部長就任
郷子に対する、執拗な嫌がらせの処分が決まって、教室内は落ち着きを取り戻していた。しかし、郷子が気になっていたのは、香川と小野寺が教室に復帰した後、どのように雰囲気がくぁるかであった。確かに香川達が行った行為は、郷子にとって、許せない気持ちもあったが、弁護士を通して、自分が訴えたいことは伝えることが出来たし、区切りがついたと思っているが、香川達が復帰したら、新たな問題が生じるのではないかということを危惧していたのである。由梨枝や厚子たち、クラスの中のいい皆と話をしたのであるが
「小野寺たち、復帰したらどうなるんかねぇ?」
「どうなるって?」
「いやぁ、確かに小野寺たちが私にしたことは、許せないって気持ちがあるけど、もう私はね、一区切りついたって思ってるんじゃけどね、今度は小野寺たちが攻撃される側になるんじゃないかなって。私、もうそう言うのを見るの、嫌じゃからね。気になって…」
「まぁ、そうよねぇ。確かにあいつらがやったことは許されんことじゃと思う。でも、だからと言って、今度は小野寺たちがやられていいっていう問題じゃないからね」
「うーん。何事も起こらんかったらいいんじゃけどね」
「明後日じゃったっけ?二人が復帰するのって」
「うん。先生にも言っておこうと思う」
「それがいいんじゃね?」
2人が明後日復帰するというのは、他のクラスメイトも知っていて
「あいつたち、どんな面して教室に来るか、見ものじゃな」
「いい気味じゃん」
そんな話がそこかしこから聞こえてくる。
「郷子、明後日あの二人復帰するんやなぁ」
「うん、そうなんじゃけどね今度はあの二人が攻撃されるんじゃないかって、それが気になって…」
「そっか。郷子も気にしてたんやな。俺もね、新たな対立っていうか、嫌がらせが起きんかったらええなって思ってて」
「それでね、先生にちょっと話に行ってこようかなって」
「俺も一緒に行こうか?」
「うん」
そうして、郷子と温也は、職員室に向かった。
「あのぉ、先生。ちょっとお話があるんですけど、お時間良いですか?」
「うん?何?何か悩み事?」
「えぇ、悩みっていうか、気になることがあって…」
「うん?どうした?」
「えぇ、明後日、小野寺と香川が復帰しますよね?それで、今度はあの二人が嫌がらせっていうか、攻撃をされるんじゃないかって、それが不安で…」
「そうかぁ、郷子は、ああの二人のことを心配してくれてるんじゃね。ありがとう。今日の終わりのホームルームで、そのことについて話してみようと思う」
「俺からもお願いします。郷子も俺も、教室内の雰囲気が暗くなるのも嫌ですし、郷子にまた気をつかわせてしまうような気がして」
「温也もありがとうね。私からも、皆に伝えておくから」
「ありがとうございます」
2人はお礼を言って、職員室を後にした。そして、その日のホームルームで
「明後日、香川と小野寺が教室に復帰します。経緯は皆もよく知っていると思いますが、たとえどんな理由があっても、誹謗中傷は絶対に許される行為じゃありません。あの二人は、今、損害賠償請求が出されて、支払額も決定して、高い代償を払うことになりました。しかし、だからと言って、今度はあの二人を誹謗中傷するようなことがあれば、今度はまた、その誹謗中傷を行った人が、重い代償を払うことになります。そんなことは、当事者である郷子も望んではいません。絶対にやってはならないこととして、覚えておいてください。わかった?」
クラスメイト全員に伝えた。先生にそう言ってもらえて、少し心が軽くなった気がした郷子であった。そして迎えた二人が復帰する初日。香川や小野寺たちは小さくぼそぼそと言った感じで
「おはよう…」
とだけ言って、教室の中でしょぼんとした格好で座っていた。やはり、彼らなりに緊張してるんだろうと思い、郷子から声をかけてみた
「香川・小野寺おはよう」
びくっとした顔で、郷子の顔を見る。
「なに、しょぼんとしてんの。はきはきしなさいよ」
「だって、俺らの事、憎んでるじゃろ?」
「確かにあんたたちのやったことには、今も腹が立ってるわよ。でももう区切りがついたんじゃからいいじゃん。私にあんたらのこれからのことを左右する権利なんてないし、私はね、二度と同じことを繰り返してほしくないだけ。ただ、自分のやったことに対しては責任を持ってもらいたいけど」
