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心無い言動

コロナ感染による、肺炎からようやく学校に聴講できるまでに回復した郷子。しかし、学校では、香川や小野寺といった、男子から、悪意のある嫌がらせを受けて、心が折れてしまって、部活にも参加できないほど、気落ちしてしまっていた。そんな郷子を何とか助けようと、温也は、藍がバレー部内で、3年生から受けたハラスメントを解決するために持ち込んだ、ICレコーダーを再び取り出して、香川や小野寺たちの言動を音声データとして記録し、動かぬ証拠として突きつけようと考えたのであった。

 温也が学校から帰って、郷子に電話をかける。

「郷子、今帰ったぞ。どんな?少しは落ち着いたか?」

「あっくん。ゴメンね…。心配かけて。でも、私も好きでコロナになったわけじゃないのに、なんであんなこと言われんといけんのかと思うと、悔しいし、辛いし…。今日は私が早く帰ってきたから、お父さんもお母さんもめっちゃ驚いてたし、何かあったのかって心配してた」

「そっかぁ、夕食は済んだ?俺、今からそっちに行って、どうしたらいいのか、一緒に考えようと思うんやけど、ええかな?」

「今から?うん、私はいいけど、あっくんのお父さんとお母さん、心配しない?」

「大丈夫。俺から伝えておくから」

「わかった…。じゃあ、あとでね」

 そう言って電話を切った後、部屋を出て、

「お父さん、お母さん、郷子ね、今日学校に退院して初めて行ったじゃん?それで、クラスの男子から心無いこと言われて、すごく落ち込んでて、ちょっと心配やから、郷子のところ行ってみるわ」

「そうなん?何があったのかわからんけど、郷子さんの力になってやってこい」

「うん。ほな行ってくるわ」

「お兄ちゃん、私も行ってもいい?」

「大勢で押しかけたら迷惑やから、泉は家で待っとって」

「わかった…。私も郷子さんのこと心配やから、また後で教えてね」

「OK」

 そうして、夕食後、郷子の家へ向かった。

「温也君いらっしゃい。郷子から、今日学校で会った話は聞いたよ。心配してくれてありがとうね」

「いいえ。俺はいつも郷子にパワーをもらってばかりで。こんな時こそ、力になってあげたいなって」

「そう、本当にありがとう。郷子。温也君が来たわよ」

「じゃあ、お邪魔します」

 そうして、リビングに通された。

「ぃよ。来たぜ~」

「あっくん…。ありがとうねぇ…」

 そうして、目にいっぱいの涙をためて、悔しそうな顔を浮かべる郷子であった。

「温也君、郷子から話は聞いたよ。なぜそこまでのことが言えるのか…。郷子がどれほどしんどい思いをしながら、ここまで回復してきたか…。それを知っているからこそ、俺もすごく悔しくて…」

「あっくん、私はなんて弱いんだろうって。自分に自信がなくなってしまって…」「郷子は弱いんじゃないよ。それは郷子があの辛い状況を、どうやって乗り越えてきたか、ずっと見てきたか、よくわかる。それに、俺は、コロナで大事な幼馴染を亡くしてるから、どうしても命を軽んじるような、あいつらのことが許せなくて…」

「えぇ⁉そうだったの⁉それ、初めて聞く話なんじゃけど」

「そう、コロナが拡大してた2021年の2月、大阪に住んでた頃に、すぐ隣に住んでた衣利子ちゃんていう、仲のよかった同級生の女の子がおってな、本当、きょうだいの様に、何をするのも一緒で、柔道教室にも通ってた。いつかは一緒にオリンピック目指そうって言うてな、互いに切磋琢磨して、友達でもあり、男女の違いはあっても、いいライバルでもあったし。それが4年生の冬にコロナに感染してしまって、重い肺炎を引き起こしてしまって、懸命な治療が続けられたんやけどな、最後は誰にも看取ってもらうことも出来ず、入院してから、たった一度の面会もできずに、亡くなってしまって…。延期された東京オリンピックを凄い楽しみにしてたんやけどな…」

「そんなことがあったんじゃね…。あっくんも辛い経験してきたんじゃ…」

「だからこそ、あいつらのことが許せなくて…」

「そうかぁ、温也君、辛いこと話してくれてありがとう…。それで、どうしたらいいと思う?」

「香川や小野寺は、自分は何も悪いことは言ってないってしらばっくれてます。だから、動かぬ証拠として、音声データを録ろうかと思います。スマホで録ってもいいんですけど、スマホだとデータ容量がいっぱいになってしまうんで、これを使おうと思います」

 そう言って取り出したのがICレコーダー。

「これって、藍ちゃんの時に使ったやつ?」

「そう。これで音声データを録れば、パソコンに取り込んで、それをアップデートして、学校のSNSの掲示板や、チャットに匿名で流せば、何も言えなくなるんじゃないかって思うんです。そうしたら、学校中に広がって、バカな真似をしなくなるんじゃないかって思うんです」

