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トレイン&スポーツラブ~山口で出会った二人のラブストーリー  作者: リンダ
ドタバタラブコメディー開幕

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美香も全国大会へ。再会への道が開ける

 九州大会当日 ― 博多南中学校 吹奏楽部

 会場は、鹿児島の巨大な音楽ホール。

 美香たちが立つ舞台は、福岡大会の時とは比べものにならないほど広く、照明のまぶしさや客席の数の多さに、思わず足がすくみそうになる。


(すごい……これが、九州大会……)


 その規模の大きさに、一瞬圧倒されかけた美香。

 けれど――すぐに思い出す。


 初めて見た、生の演奏。

 あの夏、山口第一中のステージで、目を奪われ、胸を揺さぶられたあの感覚。


(私も、誰かの心を動かしたい)


 その一心で、美香はトロンボーンを握ってきた。

 たった2ヶ月。それでも、必死にくらいついた。


 先輩たちも、仲間たちも、夏休みを返上して朝から晩まで練習に打ち込んだ。

「美香を、全国に連れていきたい」

 ――そんな言葉を何度ももらった。


 だからこそ、美香は強くなれた。


 ステージ本番

 プログラムが進み、いよいよ自分たちの番が近づく。


 指揮者の先生が最後の声かけをする。

「自信を持って、楽しもう。君たちの音を信じて」


 美香は静かにうなずき、深く息を吸った。


 幕が上がり、会場の視線が集まる。

 心臓の鼓動が、自分の音を邪魔しそうなくらい高鳴っていた。


 でも、美香は逃げなかった。


(夢をくれた人たちへ。想いを音に乗せて)


 トロンボーンのベルに向かって、全身の力を込めて息を吹き込む。


 ――イントロの低音。ドラムのリズム。

 ルパン三世ジャズバージョンの、あの軽快で熱く、鮮やかな音楽がホールに響き渡る。


 福岡代表としての誇り、そして感謝。

「全国へ行こう」という、仲間たちとの約束。


 そのすべてが、美香の音にこもっていた。


 ステージが終わった瞬間、観客席から大きな拍手が湧き上がる。


 汗が滲む額を拭いながら、美香は涙をこらえきれなかった。


(ありがとう……こんな場所まで連れてきてくれて)


 結果はまだ分からない。

 けれど、今できる最高の演奏を、最高の仲間と届けたこと。

 それだけは、確かに胸を張れるものだった。


【九州吹奏楽コンクール 結果発表】

 会場は、静まり返っていた。

 もう一度、深く息を吸った――けれど、手の震えは止まらなかった。


 九州大会で金賞を受賞したのは、9校。

 その中から、全国大会に進めるのは、たった4校だけ。


 まずは、金賞の発表がスクリーンに映し出された。


 「金賞 博多南中学校」


 その瞬間、会場の一角から小さな歓声が漏れる。


「やった……!」


 美香は胸を押さえながら、ホッと肩を落とした。


 けれど、それはまだ「通過点」にすぎない。

 次に読み上げられるのは、全国大会出場校――九州の精鋭の中から、選ばれた4校だけ。


 出場校の発表

 1校目――

 2校目――

 3校目――


 いずれも強豪校。ホールには、納得のどよめきが広がる。


 そして、最後の1枠。


 会場全体が、息を詰めていた。

 美香も、口を結び、両手を胸の前でぎゅっと握りしめる。

 喉の奥が熱くて、心臓が喉から飛び出そうだった。


(お願い……お願い……)


 静けさを破って、マイクが読み上げる。


「第4校目、全国大会出場校――

 博多南中学校! おめでとうございます!」


 歓喜の瞬間

「……え?」


 一瞬、美香の頭は真っ白になった。

 何が起きたのか、すぐには理解できなかった。


 けれど、隣で先輩が号泣しながら抱きしめてくれた。


「美香! 全国やで! やったよ!」


 前にいた同級生が振り返り、笑顔で叫ぶ。


「やった! やったんよ、美香!!」


 仲間たちが次々に、美香に駆け寄ってくる。

 笑っている顔、泣いている顔、叫んでいる顔――

 みんな、全身で「喜び」をぶつけていた。


 その中で、美香もついに目から涙があふれた。


(本当に……ここまで来れたんや……)


