クリスマス
大阪から山口に帰ると、一気に年末の忙しさが押し寄せてきた。二学期が終わると、クリスマスや正月を挟んで、賑わいが増してくる。山口で迎える初めてのクリスマス。クリスマスイブは、湯田家と上田家の全員が集まって、近所のバイキングが楽しめる店に行って、ちょっとしたパーティーをすることになった。
まずは入店して、支払いを済ませて、自分の好きな料理を選ぶ。バイキング方式なので、自分の好きなものをよそって取ってくるのだが、若い3人はやはり肉料理がメインであった。唐揚げや鶏の南蛮漬け、海鮮物もたくさんあって、まぁ、よく食べる。中でも温也の食欲は旺盛であった。大人たちは時折ビールを飲み交わしながら、乾杯をあげている。楽しく食べたり飲んだりしながら、プレゼント交換を行う。
郷子からは温也へ、欲しがっていたTHE ALFEEのベストアルバム、泉にはお洒落な手袋がプレゼントされた。そして温也から郷子には、寒がりな郷子のために温かいニット帽、泉からは吹奏楽部員ということで、郷子の好きなアニメ『響け!ユーフォニアム』のDVDがプレゼントされた。
「郷子、サンキュー。これ、欲しかったんよ〜。今ね、親父が聴いてる音楽に興味があってさ、ALFEEの曲、めっちゃかっこよくて〜。渋いっていうかなぁ」
「うんうん。わかった〜。あっくん、ロック好きじゃからね」
「まぁね」
「郷子さんありがとう。指先が結構冷えるから、助かる〜」
「あっくんも泉ちゃんもありがとうね。私ね、耳にしもやけができることがあるから、よかった〜。このDVD、帰ったらゆっくり観させてもらうね」
そう言ってプレゼントの交換をしあう3人。大人は大人同士で、何やらプレゼント交換しているみたいであった。こうして料理を食べた後は、カラオケに向かった。
カラオケ店に着いて、温也が最初に歌ったのは、いきものがかりの『風が吹いている』。ロンドンオリンピックのテーマソングだった曲で、温也が好きな曲の一つであり、スポーツ観戦が大好きな郷子への、温也からのちょっとしたプレゼントであった。そして、郷子が歌ったのは絢香の『にじいろ』。温也への思いを込めた選曲であった。泉はノリのいい、SEKAI NO OWARIの『RPG』を歌っていた。大人世代は、90年代から2000年代にかけて流行った歌を中心に歌っていた。このほかにもアニメのテーマソングだった曲や、好きなアーティストの曲を歌って盛り上がり、帰ったのは21時過ぎ。
「今日は楽しかったなぁ。郷子、本当にプレゼントありがとうな」
「いいや。あっくんも泉ちゃんもありがとうね。それじゃあ、お風呂入ろうっと」
「じゃあ、また明日な」
「郷子さん、お休み〜」
「うん、また明日ね」
そう言いながら、お互いの家に入る。
そして迎えたクリスマス。郷子と温也はクリスマスキャロルが流れる山口市内の商店街に出かけた。郷子は、昨日温也がプレゼントしてくれたニット帽をかぶって出かけた。商店街では、『ママがサンタにキスをした』や『赤鼻のトナカイ』『ジングルベル』などといった名曲の数々がハンドベルで演奏されていて、美しい音色を奏でていた。このほかにも『恋人がサンタクロース』や『いつかのメリークリスマス』『恋人たちのペイブメント』といったクリスマスナンバーが演奏されていて、華やかさが一層増してくる。こうして、大好きな温也と一緒にクリスマスを迎えるというのは、心の底から幸せだと感じることのできる至福の時間であった。
「ちょっと冷え込んできたから、暖かいコーヒーでも飲むか」
そう言って、商店街の中にあるカフェで、ホットコーヒーとケーキを注文し、お互いに向き合う形で座る。郷子は、温也がおいしそうにカフェラテを飲むのが、すごく幸せそうに見えて
「あっくん、すごく幸せそうな顔してる」
「だって、大好きな郷子と一緒にクリスマスを迎えられてるからね。やっぱり大好きな人と一緒に過ごすクリスマスはいいもんやねぇ」
「私も。あっくんとこうして過ごせるのは、本当に幸せ〜。にゃおーん」
カフェで至福のひとときを過ごした後、夕暮れ時を迎え、クリスマスイルミネーションが点灯された。ここから少し自転車で行ったところにある亀山公園では、昔、火災で焼失する前のザビエル記念聖堂をイメージしたイルミネーションが点灯しており、行ってみた。青や白の光を放つLED電球が美しく、ハートをかたどったイルミネーションもあって、カップルや家族連れが記念撮影をしていた。
「あっくん写すよ〜」
「ほーい」
「どれどれ。おぉ、めっちゃかっこよく映ってるじゃん。やっぱり素材がいいからやろ〜」
「あぁ、はいはい。そういうことにしといてあげる」
「じゃあ、次は郷子を写すぞ〜」
「いいよ〜」
郷子もなかなかいい感じに写っていた。
そして、スマホを近くにいたカップルに渡して
