タブレット越しの面会
意識が回復して、なんとか峠を越えた郷子。まだ心肺装置が取り付けられていて、思うように声を出すことも、体を動かすこともできないままであったが、看護師を通じて、意思の疎通ができるようになった。
「郷子さん、今、体が痛むとか、大丈夫?」
郷子はコクリと頷く。
「そう。よかった。郷子さん、本当によく頑張ったね。これ、郷子さんあてに届いた、ラインのメッセージ。郷子さんのご両親や、彼氏かな?それから部活仲間の皆や、お友達からたくさん届いてたよ。私が読もうか?それとも、隔離病棟のタブレットに映そうか?」
郷子は、読んでもらう方を指さして、
「わかった。それじゃあ読むね。まずはお父さんから。郷子、無事に意識を取り戻すことが出来て、本当によかった。小さい時に、肺炎起こして大変な思いをしてるのを見てきたから、無事に意識を取り戻したと聞いて、ほっとしてるよ。また、病院の許可が下りたら、直接郷子の顔を見に行くからね。そして、お母様から。郷子、本当によく頑張ったね。郷子がまた、小さいとき見たいな、大変な思いをするんじゃないかって心配してた。本当によかった…。早くよくなって、また温也君のご家族も交えて、快気祝いをしようね。そして、湯田君から。郷子へ。本当に意識が戻って、よかった。郷子の意識が戻ったって聞いたとき、体中の力が抜けてしまって、その場にへたり込んでしまったよ。俺、郷子に今はしてあげられることが少なくて、めっちゃ悔しいって思った。大好きな郷子が病気で苦しんでいるのに、励ますことしかできなくて…。でも、俺、郷子のことが大好きやから。よくなったら、また市内をチャリンコでデートしような。これ、病院の先生に渡しておくから、先生から受け取ってね。そして、これを受け取ったんじゃけど、これはお守りかな?小鯖八幡宮って書いてある。これ、郷子さんの大事な人が行ってくれたんじゃないかな」
それを聞いて、温也が自分のことを大切に思ってくれている。温也の思いが伝わってきて、嬉しくて、涙があふれてくる。涙を拭きながら、健康長寿の御利益があると言われる、小鯖八幡宮の名前の刻まれたお守りを受け取って、握りしめながら、今はまだ会うことが出来ない、自分の思い人である、温也の顔を思い浮かべている郷子であった。
「続けるね。次はね、湯田君のご両親から。郷子さん、大変だったね。でも意識が回復して、俺や瑞穂も、自分の娘のことのように嬉しいよ。早くよくなって、また遊びに来てね。小町も待ってるよ。それから泉さん。郷子さん、早く退院できるように祈ってます。郷子さんは、私にとって、とっても大事なお姉ちゃん。また一緒に買い物に行こう。それから、吹奏楽仲間の皆さんから。本当によかった。またみんなで吹奏楽を演奏しましょう。待ってるよ~。それから、太田歳也さん。郷子が肺炎を引き起こして、意識を失ったって聞いたときは、マジでびっくりした。無事に意識が戻って、本当によかった。また学校で他愛のない話しながら盛り上がろうね。しっかり治すんだぞ~。それから、矢場藍さん。郷子~、早く会いたいよ~。退院したら、津留ちゃんや泉ちゃんと一緒に女子会しようねぇ。そして、仁保津留美さんから。郷子、早くよくなってね。体調が戻ったら、何か楽しいことして盛り上がろう。また病院の許可が出たら、お見舞いに行くね」
このほかにも、担任の先生や、顧問の上山先生から、ラインでメッセージが送られてきていた。
「皆、心配してくれてありがとう…。私も早く会いたいよ」
そう思った郷子である。そして、あらためてCTや、レントゲン撮影、血液検査などを実施して、白く写っていた肺は、少しずつ正常に戻りつつあることが確認された。
山口先生の話だと、人工心肺装置は、明日にも取り外しができるだろうということで、これで、少しは体の自由が利くようになるのかなと思った郷子であった。人工心肺装置が取り外せると、タブレットを使っての面会をしてもいいということであった。ただし、一回の時間は、10分程度にするようにとの制限付きではあったが。
上田家では、まだ、郷子の面会ができない状態であるが、いつ郷子が一般病棟に移ることになってもいいように、下着や着替えなどの準備をしてきるところであった。コロナに感染して、増殖したウィルスが、体外に完全に排出されるまでは、1週間ほどかかるため、まだ、もう4日ほどは隔離病棟での処置が続くことになるが、早く郷子に会って、少しずつでもまた、普段の生活に戻れるようにと、何かしておかないと落ち着かないのである。そんな中、病院から電話がかかってきた。