「ありがとう……ありがとう……」


 何度も口にしながら、美香は仲間たちと抱き合った。


 夢の舞台――全国大会への切符。

 それは、ただの結果ではなかった。

 みんなでつかんだ、努力と絆の証だった。


 博多南中学校 九州大会・金賞&全国出場 決定の直後

 九州大会の会場を後にし、バスが博多へ向かって走り出す。


 車内はまだ、興奮冷めやらぬ雰囲気に包まれていた。

 そんな中、顧問の先生がゆっくりと立ち上がり、みんなの顔を一人ずつ見回す。


「――よう、頑張ったな」


 声をかけた瞬間、しんと静まり返るバスの中。


 先生は、しばらく言葉を選ぶようにしてから、口を開いた。


「全国大会出場、おめでとう。

 ……ほんとうに、ようやってくれた。

 この夏の努力、全部ちゃんと音に乗ってた。

 先生は誇りに思うよ。ありがとう。」


 拍手が一斉にわき上がり、涙を拭う子もいた。

 美香も、思わず目頭を押さえながら深くうなずいた。


 みらいのたね・寄宿舎にて(その夜)

 寄宿舎に帰ると、夜の空気が少しひんやりして、夏の終わりが近づいていることを感じさせた。


 食堂の一角、パソコンが置かれた小さなスペースを借りて、美香は慣れた手つきでキーボードを打ち込んでいた。


 件名:【ご報告】全国大会、行けることになりました!

 郷子さん、温也さんへ


 こんばんは、美香です。


 今日、九州大会で金賞をいただきました。

 そして……全国大会に出場させてもらえることになりました!


 ここまでこれたのは、山口第一中学校のみなさんの演奏に出会えたからです。

 本当にありがとうございました。

 また、全国で会えることを、心から楽しみにしています!


 数分後――届いた返信の嵐

 まず一通目に届いたのは、郷子からのメール。


 件名:うれしすぎるっっ!!

 本文:

 美香ちゃん、ほんとうにおめでとう!

 また全国で会えるなんて……こんなうれしいことないよ!!

 一緒にトロンボーン吹こうね。私も楽しみにしてる!!


 続いて、温也からのメッセージ。


 件名:さすがやな

 本文:

 おめでとう、美香。

 お前の努力、ちゃんと実ったんやな。ほんまにようやった!

 全国で会えるの、めちゃくちゃ楽しみにしてるで。全力でぶつかろうな。


 さらに、山口第一中学吹奏楽部のグループアカウントから――


「博多南中、全国おめでとう!!」

「今からまた会えるの、楽しみにしてます!!」

「同じ曲で吹けるなんて、運命だねー!」

「うちらも全力で行くけ、よろしく!!」


 美香は手を胸に当てて、そっと笑った。


(夢は、ひとりじゃ叶えられん。

 みんながいてくれるけ、私はここまで来られたんや)


 再び全国のステージで、あの音を届けられる日が近づいていた。


 山口第一中・吹奏楽部部室にて(全国大会出場決定後)

 全国大会への切符を手にした山口第一中学校吹奏楽部。

 放課後の部室は、喜びに満ちたまさに「お祭り騒ぎ」だった。


「やったーーっっ!!」

「うちら、全国やで!全国っ!!」

「泣いてもいいよね!?今だけは!!」

 部員たちは手を取り合い、飛び跳ね、肩を叩き合いながら喜びを爆発させていた。


 そんななか、ひときわ静かに、でも優しい眼差しでみんなを見つめていたのが、指揮者であり顧問の **上山先生(30歳)**だった。


 やがて、上山先生が一歩前に出て、拍手を打ち鳴らす。


「みんな、本当に、よう頑張ったね――!」


 一瞬静まり返った部室。そのあとに、大きな拍手が響き渡った。


「全国大会で、美香さんに会えるの、楽しみにしちょこうね」

 上山先生の声に、郷子が小さく頷く。


 美香とのLINE交流

 その夜。

 温也と郷子は、美香とLINEでのやり取りを始めた。

 あらためて連絡先を交換し、まずは――


 郷子からのメッセージ:


「美香ちゃん、これ私と温也の写真!

 全国大会で、この顔見つけたら、声かけてな!

