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15歳の約束

 そして迎えた、5月6日――郷子の15回目の誕生日。


 上田家と湯田家、ふたつの家族が合同で、郷子の誕生日を祝うパーティーを開くことになった。会場は、家から車で15分ほどの場所にある、ちょっと小高い丘の上のレストラン。すぐそばには滝もあり、春の新緑に包まれた自然豊かな場所だった。


 それぞれの車に分かれて出発し、やがて全員がレストランに集まった。


 パーティーが始まると、光と瑞穂が郷子のもとへ歩み寄ってきて、にこやかに声をかける。


「郷子さん、お誕生日おめでとう」


「ありがとうございます。無事に15歳を迎えられて、本当に嬉しいです。コロナにかかったときは、皆さんにもご心配をおかけして……今日を迎えられて、感謝しています」


 少し照れながらも、しっかりと感謝の気持ちを伝える郷子。


 すると、今度は泉が小さな包みを手に、郷子の前に差し出した。


「郷子さん、おめでとうございます。これ、私からのプレゼントです」


 郷子が受け取ると、中から出てきたのは、可愛らしいイルカのキーホルダー。


「泉ちゃん、ありがとう。すごくかわいい。私のカバンにつけて、大切にするね」


 郷子がにっこり笑うと、泉の頬もうっすら赤くなった。


 そして、最後に温也がひとつの小箱を郷子に手渡す。


「これ……俺から」


 そっと開けてみると、中には銀色にきらめくネックレスが収まっていた。


「……あっくん、ありがとう。すごく綺麗。大事にするね」


 そう言って、郷子は首にネックレスをかけ、優しく笑った。


 その笑顔は、春の光のように柔らかく、みんなの心をあたたかく包み込んだ。



「さあさ、中に入りましょう」


 桜が優しく声をかけると、皆が笑顔でうなずきながら店の中へと入っていった。


「すみません、今日、予約していた上田です」


 望が受付で声をかけると、スタッフが丁寧に応対した。


「はい、上田様ですね。7名様でご予約いただいております。本日はご来店ありがとうございます。どうぞこちらへ」


 案内されたのは、滝の音がかすかに聞こえる窓際のテーブル。春の緑に包まれた穏やかな席に、皆が落ち着いて腰を下ろす。


 席に着くと、望が立ち上がり、少し照れながら口を開いた。


「今日は、うちの郷子の誕生日ということで、皆さんに集まっていただき本当にありがとうございます。コロナで大変な時期もありましたし、受験性になったりといろいろありましたが、こうして無事に15歳の誕生日を迎えられ、私もとても嬉しく思います。今日は皆さんと良い時間を過ごせたらと思います」


「それでは、郷子、挨拶をお願いね」


「はい」


 郷子が立ち上がり、少し緊張しながらもしっかりと皆に向き直る。


「今日は私の誕生日を祝ってくれて、本当にありがとうございます。元気にこの日を迎えられたのも、家族や友達、そして……温也のおかげだと思っています」


 そう言って郷子は隣の温也に目を向けた。


「温也、ちょっとこっち来てくれる?」


「ん? なんね、郷子?」


 温也が少し戸惑いながらも郷子のそばに来る。


「この一年、温也がおってくれたけえ、私頑張れたんよ。落ち込んだ時も、つらかった時も、いつもそばにおってくれて……本当にありがとうね。……それに、私のこと好いてくれて、ありがとう」


 温也は照れくさそうに、しかし真剣な口調で答える。


「いや、俺は大したことしちょらんけど……郷子が苦しんじょる時、助けになれる男になりたいと思っちょる。ま、時々寒いこと言うかもしれんけど、その時は笑っての? これからも、楽しくやってこーや」


