体調の異変
郷子と温也たち、吹奏楽部員が当面の目標としていた、松江で行われた、吹奏楽コンクールの中国大会を終え、松江でもう一泊し、翌日のスーパーおき2号に乗って、山口に帰ってきた。山口第一中学校吹奏楽部の一行が、湯田温泉駅で下車して、それぞれに家に帰っていく。郷子と温也は、光の車に乗り込んで、家に帰っていった。
「おじさん。送っていただいてありがとうございます」
「いいえ。郷子さんもお疲れやったね」
郷子はお礼を言って、家に入っていった。
「ただいまぁ。土産買ってきたよ」
温也は松江のお土産を手渡した。そして、泉には
「これ、島根のゆるキャラのしまねっこが描かれた、キーホルダー」
「え?泉にもお土産あるの?ありがとうお兄ちゃん」
そう言って、さっそく自分のランドセルに取り付けていた。
「温也、お帰り。中国大会で4位なんて、すごいじゃない。よく頑張りました」
瑞穂もそう言って労ってくれた。
「お母さん、ありがとうね。もうちょっとで、全国大会に行けるところやったんやけどね。その挑戦は来年にとっておくわ」
「そう。目標があるって言うのはいいこと。来年はもっといい成績が取れるように、私も応援してるからね」
そこへ、車庫入れが終わった光が戻ってきた。
「温也。お疲れさん。まぁ、結果はラインで聞いたけど、よく頑張ったな。今日は疲れをゆっくり落として、また次の目標に向かって頑張れよ」
「うん。来年こそは、全国に行けるように、練習頑張るわ」
一方、郷子の家では、桜が出迎えていた。
「郷子、お疲れさま。よく頑張ったねぇ。それにしても、あんなに気管支が弱かったあんたが、ここまでできるようになるなんてねぇ。本当によかった」
「うん。お母さん、ありがとうね。あともうちょっとじゃったんやけどねぇ。来年は全国大会に行けるように、頑張るからね」
「疲れたじゃろ?コーヒーでも飲む?」
「ありがとう。ミルクたっぷりのコーヒーが飲みたいなぁ」
「わかった。じゃあ、コーヒー淹れといてあげるから、着替えてきなさいよ。洗濯物は、洗濯機の中に入れといてね」
「はーい」
そうして、桜が入れてくれた、アイスコーヒーと、月で拾った卵を一緒に食べて、一息ついた郷子であった。そして一息ついて、桜は温也の家に電話で連絡した。
「あぁ、どうもこんにちわ。上田です。今日は、郷子もつれて帰っていただき、ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ、温也が本当にお世話になってます。今日は、やはり緊張から解放されたんでしょうね。今は寝息を立てて、眠ってます」
「そうでしょうねぇ。今日は本当にお世話になりました。それじゃあ失礼します」
電話を聴いていた郷子は
「あっくん、疲れて眠ってるみたいやね。あっくんもすごい頑張ってたもんね。今日はお疲れさまってとこかな?」
「まぁ、緊張から解放された感じなんかもね」
そうして、郷子も自分の部屋のベッドに寝転がっていると、いつの間にか眠っていた。
「郷子も疲れて、早めに寝たようじゃな。あれだけ吹奏楽に青春かけて、俺もやっぱりもう一回やってみようかなぁ。なんか、郷子が羨ましくなってきた」
「そう、お父さんもバンドマンやったからね。いいじゃない。親子でアンサンブルみたいなのをしたって。私もトランペット久しぶりに吹いてみたいな」
そのような会話をしつつ、娘の成長が嬉しくてたまらない二人であった。
そして、慌ただしく夏休みは過ぎて行って、2学期が始まった。2学期は体育祭に文化祭もあって、郷子と温也たちの、直近の目標は文化祭となる。久しぶりに朝7時半制服に着替えて、家を出て、郷子と温也は歩いて学校に向かう。
「あっくんおはよう。今日は寝坊せんかったねぇ。ヨキヨキ」
「まぁな。いつまでも郷子に起こしてもらってるっていうわけには、いかんもんな」
「そうよ~。早く起きんかったら、学校に置いていくぞ~」
そこへ、トシと藍もやってきて
「お二人さんおはよう。吹奏楽、惜しかったなぁ~」
「トシ、藍ちゃんおはよう。来年は全国行くぜ~」
「そうそう、頑張って。私もバレー頑張るからねぇ」