「はい。上田です」
「私、済生会病院の山口です。いろいろと検査したところ、明日には人工心肺装置が取り外せると思います。明日からは、10分ほどの短い時間ではありますが、タブレットを使っての会話もできるようになると思います。何時ごろがよろしいでしょうか?」
「そうなんですか?そうですねぇ。私達は18時ごろなら家にいるかと思います。あと、温也君にも聞いてみますね。また折り返し電話をしても大丈夫でしょうか?」
「はい、私は構いませんよ」
「それじゃあ、また改めて折り返し、ご連絡いたします」
「はい、わかりました」
それから、温也の番号に電話をかける。
「はい、温也です」
「温也君?さっき病院から連絡があってね、明日には人工心肺装置が外せるって。それで、10分程度なら、タブレットを面会もできるって。明日の18時ごろ家にいる?」
「あ、はい。そのころには部活も終わって、帰ってると思います」
「そう。じゃあ、明日の18時に家に来てね。郷子も喜ぶと思うから」
「わかりました。明日の18時にお邪魔させていただきます」
そう言って電話を切った望であった。まずは回復に向かっているということで、ほっとしたのと同時に、緊張の糸が切れたのであろうか、望も桜も、どっと疲れが押し寄せてくるような感じであった。
温也は
「明日は郷子と久しぶりに、少しだけど話ができるかぁ。郷子、俺が出たらびっくりするかもなぁ」
「お兄ちゃんどうしたん?」
「うん?明日、郷子とタブレット越しやけど、面会ができるようになったって。今、郷子のお父さんから連絡があったわ」
「そうなんや。郷子さん、ほんまに良かった。また私も面会に出させてもらえたら嬉しいな」
「まぁ、一回につき10分っていう制限時間があるみたい。まだ、体力も落ちてるやろうし、それくらいが今は限界なんかもなぁ」
「そうやね。また無理して体が悪くなったらあかんからな」
小町がとことこと駆け寄ってきて、
「にゃおーん」
と、二人の足元に駆け寄ってきて、すりすりする。
「小町~。お前も郷子に会えんから寂しいかぁ。また帰ってきたら、いっぱい遊んでもらおうな」
小町を抱っこしてリビングに行くと、光と瑞穂が夕食後の片付けが終わって、テレビを観ていた。
「お父さん、お母さん、郷子の人工心肺装置、明日にも取り外しが出来そうって。今さっき、郷子のお父さんから電話があったわ。それで、明日の18時に、郷子の家にお邪魔させてもらって、タブレットを使って、面会ができるらしいから、明日の18時前に郷子の家に行ってくるわ」
「そうかぁ。まぁ、まだ意識が戻って、人工心肺装置が外せるって言っても、まだまだ本調子じゃないんやろうから、そんな長時間の会話は難しいのかもしれんけど、完全に回復するまでの第一歩やね。短い時間と思うけど、郷子さんのこと、しっかり励ましておいで」
「うん。わかった。それじゃあ俺、風呂入って寝るわ」
「うん。お休み」
「お休みなさい」
そう言って、自分の部屋に戻った温也であった。
「郷子…。今、病室でどうしてるんやろ?寂しがってなければいいけど。ライン送ってみよう」
「郷子へ。今は病室で休んでるところかな?まだ体が思うように動かせなかったり、なかなか声が出しにくかったりすると思うけど、しっかり今は体が回復することを信じて、治してね。明日、タブレット越しの面会、楽しみにしてるからね」
しばらくすると、既読がついた。
「郷子が、今送ったラインを呼んでくれてる。少しずつ快方に向かってる」
そう思うだけで、心が軽くなるような気がした。
翌日、金曜日の授業を終えて、部活が始まる前に、温也は、色紙を持って、吹奏楽部の皆に寄せ書きをしてもらおうと思い、部活が始まる前に
「昨日、郷子のお父さんから連絡があって、郷子とタブレット端末を使って、面会できることになったんやけどな、郷子の励みになればって思って、色紙を持ってきたんやけど、皆で寄せ書きしてくれへんか?きっと、郷子も喜ぶと思うねん」
部員たちからは
「いいよ」
「OK」
「なに書こうかなぁ…」