「うん……ありがとう。コンクール、頑張ろうね。全国、行きたいけえ!」


「行こうぜ、郷子。絶対行こうや!」


 そのとき、料理が運ばれてきた。春の彩りを添えた前菜が並び、テーブルに華やかさが広がる。


「うわあ、めっちゃ美味しそう!」


 泉が目を輝かせながら前菜を見つめる。


「泉ちゃん、いっぱい食べてね」


 郷子がふふっと笑うと、泉も「うん!」と元気にうなずいた。


「私、今日のために朝ごはんちょっとしか食べちょらんかったんよ〜。デザートもあるんよね?」


「あるある! バースデーケーキもあるから、楽しみにしちょって!」


 温也も笑顔で応える。


「ほんなら、はよ食べて、ケーキまでいこうや!」


 滝の音が心地よく響く中、春の祝宴はあたたかい笑いに包まれて進んでいった。


 料理を口に運びながら、郷子は少し意を決したように温也に声をかけた。


「ねぇ、これからあっくんじゃなくて、温也って呼んでもええ?」


「ええよ。オレは前から郷子って呼んどるけぇな。オレもそっちの方がうれしいわ」


「じゃあ、温也って呼ぶね」


 そう言いながらも、最初はやっぱり「あっくん」って呼ぶ方が慣れちょって、ちょっと照れくさそうな郷子。


 それを見て、泉がいたずらっぽく笑いながら言う。


「あれぇ、お兄ちゃん、めっちゃ鼻ひくひくさせちょる。めっちゃ照れちょるじゃん!」


「泉、うるさいぞ」


 温也が顔を赤らめながら突っ込む。


「でも、やっぱりなんだか恥ずかしいね」


 郷子は顔を真っ赤にしながら、小さな声でそう呟いた。


 郷子が「温也」と呼ぶことを決めた理由――それは、大人になっていく自分たちのこれからを考えた時、いつまでも「あっくん」と呼ぶのは子どもっぽい気がしていたこと。そして何より、自分が温也のことを好きだという気持ちを、自分の意志でちゃんと伝えたかったからだった。



