずっと、トマト好きだよ」


「……そうなんだ」


 どちらからともなく近づく。万智は顔をこちらに向けると、瞼を閉じた。唇がもうすぐそこにあった。


 だけどすぐに万智は僕から離れた。


「万智?」


 万智は山の上にあるモノリスを見上げていた。さっきまで目の前にあった唇がぱくぱくと動いている。


「鐘の音が、聞こえる」


「え?」


 万智は立ち上がってふらふらと歩き出した。僕は慌てて、万智を後ろから抱きしめた。それでも万智は、まるで何かに引き寄せられるように強い力で歩き続ける。


「万智!」


 無理に抑えようとして、バランスを崩した。僕と万智は地面に倒れ込む。


 万智は頭を打ったのか、額から血を流しながらもすぐに起き上がろうとする。僕は必至に華奢な体を地面に押し付けた。


 今はもう目の焦点も合わないのか、万智は虚ろな表情で起き上がろうとしてくる。爪で地面を掻いて、指先が赤く滲んでいた。


 額を伝う血が、唇を赤く染めていた。まるで口紅みたいで、僕はその唇に唇を重ねた。


 動きが止まる。


 顔を離すと、一筋の涙が頬を伝っていた。


 ごーん、ごーん。


 ああ、ウエディングベルってこんな感じなのかな。


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