第一話 幸運の在り処
日本領で唯一の異能使用が許された特別な学園に、まともな能力を持たない俺が転入するのには訳がある。つい数日前、突然父親に「お前も第四地区に行け、手続きはもう済ませてある」と告げられたからだ。
俺の父親は研究一筋の人間といった感じで、第七地区――通称【情報と科学の都会】ではかなりの役職に就いている。
俺は俺なりに、親父の事を尊敬しているが、ところどころ俺達の事を軽視しているんじゃないかという行動を取りがちで、小さい頃は嫌だったが大人にはそういう事情があるんだと割り切るようになってからはストイックに仕事に打ち込む親父を尊敬するようになった。守秘義務が厳しいので普段何をやってるかはあまり知らないけど。おかげで俺は不自由なく生きられているわけだし、移動にも割高なこの列車を使えてるわけだ。親父様様って感じだな。
「それにしても、行きたい場所があるとはいえ朝早く出過ぎたか?」
寮母さんの用事で、夕方過ぎにならないと入れないのでかなり時間を潰す必要がある。
もうすぐ到着するのでだいたい午前10時には駅についているだろう。
「まあそれでもなんとなく、時間を潰すのには困らないような気がするんだよな」
俺の異能は世にも珍しい【未来予知】であるが、具体的な物に関しては大抵の場合自分で意図したものは見えないし、能動的に使えるのは予感程度のぼんやりしたものでしかない。しかし――おかげであまり二択を間違えた事はなく、選択問題がテストで出た時に至っては驚異の正答率100%だ。だからと言って勉強してないわけではない。俺はこう見えて真面目なのだ。
「さて」
これから通うことになる学園のパンフレットを見る。本土や第七地区とは違い、四つのジャンルから自らが学びたい時間割を選択するという形式なので、今のうちにあたりをつけておかないと。
「芸術の部には紅葉もいるんだよな。俺の能力じゃ、研究、戦術はまだしも武術の部は絶対ないよな」
妹の紅葉とはもう六年会っていない。俺達が小学三年の時、紅葉だけが先に異能を発現して、一人第四地区中央学園に転入する事になった。手紙で近況は知れているが、やはり実際上手くやっていけているか心配なのは兄心といったところである。泣き虫は治っているのか、能力は制御出来ているのか。友達と喧嘩したりしてないか。うーむ。
それにしてもアイツの異能、見るからにすごかったもんな。あれだけの異能が制御できるなら、武術でもいけそうなもんだけど。いや、性格的に無理か。
基本的に能力には指向性があるが、紅葉のそれはなにか違うような気がしていた。
親父はもしかすると二重能力者かもしれない――と言っていた。専門外とはいえ研究者である親父にそれを言わしめるほど特殊な能力であるのは間違いないと思う。
「残り3分で第四地区に到着いたします。御降車の方は、お忘れ物のなきよう――」
アナウンスが流れ始める。もうつくのかと思いながら、俺はすごすごと降りる準備をするのであった。
――――
―――
――
「やっと着いた!学生の街ってだけあって空気が綺麗だな!」
第四地区――通称【学園と文化の街】。列車を降りると既に学園が見える。
今まで修学旅行以外で第七地区から出た事がなかったので、とても新鮮な雰囲気だ。
本土に近いといえば近い。第七地区はもっとカクカクしていたが、ここは丸い印象を受ける建物が多い気がする。所謂洋風ってヤツだろう。
改札を通るとお洒落なタイルで舗装された道が眼前に広がった。暖色系でまとまっていてすごく温かみがあり、アクセントとなる街路樹の緑も映えている。
第七地区は全体的に灰色に黒、アクセントに水色って感じだったからな。真反対と言っていい。
いい匂いがすると思ったら、駅前の通りにプランターが置いてあった。近づいて見てみると中にはピンクの花が植えてある。スイートピーだっただろうか。母さんが好きだったらしく、命日になると写真立ての横に飾られていた。本来研究者が効率的に生きるために設計された第七地区に花屋はなかったので、恐らく取り寄せていたのだろう。
そんな事を思い出し花屋もあるのか気になった俺は紙の地図を取り出す。スマホもあるにはあるが、せっかく時間がある事だしこういう無駄を大事にするのもまた面白いだろう。
「それにしても、この地図ってどうやって見ればいいんだ?」
頼みの綱である地図の使い方が分からず間抜けに辺りを眺めていると、見た事がないほど綺麗な緑の羽毛を持つ小鳥が翼をはためかせ飛んでいくのが見えた。たしか鶯ってやつだろう。第四地区にはこんな綺麗な鳥がいるんだな。第七地区にはカラスくらいしかいなかったな、などと呑気に考えていると小柄な少女が俺の横を駆けていった。
「ごめんねチッチ!まって!話を聞いて!」