「じゃあ、俺たちのこと、もう怒ってない?」
「もう、私がいくら怒ったって、過去に起きたことはどうしようもないじゃろ?あんたたちが暗い顔してたら、それこそ、また別の意味で私が気をつかうじゃん」
「そう、お前らも軽はずみな行動がどんな結末をもたらすか、よくわかったんじゃね?同じことを繰り返さんかったらええんや」
「郷子…。温也…。本当にごめんな」
そう言って、涙を流しながら、謝罪する2人に、郷子は
「ほら。いつまで泣いてんの。朝のホームルームが始まるじゃん」
「うん。本当にありがとう」
そう言って、郷子が教室の前に出て
「今日、香川と小野寺が復帰したじゃん。皆も温かく迎えてあげて」
「俺からも頼むわ。またみんなでワイワイやっていこうぜ」
温也もそう言って、他のクラスメイトも
「郷子がいいって言うんなら、俺たちは別に何も言わねぇよ」
「よかった。これでまた、前みたいに楽しく過ごせるじゃん」
そう言いながら、再びクラス内が一つにまとまることが出来た。
そして、一日の授業が終わって、部活動も終わり、10月半ばに行われる中間テストに備えて、テスト期間中に入ったため、部活動が中断となる。そのため、15時過ぎには授業が終わって、家に帰ると、温也は郷子の部屋に行って、一緒にテスト勉強をしていた。郷子も、コロナでの入院や、自宅療養機関の遅れもすっかり取り戻して、勉強に励んでいた。
「それにしても郷子、本当に学校に来れん日が多かったけど、よく盛り返したよね」
「まぁね、あっくんが授業のノートを見せてくれたり、皆がいろいろと教えてくれたおかげ。ありがとうね」
「いいや。俺にできることって言うと、これくらいしかなかったからな…」
「それでも嬉しかった。助かりました」
「えへへへ…。郷子の役に立ててよかったよ」
「で、この公式はどうするんじゃったっけ…?」
「あぁ、これは、こうやって解いていくと、答えがほら。出たじゃん」
「あぁ、なるほどね」
2人で勉強していると、桜が
「郷子。温也君。ちょっと一息入れない?コーヒーとおやつ、テーブルの上に置いとくから」
「はーい。ありがとうございます。ちょっと休憩入れるか」
「うん、そうじゃね。ここでコーヒーブレイクッと」
階段を下りていくと、あたたかいコーヒーと、シュークリームが置いてあった。
「すいません、おやついただきます」
「はーい。勉強頑張って」
その中間テストも終わって、体育祭が行われる。騎馬戦やクラス対抗リレー、部活対抗リレーなどが行われて、郷子も一日、秋の心地よい気候の中、思いっきり体を動かしてリフレッシュ。もうこの時点では、コロナの後遺症もほとんど見られなくなっていた。温也もクラス対抗リレーや部活対抗リレーでは、なかなかの俊足を見せて、クラス対抗リレーの優勝を打ち立てた、立役者の一人になったし、部活対抗リレーでも、温也が走った、第一走は運動部を相手にトップで次のたかやんにバトンを渡すことが出来た。そして、体育祭が終わって、11月に入ると、文化祭が行われる。吹奏楽部のメンバーはこの日のために、夏休み以降練習を続けてきて、特に3年生にとっては、このメンバーで演奏できる最後の舞台となる。海斗や凛、佐知子、和美たちと一緒にできる最後の舞台ということで、郷子も温也も、気合が入っていた。
まずは最初に演奏するのは、XJAPANの最初のバラードシングル、ENDLESSRAIN。小夜子の演奏するピアノに合わせて、時には切なげに。時には強く演奏して、会場内を厳かな雰囲気に包みこむ。そして次に演奏するのが、ハウンドドッグのff。力強く息を吹き込み、バシッと決めて、さらに演奏を続けて、吹奏楽部の演奏は大いに盛り上がった。地域の方も見に来ているので、幅広い年齢層にあう曲を演奏して、保護者からも、若かった頃を思い出して、懐かしいって感想を漏らす人もいた。無事に演奏が終わって、部室に戻って、凛が3年生を代表して、
「今日で、私達は中学校での部活動を引退しますが、今まで私たちを支えてくれて本当にありがとう。今年の夏、吹奏楽コンクールで、中国大会に参加できたのは、いい思い出になりました。頼りない部長であり、先輩じゃったって思うけど、皆、本当にありがとう」
