第一話 大和撫子ってガラじゃない
一応小説家なのですが、恐ろしいことに連載は初体験です。
原稿の合間に原稿を書く未知の領域、遭難しないことを祈ります。
§
そう呼ぶべきかは別にして。
彼女は、密かに話題の大和撫子だった。
端的に言うなら、袴に羽織、大正浪漫の女学生。金木犀に似た鶯色は、海老茶式部でないにせよ当世風。リボンを結った髪は麦の色に染まり、華やかと言えば華やかだった。
それが、こちらをまっすぐ見る。
笑う。
話す。
と言うより、笑いこけていた。
一人で。
他に、人の声はない。
「でですね? もうカチンときて。そりゃあ私もムッとしますよ、あんたみたいに分かりやすい奴いないとか言われたら。ねえ? だからですね……?」
手は膝に置いたまま、上半身のみ揺らす、不思議な振る舞い。まるで脚と言うものを知らないかのように、ぎこちなく身を揺すっている。奇妙であった。
無論それを見る者が、いないではない。むしろ無数と言っていい。それでも、つつがなく、淀みなく少女は話し続けていた。
「“お前に何がわかる”って言ってやったんですよ! そしたら、“お前の裏垢なら”って。ええええ、もう平謝りでございました」
人の形をとった金木犀、見目麗しくはある大和撫子。そんな女学生が、ケラケラと笑う。ふんわりとベージュの髪を揺らすその様は、鈴を転がすよう、というほど上品でもない。豪快でさえあった。
それが、突如固まる。
半目で斜めを向いたまま、ひどい顔で止まってしまう。
少女はそれを知らない。
しばらくして、ようやく観衆のざわめきに気付いて。
「……あれ、顔死んじゃいました?」
あっけらかんと、言うのだった。
続けて曰く。
「おっかしいなぁ。グラフィックボード新調したばかりなんですけど」
などと。
俄かにコメントが騒ぎ始めるのも当然だ。
〈時代設定壊れる〉
〈大正のグラボ、点も描画できないだろ〉
けれど少女は構わない。今更拾うような発言でもない。第一、いちいち相手をしていたら一話が進まないのである。
「一応配信者なので、そろそろ限界だったんですよね。ゲームはあまりしないけど、それでも複数ソフトを立ち上げるとパソコンが悲鳴を上げて……」
益体もない自分の世間話、それを興味深そうに聞くリスナーは、既に数千人を超えつつあった。
「動かないはずないんだけどなぁ。バックグラウンドで動いてる? ソフトの設定? あ、これ? …………動いた!」
画面の中、再び動き出す立ち絵。よしよしと言い、澄ましたものだ。正直、慣れっこだった。
「で、何でしたっけ? …………ちょっと、だーれがおばあちゃんじゃ」
つらつらと流れていく文字列を追うも、視聴者ははしゃぐだけ。もう、虫を見たような声しか出ない。
「目を離してるうちに、またそういうことを……。私、大正生まれの設定とか一ミリもありませんからね? 100年前にラノベ作家がいるなら別ですけど」
そう言いつつも聴衆は、100歳美少女だとか100歳ラノベ作家だとか、年齢をネタにふざけている。
不思議なものだった。
リスナーは、自分のパソコンの設定も、昨日の献立も、ちょっとした性癖だって知っている。けれど彼らは誰も、アバターの向こうにいる自分の年齢すら知らないのだ。年齢も顔も、いや、もっと基本的なことさえ知らない。
だって、彼らは言うのだ。
〈美少女なだけでコスプレばばぁ〉
だとか。
〈初見です。声可愛いですね〉
だとか。
ありきたりとはいえ、大勢に褒めてもらえて悪い気はしない。
だが、だがそれが疚しくない訳でもなかった。
俺、男なんだけどな。
内心、独り言ちずにはいられない。清楚だと、可憐だといわれるたびこそばゆくなる。そんな言葉、これまで生きてきて一度も言われたことはない。だって自分は男だ。清楚だと。どこが。官能小説だって書いたことあるのに。
俺のことを彼らは知らない。ネットの時代にはもはや当たり前のこと。男が女性アバターをかぶっているのも、とっくに目新しいものではない。けれど、変声器もなしに自分の声を女性と思い込む、そればかりは少々特殊かもしれなかった。
「ま、そういうわけで。今日の配信はこれまでに。美樹月みずきでございました」
二言三言付け加える、形式的な決まり文句。
そして、配信を閉じ。
俺は、深い息をついた。
ああ、父さん母さん。
俺は今、美少女Vtuberをしております。