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退院前日

 一般病棟に移って週末がやってきた。温也は午前中に部活があったので、昼を済ませてから見舞いに行くことにしていた。

「温也先輩。今日は郷子先輩のお見舞いに行くんですか?」

 ながちゃんが聞いてくる。

「おぉ。俺は昼を済ませたら自転車で行くけど、ながちゃんやたかやんも一緒に行くか?」

「はい、俺たちも行かせてください」

「わかった。じゃあ、14時に俺んちに来て」

「わかりました」

 そこへ、文子と凛も一緒に行くという連絡が入ったので、14時に温也の家に集まってから、見舞いに行こうということになった。

「郷子、何が喜ぶかなぁ…?」

「そうですね。女性雑誌とかどうでしょう?昨日、見舞いに行って、俺の妹が、本を差し入れで持っていったら、喜んでいたよ」

「じゃあ、やっぱりノンノとかですかねぇ?」

「まぁ、ちょっと書店に立ち寄ってから行こう」

 ということで、ちょっと遠回りになるが、大内にある明林堂書店まで行って、それから病院に行こうということで、昼食後に少し予定よりも早めて出発することになった。

「やっほー。郷子。今日もお見舞いに行くぜ~。待っててちょ」

「はいはい。気をつけてきてね」

 そう、ラインで郷子に連絡して、13時30分に温也に家に集まった5人。

「ホンじゃまぁ出発するべェ」

 自転車をこいで、山大前の交差点を左に曲がり、アルク平川店の前を通って、ガソリンスタンドのある交差点を右に曲がって、仁保川の橋を渡って右に曲がり、川沿いに走り、明林堂書店に着いたのが13時50分。ここで、女性雑誌を買った。

「どんなことが書いてあるんだろ?」

 温也は興味津々であったが、

「こら温也。郷子に最初に見てもらうんでしょうが。あんたがのぞき見してどうすんの」

 と、凛に注意された。

「あの、僕も雑誌のお金払います」

「いいの。これは皆の気持ちが入ってるから。今日は私に出させて」

「いいんですか?」

「いいの。可愛い後輩が困っているときに、少しでも手助けになれたら、それでいいの」

「じゃあ、先輩の厚意に甘えさせてもらいます」

 そして、5人で済生会病院に着いたのが、14時20分を少し回った頃。

「こんにちは。お邪魔します」

 凛がノックをしながら、ドアを開けて、挨拶しながら入った。それに続いて、温也が

「よ。来たぞ~」

「凛先輩に、あっくん。それから、文子にたかやんにながちゃん。見舞いに来てくれたの?ありがとう」

「郷子先輩、思ったより顔色よさそうですね。ちょっと安心しました」

「なに~?ひょっとして、もっとやつれてるって思った?だいぶ回復してきたからね。まだ息苦しさが残ってるけど」

「そう、安心した。これ、皆からの差し入れ。郷子、これ好きでしょ?」

「わぁ。ノンノじゃん。ありがとう~」

「温也ったら、包んでもらうときに、じーっと眺めてるんじゃから。郷子に読んでもらうのに、包んで貰てるのに、店員さんめっちゃ緊張してた」

「まぁ、どんなことが書いてあるんか、郷子の好きな本て聞いたから、見てみたいなって」

「あっくんらしいわ。あっくんて、ちらリズムって好きじゃろ」

「まぁねぇ。ちらっと見えるのに、ちょっとしたエロさ感じるし」

「本当、温也先輩ってスケベ。郷子さん、気をつけないと、オオカミに変身するかもよ~」

「むかし、そんな歌があったねぇ」

「いったい、いつの歌やねん」

「まぁ、ゆっくり暇な時に読んで。それから、これ、私の親から、見舞いに行ったら、その時みんなで食べてねって、おかしの詰め合わせ貰ったから」

「ありがとう。おいしそう~。このモロゾフのチョコクッキー。おいしいから大好き」

 ちょっとお茶にしようということで、ベッドから郷子が起き上がって、車いすに乗り移るのに、凛とながちゃんと文子で呼吸を合わせて抱きかかえて、車いすにのせて、カフェテリアに向かった。