 会えるの、楽しみにしちょるけ!」


 温也も:


「これでお互い顔がわかるな。

 宇都宮で、また一緒に音楽できるんが楽しみや。」


 美香からも、制服姿でトロンボーンを持っている写真が送られてきた。


「これが私です!絶対見つけてくださいね!」

「…ほんとうに、会えるの楽しみで…泣きそうです」


 温也と郷子、LINEでのやりとり

 移動の疲れが少し落ち着いたころ、郷子が温也にメッセージを送る。


 郷子:

「ねえ、温也。ここまで来られたのって、みんなの力はもちろんやけど…

 やっぱ、あの時、みらいのたねに行ったことが大きかったと思うんよね」


 温也:

「せやな。あの演奏会で見た子どもたちの目、今でも覚えとる。

 なんていうか…“伝える”って意味が、初めてわかった気がしたわ」


 郷子:

「うちも同じこと思っちょった。

 音って、心の奥の奥に届く力があるんよね。

 今度の全国では…“うちらの音”を、美香ちゃんにも、もっと多くの人にも届けたい。」


 温也:

「――よし、やるで。

 ここまで来たら、全力でぶつかるだけや。

 “音でつながる”って、最高やな。」


 ふたりの画面に、通知がピコンと同時に届く。


 美香からのLINE:


「今日も1日、おつかれさまでした

 全国で会える日まで、頑張ります!」


 郷子と温也は、それを見てお互いに微笑んだ。



 全国大会へ向けて

 10月――

 吹奏楽の全国大会が目前に迫っていた。


 山口第一中学校、そして博多南中学校。

 ふたつの学校はそれぞれの地で、同じ想いを胸に、連日連夜の練習に取り組んでいた。


 郷子も温也も、美香も、

「絶対に悔いのない演奏をしよう」

 という気持ちを強く持っていた。


 山口第一中学校では…

 ルパン三世ジャズバージョン――。

 あの曲は、みらいのたねで演奏した思い出の曲であり、出発点でもある。


 けれど、今の演奏は、あの頃とは比べものにならない。

 響きの厚み、リズムの鋭さ、息の合い方、そして何より…音に乗せた「想い」の重さが違う。


 中心メンバーの温也、郷子をはじめ、

 たかやん(篠田隆)やながちゃん(長田峡子)たち次世代メンバーも、明らかに表情が変わっていた。


 上山先生は、練習後の終礼で、こんな風に声をかけた。


「いよいよ、次は全国大会です。

 全国から、選ばれたほんの一握りの“音楽バカ”たちが集まる場所。

 けど――私は信じとるよ。

 うちの子たちが、誰よりも“心を響かせる音”を出せるって。」


 その言葉に、みんなの目に力が宿った。


 博多南中学校でも…

 同じ曲、同じ想い――

 けれど、美香にとってこの2ヶ月は、人生が変わるほどの時間だった。


 あの日のステージに心を打たれ、

 あの日のトロンボーンに憧れ、

 自分の中の“夢”を初めて知った。


 美香は、吹奏楽部の仲間たちと汗だくになりながら、

 何度も、何度も、繰り返し、パート練習と合奏を重ねた。


「“音を楽しむ”って書いて、音楽って読むんやろ?

 だったら、美香。楽しんで吹け。

 お前の音が誰かを救うかもしれんけん。」


 顧問の先生のその言葉に、美香は何度も励まされた。


 そして、部員たちとひとつの合言葉を決めた。


「届けよう、音の笑顔を。」


 10月、全国大会開催地――栃木県宇都宮市

 そこには、全国の地区大会を勝ち抜いた、精鋭15校が集まる。

 どの学校も、強烈な個性と高い演奏力を持ち、

 たったひとつの舞台で、「日本一」の称号をかけてしのぎを削る。


 けれど、郷子も温也も、美香も――

 勝つことだけが目的ではなかった。


「あの場所で、もう一度、心を震わせる演奏を――」


 その一心で、最後の1ヶ月、猛練習に励むのだった。




 全国大会出発の日 ― 山口第一中学校吹奏楽部

 10月初旬の朝――

 肌寒くなりはじめた秋の空気が、遠征の緊張感を包んでいた。


 山口宇部空港に集合した吹奏楽部の部員たちは、制服に上着を羽織り、少し引き締まった面持ちで揃っていた。


「いよいよやな」

 温也が郷子の肩を軽く叩く。

 郷子も頷きながら、小さく「うん…」と返す。

 普段より少しだけ声が小さかったのは、緊張している証だった。


 部を引っ張ってきた3年生たちの最後の舞台。

 そして全国大会という夢の舞台に、みんなの心が高ぶっていた。


 羽田空港到着

 羽田に着くと、東京の喧騒と人の多さに、少し気圧される部員たち。


「人、多すぎ…」

「これが東京か~」

「ほら迷子になるなよー!」と引率の上山先生が笑いながら声をかける。


 重たい楽器ケースを引きながら、東京駅へと移動する一行。


 東京駅 → 宇都宮へ(東北新幹線)

