衣利子の家へ。
津留美のコイバナで盛り上がって、いろいろと話をして、津留美も郷子も、自分の進路について、考える時期に来ていた。どんな進路を選択するのか、考えていると、温也からラインが届いた。
「郷子、今からなんか用事ある?」
「今日?特に予定はないけど?」
「ほんなら、今から足湯行かへん?久しぶりに湯田温泉駅前の足湯に行こう思て」
「いいよ~。じゃあ、足ふき用のタオル持って行こう」
「今からそっち行くわ」
「はーい」
それからしばらくして、温也が自転車に乗ってやってきた。
「おーい。来たで~」
「今から行くね」
郷子が、部屋の窓から顔を出して温也に伝えた。やがて玄関の扉が開き、郷子が出てきた。
「あっくんお待たせ。じゃあ行こうか」
「だいぶ風も冷たなってきたし、風邪ひかんようにな」
「うん。そう言えばあっくんは、高校はどこに進学するんか、もう決めた?」
「俺は、化学がめっちゃ好きやから、実験とかしたいし、仁保津駅の近くにある山口農林高校の食品化学科にしようか思とんねん」
「ふーんそうなんじゃね。私はあっくんと一緒の学校に行けたらなって。あっくんが農林高校にするんじゃったら、私も一緒に行けるように頑張らないと」
「食品化学科はな、化学の知識とかないと、けっこう厳しいみたいや。郷子は化学ちょっと苦手やろ?一緒に勉強して合格できるように頑張ろうぜ」
「まぁねぇ。あっくんにいろいろと教えてもらおっと」
「まずは元素周期表とか、元素記号とか覚えとかんとな」
「でも、なんであっくんは化学が好きなん?」
「元素とかは、俺の得意分野の天文学でも頻繁に出てくるからな」
「そうかぁ。あっくん、宇宙のこともめっちゃ詳しいもんな」
やがて、湯田温泉駅前の足湯に到着。少し熱めのお湯に、靴下を脱いで浸ける。はじめは少し熱く感じられたが、慣れてくるとお湯の温もりがじんわりと伝わってきて、心地いい。
「こうやって、のんびり足湯に浸かっとると、なんか気持ちよくて、眠くなってきそう」
足湯にはちょっとしたテーブルが設置されていて、縦肘をついていると、郷子は次第にウトウトし始めた。このままだと、風邪ひくと思い、温也は着用していた上着をそっと郷子にかける。郷子は夢の中へと落ちていった。
「あっくん。だいしゅき~」
などと寝言を言いながら、気持ちよさそうに眠る郷子。そっと肩を抱き寄せ、郷子の方をポンポンと、子守唄を歌うように、優しくさする。20分くらいたったであろうか。郷子が目を覚ます。
「あれ?私、いつのまにか寝てたみたい」
「よっ。起きたか?美人な眠り姫さん。寝言言うてたぞ」
「へ?うそ?なんて言うてた?」
「それは内緒。教えへんもんね~」
「もう。なんて言うてたか教えてよ~」
「いやいや~。これは機密情報でござりまする~」
「もー。あっくんの意地悪」
「さて、帰るとするか。郷子も進学のこと、気になっとったんやなぁ」
「そりゃそうよ。自分の人生の大事な選択じゃけぇね。高校も一緒になれたら、3年間過ごせるね」
「うん。俺、将来は紀行作家になりたいって言うたやろ。化学のできる紀行作家って、なんかかっこよくね?」
「そう言うことにしといてあげる」
「それにしても今日は寒いなぁ。結構風も強いし」
「ほんまやねぇ。あっくんは山口の冬って初めてじゃったっけ?」
「四辻のおじいちゃんのところには、何回か冬休みにも来たことあるけど、平川地区で過ごすのは初めてやな」
「ここはねぇ、結構冬は鳳翩山から吹き降りる風が、まともに当たるから、結構寒いよ」
「そうなん?そんな寒い時は、郷子に抱っこしてもろたらええわ」
「それはまだだめ、それは高校卒業して、成人してから」
「ほーい」
