第37話 舞台裏(薫視点):交渉
「ダメね。その程度の事で私を動かそうなんて百年早いわっ!!」
百戦錬磨の女帝である紫苑さんの言葉は重かった。さすが日本政府や世界の要人を相手に戦っているだけの事はある。
一気に重圧が掛けられたように空気が重くなって黙り込んでしまった。
「でもお母様、これは七海が関わっている事なんですよ?」
「確かにそうね。でもそこのお嬢さんの話では七海は無傷なんでしょう?」
「そうだよー。おにーちゃんが腕輪を渡すから刃物なんて絶対に通らないね。この世界で言う銃だっけ? あれでちょっと血が出るくらいかなー」
「じゃあ問題ありませんね。私が動くまでもなく事件は解決されます」
ヤバい、この感じは良く知ってるぞ。会議で絶対に倒せない時の紫苑さんだ。七海ちゃんに被害が無いという確証が悪い方に行ってしまった。
もし七海ちゃんが大変な目に遭うとかだったらすぐに動いてくれるだろうけど、これじゃあ打つ手なしだな。
くっ、どうする……?
「あの、せっかくシオンちゃんも来てくれたのでご飯食べに行きませんか? 私ちょっとお腹減っちゃいました」
葉月ちゃんが気を利かせてくれたようだ。そうだ、まだ交渉は始まったばかり。何か説得するヒントを見つけなければ……。
◇
「ビアンカ様はどれをお食べになりますか? このパンケーキセットは甘くて美味しいですよ」
「そうなの~? じゃあそれにしよっかな~。あと甘い飲み物もよろしくー」
「かしこまりました。葉月ちゃんも同じので良かったよね?」
「はい。あ、このふわふわプレーンオムレツもお願いします。ビアンカちゃんも食べてみますか? 美味しいですよー」
「そうなの~? じゃあそれもよろしくー」
僕達は今、近所にある少しお高いカフェに来ている。会議とか打ち合わせで良く利用しており、個室を借りる事に成功したのだった。
時刻はもう9時を回ってしまったが、紫苑さんを説得するにはもう少し時間が掛かりそうだ。
どうして協力してくれないのか分からないが、今は説得する材料を探すしかない。
「うひょ~! ナニコレおいしー!! ふわふわな生地に甘いクリームいっぱいでウマウマ~♪ やばー、この世界凄くいいかも~」
「ビアンカちゃんこれもどうぞ。あっ、お口にクリーム付いてますよ」
「ありがとー! おおっ、ふわトロな卵がおいしー!!」
ビアンカ様はパンケーキにご満悦だった。葉月ちゃんがフォローしてくれているから大丈夫だろう。
この隙に玲子さんに相談だ。
「玲子さん玲子さん、何か良い案は無いですか?」
「ありませんわね。ああなったお母様を説得するのは無理ですわ。そんなの薫さんだって知っているでしょう?」
「うぐぅ……」
「それ、薫さんがやっても可愛くありませんわよ」
酷い。
こうなったらボクが説得するしかないな。優雅に珈琲を飲んでいる紫苑さんが話し掛けるなというオーラを出しているがやるしかない。
「あの、紫苑さん? えっと、今回のビアンカ様のご要望である犯人の迅速な逮捕と、万が一の場合に備えた救護班の準備をしないとですね、あの、僕の鑑定スキルが無くなっちゃいそうなんですよ」
「…………それが何か?」
「ええっ!? だって紫苑さんの大好きな占いも出来なくなっちゃいますよ?」
「はぁ、そんな些細な事はどうでも良いのです。はぁ」
「…………」
何かがおかしい。僕の鑑定スキルを誰よりも活用しているのはこの紫苑さんなのである。
僕は事あるごとに企業のお偉いさんとの会議に連れ回されたり、世界の要人との会合に参加させられたりしてこの鑑定スキルで情報収集させられている。そして相手の弱みや欲しいものを上手く使い優位に立って来たのだ。
それなのに鑑定スキルが無くなっても良いと言うのは絶対におかしいぞ。
「シオンちゃん、やっぱりダメですか? ビアンカちゃんのお手伝いしないと薫さんが困っちゃうんです」
「いくら葉月ちゃんのお願いでもダメです。不確定情報で警察を動かすというのはなかなか難しいんです。しかも犯人がキムタコなのでしょう?」
「むぅ~、シオンちゃん意地悪です」
「そんな顔しないで葉月ちゃん、私だって出来る事なら手伝ってあげたいのよ。うふふ、ごめんね」
葉月ちゃんのお願いでもダメなのか。いや、きっと何が裏があるはずだ。
僕は紫苑さんを見つめ、『紫苑さんが何を企んでいるのか教えてください神様~』って感じで鑑定してみた。
実は僕の鑑定スキル、何も考えずに鑑定すると基本的な情報と今日の運勢が出るのだが、具体的に要望を伝えると答えを教えてくれることがあるのだ。
【天王寺紫苑】
天王寺グループを支配する女帝、今年XX歳の美の追求者。
彼女が召喚魔法で薫の家に飛ばされた時、密かに喜んだ。待ちに待ったファンタジーの到来である。確かに薫の持つスキルは素晴らしい。だがしかし、それでは彼女の要望を満たす事は出来ないのである。つまり何が言いたいかと言うと美容である。現代技術におけるアンチエイジングでは限界があり、新たな手法を求めた。
ファンタジーな若返りを求める彼女は、この異界の魔神ビアンカ様を相手に一世一代の博打交渉を仕掛けているのだ!!!