「じゃあ、そこの自販機でコーヒー買ってくるわ」

「私はミルク入りコーヒーね」

「わかった」

「あ、俺も行きます。ながちゃんと文ちゃんはココアでいい?凛先輩は何にします?」

「うん。じゃあお願いね」

「私は、普通のお茶でいいわ」

「わかりました。温也先輩行きますよ」

 そうして、6人分の飲み物を買って、二人が戻ってきた。

「じゃあ、ありがたくいただきます」

「うーん。うんまい」

 そうして、院内のカフェで談笑する6人。たかやんやながちゃん、凛に文子も、郷子と久しぶりに話ができて、面会の時間を楽しんだ。やがて、帰る時間となり、今度は病室に着くと、

「あとは、郷子と温也で楽しんでね」

 と言って、4人は帰っていった。こうして、二人きりになるのは、一般病棟に移ってからは初めてで、

「それじゃあ、ベッドに移すぞ。せぇの~よっと」

 温也に抱きかかえてもらったのは初めてで、温也の鼓動が聞こえてくるようで、郷子はドキドキしながら、

「この時間が、ずっと続けばいいのに。そう思ったのは、温也の胸のぬくもりだけじゃない。もう一度、自分の足で外に出て、音楽を届けたい。皆とステージに立ちたい。そんな未来が、現実味を帯びてきたからかもしれない。

 と思った。

「それじゃあ、ベッドに載せるよ」

「うん」

「よいしょっと」

「あっくん、私、初めてあっくんにだっこしてもらった。なんか、すっごいドキドキした」

「やっぱり郷子は華奢やなぁ。退院したら、しっかり食べて、元気にならんとな。正直、俺も今日初めて抱きかかえたけど、めっちゃドキドキした。女の人って、こんなに柔らかいんだなって。やっぱり、郷子はずっと大事にしたいって思ったよ」

「でも、あっくん、すこし私の胸に指が伸びてたでしょ?」

「えへへ~。バレてた?まぁ、それだけお俺の手がでかいっていうことで」

「もう。どさくさに紛れて、何やってんのよ。本当にスケベなんじゃから」

「でも、郷子の胸に顔をうずめたいって言うのは、正直な気持ち。郷子が大好きやから。男って、女性の胸って、すごく特別なものなんよね。その胸のふくらみには、優しさがこもってるんじゃないかってね」

「なにキザなこと言ってんの。もう。あっくんが私の裸を見るのは、もっと後だからね」

「はいはい。わかっておりんす」

「もう、あまりスケベなことばっかり言ってたら、将来結婚してやんないぞ」

「そりゃ困るっす。まぁ、冗談はさておき、退院まであともう5日か。退院して、体力が戻ったら、どっか行きたいとこある?」

「そうじゃねぇ。マッターホルン」

「へ?マッターホルン?」

「ウソ。湯田の温泉街にある、キツネの足跡に行って、スイーツ食べたいな」

「あぁ~よかった。スイスに行く金なんて、俺もってねぇし」

「ちょっと面白かった。へへぇ」

「こいつ~あははは。それじゃあ俺もそろそろ帰るかな。また明日来るわ」

「うん。気をつけて帰ってね」

「ほーい。じゃあな。またラインするから」

「はーい」

 そうして、温也は帰っていった。それからも、入院している間、病室には学校の友人や吹奏楽関係の皆が入れ代わり立ち代わりやってきては、雑談をしながら帰っていく。そして、退院前日に、大阪の郷子の叔母が病室を訪ねてきた。

「郷子。体の具合はどないや?」

「あれ?大阪の伯父ちゃんと伯母ちゃんじゃん。見舞いに来てくれたの?ありがとう」

「郷子がコロナに感染して、肺炎を引き起こしたって聞いたからねぇ。ほんまにびっくりしたわ。早うこなあかんと思うてたんやけどな。なかなか家の用事とか、おじいちゃんとおばあちゃんのこともあってな、なかなかこれんかったんや。すまんかったね」

「いやいや。来てくれただけでも嬉しいよ。ありがとう。この前豚まん食べさせてもらったけど、あれがね、隔離病棟から一般病棟に移って、初めて食べたものやったんよ。おいしかったわ」