やがて家に帰り着き、自転車を止めて温也の家で勉強道具を持ち出して、期末テストに向けた勉強。泉はどこかに出かけていて、いなかった。代わりに外に出ていた小町がとことこと走りながらやってきた。
「こまちゃんお帰り。外に出てたのかぁ。寒かったねぇ。ほれ。抱っこしてあげよう」
「えぇ、俺も抱っこ~。郷子ちゃんに抱っこしてもらいたいなぁ」
「だから、高校卒業してから、いっぱい抱っこしてあげるって」
「ちぇ~。つまんないの」
「ほら。勉強するよ」
そういって、温也の部屋に入る。今日は国語と数学。漢文の問題や三平方の定理などの問題を解いていく。国語も数学も、郷子の得意教科なので、すらすらと解きながら、時々ひっかけ問題を解きながら、わからないところはお互いに教えあったり、テキストを見ながら解いたりしていた。小一時間くらいたって、ちょっとコーヒーブレイク。おやつにはビスケットを食べつつ、コーヒーを飲みながら、のんびりしていたら、泉が帰ってきた。
「ただいまぁ。あれ?郷子さん来てるん?」
「はーい。お邪魔してるよ~。泉ちゃんお帰り」
「あ、そうそう、郷子さんに勉強教えてほしいんやけど。お兄ちゃんいい?」
「いいぞ」
「算数の台形の面積の求め方を教えてもらいたんやけど」
「台形の面積の求め方は上底+下底×高さ÷2で求められるんじゃけどね、上底って言うのは、上の辺ね。それから下底は下の辺のこと。それで、高さはどちらかの辺の一番高くなったところ。例えば下の辺が5センチで、上の高さが3センチで、高さが4センチだったら、上の辺と下の辺を足して8になるじゃろ?それに高さが4センチじゃから、32。それを2で割ると16。というふうに求めるわけ」
「ふーん」
「だから、この問題を解いてみると、公式は一緒じゃから、それぞれの数字をあてはめたら、答えが出るよ」
「わかった。これはこうなるんじゃね」
「そうそう。泉ちゃん正解」
「郷子さんありがとう」
そう言って、泉は自室に戻る。泉もテストか近いのか、勉強を頑張っているみたいで、時折泉の部屋から、シャープペンを走らせる音が聞こえる。
「泉ちゃんも勉強頑張ってるみたいじゃね」
「なんでも、ひろくんがクラスでも上位みたいで、ひろくんに負けられんっていう思いがあるみたい。なんか結構ライバル心があるみたい」
「ふーん。恋人でもあり、よきスポーツ仲間であり、ライバルかぁ。泉ちゃんも青春時代の始まりなんやねぇ」
そんなことを言いながら、2時間くらい勉強して、郷子は帰っていった。翌月曜日。寒さが厳しくなってきた中、すこし厚手の上着を羽織って、学校に向かった二人。
「ひえぇ。今日は冷え込むねぇ~。なんか、一気に冬が来たって感じ。そういえば、衣利子さんのところに行くって言ってたじゃん。いつになったん?」
「えぇとねぇ、12月14日と15日に決まったよ」
「あっくんにとっては、久しぶりの大阪なんじゃろ?8か月ぶりくらいになるんかいね?」
「そう、8か月ちょっとになるねぇ。大阪から山口に引っ越してから、初めての帰郷になるわ」
「あっくんの生まれたところって、どんなところなんやろうね」
「まぁ、工業地帯で、コンビナートが広がってるから、あまり景色の面では恵まれてないけどな。結構活気があって、俺は好きやけどな」
「ふーん」
「関西空港に行く、特急ラピートが走ってるわ」
「ラピート?」
「そう、関西空港に行く特急や」
「どんな車両なん?」
「えぇとねぇ。確か写真に写してたと思うけど…。あぁ、これこれ」
「なんか、すごいかっこええね」