「そうかぁ、俺も明日、休みを取って、学校に行ってみて、それと警察にも行ってみるわ」

「そうですね。皆で動いて行かないと、ますますあいつら、つけあがるだけですからね」

「ありがとうね。温也君」

 それから、20時過ぎに温也は自宅に戻った。

「お兄ちゃんおかえり。どうやった?」

「うん、郷子のご両親は、明日学校に行って、話をして、そのあと警察にも行くって言ってた」

「警察?なんで?」

「侮辱罪に当たるかもしれんて。もう14歳やから、年齢的には刑事事件として扱うことも可能だって」

「ふーん。そうなんやねぇ」

 そこへ小町がとことこやってきた。

「にゃーん。にゃおーん」

 どこ行ってたのかっていうような感じで、温也にすりすりしてきた。

「小町~。今帰ったぞ~」

 小町をなでながら、どうしたらいいか、温也も思いを巡らしていた。


 夜が明けて9月25日の朝がやってきた。起きてから温也は

「郷子おはよう。今日が学校に行けそう?」

 そうラインを送ると、郷子から

「うん。行く。自分は絶対に間違ったことはしてないもん。あんな事言われたくらいで、へこたれてたまるかぁ」

「そうかぁ。でも、無理するなよ。しんどかったら避難してもいいんやからな」

「ありがとう。それじゃあ、朝ごはん食べてくるわ」

「ほーい。じゃあ、俺も朝飯食うかぁ」

 やがて、朝食を済ませて、制服に着替えた後、郷子と玄関先で待ち合わせて、一緒に登校する。

「よ。おはようお二人さん」

 トシが声をかけてきた。

「おはよう。さてと、トシ、今日ちょっと協力頼むわ」

「OK。あいつらが何か言ってきたら、すぐに先生とこ行くから」

「埴生先生は、知り合いに弁護士がおるって言ってたから、何らかの連絡してくれてるかもしれんな」

「郷子おはよう。昨日の話、聞いたけど、マジであいつらなんなん?ふざけちょるね」

「マジで頭にくるじゃん。あんな奴、ラケットで思いっきり、ぶちしばいちゃろうか」

 玄関で藍と津留美と一緒になって、教室に向かう。

「郷子、あんな奴に負けちゃだめよ。私達もついてるから」

「うん。ありがとうみんな」

 そうして、教室に入ると、香川と小野寺、そしてその取り巻きらが

「ゲッ。上田が来てんじゃん。マジでうつるから、どっか消えてほしいんじゃけど」

「本当。これで俺が体調崩したら、損害賠償を請求してやろうか」

「いいねぇそれ。ギャハハハ」

 しかし、この小野寺たちの会話は、すでに録音されており、そんなこととはつゆ知らず、香川達の暴言や侮辱は続いた。

「上田さぁ、マジお前がコロナに感染して、俺らにうつったらすっげぇ迷惑ってわからん?それとも、湯田という王子様がいて、そんなこともわからん位、頭ン中がお花畑ってか?」

「おまえらぁ、いい加減にしろよ」

「ほう、王子さまは可愛い彼女のためならなんだってしますってか?へッ。マジで反吐が出る」

「お前ら、そうやっていい気になってられんのも今のうちやからな」

「ほう?何するってぇの?」

 そこへトシが、

「おぉ、今の会話、全部ここに録ってあるぜぇ。さぁ、これを今から生配信しようかなぁ」

「テメー。何しやがる。今すぐその音声を消せや」

「おぉ?脅迫ですか?じゃあ、俺の知り合いに警察官がおるんじゃけど、今脅迫されましたって、生電話しよっかなぁ。お前ら、マジで冗談はそれくらいにしとけよ」

 そこへ由梨枝や厚子ら、女子が加勢に入る。

「あんたらねぇ。いい加減にしなさいよ。マジでむかつくんじゃけど」

「あんたらがコロナに感染すればよかったんじゃない」

「俺は絶対、何があっても、このデータは消去せんからな。データセンターに保存してあるから、まぁ、覚悟しとけって」

「ケッ。どうせ本気で公開しようとか、考えてねぇくせに」

「さぁ、それはどうかなぁ?言っとくけど、俺はやめんかったら、このデータを公開しますよって警告したからな」

 そうしてクラスが分裂したまま、1時限目の授業が始まる。そして、休憩時間になるたびに香川達が騒ぐ。しかし、その音声データはしっかりと録音されていて、1日の音声データが集まり、授業が終わって、吹奏楽部の練習がある為、二人揃って部室に行く。9月3日以来の部活動。郷子も昨日からの出来事で、精神的に疲れていたが、部室に来ると

