第34話 ひとつのエピローグ
※まえがき※
連続投稿しております。
読み飛ばしにご注意下さい。
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『…………容疑者は……タコ……です! 被害者は……ショタ……!!』
どこからか声が聞こえて来る。ガヤガヤと騒がしい声だ。意識がフワフワと揺れる中でそんな音を拾っていく。
薄っすらと意識が戻って来たが、どうやらボクは生きているようだ。だって死んじゃったら今頃はビアンカちゃんとエチエチライフがスタートしているはずだからね。
『なお、容疑者の車からは不審物も押収されたとの情報があります! 反社会勢力との――』
この音はテレビから聞こえているようだ。ところどころ聞こえないところもあるけど、何か大事件を予感させるリポートだった。
容疑者の男という濁した言い方をしているのは犯人が有名人だからだろうか。やっぱりマスコミも芸能事務所を敵に回せないのかな。
『捜査関係者の情報によると、容疑者はかなり興奮した様子を見せており、薬物の使用も視野に入れて捜査を進めています。また、現場に複数人の警察官が配備されていた事に関してですが、事前に警察が情報を入手していたとの――』
「…………警察?」
現場となった喫茶店『紅茶とどら焼き』に警察が配備されていたのか? たまたま偶然、紅茶かどら焼きの好きな警官が休憩していたとか? 良く分からないけどそれでボクは助かったのかもしれない。運が良かった。
身じろぎするとボクのお腹から熱い痛みが伝わって来た。やっぱりあれは夢なんかじゃなくて現実なのだろう。あの時に見たキムタコの憎悪に満ちた顔が思い浮かぶ……。
状況を察するに、どうやらボクは病院にいるらしい。この少し硬めのベッドは自分の部屋のものと全然違うし、病院特有の香りが漂って来る。時計を見れば夜の9時になったばかりだ。
ふと、誰かが動く気配を感じた。
「ゆ、ユウタ君大丈夫!? 私の事わかる?」
声のした方へ顔を向けてると女神様が居た。神話の世界から飛び出して来たのかと思うほどに光り輝く彼女は、薄っすらと涙を浮かべてボクを見つめていた。
「はい、女神様みたいに綺麗で笑顔が素敵なボクの彼女です。えへへ、七海さん綺麗です」
「も、もうっ!! こんな時にそんな事言われても困っちゃうよ!」
無事な姿を見せる彼女を見てボクはホッとした。あの悪夢のような思いは二度とご免だ。主人公のようにカッコ良く彼女を守るつもりだったのにカッコ悪いところを見せてしまった。ギルマスのようにムキムキマッチョだったらヒーローになれたのだろうか……?
「良かった……本当に良かった……もうあんな無茶しちゃダメだよっ……」
女神様がポロポロと涙を零している。彼女の笑顔を守りたいと思っての行動だったけど結果的に泣かせてしまったようだ。やっぱりボクはアニメや漫画の主人公のようには出来ない。賢さだって6しかないからね。
「ごめんなさい七海さん。でも、あの人がナイフを七海さんに向けたところを見たら体が勝手に動いちゃったんです。でも、七海さんが無事で良かった。本当に良かったです」
「全然良く無いっ! 私の代わりにユウタ君がケガしちゃダメだよぅ……うぅ、もう絶対に無茶な事しないでね……死んじゃったかと思ったんだから!」
「えっと、自信は無いですけど頑張ります」
こんなボクのために涙を流してくれる七海さんが嬉しかった。この人のためなら命を差し出すのも惜しくない、そう思えた。
どうやらキムタコは警察に捕まったようだし、もうこんな事件はそうそう起こらないだろう。でもキムタコはしばらくしたら釈放されちゃうのかな? そう思うと気が重い。復讐とかされないよね……?