そう言って、涙を流しながら挨拶が終わると、上山先生から
「下級生を引っ張って言ってくれてありがとうね。これ、今日で引退する皆さんに、私と後輩からのプレゼント」
そう言って、花束と、粗品が贈られた。そして、
「それでね、次の部長は、郷子にお願いしたいって」
「え?私ですか?」
「そう、凛からのたっての希望でね。凛の他にも、3年生全員の総意だって」
「私なんかでいいんですか?」
「うん。郷子なら、安心して任せられる。郷子はね、強いハートの持ち主。私知ってるよ。郷子が小学生の頃に気管支の病気になって、それでも一生懸命、吹奏楽をやってたこと。つらい病気もね、必死に乗り越えてきた郷子だからこそ、人の心に響くような、そんな演奏ができるし皆を引っ張っていけるって。受けてくれるよね」「はい。私、凛先輩の後を引き継いで、一生懸命頑張ります」
そう言って、部長という大役を引き継ぐことになった。
「温也も、しっかりと郷子を支えてあげてね。温也は副部長だからね」
「はい、任せてください。郷子をはじめ、皆と力を合わせて、素晴らしい吹奏楽部にしていきます」
「よかった。私達は部活動は引退するけど、また顔出しに来るからね」
「はい」
部長を引き継いで、きりっと引き締まった顔を見せた郷子であった。その日の帰り
「凛先輩たち、引退しましたねぇ」
「なに?たかやん寂しいの?」
「いあや、そう言うわけじゃないんですけどね。俺、凛先輩や海斗先輩たちに指導してもらえて、凄く自分が思った以上にうまくなれたなって思うから、もう少し、一緒に演奏したかったなって」
「それは俺も同じ。凛先輩や佐知子先輩とか、和美先輩とか、」教えるのがめっちゃ上手くて、さすが3人で切磋琢磨してきただけあるなって。俺たちも、先輩たちに負けないくらいの演奏ができればいいなって思う」
「私も。でもね、少しずつメンバーも変わっていくものやからね。また新たな仲間も来年になったら入ってくるしね。そうなったら、たかやんも名がちゃんも先輩になるんじゃから。その時に二人がどんな顔してるか、ちょっと楽しみじゃあるね」
「本当。それは言えてる。じゃあ、明日は休みじゃから、また明後日ね」
「はーい。それじゃあ失礼します」
そう言って、たかやんとながちゃんたちは家に帰っていった。
「さて、それじゃあ俺たちも変えるとしますか」
「うん。あっくん。私、頼りないかもしれないけど、頑張っていこう」
「おぉ。まかせんしゃい」
「頼りにしてまっせ」
「で、次の演奏する曲は何になるんやろうね?」
「上山先生とか、他のメンバーと明後日、相談してみよっか」
「やな。まずそれが俺たちの最初の仕事かもな」
「うん。じゃあ。あとでね」
「ほーい。じゃあ、まずはお疲れ~カツカレー。ソースカツカレー」
「なにそれ?」
「いやいや。お疲れさまって言うことで」
「うん」
そうして家に入った温也。
「小町~帰ったぞー」
小町を呼ぶと、ティッシュにまみれた小町が玄関に出てきた。
「ブハっ、何じゃ小町、その姿は」
思わず大笑いした温也。体のあちこちにティッシュが絡みついて、小町が取れなくてどうしようっていうような顔をしていたので、スマホで撮影して、郷子に送ったのであるが、
「こまちゃんどうしたん。その顔」
という返信が届いた。
「なんか、リビングに置いてあった、ティッシュペーパーの中身をほじくり出したみたいで、リビングの惨状がこれ」
そう言って、リビングに散らばった、ティッシュペーパーの山を撮影して送ると、
「あぁあ、こまちゃん、こりゃ怒られるんじゃない?」
「まぁなぁ、お袋が見たら、どうするやろうなぁ。でもお袋も小町のことかわいがってるから、軽く注意するくらいじゃね?」
「それじゃったらいいんじゃけどね。私も片付けるの手伝いに行くから」
「サンキュ。じゃあ、小町に着いたティッシュを取ってやってくんない?俺は散らかったティッシュを片付けるわ」
「はーい」
そうして、郷子と一緒に小町のやらかしたティッシュペーパーバラバラ事件の片づけをして、小町と遊んで、郷子は帰っていった。




