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一般病棟へ

 郷子の病状が次第に回復してきて、1週間で、隔離病棟から、一般病棟に移った。ようやく、対面での面会が可能になったわけで、病棟の移動が完了した後、落ち着いたころ合いを見計らって、郷子が入院している個室に望と桜がやってきた。

「郷子…。本当によかったね。流石私の娘。よく頑張りました。本当によかった」

「郷子、本当によかったな。こうやって無事に一般病棟に移ることが出来たんやから。退院まであともう少しの辛抱。おめでとう」

「お父さん、お母さん、本当にありがとうね…。お父さんとお母さん、それれにあっくんご家族がいなかったら、私、どうなってたか…。本当にありがとう」

 久しぶりの直接会っての会話に、郷子も、自然と笑みがこぼれる。まだ、このとき、少し息苦しさはあったが、普通に会話するには、問題のないレベルまで回復してきていた。いろいろ話していると、桜が

「今日、豚まん持ってきたんじゃけど、車においてあるから、外に出れる?」

「わ~、ありがとう。お腹すいた~。食べたい。うん。車いすで中庭に出られるから、天気もいいし、中庭で食べよう」

「これね、大阪のおばちゃんから、郷子が個室に移ることになったって話したら、これ送ってきてくれたのよ。あとでお礼を、郷子からも行っといてね」

「はーい」

 そうして、まだベッドに乗った状態ではあったが、望に抱きかかえてもらって、ベッドから車いすにうつって、中庭に出て、久しぶりに551の豚まんを食べた。

 郷子の体重は、肺炎を発症してから、点滴でしか栄養をとれなかった影響もあって、15キロほど痩せて、腕や足がかなり細くなっていて、まだ、発症前に比べると、あまり食べ物を受け付けなくなっていて、ゆっくりゆっくりと味わいながら、いつもの倍くらいの時間をかけて食べたが、これが郷子が食べた、肺炎発症後、最初の普通食であった。朝食はまだ、点滴だったので、早く食べたいという思いでいっぱいであった。もちろん、主治医の山口先生の許可をもらっての食事となったわけであるが、普通にこうして、自分の口から食べ物を食べることが出来ることのありがたみを実感した、郷子であった。

「あぁ、美味しかったぁ。そうそう、あっくんは今日、見舞いに来てくれるかな?あっくんにも、たくさん励ましてもらったし、勇気づけてもらったから、はやくお礼が言いたくて」

「あぁ、昨日の夜に、郷子が個室に移って、感染対策をきちんとすれば、直接会って面会ができるようになったって連絡したら、「俺、ぜーーーったいに、明日、見舞いに行きます。何号室か解ったら教えてくださいね」って言ってたから、今日の夕方にでも来るんじゃないか?」

「そうかぁ、早く会いたいな」

「郷子って、本当に温也君が好きなんじゃね」

「そりゃそうよ。なんたって、私の将来の旦那様なんじゃから。わたし、肺炎を起こして、苦しい時に、あっくんと結婚式を挙げて、ヴァージンロードを歩いている夢を見たの。夢だったけど、あっくん、かっこよかったな」

「そうなんじゃねぇ。あと10年もしたら、郷子はもう、お嫁さんになってるのかもね」

「お父さん、その時になったら、号泣してるんじゃない?」

「そうかもなぁ。父親にとって、娘は、目に入れても痛くないくらい、可愛くて、愛おしい存在やからね」

「じゃあ、今から、お父さんを号泣させるような、すてきなスピーチ、考えとこっと」

「それじゃあ、あまり長居してもいけんやろうから、そろそろ病室に帰ろっか。また見舞いに来るわ」

「うん。気をつけて帰ってね」

「ほーい」

 病室を出ていく二人を見送る郷子。温也からラインが入った。ちょうど学校が昼休み時間であった。

「郷子、今日からお見舞いができるようになったって聞いたよ。今日は文化祭に向けた練習があるから、家に帰るのが夕方6時くらいになるから、それからお見舞いに行くから。やっと、久しぶりに郷子と対面で話ができる。ウキウキ~」