 新幹線のホーム。

 速さと迫力を感じる「やまびこ」が滑り込んでくると、部員たちの目が輝く。


 車内では、少しずつ緊張もほぐれ、部員たちの表情が和らいでいく。


「ほんとに来たんやな、全国大会」

 郷子がぽつりと呟く。

 隣に座る温也が、窓の外を眺めながら答える。

「なんか、まだ夢みたいや。でも、ここまで来たんやもんな」


 宇都宮到着・宿舎入り

 宇都宮駅に到着した一行は、バスに乗り換え、宿舎へと向かう。

 空気が澄み、秋らしい冷たさが肌を刺す。

 そのひんやりした空気に、いよいよ本番が近いという実感が湧いてくる。


「この街で、全部出し切ろうね」

 上山先生の声に、部員たちが一斉に頷いた。


 博多南中学、宇都宮入り

 福岡・博多から空路で羽田を経由し、宇都宮にやってきた博多南中学校吹奏楽部。

 中学1年生の黒木美香にとっては、初めての関東。空の色も、風の匂いも、どこか違って感じる。


「ここが…全国大会の舞台…」

 大きな楽器ケースを肩にかけながら、深呼吸する美香。


 美香のスマートフォンに、LINEの通知が届いた。


 温也と郷子からのメッセージ

 温也

「もう宇都宮着いた? お疲れさん!」


 郷子

「美香ちゃん、こっちもさっき宿舎入ったところよ。声、聞ける?」


 しばらくして、美香から通話リクエスト。

 郷子が受け取って、通話がつながる。


 LINE通話(初めての会話)