※今日の運勢※
勝負運◎
「…………」
何てことだ。ビアンカ様を相手に自分の若返りを狙っているのかこの女帝は……。
呆れ顔で紫苑さんを見ていたら彼女がクスクスと笑いだした。くそ、僕が鑑定するのも折り込み済みだったのか!
「ねぇ薫さん、これって凄く不平等だと思わない?」
「不平等……?」
己の野望を知られたと分かった紫苑さんが不満そうな顔で囁いた。ヤバい、これはもう紫苑さんのペースだ。
「だってそうでしょう? 薫さんはビアンカちゃんのお願いを聞くご褒美に葉月ちゃんの若返りを得られた。さっき久しぶりに葉月ちゃんを見たけど明らかに若々しくなっていたわ。どうしてなのか聞いたら全部教えてくれたの。良かったわね、ピチピチで若々しい奥さんが手に入って」
「は、葉月ちゃん!?」
「シオンちゃんに内緒はダメです」
何てことだ、全て情報が筒抜けだったなんて。
そうか、転移してすぐに葉月ちゃんの異変に気付いた紫苑さんが根掘り葉掘り聞き出した……最初から計画していたのか!
つまり紫苑さんにも協力するご褒美を用意しろ。若返りのナニカを寄こせという事か。
僕は幸せそうな顔でモキュモキュとパンケーキを食べる神様に相談する事にした。
「あの、ビアンカ様。こちらの紫苑さんにご協力して頂かないとクエストが達成出来そうに無いのですが、何かご褒美的なものを追加して頂く事は出来ないでしょうか?」
「えー、無理ー。だってこの依頼はおじさまとの契約だからね。おじさまはもう報酬を受け取っちゃってるし、契約は成立済みだよ? いひひ、契約はしっかりと確認しないとダメだぞ」
「なっ!」
契約って、僕は一方的に押し付けられた気がする。ビアンカ様の加護という報酬を一方的に渡された後にこの無理難題を言い渡されたのである。まさに悪魔の所業だった。そう言えば魔神だったね……。
「そういう事でしたらビアンカちゃん、私と取引をしませんか? 私も葉月ちゃんと同じ貴方の加護を頂きたいのです。どうでしょうか?」
どうしようかと思ったら紫苑さんが斬り込んだ。きっと必死なのだろう。頑張って下さい!
「あー、もしかして若返りたいって事? うーん、残念だけど無理かなー」
「ど、どうしてですか!?」
「えへへ、ビアンカちゃんの加護ってね、アレが来ない人には授けられない縛りがあるんだ~。女の子なら分かるでしょ? アレだよアレ」
「なっ……なんですって……」
今まで見たことの無いような落ち込み具合だった。精気が抜け落ちたようにグッタリしていた。女の子、そしてアレ。深く考えるのは禁止です。
ヤバいぞ……。
「ちょっとよろしいでしょうかビアンカ様? その加護というのが無理だとしても、何か美容に効果的なアイテムや若返りが出来るアイテムや魔法的なナニカは無いのでしょうか? 私もそういうものが欲しいですわ」
おお、玲子さんが良い事を言った。さすが玲子さんや!!