「でもありがとう。ユウタ君が助けてくれたお陰で私は元気だよ。本当にありがとう、ユウタ君」
「えへへ、七海さんを守れて男冥利に尽きるってやつですね」
ホッとしたからだろうか、ボクのお腹がグゥ~と盛大なアピールをしていた。もしかしたらボクのスキルが頑張っているのかもしれない。でも七海さんの前で頑張るのは控えて欲しかったです。
「うふふ、リンゴ食べる? 私が切ってあげるね」
「ありがとうございます」
それから、七海さんが器用にリンゴをカットしながら教えてくれたのは驚愕の内容だった。ボクのケガだけど、綺麗に内臓を避けて刺さったらしい。
警察や医者が奇跡と言っているらしいけど、ボクはここに居ない天使が助けてくれたような気がしたのだ。
「はい、ユウタ君どうぞ。あ~ん」
「え、えっと、ちょっとまって下さい……う゛っ!」
綺麗にカットされて皮の剥かれたリンゴをフォークに刺してボクに向けて来た。これが伝説の『あ~ん』ってやつか。寝たままというのは案外食べにくいので起き上がろうとしたら激痛が走った。
内臓には達していないとはいえ腹を斬られたのだ。痛い訳である。
「あっ、動いちゃダメよ! ほら、ジッとしてて」
無理に起き上がろうとしたボクを寝かそうとしたのだろう、七海さんが覆い被さるように肩を押さえて来た。いつものボクだったら美人な彼女がドアップで見れて幸せに浸っただろう。
でもボクの脳裏に恐怖がフラッシュバックした。
『クソガキがー!! 邪魔をするなああああぁぁ!!!』
体を押さえつけられ怪しく光る銀色のナイフを振り下ろす死神……一瞬だけど、その姿が七海さんと重なって見えたのだ。
――怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
体の奥底から恐怖がせり上がってきた。
「ひぃぃぃぃ!?」
「ユウタ君!? どうしたの、大丈夫!?」
まるで拒絶反応のように体が硬直し悲鳴をあげてしまった。美しい彼女を目の前にして何て愚かな行為をしてしまったのだろうか。
さっきの死神はボクが見せた一瞬の幻であり、心配そうに覗き込む彼女の顔は女神のように美しかった。
「す、すみませんっ、あのっ、ごめんなさいっ! そんなつもりじゃなかったんです、あのっ、ほんとに、あの、ごめんなさいっ!」
ボクは必死に謝った。こんな綺麗な女性にあんな酷い反応をしてしまったのだ。きっと彼女も傷付いたに違いない。
「大丈夫だよ、もう何も怖い事なんてないよ」
でも違った。彼女の顔は慈愛に満ちていた。まるで子供をあやす母親のような母性に満ちていたのだ。彼女にそんな顔をされるのは男としてどうかと思ったけど、ボクはその笑みに心を奪われてしまった。
「怖い事は全部忘れて。私が上書きしてあげる……」
ボクの頬を優しく撫でた後、彼女の美しい顔が近づいて来た。フワリと彼女の甘い香りが鼻を抜け、唇に柔らかい感触が伝わって来る。その瞬間、ボクの中に存在する死神が霧散したような気がした。解呪の魔法を使われたようにパァーっと霧が晴れた。
ボク達は見つめ合ったままキスをした。恋人になって初めてのキスを。
「どうかな、もう怖く無くなった?」
ボクの可愛い彼女の顔が遠くへ行ってしまった。既に恐怖心など微塵にも感じないが、ここで終わるには勿体ないと思ってしまったのだ。
だからボクは噓を吐いた。これは痛い思いをして勝ち取った報酬だと思って。
「えっと、まだ怖いですー!」
そんなバレバレな嘘でもクスリと笑ってくれた彼女……。
「もう、しょうがないなぁ私の彼氏くんは……んっ」
こうしてボクは主人公となり、七海さんはヒロインとなった。
長い長い一週間の出来事は全てこの瞬間のためにあり、ボク達の人生は始まったばかりなのである。