温也・泉・郷子の順番で、泉が郷子といろいろ喋りながら、女子トーク全開で楽しんでいる。今日は山陽道を通っていくと交通量が多くて、渋滞にはまる可能性も高いので、中国道を通っていくことになっていて、湯田パーキングから山口インターを出ると交通量がかなり少なくなる。ここから広島北ジャンクションまでは閑散区間となる。中国山地の山深い中を走って、2時間ほどで安佐サービスエリアに到着。ここで最初の休憩。カーブとアップダウンが多い路線で、最高制限速度は80キロに設定されていて、愛車のアテンザのクルーズコントロールシステムを80キロに設定して、一定の速度で走っていく。そして、いくつかのパーキングエリアやサービスエリアで休憩を取りながら、昼過ぎに西宮名塩サービスエリアに到着。ここで昼食をとって、阪神高速を通って、14時頃に温也の生まれた高石に到着。車を衣利子の家の駐車場に停めさせてもらって、衣利子の実家のチャイムを鳴らす。
「はーい」
中から、衣利子の母親の孝子の声がする。温也にとって、懐かしい感じのする声である。
「あらぁ、温也君やないの。それに泉ちゃんも。元気にしとった?温也君のお父さん、お母さん、お久しぶりですわぁ。……で、こちらのお嬢さんは、温也君の大事な人?」
「はい、私、上田郷子言います。今日はあっくんの生まれたふるさとを見に、お邪魔させてもろうたんよ。よろしくお願いします」
「長旅で疲れたやろ?さ、さ、上がって上がって~」
「お邪魔します~」
そうして羽田家の家に上がって、まずは仏壇に手を合わせる。
「あっくん、この女の子が衣利子さん?」
「そやで、えりちゃん。体は小っちゃかったけど、柔道めっちゃ上手かったんや」
「なかなかかわいい顔じゃねぇ。衣利子さん、山口から来た上田郷子です。今日はあっくんのふるさとを見に来させてもろうたけぇ、よろしくお願いしますね」
「えりちゃん、久しぶりやなぁ。うちは今、山口で元気にやっとるで」
「えりちゃん、久しぶり~。昔、うちのこと“かわええな~”言うて、よう遊んでくれたよね。ありがとね」
そう言って、仏壇に手を合わせた後、衣利子の眠るお墓に行こうということで、まだ仕事で帰宅していない父親を除く、家族6人で家から歩いて10分ほどのところにある共同墓地に行って、お墓の掃除やお供え物や花を供えて、手を合わせる。そして帰ってからは衣利子との思い出話に花が咲く。
「あのぉ、衣利子さんって、どんな感じの女の子じゃったん?」
「まぁ、寝ても起きても柔道!って感じでなぁ。道場行っても、男の子でもバンバン投げ飛ばしとったわ」
「そやそや、俺も何回も投げられたもんな~」
「得意技は、なんやったんですか?」
「得意技はな、巴投げやったわ」
「ほんま、男かって思うぐらいやったもんな」
「お兄ちゃん、なかなか勝たれへんかったもんね」
「体小さかったけど、ほんま動き早うて、フットワークめちゃ軽かったんよなぁ」
「はぁ~、それにしても、あれからもう4年かぁ……。なんか、今もすぐそこにえりちゃんおるような気ぃしてしゃあないわ」
そこへ、ホテルマンをしている春樹が帰ってきた。
「皆さん、いらっしゃい。よう来てくれはったなぁ。温也君も泉ちゃんも、大きなったなぁ。温也君が中2で、泉ちゃんが5年生やったっけ?衣利子も喜んどると思うわ。ほんで、こちらが温也君の彼女さんかいな?」
「はい、お邪魔させてもろうてます。わたしは、温也さんとお付き合いさせてもろうちょります、上田郷子言います。よろしくお願いしますね」
「はいはい、こちらこそ、よろしゅう頼んますなぁ。温也君、かわいい彼女できたんやなぁ~」
「えへへ……ええお付き合い、させてもろてます」
「中学では、部活は何かやっとるん?」
「はい、吹奏楽部で、うちが部長で、あっくんが副部長しちょるんよ。ふたりとも、トロンボーン吹いちょるん」
「そうかぁ~。泉ちゃんは相変わらずスポーツ大好きやねんな?」
「うん、バドミントンとか、サッカーとか、野球もやってるで」