「すいません、シャッター押していただいてもいいですか?」
「はい、いいですよ。それじゃあ、お二人さん、仲良く並んで〜。あぁ、もう少し近づいて〜。そうそう。じゃあ、写しますよ〜」
「お願いします〜」
2人が写ったクリスマスの写真は、以降、二人にとって大切な思い出の一枚となった。
「さぁ、かなり冷え込んできたし、暗くなったから、そろそろ帰るか」
「うん、そうじゃね。そろそろ帰りますか〜」
「じゃあ、家に向かってレッチラゴー!」
「レッチラゴー! ……って、あっくんはエッチだぞ〜♪」
二人はクスクス笑いながら、20分ほどかけて自転車をこいで帰った。
「ただいま〜! めっちゃ寒かったべぇ〜」
「おかえり〜」
「おぉ、帰ったで〜。泉はひろ君とどっか行っとったんか?」
「今日はね、ひろ君の家におじゃましてきたの」
「そうかぁ。ゲームでもしとったんか?」
「うん。ゲームしたり、ケーキ食べたり、外でバドミントンしたりして、けっこう充実してたよ〜」
「へぇ〜、ええやん。で、おふくろはまだ帰ってないんか?」
「うん。今日はスーパー忙しいって言ってたしね」
「そりゃ、ケーキとかお菓子がバカ売れする日やもんな〜。親父はもう帰ってくる頃か。今日は早出やったし」
ちょうどそこへ、光が帰ってきた。
「ただいま〜。やっぱこっちは寒いなぁ。大阪より冷えるわ」
「おかえり〜。山口は盆地やから、底冷えするんよねぇ」
「お母さんから伝言〜。今日はもつ鍋やけ、野菜切っといてってさ」
「じゃあ、白菜とか大根とか、切っていこっか」
「頼むわ。お父さんは洗濯物と風呂掃除するからね〜」
「はーい!」
温也と泉はキッチンに並び、せっせと野菜のカット作業に取りかかる。
「お兄ちゃん、白菜これくらいでええ?」
「うん、それだけあれば十分やね」
準備が整い、土鍋に水を張って火にかけた頃、瑞穂が帰ってきた。
「ただいま〜」
「おかえり〜! 野菜もう切っといたよ」
「ありがと〜! あとは牛もつ入れて煮込むだけ。さっすがうちの子たち」
「楽しみ〜! はよ煮えろ〜、もつ鍋〜♪」
こうして出来上がった熱々のもつ鍋を家族で囲みながら、山口で過ごす最初のクリスマスの夜は、ぽかぽかと心まで温かくなっていった。
そのころ、郷子の家でも。
「ただいま〜」
「おかえり〜。寒かったでしょ? 先にお風呂入る?」
「うん、冷えた〜。ちょっと温まってくるね」
「郷子、帰ってきたか。今年は大変やったな。でも、よく頑張ったよ」
「ほんまや。いい彼氏ができて楽しそうやったけど、コロナになったり、嫌がらせもあったり……でも、あの子は本当に強いわ。うちの娘ながら、誇らしい」
「それもこれも、温也君の支えがあったけぇやろうな。あの子、ほんまええ子や」
湯船に浸かった郷子は、ぽかぽかと体が温まっていくにつれて、心の疲れまでとけていくようだった。
気づけば、うとうと……。あっという間に30分が経っていた。
「わっ、やばっ。寝とった……! 早く上がってご飯ご飯〜!」
お風呂から上がり、髪を乾かしながら部屋着に着替えてリビングへ。
今夜のごはんは、デミグラスハンバーグに、あったかいコーンポタージュ。そして母の手作り、野菜たっぷりのサラダ。
「うわ〜、めっちゃいい匂い! お腹すいた〜!」
「みんな揃ったし、いただきますか」
「いただきまーす♡」
「う〜ん、うまっ! お母さん、最高〜!」
幸せいっぱいの食卓を囲み、食後は桜と一緒にお片づけ。
そして自室に戻ると、ベッドにごろんと寝転がり、スマホを手に取る。
LINEを開いて、温也にメッセージを送る。
「あっくん、今日はありがとうね。寒かったけど、すごく楽しかったよ♡」
すぐに返事が届く。
「俺こそありがとう。明日から部活も休みか〜。明日は何する?」
「そうじゃねぇ。久しぶりにトシ君とか誘って、体動かしてみない?」
「だったら、ミラスタの周りをウォーキングしてみよっか」
「いいねぇ。藍ちゃんとか津留ちゃんとか来るかな?」
「誘ってみるべ?」
「うんっ!」
早速グループLINEでみんなに声をかけてみる。
トシと藍ちゃんは二人で出かける予定だという返事。ちょっぴりニヤニヤしつつ、津留美からのOKが嬉しい。
気づけば、いつの間にか眠りに落ちていた。
ふとスマホのライトが光る。
「寝たみたいやな。風邪ひくんじゃないぞ。おやすみ、かわいいキューピッドさん。
超かっこいいお兄さんより♡」
そのメッセージに、布団の中でにっこり微笑む郷子。指先で画面をそっと撫でながら、ほっこりした気持ちで目を閉じる。
…そして、その夜、温也は夢の中でまた郷子に会う。
雪の降る公園で、手をつないで歩く二人。
「来年も、再来年も、一緒におるよな」
「うん。ずっと一緒じゃけぇ」
とびきりやさしい声と、あたたかい手のぬくもり。
恋の魔法は、まだまだ続いていく——。