 郷子が顔を赤らめて俯くと、温也はそっとその手を取った。


「郷子……おまえのそういうとこ、ええなぁ。ちゃんと自分の気持ち伝えてくれるん、オレも嬉しいわ」


 その言葉に郷子はほんの少し目を潤ませて、でもしっかりと温也の目を見返した。


「わたしも、温也のそばにおりたい。ずっと、こうして……」


 温也はにっこりと笑い、ささやくように言った。


「そげぇ言われたら、オレ、なんぼでもそばにおってやりたくなるじゃろ」


 その甘い空気に包まれた瞬間、泉がふいに両手を叩いて声を上げた。


「おいおい、二人とも! そねぇラブラブしよってええけど、ケーキもまだ来てねーし、みんな待っちょるけぇ、早よ食べんさいや!」


 二人は慌てて顔を見合わせ、ふっと笑い合った。


「泉、うるさいわ(笑)」


「でも、泉ちゃんの言う通りじゃね。ちゃんとみんなで楽しもや」


 郷子がそう言って気持ちを切り替えると、温也も頷いた。


 泉の明るいツッコミが場の空気を和ませ、三人の笑顔がまたひとつ深まった。




 郷子と温也のやりとりを見守っていた望は、にこやかに微笑みながら言った。


「ふたりとも、ほんまにええ関係になりよるのう。郷子が自分の気持ち、ちゃんと言えてるのが、なにより嬉しいわ」


 桜も優しく頷きながら、


「これからも支え合うて、しっかりと成長してほしいね。家族みんなで応援しよるけぇね」


 一方、温也の母もにこにことした表情で、


「温也も、ずっとそげぇ思いよったんよね。こうしてちゃんと気持ち伝えられて、ほんにええことじゃと思うわ」


 父も静かに頷きながら、


「これからはお互いを大切にしながら、家族ぐるみの付き合いも増えるじゃろうし、楽しみじゃ」


 それぞれが微笑み合いながら、ふたりの未来を暖かく見守っていた。


 泉がそんな両親たちの様子を見て、くすっと笑いながら、


「親たちまでうっとりしよる。みんな幸せそうで、こっちまであったかい気持ちになるわ!」


 と言うと、和やかな笑い声がテーブルに広がった。


 やがて、待ちに待ったホールケーキが運ばれてきた。みんなの目が一斉にケーキに注がれ、華やかなデコレーションがテーブルを彩る。


「わあ、きれいじゃね!」


 泉が嬉しそうに声をあげると、郷子もにっこりと微笑んだ。


「ほんまに、ありがとう。みんなで一緒に食べられて嬉しいよ」


 温也もケーキを見つめながら、


「今日は特別な日じゃけぇ、思い切り楽しもうや」


 桜と望、そして温也の両親もにこやかに見守りながら、家族と仲間たちのあたたかな時間がゆっくりと流れていった。


 ケーキの甘い香りが漂うなか、テーブルに集まったみんなの笑顔はあたたかく、春の午後のひとときを彩っていた。郷子の心には、この一年の思い出が次々と蘇る。


 あの、ちょっとした事件も。ピンクのブラジャーが温也の目にうっかり入ってしまったあの日。温也は真っ赤になって慌てふためき、郷子は顔を真っ赤にして怒りつつも、どこか嬉しくて仕方なかった。


 それから、温也の家に泊まりに行った夜のことも思い出した。温也が風呂に入っているときにバスルームの扉をうっかり開けて、バスタオル一枚の温也と遭遇して、ちょっとしたラッキースケベをやらかしてしまった。驚いたけれど、その瞬間に二人の距離は自然に縮まっていたのを感じていた。


「ほんまに、あんときはびっくりしたわ……」


 心のなかでつぶやきながらも、郷子は小さく笑った。温也は時にスケベでドジなことをして、周りからからかわれたりするけど、そんなところも彼の魅力だ。


「嫌じゃないもん」


 そう素直に思える自分が、すごく嬉しかった。


 周囲の温かな視線や泉の軽口も、二人の距離を少しずつ近づける。泉がふいに笑いながら、


「お兄ちゃん、ほんまスケベなんじゃけど、郷子さんはそんなとこも好きなん?」


 と茶化すと、郷子は照れくさそうに顔を伏せた。


「うるさいんじゃけど……でも、好きなんよ」


 そう小さく返しながら、心の底からそう思っていることに気づく。


 温也もそんな郷子の反応に笑みをこぼし、声を落として言った。


「オレも、郷子のことが大事じゃけぇな。これからも一緒に、いろんなこと乗り越えていこうや」


 彼の真剣な眼差しに、郷子の胸はぎゅっと締めつけられた。


 その日の誕生日パーティーは、家族の温かさと友人たちの笑顔に包まれ、まるで夢のように過ぎていった。


 郷子の両親、望と桜は二人のやりとりを微笑みながら見守っていた。望は感慨深げに言う。


「郷子が自分の気持ちをきちんと言葉にできるようになったんは、ほんまに成長した証拠じゃ」


 桜も優しく頷き、


「これからもお互いを支え合いながら、素敵な大人になってほしいね」


 と声をかける。


 温也の両親もまた、息子の変わりようにほっとした表情を浮かべていた。


「温也も、ええ子と出会えてよかったわ。これから家族ぐるみで支えていこうね」


 と母親が笑顔を見せれば、父親も静かに頷いた。


 そんな両家の見守るなか、泉の明るいツッコミが場を和ませた。


「親たちまでうっとりしよるけぇ、こっちまであったかい気持ちになるわ!」


 三家族が一つになったその瞬間、郷子の心は未来への期待で満たされていた。


「大人になるって、まだまだわからんことばっかりじゃけど……温也となら、どんなことでも乗り越えていけそう」


 そう小さくつぶやいた郷子は、初めて見るような穏やかな笑顔を浮かべていた。


 これからも彼女の心は、ちょっとドジでスケベな温也とともに成長していく。


 そして、この春の誕生日が、二人の新しい一歩となるのだった。



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