そんなことを言いながら、教室へと入っていった。一か月半ぶりの教室。また新たな中学校生活が始まろうとしていた。始業式が終わった後に、教室内で、提出物などを先生に渡して、部活もないため、午前中で下校。郷子と温也、トシと藍・それに津留美と一緒に学校を出て、小町に会いたいということで、温也の家へ。玄関を開けると、小町が出迎えにきた。
「こまちゃーん。会いたかったよぉ。おぉ。可愛いねぇ。よしよし」
藍が小町をそっと抱き上げて、頭をなでている。小町は
「にゃおーん」
と鳴きながら、喉をぐるぐる鳴らしている。次に小町は津留美にだっこされて、津留美の腕の中で気持ちよさそうに目を細めて、眠たそうにしていた。そして寝息を立てて、気持ちよさそうに眠り始めた。
「あらぁ。こまちゃん寝たねぇ。寝てる顔もかわいい」
郷子が言うと、温也が
「俺みたいに?」
すかさず郷子が、
「こまちゃんがかわいいの。あっくんはエロくてスケベで変態じゃん」
「ちぇ~。つまんないの~」
そして、トシに野球の話をふった。
「そうそう、今年のセリーグのペナントレース、なかなか熾烈やねぇ。カープが今のところ1位やけど、どこが抜け出すんやろ?」
「どこやろうねぇ?ピッチャーの出来で言うと、タイガースなんやけど、打線ではベイスターズの破壊力もすごいしなぁ。ジャイアンツも菅井投手がめっちゃ調子いいしなぁ。カープは打線があまりにも打てなさすぎやから、ピッチャーがどこまで抑えきれるかじゃない?」
「まぁ、俺的にはタイガースが勝ってくれたら、それでいいんやけどね。俺は優勝を信じて、応援するまでよ。主軸に当たりが出始めたからね。いけるんじゃないかな?」
そんなこんなで話をしていると、昼食の時間にかかってきたので、、皆それぞれ家に帰っていく。郷子も家に帰って、昼食を済ませて、少し自分の部屋で休もうと思い、階段を上って自分の部屋に入った。少し、体にだるさを感じて、ベッドに横になって体を休めようと思ったのである。
「この夏の暑さで、体がばてたのかなぁ?」
そう思ってるうちに、眠った郷子であった。温也から、ラインが入っていたが、郷子は
「ゴメン。ちょっと体がだるいから、もう寝るわ」
そうラインを送って、温也からは
「大丈夫?疲れが出たのかもしれんし、この夏の異常な暑さで、体力が落ちてるんかもしれんね。ゆっくり寝て、疲れを落としてね。早く元気になりますように」
そうラインが入っていた。
やがて、仕事を終えた望が帰宅して、
「郷子、体がだるいって、大丈夫なん?」
「まだ、なんとも言えんのじゃけど、郷子が体の不調を訴えたのは、喘息が悪化して、肺炎起こした時以来じゃからねぇ」
「うーん、何事もなく、ただの疲れとか、夏バテじゃったらいいんじゃけどなぁ…」
翌日、郷子は高熱を出していた。温也にラインで
「ゴメン。今日は熱が出てて、学校に行けそうもない。あっくん一人で行ってね」
温也からは
「マジで大丈夫?わかった。今日は一人で行くから。でも、ちょっと郷子の声が聴きたいな」
そう言って、電話をかけてきた。
「郷子、大丈夫?郷子が一緒じゃないと、寂しいぞ。早く治して元気になって」
郷子は弱々しい声で
「あっくん?私もあっくんに会えないから寂しいよぉ。でも、ベッドから起き上がれない…。ゴメンね…」
「謝らなくていいから。まずは自分の体を早く元気にすることを考えないと」
「でも…、私あっくんに風邪うつしたかもしれない…」
「俺は大丈夫。それじゃあ、学校行ってくるね」
「うん…。気をつけてね…」
普段なら元気印の郷子であったが、こうしてベッドから起き上がれないほどの高熱が出ると、気管支ぜんそくで、長期療養しなければいけなかった、あの時の辛さを思い出す。あのときは、なかなか学校に行くことが出来ず、登校できても、体力が落ちているため、皆と同じように走り回ったり、楽しくおしゃべりしたりすることが出来なくて、ずいぶんと辛い思いをしたのであるが、またあのような思いをしなければいけないのか?そう言った不安が押し寄せてくる。望も、心配で、
「郷子。大丈夫かね?ちょっと体温測るよ」