「あるよ?」
「ありますの!?」
「あるんですか!?」
ビアンカ様があっけらかんと言った言葉に紫苑さんが復活した。葉月ちゃんは既に加護を貰っているからか、のほほんとパンケーキを楽しんでいた。僕ものほほんと楽しみたいよ……。
「教えてあげてもいいけど、対価が必要だよ。おねーちゃん達も良く知ってるでしょ? 情報の価値ってやつを」
「もちろんです! それで何をご要望でしょうか?」
紫苑さんが凄い勢いで食いついた。そんな紫苑さんを見てビアンカ様がニヤニヤと笑ったのだ。嫌な予感がする。
「えへへ、じゃあお金と居場所が欲しいなー。実はね、おにーちゃんのお陰でこっちの世界に簡単に来れるようになったから色々と遊びたいんだよね~。でもこの世界って戸籍? って言うんだっけ。それがないとビアンカちゃんみたいな美少女は捕まっちゃうんでしょ?」
「玲子ちゃん、すぐに手配を」
「分かりましたわ、お母様」
指示を受けた玲子さんがスマホを取り出してどこかへ電話を掛けた。
えっと、僕のお願いもそれくらい機敏に対応して欲しかったんですけど……。
「…………2週間もあれば戸籍を用意出来そうです。ビアンカ様には天王寺家の養子という事にして頂きますが宜しいですか?」
「うん! おっけおっけ♪」
何ですかそのスピードは? 電話して5分も掛からず終わりました。
僕は口を開けて見ている事しか出来なかった。
「それでビアンカちゃん、若返りのアイテムや魔法は!?」
「あっちの世界に何個か若返る手段っていうのはあるんだけどね、有名なのは時間を操る魔法と『幸せの薬』っていうアイテムかなー。どっちも超レアなんだけど、魔法の方は使える人は神様のように崇められるか、奴隷のように自由を拘束されて一生魔法を使い続ける人形になっちゃうんだよー。ちなみにビアンカちゃんはその魔法使えないよ。『幸せの薬』はハイエルフが調合したお薬なんだけど、ハイエルフの森で物々交換して持ち帰るしか入手手段がないから市場に出回らないんだよ。それを飲むと自分の体の最高潮の時まで若返るんだってさ」
「素晴らしいです!!!」
「魔法の方は術者のMPに依存するから若返る時間も曖昧なんだよねー」
時間を操る魔法に若返りの薬か……ハイエルフという謎な単語が出て来たけど女性達は気にしていないようだ。自分の体の最高潮というと10代後半から20代前半なのかな。僕も欲しいくらいだ。
「ではそれを頂くには何を対価にすれば?」
「残念だけどビアンカちゃんの力でも、あっちの世界のアイテムをこっちの世界に持って来れないんだよね。今のビアンカちゃんは幻影っていうのかな、体のコピーで遊びに来てる感じなの。でも安心して、愛しのおにーちゃんならあっちの世界のアイテムをこっちに持って来れるっぽいからお願いしてみたらどうかな?」
「おにーちゃん……誰ですか?」
「お母様、どうやら七海の運命の人だそうですわ。あとビアンカ様の良い人だそうです」
「なるほどなるほど……うふふ」
ヤバい、紫苑さんが獰猛な笑みを浮かべている。自分の娘の彼氏が二股してるけど良いんですか?
そして紫苑さんがスマホを取り出して電話を掛けた。
「もしもし恵子さん、私です。『紅茶とどら焼き』という喫茶店を貸し切りにしたいの。最悪買い取ってもいいわよ…………費用? 気にしないでいいわ。お昼はそこで摂るからそれまでにお願いね。あと、何やら殺傷事件が起こるらしいの…………そう、やる気のある警察全員連れて来て頂戴。あと救護班の手配もお願いね…………ええ、詳しくは後で説明するわ。じゃあ宜しくね」
「…………」
僕はポカーンと口を開けて見ている事しか出来なかった。さすが日本を裏から操る女帝だ。
そんな女帝がボクを見てクスクスと笑った。
「何だらしない顔をしているのです薫さん。ほら、さっさと食べて移動しますよ。うふふ、七海は良い旦那を見つけましたね」
僕が悩んで胃を痛めたのは何だったのかという程にあっけなく手配が終わってしまった……。
でも僕は思った。こんな女帝に目を付けられたおにーちゃんという人物は大変だなぁと。
七海ちゃんの運命の人、頑張ってくれ!!