「すごいなぁ。泉ちゃん、運動神経バツグンやったもんなぁ。こうやって、懐かしい顔に会えるなんて、ほんま嬉しいわ」
そう話をしていると、夕刻が迫ってきた。高石駅前の割烹料理店で予約をしてあるので、皆で食べに行く。
店に着いて
「今日、予約してました羽田です」
「はい、ありがとうございます。お座席、こちらでございます」
座敷に案内されて、それぞれ席に着く。
「あの、すいません。私、この9月にコロナに感染して、けっこう重たい肺炎起こしてしもうたんですけど、なんとかこうして回復して、皆さんともお会いできて、ありがたく思っちょります。衣利子さんは、どねぇな感じじゃったんでしょうか?これからもコロナとの戦いは続く思いますけぇ、気ぃつけることがあったら、教えていただけたら思います」
「そうやったんやねぇ。郷子さんも、コロナでしんどい思いされたんやなぁ。衣利子も、どこで感染したんか、ほんまにわからへんかったんよ。感染経路も、今も不明のままでなぁ」
「学校で誰か感染したとか、道場で誰か発症したとか……それも、分からんかったんですね」
「そやねん。コロナが流行り出してから、学校も自宅待機で、タブレット授業やったし、道場も接触多いスポーツやから、閉鎖されとってん」
「そうなんじゃねぇ……。うちも、どこで感染したんかまったくわからんかったんよ。心当たりもなーんもなくて」
「せやからなぁ、うちらができること言うたら、ちょっとでも体調おかしい思たら、無理せんと休むことくらいやなぁ」
そう言って、運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。夕食を共にして、衣利子の家に戻って、予約していたホテルに向かう。
「今日はお邪魔しました。また来るけぇね」
「はい、またいつでも衣利子に会いに来たってな。衣利子も喜ぶ思うわ」
「それじゃあ、これで失礼しますね」
「はい。気ぃつけて帰ってや~」
そうして別れを告げて、ホテルに向かう。宿泊場所は関西空港が間近に見える、りんくうタウン。空港を離着陸する航空機が時折見える。
「あっくんの生まれたところ、見れてよかった~」
「そうか?俺には見慣れた景色やからなぁ。あんまり、なんも思わへんかったわ」
「なに言うちょるん。あっくんを生み育ててくれた町でしょ?大事な人のふるさと見れて、感動しちょるんよ。いつか、河内長野の方も一緒に行こうね」
「ラジャリンコ~」
「お兄ちゃん、衣利子さんに会えて、ほんま嬉しかったんちゃう?ずっとライバルやったし、オリンピック行こう言うて話しとったしね」
「まぁな。衣利子も喜んどったと思うわ。郷子にも会えて、きっと嬉しかったんちゃうかな」
「ほいじゃあ、長旅で疲れたし、はよ風呂入って寝よっちゃ」
「そうじゃねぇ。郷子さん、一緒にお風呂行こっ」
「そうじゃね。じゃあ、あっくんおやすみ~。スケベなこと、想像せんのよっ」
「はいはい。ほな、俺も風呂行くわ」
そうして、温也の故郷への帰郷初日は過ぎていった。
「そうじゃね。じゃあ、あっくんおやすみ~。スケベなこと、想像せんのよっ」
「はいはい。ほな、俺も風呂行くわ」
そうして、温也の故郷への帰郷初日は過ぎていった。
……と言いたいところやけど――
「スケベなこと想像せんのよ」って言われたらやな、
余計に想像してまうっちゅうねん、そんなん。
頭ん中に、今まさに風呂入っとる郷子の姿が、バッチリ浮かんできてもうて――
そらもう、郷子には言われへんような妄想が、頭の中で大暴れや。
「……くぅ~、罪な女やで郷子さん」
と、小声でつぶやきながら、温也もそっと浴室へと向かうのだった。
一方そのころ――
郷子と泉は、女子ふたりでお風呂タイム、通称「ビバノンノンタイム」真っ最中。