などの声が上がって、皆それぞれサインペンを持って、思い思いのことを書いていた。中でも、次に部長を託せるのは、郷子だと言っていた、凛は、
「郷子~。皆待ってるよ~。また一緒に音を楽しもうね」
そう書き込みして、郷子の復帰を願っている様子がうかがい知れた。上山先生も
「郷子、今はしっかり体を治して、また一緒に音出ししましょう。よく頑張ったね…」
と書いていただいた。
「みんなありがとう…。郷子に代わって、お礼を言わせてください。ほんまにありがとう」
そう言って、皆の前でお礼の気持ちを伝えた。
「温也が一番心配してたもんね。やっぱり好きな人のことを心配できるっていいなぁ」
と、佐知子が言うと
「温也、郷子のこと、しっかり見守ってあげてね。私達の大事な後輩じゃからね」
と、和美や文子も言う。そして、練習を終えて帰宅し、着替えてから郷子の家に向かった。
「こんばんは。今日はお邪魔させていただきます」
「何を改まってんの。早く入って。もうすぐタブレット端末との回線がつながるよ」
「はい、ありがとうございます」
そして、望が使っているパソコンが置いてある書斎に通された。やがて時刻は18時を指す。タブレット端末とつながって、zoomで会話が始まる。最初に口を開いたのは郷子であった。まだ弱弱しい声ではあるが
「お父さん…。お母さん…。心配かけてごめんね…。でも…、どうにか…、こうやって…、会話が…、できるように…、なったよ…。あっくん…。いつも私のこと…、支えてくれて…、ありがとう…」
「郷子、親はね、子供のことを心配するのが、当たり前よ。郷子が謝ることなんてないよ。こうやって、また話ができるようになったんじゃもん。今は、それだけで十分よ」
「そう。お父さんも、郷子のこと、応援してるからな。まずは体をしっかり回復させて、またみんなでうまいもん食べに行こうや」
「郷子…。ゴメン…。いろいろと話したかったことがあったんやけど…。何も言葉にできねぇ…。ゴメン。郷子の頑張ってる姿見て、泣かないって決めてたんやけど、ゴメン…。郷子がここまで回復してくれて、嬉しくて言葉にならねぇ…」
通夜の目から涙が頬を伝う。
「あっくん…。あっくんが…、手に持ってるもの…、って何…?」
「あぁ、これ?これは、吹奏楽部の皆に書いてもらった寄せ書き。皆もまた一緒に吹奏楽をしたいって。そして、来年こそは、全国大会目指そうって」
「みんな…、ありがとう…。お父さん…。今度また…。ドライブに…、連れて行ってね…」
「おう、また行こうな」
「郷子、帰ってきたら、何が食べたい?郷子の好きなデミハンバーグ作ろうか?」
「うん…。食べたい…」
「郷子は、好き嫌いがないもんなぁ。いっぱい食べて、体力をつけて、またみんなで大笑いしながら、過ごそう」
「あのう…、郷子が退院してきたら、俺の家族も皆、快気祝いしたいって言ってたので、どこか静かなお店に行って、食事会しません?」
「おぉ、いいねぇ。郷子、俺たち3人と、温也君のご家族も交えて、快気祝いをしよう」
「ありがとう…。楽しみに…、してるね…」
「それから、今日は、小町もここにいるで。おーい、小町、おいで」
「こまちゃん…。早くよくなって…。こまちゃんと…、遊びたいな…」
小町も
「にゃおーん」
と鳴く。そうこうしているうちに、時間がやってきてしまって、タブレット越しの面会時間は終わった。温也は
「やはり、かなり痩せてましたねぇ…。本当に大変だったんだなって思いました。また、俺たちも、郷子のために、何か手伝えることがあったら、なんなりと言ってくださいね」
「温也君ありがとうね。郷子も、温也君がいてくれたから、すごい心強かったと思う。本当、私達にとってもね、温也君は、息子みたい。郷子も、こんなにいい人と付き合えて、本当によかったって思う」
「いやぁ、なんか照れますねぇ…。これからも、宜しくお願いしますね」
「温也君、今夜は一緒に夕食食べないか?」
「え?いいんですか?」
「うん。さっきも言ったように、温也君は、私達にとってもね、大事な家族って思ってる。今日はね、郷子と一緒にいるつもりで、一緒に食べましょう」
「じゃあ、両親に連絡しておきます」
温也はスマホを取り出して、両親に連絡して、夕食を上田家で食べて、20時過ぎに家に帰った。郷子の退院まで、もうしばらくの辛抱と、そう自分に言い聞かせて、風呂に入った後は、就寝したのであった。