半泣きのその子は必死に細い声で呼びかけながらひた走る。
体力がないらしく徐々にペースが下がっているものの諦める様子はない。
その姿を昔の妹に重ねてしまった俺は見ていられなくなって、気が付いたら声をかけていた。
少女は突然声をかけられたことで驚いて立ち止まり、そのままもじもじとうつむいてしまった。
人見知りなんだろう。追いかけている所を引き留めてしまった事に申し訳なさを感じながら――努めて明るい雰囲気を心掛けつつ言い訳をする。
「ああ、ごめん、驚かせちゃったか。実は俺――今日ここに引っ越してきたんだ。見知らぬ土地で友達一人もいなくてさ。――なにか困ってる事があるなら手伝いたいなって」
ちょっと不自然になってしまったか?と思いながらも頑張って言葉を紡ぐ。力になってあげたいその一心で。
「あなたも離れ離れなんですか……?」
上の空な感じでつぶやきハッとした表情をする少女。やはりなにかあったんだろう。
俺は続ける。
「そうだね、あっちの友人や親とは離れ離れだ。寂しいものさ」
少女は少し逡巡した後、意を決したように顔をあげた。
「私、小翠日依って言います! チッチがシダの花を探すって言って聞かないんです!私が悪いんです……!」
「俺は明石令。チッチっていうのはさっき小翠さんが追いかけていた綺麗な鶯だよね?」
俺はひとまず落ち着かせようと思い、名乗り返しながら質問した。鶯かどうかも気になっていたのでついでに確認してみた。
「はい、ええと、私は動物と話せるんです。役に立たないって言われることも多いですが……」
「俺は素敵な異能だと思うよ、それで話せるって事はその、チッチとは友達なんだよね」
小翠さんは心底驚いた表情を浮かべる。なんで驚いているのかを少し考えてみると、動物と会話する異能はあまり評価されていないと文献で読んだことがあったのを思い出した。俺の未来予知もあまり頼れない能力の筆頭だし、同じ事を言われたらそういう反応になるだろう。
「っと、そうだ、急いで探さないとまずいよね」
「はい、あ、でも見失っちゃったから……」
「呼び止めちゃったもんな、ごめん」
「いえ、もとより私の足じゃ追いつけてなかったと思います」
小翠さんはゆっくり息を整え少し落ち着いた様子で、余裕が出てきた彼女はきょろきょろと辺りを見回し、道行く人々の注目を集めている事に気付き顔を少し赤らめた。恥ずかしかったのだろう。俺も少し恥ずかしくなってしまったので無意識に少し手で顔を仰ぎながら咳払いをしていた。
ふう、改めてお互い少しは落ち着けたかな。さて。
「どの辺に行ったか目星はつく?」
「どこ、でしょうか。あの子は……」
小翠さんが考え込んでいるのを見ていると、脳裏に映像が見えた。久々に高精度の予知ができて、少しテンションが上がる。しかしこれはどうやって伝えればいいんだろうか。
ええい、ままよ!いささかストレートすぎるかもしれないが、これで行こう。
「……変な質問かもしれないんだけど、チッチと路地裏はなにか関係があったりしない?」
小翠さんは何か思い当たる事があったのか一瞬呼吸を忘れたように見えたが、すぐに思い直した表情になった。ほんの少し寂しそうに、それでいて懐かしそうにしながら答える。
「チッチと私が初めて会ったのは路地裏です」
「俺はチッチがなんとなくそこにいるんじゃないかと思うんだ」
「でも探しているのはシダの花ですよ、路地裏になんて行くでしょうか、この間もそこで遊んだばかりですし、チッチはそこにシダの花がない事くらいは知っていると思います」
正直俺もいきなりそんなことを言われたら同じ反応をするだろう。先ほど初めて知り合った人間の勘なんて信用に値しない。根拠といえば根拠はある。だが、これもあまり説得力はないだろう。
ただ、どちらにせよ何も言わなければ進まないので、思い切って打ち明ける事にした。
「俺の異能は未来予知なんだ」
「未来予知って、あの……」
小翠さんは不安そうにしている。無理もない、本来未来予知はほとんど機能せず、ビジョンが見えてもたまにしか当たらない、出来の悪い占い程度の異能力なのだ。しかし手がかりもない今は、きっとないより役に立つし、幸いな事に俺の未来予知は当たる。
「大事な決断をこんな能力を根拠としてさせるのは無責任かもしれない、だが俺の未来予知は当たる――としか言えないのは心苦しいが、中央学園に転入出来るほどの精度はある。頼む、信じてくれ」
小翠さんはほんの一瞬躊躇した後、意を決したように顔を上げる。
その瞳には、覚悟というか、強い意志が宿っているように見えた。
この期待は絶対裏切れない。
「……分かりました!路地裏に行ってみましょう、案内します!」
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