弁護士との面談
週が開けて9月30日の月曜日。学校に、郷子の両親から委託を受けた弁護士の内部興一弁護士が、山口第一中学校にやってきた。授業中であったが、郷子の思いを聞きたいということで、面談室へ呼出があった。
郷子が授業を抜け出して面談室に行くと、内部弁護士と、校長先生・市教委の担当者が同席していた。校長先生と市教委の担当者の方には、内部弁護士から、両親の思いや要望が出されていて、郷子と二人で話をして、郷子の伝えたい思いや、要望を聞くということでらった。
「私、上田さんのご両親から委託を受けた、弁護士の内部興一といいます。今日は、郷子さんの、コロナを発症して、療養機関が終わって、学校に復学した後に受けた、誹謗中傷について、郷子さんの要望をお伺いできたらと思います」
「はい、私こそよろしくお願いいたします」
「じゃあ、上田さん、私達は席を外しますね」
そう言って、校長先生と市教委の担当者は面談室を後にした。
「さて、先日ね、お父様とお母様からは、今回の件について、ご要望とか思いとかを伺ったんですが、郷子さんのね、率直な思いだとか、どういったことを要望されているのかとか、少しお時間いただいてね、お話ができればと思っています。それで、郷子さんは、主犯格のあの二人に対して、何を望まれますか」
「私が、慰謝料とか請求できるのかどうかわかりませんが、まずは私が被った精神的な苦しみに対して、きちんと責任を果たしてほしいです。家に来て謝ったから終わりとか、そう思ってほしくないです。それに、私の両親も、本当に、私は助からないのではないかと思ったそうなんですけど、実の娘に対して、あのような言葉が投げつけられたと知って、ものすごくつらかったと思いますし、苦しかったと思います。その両親が被った精神的な苦しみに対する責任を果たしてほしいのと、今付き合ってるあっくんに対しても随分と酷いこと言ってたし、私の友達にも。あっくんに対する侮辱もあったので、その責任も果たしてほしいです」
「あっくん?郷子さんの彼氏なのかな?」
郷子は顔を真っ赤にしながら
「…はい。そうです」
と答える。
「責任を取るというのは、具体的にはどういうことなんですか?」
「きちんと、迷惑をかけた相手に、慰謝料を払ってもらいたと思います」
「そうですか。まずは慰謝料ということですね。その他には何かありますか?」
「あっくんや友達にも、面と向かって謝ってほしいです。それから、学校の公式の掲示板に、自分がやったことに対して、どう思っているのか、それからなぜ今回のことのようなことをしたのか、謝罪文の掲載と合わせて発信してほしいです」
「わかりました。慰謝料はどのようになるかは、これから、事務所に帰って比較検討をする必要がありますので、まだすぐには結果をお知らせすることはできないと思いますが、郷子さんのご要望は、学校の方にも伝えておきますね。それから、加害者の方にも連絡を入れておきます。それにしても大変でしたね。よく頑張りましたね。なるべく郷子さんの思いに沿えるように尽力させていただきますね」
「お手数をお掛けして申し訳ありません。私もなるべく早く、今回のことはスッキリしてほしいので、いろいろとお願いいたしました」
「いいんですよ。弁護士は弱い立場の人を守るのが仕事ですから。今日はお勉強のさ中、お呼び出しして申し訳なかったですね。それじゃあ失礼しますね」
「ありがとうございました」
そう言って、限られた時間ではあるが、郷子の思いを内部弁護士に託した。
ちょうど授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、郷子は教室に戻っていった。
「郷子、どうやった?」
「うん。私の思いは弁護士さんに伝えたよ。あっくんも助けてくれてありがとうね」
「そうかぁ、あとはどういう結論になるかやなぁ」
「さて、次は理科じゃねぇ。ほら、理科室行くよ」
「ほーい」
そう言って、理科室に向かった。理科では、気象現象の中で、大気の循環についての授業が行われた。なぜ、日本付近では天気が西から東へと移り変わるのか。そういった気象の基本を学んだのであるが、台風シーズン到来ということもあり、先生が台風の発生メカニズムについて話してくれた。台風が来ると、郷子は大雨が降るとか、暴風が吹き荒れるとか、そう言うイメージがあったのであるが、近年は気候の温暖化の進展とともに、台風の大型化や勢力の強い台風が発生していることなど、地球温暖化についても知見を得られることにことになり、