「やっぱりここは落ち着く」

 そう思って、トロンボーンを取り出す。

「やっぱり郷子はトロンボーンがよく似合う」

 そう声をかけてくれたのが、凛であった。

「凛先輩。心配かけてすいませんでした。先輩が引退するまで、もう少しの時間しかないですけど、また一緒に演奏できるが楽しみです」

 たかやんやながちゃんたちも部室に来て、久しぶりに吹奏楽ができるのが嬉しくてたまらない郷子であった。

「郷子、まだ少し息苦しさがあるんでしょ?無理しちゃダメじゃからね」

「ありがとうございます。少しずつ、また感覚を取り戻して行けたらと思います」

 やがて、皆が集まったところで、上山先生が

「今日から、郷子も復帰することになりました。郷子、本当に大変じゃったね。回復おめでとう」

 そして、部員全員から温かい拍手と、退院祝いの小鉢がプレゼントされた。

「みんなありがとうございます。長い間、心配かけたけど、この通り元気になりました。またこれからもよろしくお願いします」

 そうお礼を言って、郷子の復帰後初の部活は終わった。3週間ほどのブランクがあるので、この日は軽めの調整で済ませて、温也と一緒に帰宅。温也は夕食後パソコンを立ち上げて、今日、香川や小野寺たちが言い放ったことを録音した、音声データを取り込んだ。音声データの取り込みが終わると、クラスの連絡網を使って、

「今日、香川と小野寺たちが郷子に言い放った音声データを公開する。公開されたくなかったら、郷子への謝罪と、今後一切、郷子や俺たちにかかわるな」

「何?それって脅迫っすか?」

「別に脅迫じゃねぇわ。お前ら、郷子に対して、とんでもないことしたって、まだわかんねぇの?お前らの方こそ、頭ン中お花畑じゃねぇか」

「まぁ、俺ら、謝るつもりはないっすねぇ」

「マジでウザいんだよ。郷子もお前も、マジで消えろや」

「おまえら、これもスクショして、公開されたら、お前ら終わるよ」

「へッ。そんなもん、へでもねぇわ」

「じゃあ、公開するから。言っとくけど、俺はちゃんと警告したからな」

「いいじゃん。俺も、今日のこと、アップしてやろうっと」

「私も。自分がされて嫌なことは、しちゃあいけんて、教えてもらえんかった、可哀そうな奴らじゃけぇねェ」

 そこへ郷子が

「ちょっと待って。そんなことして、皆に悪い影響があったらどうするの?香川や小野寺だけでなく、皆の進学とか、就職にも影響が出たらどうする?もうちょっと落ち着いて考えてほしい」

 そう投げかけた。それで、すこしみんな冷静さを取り戻して、ここは専門家に任せようということでまとまった。

 翌26日。郷子たちのクラスの保護者が、放課後に学校に呼び出しを受けた。下田先生が、学校の連絡網を使って、保護者に連絡したのであったが、

「子供のしたことなんだから、学校で対応すればいい」

「私たち仕事で忙しいのに、いきなり呼び出されて。困るんですけど」

 などという、不満が保護者からは出された。

「いいですか、これは、皆さんのお子さんが行った、人権侵害なんです。そのことについて、保護者としてきちんと対応を取っていただけないと、お子さんの将来にも影響が出かねない、ゆゆしき事態なんですよ。それをきちんと理解してください。それでは、音声データを公開しますから」

 そう、昨日温也が録音したデータは、下田先生に預けられていて、そして、保護者に緊急連絡が行ったっていう流れである。やがて、郷子に向けられた、数々の暴言や、侮辱的な音場に、教室内はシーンと静まり返って、香川や小野寺、そしてその取り巻きの保護者に向けて、

「これはちょっと酷いんじゃないです?」

「上田さんも、好きで感染したわけじゃないのに、こんなこと言われて…」

「私もコロナに感染して、随分としんどい思いをしましたけど、いつ、だれが、どこで感染するかわからないのに、よくこんなひどいこと言えるなぁ」

「香川さんと、小野寺さんはどう思ってるんですか?」

「はぁ、なんて言いますか、私らがいくら言っても、言うことを聞かないもんですから」

「私も、息子に対して、お手上げ状態なんですわ」

「だからと言って、言っていいことと悪いことがあるでしょう」

「まぁ、それを言われると、何にも言い返せないです。申し訳ございません」

 こうして、保護者同士の話が続き、下田先生が

「これは冗談抜きで、極めて悪質な言動であり、場合によっては損害賠償責任が発生することも考えられます。もし、これで事態が好転しなければ、学校としても、対処には限界があります。法律の専門家にも入ってもらって、解決していくことも考えなければいけない事態になるかもしれません。もう彼らは14歳です。自分がやったことに対して、生じた結果には、きちんと責任を取らせなければ、彼らの将来にとっても、大きな禍根を残すことになるかと思います」

 そう話して、一週間で事態が変わらなければ、きちんと責任を散らせるということで、話し合いは終了した。そのことは、郷子と温也たちにも知らされた。こうして、9月27日を迎えたのであった。

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