桜がお茶と体温計を持ってやってきた。そして、ゼリーなどの、のど越しがよくて、水分や糖分などが補給できるものをいくつか持ってきてくれて、学校に連絡した後に、近所の青原呼吸器科・循環器科に連れて行った。昨夜から今朝にかけて発熱したので、まだ、コロナなどの検査はしていなくて、その旨を医師に話し、まずはレントゲンを写してみる。すると、肺に白い靄みたいなのが写っていた。ひょっとしたら、コロナに感染しているのかもしれないが、まだ発熱してから間もないので、この日は解熱剤を処方してもらって、9月4日の朝、コロナ・インフルエンザ検査キットを使って、検査するようにということであった。まだ肺炎を起こすかどうかはわからないということであった。
「郷子、まずは帰って解熱剤飲んで、ゆっくり寝なさい。大丈夫。絶対に良くなるから」
そう桜は、息遣いが激しくなっている郷子を励まして、家に帰った。それから解熱剤が功を奏したのか、郷子は深い眠りに入った。
「小学生の頃に気管支喘息で、ずいぶんと辛い思いをして、それでも頑張ってよくなったのにねぇ…。それに吹奏楽に夢中になって、生き生きとしていたのに…。やはり郷子の喘息は、まだ完治してなかったのかもねぇ…」
桜は、そう眠っている郷子のことを考えていた。
郷子が夕方に目を覚まして、ベッドから起き上がったので、手元に置いてあった体温計で体温を測ってみる。測定の結果、38・5度であった。息苦しくて、ゼェーハァーと息遣いが激しい。そして、喘息が出た時のために吸入器を用意していたが、それでも激しい息遣いは治まらなかった。
温也は学校から帰宅して、何か自分にできることはないかと思い、近所のディスカウントストアで、消化のいいゼリーと、スポーツドリンクを買って、熱さまシートも買って、郷子の家に向かった。ベルを鳴らして、桜が出てきた。
「こんにちは。温也です」
「あらぁ、温也君いらっしゃい。ゴメンね。郷子、まだ熱が下がらなくて。元気に過ごしてたから、呼吸器もだいぶ良くなってたんやけどね」
「で、病院の先生はなんて言われてますか?」
「レントゲン写したら、肺に白い靄みたいなのが写っててね。それが、郷子が喘息を悪化させて、肺炎を引き起こした時と、状況がよく似てるのよ。これ以上悪くならないといいんだけど…」
「そうなんですか…。これ、俺からの差し入れです。俺が郷子にしてあげられることって、これくらいしかないのが、悔しくて仕方がないんですが…。俺にできることがあったら、何でも言ってくださいね」
「ありがとうね。温也君、本当に郷子のこと心配してくれてありがとう。これ、あとで郷子に渡しておくね」
「郷子に、早くよくなれって言ってたって、伝えてもらえますか?」
「うん、温也君の思いを伝えておくね」
それから、夜に再び郷子が目を覚ました。
「お母さん…。息が苦しい…」
「郷子、目が覚めた?これ、温也君からの差し入れ。早くよくなれって言ってたよ」
「あっくん来てくれたんだ…。あっくんに会いたい…」
「温也君のためにも、早くよくならんと。そう、明日の朝、コロナとインフルエンザの検査キットで、検査してみようか」
「うん」
翌朝、検査キットを持ってきて、郷子の鼻腔から検体を採取して、検査キットにかけてみる。しばらくして結果が出た。コロナに陽性反応を示している。温也も、今自分にできることが、あまりにも少ないのが悔しくて、じりじりするような時間を過ごしていた。
「お母さん、郷子がね、体調崩して、今寝込んでるんよ。俺、郷子に何もしてやれなくて…」
「そうなんじゃねぇ。いつも元気に過ごしてたのにねぇ…。でも、そういう時は、優しく見守ってあげなさい。今温也が郷子さんのところに行ったって、足手まといでしかないからね。スマホで、応援メッセージでも送ってあげたら、郷子さんが見た時に、少し安心するんじゃないかな?」
「ねぇ、郷子さん、体調崩したの?大丈夫なん?」
泉も心配そうに聞いてくる。泉にとって、郷子は優しいお姉さんみたいな感じで、あれだけ元気印だった郷子が、今病気と闘っているのが、信じられなかったのである。できれば、これは悪い夢であってほしい。温也も泉も、心からそう思っていた。
しかし、郷子の体調は、さらに悪化する。