「…もしもし、美香ちゃん?」


「あっ……郷子さんですか? はじめまして、黒木美香です!」


 声が震えていた。緊張と、感動と、胸いっぱいの気持ちが交錯していた。


「ほんとに、美香ちゃんの声やね。うれしいよ〜」

「うちも、やっと話せて…ほんとに、夢みたいや…」


 続いて、温也にバトンタッチ。


「おう、美香。がんばっとるみたいやな」

「温也さんっ…! 今日、演奏聴けるのがすっごく楽しみです!」

「俺らも、また一緒に音出せる日が来ると思ったら、ワクワクしとるで」


 お互い、まだ会ってもいないのに、心の距離は不思議なほど近かった。

「宿舎に着いたら、また連絡して。時間見て、落ち合おうな」


 再会への約束

 その夜、宇都宮の空には星がちらほら。

 遠く離れた地で出会った「音」でつながる仲間たち。


 全国大会前夜。

 不安と緊張、でもそれ以上に「会える喜び」が胸に広がっていた。



 宿舎に荷物を置いて

 宇都宮に到着した山口第一中学校吹奏楽部の一行は、夕暮れ前に宿舎にチェックイン。

 ロビーは程よく静かで、窓の外には夕焼けに染まる那須の山々が見えた。


 温也は荷物を部屋に置くと、すぐにスマートフォンを取り出して、美香にLINEを送った。


 温也 → 美香

「美香、そっちも宿舎入ったか? ちょっと落ち着いたら、餃子食いに行かん? 宇都宮来たらやっぱ餃子やろ。」


 すぐに既読がついて、返信が来る。


 美香 → 温也

「行きたいです!! 宇都宮の餃子、テレビで見たことあるけん、めっちゃ楽しみ!!」


 温也は隣の部屋にいる郷子にも声をかける。


「郷子、餃子食いに行くで。美香も来るってさ」

「ええよ、行こ行こ。初対面やし、ちゃんと挨拶もしたいしね」


 二人は軽く着替え、ロビーで再集合。


 駅へ向かう

「ほな、駅まで行って、美香と合流しよか」

「うん、宇都宮駅の新幹線改札前って送っといた」


 夕暮れの街を歩きながら、緊張と楽しさが入り混じる。


 宇都宮駅・新幹線改札前

 改札前には、少し背の低い少女が、黒い楽器ケースを肩にかけて立っていた。

 時折スマホを確認しながら、きょろきょろと周囲を見回す。


 その姿を見つけて、郷子が小さく手を振る。


「…美香ちゃん?」


「はいっ!! 郷子さん…温也さん…!」


 少し走り寄ってくる美香の瞳には、緊張と感動が混ざっていた。


「よう来たね。実際に会うの、これが初めてやな」

「LINEで写真見とったけど…ほんまに、そのまんまや!」


「美香ちゃん、思っとったより、背高いね〜」

「郷子さんも、想像してたより優しそうで…うれしいです!」


 三人は少し照れながら笑い合い、駅ビルの餃子専門店へと歩き出す。



 餃子店にて・語り合いの夜

 宇都宮駅ビル内の人気餃子店に入ると、活気のある店内には、餃子の焼ける香ばしい匂いが立ちこめていた。

 席に通されると、温也がメニューを確認しながら言った。


「焼き餃子と、水餃子と、揚げ餃子…せっかくやし、ぜんぶいっとこか」


「いいね〜!ジュースも頼もうや」

 郷子がメニューからオレンジジュースを選びながら笑った。


 やがて、3人の前にグラスが揃う。


 ジュースで乾杯

「じゃあ……」と郷子が声を上げる。


「全国大会、出場おめでとう。そして再会を祝して──」


 3人:「かんぱ〜い!」


 グラスが軽やかに音を立て、氷がカランと揺れた。


 美香の想い

 乾杯のあと、餃子が焼き上がるまでのあいだ、美香が口を開いた。


「改めて……本当に、夢を与えてくださってありがとうございました」


 その言葉に、温也と郷子は一瞬黙り、しっかりと目を見て頷く。


「いや……俺も郷子も、ただのきっかけや。

 あの会場で何を感じて、どう動いたか。ここまで来たのは、美香自身が……血の滲むような努力をしたからやと思うで」


 美香は目を伏せ、小さく笑った。


「最初はほんと、無理やろってみんなに言われました。トロンボーンなんて、音出すのも必死で。

 でも、私、吹きたかった。郷子さんと温也さんみたいに──。

 音を、誰かに届けたいって、あのとき初めて思ったんです」


 郷子の言葉

 郷子は、美香の言葉にじっと耳を傾けながら、優しく答えた。


「美香ちゃんの演奏、きっと届いとるよ。だって私らも、ずっとそれを願ってきたんやから。

 誰かの心に、そっと寄り添うような音が出せたらええなぁって」


「……うん……」


「トロンボーンってね、やさしくもあって、強くもある。

 今の美香ちゃんみたいにね」


 美香は目を潤ませながら、ぎゅっと唇を結び、そして微笑んだ。


 餃子、届く

「お待たせしました〜、焼き餃子3人前です!」


 テーブルに湯気を立てる餃子が運ばれ、ぱっと表情が和らぐ。


「……めっちゃいい匂いやん!さ、食べよ!」


「うん、冷めんうちにね!」


 この夜、3人は餃子を頬ばりながら、吹奏楽のこと、仲間のこと、夢のこと、そしてこれからのこと──

 まるで長い間の友人のように、夜が更けるまで語り合った。