「はぁ~、極楽じゃねぇ~!」
「ほんまじゃねぇ、郷子さん。やっぱ旅先の大浴場って最高やわ~!」
泉が肩までどっぷりとお湯に浸かって、のぼせそうなほどの笑顔を浮かべる。郷子もその隣で、ゆるっとした表情でのぼせ気味。
「でも泉ちゃん、そんなにお湯つかりすぎたら、のぼせるけぇねぇ?」
「うちは大丈夫!こう見えてもサウナも平気じゃけぇ」
「えー、うちはサウナ無理ぃ~。すぐヘロヘロになるもん」
「郷子さん、ほんまに部活で鍛えとるん?それで吹奏楽部部長は名乗れんで~?」
「いやいや、肺は鍛えちょるけど、サウナはまた別問題なんよ~!」
ふたりでケタケタと笑いながら、桶の水をパシャパシャかけ合ったり、シャンプーの香りを嗅ぎ比べたり。女子トークはエンドレス。
「でさ、郷子さんとお兄ちゃんって、どこまで進んだん?」
「ちょ、泉ちゃん!? いきなり何聞くんよ~!」
「え~、教えてくれてもええじゃん!こっちは気になって夜も眠れんのんよ~」
「嘘つけ~。あっくんとは、まだ手ぇ繋いで歩くくらいよ!」
「ほんとにぃ? ホテル泊まる旅行まで来て、それだけなん?」
「そういうことはな、卒業してから!大人になってからっちゅう約束なんよ!」
「真面目か~い!」
ふたりして湯船でバッシャーンと水を跳ねあげて、湯けむりの向こうに笑い声が弾ける。
「は~、ビバノンノンタイム、さいっこうじゃね!」
「ほんま、ビバ・温泉!ビバ・女子風呂!」
気が済むまでおしゃべりして、湯あがりには冷たいフルーツ牛乳をゴクリ。
「郷子さん、あとはもうマッサージチェア乗って寝るだけやね~」
「それやね!風呂上がりのマッサージ、これがまたクセになるんよ~」
こうして、女子たちの夜は、笑いと温もりに包まれてゆったりと過ぎていったのだった。
風呂上がり――。
ふわふわのバスタオルで髪を拭きながら、郷子と泉がロビーのソファに並んで腰かけていると、浴室から一足遅れて温也がのそのそと出てきた。
「あっくん、風呂どうやった?」
「……最高やったわ……もう、天国や……」
「ん? なんか顔が緩みすぎじゃない? あっくん、どしたん?」
「いやいやいや、なんもないで? ただの風呂や……風呂なんやけどな……」
「はいアウトー!」
泉がすかさず指をさす。
「こりゃ、なんか想像しよった顔じゃね!」
「想像て……いや、そんな、なぁ郷子?」
「はーい。さっき『スケベなこと想像せんのよ』言うたやろ~?それ言われて、余計に想像したんじゃろうが!」
「うっ……」
「顔に出とる!顔に全部書いちょるけぇね!」
「どこに想像の余地があんねん!うちは清らかで、純情可憐な郷子さんやぞ!」
「うちら女子風呂で“ビバノンノンタイム”満喫しとったのに、こっちは“煩悩ノンノンタイム”じゃったんじゃないん?んん~?」
「ま、まぁ……想像は自由やろ?自由権やろ?」
「言うと思った~!こら、あっくんには当分スキンシップ禁止じゃね!」
「えーっ!郷子さん、ひどい~!」
「反省が足らん!」
「泉ちゃん、今夜はあっくんの寝る部屋、カギ閉めとこうかね」
「賛成~!」
「えーっ、なんでやねん~~!」
大浴場の脱衣所でもないのに、まるで漫才の舞台のようにドタバタと盛り上がる三人。
そんなこんなで、笑い声がこだまするロビーの片隅――
ガラス越しに見える夜の滑走路には、旅立ちを待つ飛行機の灯りが静かにまたたいていた。
「……さて、明日も早いけぇ、そろそろ寝よか」
「うん、そうやね」
「……ほんま、幸せな時間やったわ」
それぞれの部屋に戻ると、しんと静まる夜のホテル。
笑いの余韻だけが、ぽかぽかと胸に残る――
こうして、温也の帰郷の夜は、笑いと煩悩と湯けむりに包まれながら、ゆっくりと更けていった。