「そうか。だいぶ顔色もようなってるみたいやし、安心したわ。私らな、今山口に着いたとこやねん。お父さんとお母さんはまだ仕事かいな?」

「多分お父さんは今日は会社に行ってると思う。まだ今日は見舞いに来てないからね。お父さんもお母さんも、もうすぐ来る頃かなぁ?」

 そこへひょっこりと顔を出したのが、温也と泉であった。

「いよ。あ、こんばんは。大阪から来られたんですか?」

「郷子さん、会いたかったよ~」

「こら泉。まずは挨拶せんかい」

「あ、すいません。こんばんは」

「はいこんばんは。温也君はこの前、コンクールの時に会って以来やね。お久しぶりです。こちらが妹さん?」

「はい、兄がいつもお世話になってます。私は妹の湯田泉です。宜しくお願いいたします」

「泉ちゃんは、今何年生?」

「小学5年生です」

「かわいいじゃろ?私にも妹がいたらなって、泉ちゃん見てたら思うよ」

「郷子さん、ありがとう~。こんなむさくるしいお兄ちゃんよりも、清楚で素敵な郷子さんがお姉さんやったらええなぁ」

「こら。自分の兄貴をディスるな。もう、小生意気な妹ですわ」

 病室に皆の笑い声が響く。

 そこへ、望と桜が見舞いにやってきた

「あら?おじさんたち来てたんや~。びっくりしたわ~。来るなら言ってくれたらよかったのに」

「すまんすまん。いやぁね。郷子の様子を見にこようって思うてたんやけどな、急遽、休みが取れてな。それで見舞いに行こうってなって。そのうち来るんちゃうかぁ言うてたんや」

「そうなんですか。郷子の体調も回復して、明日退院ですわ」

「それにしても、郷子、だいぶ痩せたなぁ。やっぱりまだ完全に戻ったっていうわけやないんやろか?」

「まぁ、私自身、まだ息苦しさが少しあってね。激しい運動は禁止されてる。少しずつ慣らしていかんといけんって」

「激しい運動が禁止って、吹奏楽は大丈夫なん?」

「まぁ、吹奏楽が激しい運動になるかどうか、まだわからんのじゃけど、テンポの速い曲は無理かなぁって」

「そうかぁ、俺は早く郷子とトロンボーン吹きたいけどなぁ」

「それは実際に楽器を吹いてみんと、私もよくわからんなぁ」

「でも、郷子の顔が見れて、思ったよりも顔色もよくて、安心したわ。今日は急で申し訳ないんやけどな、家に泊めてもらわれへんか?」

「いいですよ。それじゃあ、あまり遅い時間までおったらいけんから、そろそろ帰りましょうか」

「じゃあ、俺らはタクシーで向かうわ」

「いえ、一緒にお見舞いに連れてきてもらったんですけど、俺と泉は歩いて帰りますんで、伯父さんと伯母さんが乗られてください」

「ええの?」

「はい。な、泉」

「OKです」

「それじゃあ、私たちは帰るね」

「はーい。おじちゃんおばちゃんありがとうねぇ」

 そう言って、見送った郷子。温也と泉の3人で

「いよいよ明日退院かぁ。よかったな。退院おめでとう」

「うん。あっくんも、泉ちゃんもありがとうね」

「明日は、郷子の家にちょっとお邪魔させてもらおうかなぁ」

「お兄ちゃん。明日は郷子さんも疲れてるでしょうが。明日くらい、家でゆっくりさせてあげんかいな」

「えぇ、明日お邪魔したらだめぇ?」

「まぁ、私は来てくれると嬉しいけどねぇ…。泉ちゃんツッコミが鋭い」

「まぁ、いつもボケかましてる兄貴を持つと、この可愛い妹が苦労しますわ」

「自分で可愛い言うなって」

 ちらっと、時計を見る温也。面会の終了時間が近づいてきているので、

「それじゃあ、俺たちもそろそろ帰るかぁ」

「うん。気をつけて帰ってね」

「ほーい。また明日な」

 そう言って、温也と泉も帰っていった。肺炎を発症して、家に帰るのはおよそ2週間ぶり。コロナに感染して、肺炎を引き起こしたのが、なんか遠い昔のように思える郷子なのであった。

 そして、長かった入院生活が終わって、晴れ渡った秋空の下、郷子はコロナから生還し、無時に帰宅することが出来た。

「懐かしいにおいがする~」

 帰宅して、嬉しさいっぱいの郷子であった。







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