 餃子を囲んだ会話のなかで

 餃子を食べて、3人で談笑していたとき、美香がふと首をかしげて言った。


「……あの、ずっと気になっとったっちゃけど……

 温也さん、なんで関西弁なんですか?」


 温也は箸を止めて、ちょっと驚いたように美香を見た。


「お? そこ来るか(笑)」


「いや、ずっと聞こうと思っとったっちゃん。福岡にも山口にもおらんような言い回しやけん、気になってて……」


 郷子も笑いながら口を挟んだ。


「たしかに。うちも最初はびっくりしたもん。

 温也はな、大阪からの転校生なんよ。中二の始業式の日やったかねぇ」


「そうなんですね! へぇ〜……じゃあ、吹奏楽も大阪で始めたと?」


 温也は少しだけ目を細め、箸を置いて話し始めた。


 温也の過去

「せやな……けど、実は最初は吹奏楽やのうて、柔道部やってん」


「柔道!?」と美香が目を丸くする。


「うん。ちっちゃい頃から道場通っててな。勝ったり負けたり、そらしんどいこともあったけど……

“衣里子”いうな、大事な親友がおって、一緒に全国行こう言うて、ほんま毎日がんばっとってん」


 温也の声が少しだけかすれた。


「……けど、あいつ、コロナで突然倒れて……戻ってこんようになってしもたんよ」


 美香は目を伏せ、そっと手を胸元で組んだ。郷子も真剣な表情で黙って耳を傾けている。


「道場行かれへんようになって、毎日が空っぽでな。

 ある日、たまたま親に連れられて、クラシックのコンサート行ったんよ。ホールで。

 ──それが、なんか、ズドンときた。体が震えるような感覚やった。

“ああ、俺、生きとる”って、久々に思えたんよな」


 静かに、でも力強く語る温也の言葉に、美香の瞳が潤む。


「それで、音楽やってみたいって、思ったんですね……」


「せや。それからはもう、無我夢中やったな。

 で、山口来て、郷子と出会って……こいつがまた、スパルタでな(笑)」


 郷子がすかさずツッコミを入れる。


「なに言いよるんね、最初からしっかり練習せんけぇ、怒らざるを得んかったんよ」


 温也と郷子がじゃれあう姿に、美香がふっと笑みをこぼす。


 つながる想い

「……でも、すごかですね。

 大事な人を失うって、どんなに辛かったか……うちには、まだよく分からんけど……

 それでも誰かの音に救われたっちゃろ? それが、今のうちの立場とおんなじやけん……なんか、うれしかです」


 郷子がやさしく微笑み、そっと言葉を添える。


「音って、誰かから誰かへと、気持ちが伝わってくもんなんよね。

 温也の音が誰かに届いて、その先に美香ちゃんみたいな子が現れて……

 ──なんか、不思議やけど、すごいことやと思うよ」


「……うちも、いつか誰かに、夢を与えられるような音を吹けたらいいな……」


「吹けるよ。絶対」


 温也が即答した。


「俺らの音で、美香が夢見たんやろ? 今度は、美香の音で、誰かの夢になったらええやんか」


 美香は、涙をこらえるように、目元を押さえてうなずいた。


 こうして、3人の絆は、単なる“再会”から“信頼”と“未来への希望”へと深まっていくのだった。


 宇都宮の夜、別れ際の決意

 餃子の香ばしい余韻をまとって、3人は店を出た。

 夜の宇都宮の街は、静けさとともに涼しい風が吹き、昼間の熱気を和らげていた。


 駅前のロータリーまで戻ってきたところで、美香が立ち止まり、郷子と温也に向き直った。


「……今日は、ほんとに、ありがとうございました」


「こっちこそ、会えてよかったで」と温也。


 郷子も「ほんまやね。明日からまた、練習がんばろうね」と優しく頷く。


 しばしの沈黙。

 そして、美香が、かばんの紐をきゅっと握りしめ、少しだけうつむきながら口を開いた。


「──うちは、絶対、プロの音楽家になります」


 郷子と温也は、はっとしたように美香を見た。


「……あの日、みらいのたねで、お二人の音を聴いて、夢を見つけました。

 今まで、生きる意味なんて分からんかったけど、あの瞬間に“これや”って、初めて思えたんです」


 夜風が、静かに吹き抜ける。


「うちも、あのときみたいに──

 誰かの心を動かす音を、絶対に届けたい。

 自分の音で、誰かの人生を変えられるような、そんな演奏家になります」


 その瞳は、まっすぐだった。迷いも、飾りもなかった。


「応援してるで」

 温也が、まるで後輩に言うように、でも少し目を潤ませながら言った。


「美香ちゃんの音、きっと届くよ」

 郷子も微笑みながら言った。


「全国大会、思いっきりやろうね」


「はいっ!!」


 そう言って、美香は深く一礼し、明るく手を振って、自分の宿舎へと走っていった。


 郷子と温也は、静かにその背中を見送る。


「……なぁ、郷子」


「うん?」


「……なんか、美香見とると、あの頃の自分ら思い出すな」


「ほんまやね」


 二人は、再び歩き出す。

 夜の静けさのなかに、明日への

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