「なるほど…」
と合点がいったような気がした。
そしてランチタイム。郷子と温也は机を向かい合わせて、一緒に食べていた。トシと藍がやってきて、
「おっつ~。今日弁護士と面談があったんじゃって?どうじゃった?」
「まぁ、私の思いと要望を伝えさせてもらったよ。まだね、どうなるかはわからんけど、小野寺と香川にも伝えておくって」
「そうなんじゃねぇ。今頃あの二人、どうしてるんじゃろうね?」
「さぁねぇ、いっつも二人でつるんでたから、二人して暇こいてんじゃない?」
「そうそう、秋季リーグで、俺たち野球部が、地区トーナメントに出るんやけど、時間があったら見にきてくんない?」
「いつあるん?」
「えぇとねぇ。10月12日の13時から、西京スタジアムであるから。おれ、セカンドで先発出場って」
「ほほぉー。先発メンバー入りってすごいじゃん。郷子も一緒に行こうか」
「うん。トシ君頑張れ」
「藍ちゃんは?」
「私も一緒に観に行きたいんじゃけど、こっちも練習試合があるんよねぇ。私もセッターとして、先発メンバーに入ってるから、抜けるわけにもいかんくて」
「そうかぁ、藍ちゃんもあれからまた、腕上げたんじゃない?」
「いやいや。私なんか、目指してる目標に比べたらまだまだ。高校に入ったら、錦鷲旗杯に出るのが、今の目標なんじゃけど、そう言った試合に出てる選手に比べたら、私はまだ、足元にも及ばんからねぇ」
「そうなん?でも藍ちゃんって、目標に向かって、すごいストイックやなぁ」
「あくまでも私の夢は、将来日本代表に入って、オリンピックに出て活躍すること。それから世界一のリーグ戦である、セリエ・アーに行くことやからねぇ」
「すげえじゃん。俺らも目標に向かって負けてられんやん」
「あっくんの目標は?」
「俺は、将来は紀行作家になって、日本全国を旅すること。そう言う郷子は?」
「あっくんと同じ。それと、吹奏楽をこれからも続けられるのであれば、どこかの楽団に入りたいなって思う。日本の最高峰と言えば、やっぱりN響かなぁ」
それぞれの将来の目標について語りながら、午後の授業開始5分前の予鈴がなった。
「ほらトシ君、自分のところに戻るよ」
藍ちゃんに連れられて、二人は戻っていった。
「皆将来の夢を持ってるんやなぁ」
「あっくんは、どんなところに行ってみたいん?」
「俺は、日本の普通の人が行くことのできる、日本の最果てに行ってみたいなって。そこにはどんな景色が広がってるんやろうかなって」
「具体的にはどんなところ?」
「まず日本の最東端のが、北海道の納沙布岬。そして、最西端が沖縄県の与那国島。最南端が沖縄県の波照間島。最北端が北海道の宗谷岬。ここには絶対に行ってみたい」
「ふーん。どんなところなんやろうねぇ」
「また後で、グーグルマップで見せてあげる」
「うん。じゃあ、またあとで」
やがて、授業が終わって、部活の時間。文化祭に向けての練習も半ばを迎えた。今日はハウンドドックのffの練習。イントロ部分からかなり特徴のある、力強さを感じさせる構成になっており、トランペットが主旋律を務める。そして16小節後にほかの楽器も加わって、重低音を響かせながら、Aメロに入る。ボーカルのハスキーヴォイスが特徴な曲であるので、音の強弱記号はffが割り振られていて、メロディーラインはかなりきつい。今回は、上山先生のアレンジで、AメロとBメロで木管パートと金管パートがチェンジする構成となっており、Aメロは木管楽器がメロディーを演奏する。海斗や小夜子など、木管メンバーの渾身の演奏が響き渡る。
「うん。いいよ~。そのままの勢いで、間奏に入って~」
上山先生の指示が飛ぶ。間奏のメロディーラインは、トロンボーンとホルンとユーフォニウムが担当。この後、codaのところまで、金管がメロディーなので、トロンボーンとホルンとユーフォニウムは、Bメロはほとんど主旋律を担当することになる。トロンボーンは1stが温也、2stがたかやん、3rdがながちゃん、4thが郷子が受け持ちとなっているが、これは郷子がまだ、本調子ではない状態であるということを考慮したものであった。通しで演奏してみると、なかなか1stは音が高いので、結構息が上がる。それでも演奏しきって、codaまでの間奏のメロディーである、サックスとトランペットにメロディラインを引き継ぐ。そして、最後は皆がスタンディングプレーで、演奏して、エンディングという形となる。
練習が終わって、帰りながら、
「4thはどう?」
って、温也が郷子に聞いてくる。