 と、ハートマークだらけのラインが送られてきた。それを見て

「あっくんらしいわ」

 と、思わず笑みがこぼれた。そして、夕方、部活を終えた温也と、光と瑞穂、泉がやってきた。

「こんばんは。お邪魔します」

 と、温也の声。反射的に郷子は、布団の中に潜り込んだ。久しぶりに面と向かって話すので、小恥ずかしい感じがしたのである。

「おーい。郷子~。きたで~」

「あっくん。なんか寝てる姿見られるの、恥ずかしい」

「郷子さん、こんばんは。体調はだいぶ良くなった?」

 布団に潜り込んでいたが、次第に暑くなってきたので、

「ぷはーっ」

 と布団から顔を出して、久しぶりに湯田家の4人と、顔を合わせる。

「郷子さん、これ。まだあまり胃が受け付けないと思うから、ゼリ-買ってきたから、またお腹が空いたときにでも食べてね」

「それにしても郷子さん、大変やったね。でも、顔色もだいぶにょくなってきてるみたいやし、あとはしっかり体力を回復させて、退院するだけやね」

「はい。皆さんのおかげで、ここまで体調も戻ってきました。本当にありがとうございました。あれ?泉ちゃんは?」

「あぁ、泉の奴、郷子に本をプレゼントするって言ってたんやけど、着いたとたんにトイレに行くって。もうじき来るんじゃね?」

 そこえ泉が遅れて入ってきた。

「郷子さん、会いたかったよ~。これ、本を持ってきたんやけど、時間あるときに読んでもらえたらなって」

「へぇ。何の本じゃろ?あれ、源氏物語じゃん。今、大河ドラマで盛り上がってるよね?」

「うん、郷子さんなら、平安時代の貴族の暮らしや、当時の女性の気持ちとか、わかるんじゃないかなって。現代語訳読んでみたらな、なんか、今と同じこと言ってたんやなって。結構面白かったから、時間あるときに読んでみたらええなって思ったんやけどね」

「泉ちゃんありがとう。こっちの病棟に移ってから、スマホで動画とか見てたんやけどね、ずっと見てたら、目が疲れるんよ。たまには本も読まないとだめじゃね」

「それにしても、俺、郷子が緊急入院したって聞いたときは、マジで驚いたし、意識が混濁しているって聞いたときは、本当に気が気じゃなかった。だから、意識が回復したって聞いたときは、一気に力が抜けてしもうてな。あれからタブレット越しには毎日話してたけど、やっぱり直接会って、話がしたかった。本当によく頑張ったなって」

「あっくんありがとう。そして心配かけちゃったね。でも、もう大丈夫。しっかりご飯も食べて、栄養をしっかり取って退院するよ」

「そう、郷子さん、そのいきよ。あ、そうそう、お父さんとお母さんから、退院祝いの話聞いた?退院が9月13日じゃろ?それで、15日の日曜日に、湯田温泉駅近くの焼肉屋さんで、快気祝いも兼ねて、7人で集まって、食事会しようってなったから」

「はい、伺っています。その時はこの休んでた時の分まで食べるぞー」

「おいおい、あまり食べすぎて、腹壊すなよ」

「もう。だって、食べることも、思いっきり制限されたんじゃから。あっくんにも負けないんだから」

「はいはい。それじゃあ、ちょっと俺と郷子の二人だけにしてもらっていい?」

「わかった。ほれ、泉、席外すよ」

「はーい。もっとお話ししたかったのになぁ」

「じゃあ、郷子さんまた来るから」

「はーい。ありがとうございました」

 泉がぷーッとほっぺたを膨らましながら、病室の外に出て行った。

「それにしても郷子。かなり痩せたなぁそれで、これ、吹奏楽部の皆から預かった寄せ書きと、クラスメイトから預かった寄せ書き。みんな、郷子のこと、心配してた」「みんなありがとうね。まぁ、隔離病棟に入ってる間は、点滴しか栄養が取れなかったからね。こっちにうつって、今日の朝から普通の病院食も食べられるようになったんじゃけどね、まだ、朝食も、昼食もかなり少ない量やったからね。早く退院して、不通にご飯食べて、普通にみんなと学校に行きたい」

「まぁ、あともう少しじゃん。それから、文化祭に向けての、吹奏楽の演奏する曲目なんじゃけど、まずは、中国大会で演奏した威風堂々と、それから、80年代のヒットナンバーから、My Revolution、90年代のヒットナンバーからENDLESSRAIN、あぁ、2000年代のヒットナンバーからTSUNAMI、それから、今年はパリオリンピックがあったことにちなんで、オリンピックテーマソングメドレーを演奏することになったから。それで、これが楽譜。目を通しておいてね」

「そうかぁ、もう文化祭に向けた練習が始まってるんじゃね。私も頑張って、皆に追いつかないとね。ファイト郷子~。なんてね」

「頑張るのもいいけど、頑張りすぎるなよ。また、吹奏楽の皆とも、わいわい楽しくやって行こうぜ。それじゃあ、あまり遅くなるといけんやろうから、俺、そろそろ帰るわ」

「うん。今日はありがとうね。また明日これる?」

「うん。見舞いに来るぜ」

「さんきゅ」

 そうして、温也はほかの入院患者に一礼をして、病室を出でていった。

 ロビーで待っていた家族と合流して、病院を出た温也であった。

「お兄ちゃん、郷子さんと、どんな話したん?」

「野暮なこと聞くなって。それは秘密じゃ」

「ちぇー。教えてくれたっていいじゃん」

「ぜーったい教えんよーだ」

「ふーんだ。まぁ、また今度郷子さんに聞くからいいもんね~。ベーだ」

「こらこら。早く帰るぞ」

 そう言いながら、帰宅した4人であった。

 4人を見送った郷子は

「早く体を元に戻して、元気にならないとね」

 そう思った。やがて、夕食も済ませて、郷子も病院食を完食して、消灯時間までの間、温也とラインでやり取りをした

「あっくん大好き~」

 と、ラインを送ると、温也からは

「俺も。また明日、部活が終わったら、見舞いに行くね」

 そうして、眠りにつくまでの間、他愛のない話をした郷子であった。小町がやってきたので温也は、小町の遊び相手をしながら、小町の動画を撮影して、郷子に送った。小町が、丸めた紙を追いかけたり、猫のおもちゃを取り出して、じゃれあったりしている様子を送ったり、温也が小町の耳やお腹をコチョコチョして、小町から猫パンチを食らったりしている動画を送ると、

「こまちゃんにコチョコチョせんの。こまちゃん、いたずらするあっくんに怒っちゃれ」

 なんて、返信が来ていた。その小町も、遊び疲れて、自分のベッドに入って、すやすやと寝息を立てる様子も送ると、

「寝てるこまちゃんもかわいい」

 って、返信が来て、

「俺みたいやろ?」

 って、ボケをかますと、

「あっくんはエロ・変態・スケベじゃん。こまちゃんがかわいいの」

「その小町は俺に似て可愛いと…」

「はいはい。そう言うことにしておきます」

 って、軽くあしらわれた温也。

「でも、こういった軽快なやり取りができるようになって、だいぶんと回復してきたんやろうな」

 と、やはり安堵の思いがした温也であった。やがて郷子は消灯時間となり、眠りについた。温也は

「また、明日見舞いに行こうっと。トシとか、一緒に行けるかなぁ?」

 トシとか、藍・津留美を誘ってみようと思った温也。ラインで送ると

「明日?うん、行く行く」

 そう言うことで、明日は同級生4人で見舞いに行くことになったのであった。



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