「うん。低い音が多いから、あまり息が上がることもないかな。あっくんには負担かけてるけど、ありがとうね。助かってます」
「いいや。またいつか、1stに戻れたらいいな」
「まぁ、確かに1stに戻りたい思いはあるけど、低音部も大切な役割があるからね。自分の持ち場で最高の演奏が出来たら、私はそれで嬉しいかな」
「郷子の夢、叶うといいな」
「もっと私も藍ちゃんみたいに、ストイックに練習頑張ろうっと。あっくんも大人になっても、吹奏楽は続けるん?」
「俺も、仕事しながらになるけど、ずっと続けられたらなって思ってる。大好きな人と一緒に音楽を奏でられるのは、今はちょっとした幸せでもあるからね」
「そうかぁ。じゃあ、将来は夫婦そろってミュージシャンやってたりして」
「いいじゃん」
「じゃあ、また明日学校でね」
「おう。風邪ひくなよ」
「任せんしゃい」
そういって、家の中に入る。
「ただいまぁ」
「お兄ちゃん、今ね、中学のクラスメイトが来てるみたい。なんか、この前からのトラブルで、来てるみたいやねん」
「香川と小野寺か?」
「うーん。私には誰かわからへんのやけど、どうなんやろ?」
「親父とお袋は?」
「今、応対してるところ」
「そうなんや」
温也がリビングに行くと
「温也、帰ってきたか。この前からの郷子さんの件で、香川さんと小野寺さんが来てはるんやけど」
「あなたが、温也君?この度は本当にすいませんでした。なんてお詫びしたらいいのやら…」
「いやぁまぁ…。別に俺はいいんですけど、ひとこと言わせてもらってもいいですか?」
「あぁ、はい」
「お前ら、親に謝らせてどないすんねん。まずはお前らが真っ先に謝らなあかんとちゃうんか。親に謝らせて、自分はコバンザメの様に後を引っ付いてついて行くだけか。自分がやったことに対する落とし前は自分でつけろや」
そう言い放つと、自室に戻ろうとした温也。光と瑞穂が温也を呼び止めた。
「これ温也。座りなさい」
「なんでも、温也にも謝罪したいそうや」
「謝罪って…。俺はこの前も話したように、大事な仲間であり、ライバルをコロナでなくしてる。誰にも看取られることもなく、たった一人であの世に旅立っていった衣利子のことを思うと、お前らがやったことは絶対に許せへん」
「温也君。ゴメン。本当、俺たち何も考えずに、あんな馬鹿なことやってしまって。申し訳ない」
「申し訳ないじゃねぇんだよ。お前らみたいなやつがヘイトを生むんだよ。何が何も考えずにだよ。考えがあまりにも軽すぎるんだよ」
「俺たち、何言われても返す言葉がねぇ。今は謝ることしか」
「今日、郷子が呼び出されて、弁護士と面談をしたそうや。弁護士の方から、今後取り調べがあると思うけど、お前ら、逃げたりするんじゃねぇぞ」
「えぇ、弁護士…」
「そう、お前らがやったことは、それだけ許されることじゃなかったって言うことや。まぁ、自分のケツは自分でふけ」
「はい。温也君の言う通りじゃね。きちんと責任は取らせますからね」
「責任を取るって言っても、慰謝料を払うのはあなたたちでしょ?将来、この二人が働き始めたら、慰謝料はきちんと親に返すんでしょうね?」
「もちろんそうさせます。本当にごめんなさいね」
「もういいから帰ってください。そして、二度とこの家の敷居を跨がないでください」
「わかりました。それじゃあ、私達はこれで失礼しますね」
そう言いながら、香川と小野寺は親に連れられて帰っていった。
「お兄ちゃん、激おこじゃん。お兄ちゃんがあれだけ怒るの、初めてみたわ」
「まぁね。温也もよほど頭にきてたんやろうね。温也も、衣利子ちゃんと言う、幼馴染を亡くしてるからね」
「それしてもすごい迫力やったね。自分の部屋におっても、丸聞こえやったもん」
「それにしても、あの寝坊助の温也が、あれだけの感情を表に出すって。それだけ郷子さんが大事やって言うことやね」
「そう、温也にも、自分が守りたいって思える、大切な人がいるって言うこと。瑞穂にプロポーズしたときのこと、思い出したわ」
「えぇ、お父さんがお母さんにプロポーズしたの?どこでプロポーズしたん?」
「もう、お父さんたら、余計なこと喋らんでいいの」
「えぇ~聞きたい聞きたい。お父さんとお母さんのプロポーズ」
「まぁまぁ、それはまた、今度教えてあげる」
そう言いながら、泉の話を切り上げて、夕食つくりに向かった二人であった。
「なんか、お父さんとお母さん、いつもラブラブやねぇ。まぁ、夫婦円満ってことか」
なんとなく納得した泉であった。




