婚姻条件は婚約破棄させること ~保護欲をそそる愛くるしいあの子はあなたと同性ですわ~
王妹殿下を母に持つ公爵令嬢で、次期聖女との呼び声も高い魔法使いのアリーには想い人がいる。しかし彼は一代限りの男爵家三男で魔法も使えないし戦闘も得意ではない。しかし彼には、誰にも負けない美貌があった。
ある時、アリーは親友たちの愚痴を聞きながら、ふと名案を思い付く。
「女癖も頭も悪いあの男たちを、まとめて処分できる名目があれば、あなた達は王命の婚約を解消できるのよね?」
親友たちの婚約者は血筋と顔立ち以外に誉める所がない、大人たちですら匙を投げるような男たちだったのだ。今は大きな問題こそ起こしていないが、それは親友たちの影からの根回しがあるからこそ。そんな彼らが大きな問題を起こせば、王命も撤回されるかもしれない。
そんな希望と計画を胸に、アリーは国王を含めた大人たちに一つの賭けを申し入れた。
「学園を卒業しても親友たちの婚約が結ばれたままなら、私も国のためにこの身を捧げます。ですが、もし親友たちの婚約が解消されたら、私たち全員に想い人との婚姻を認めて下さいませ」
そして運命の日、学園の卒業パーティーがやってきた――。
「シャーロット・マクドゥーガル!」
「エリザベス・デイヴィス!」
「ソフィア・バンフィールド!」
「エレオノーラ・ルドマン!」
「ヴァイオレット・ホワイトリー!」
「「「「「お前たちの罪を、今ここで断罪するっ!!」」」」」
貴族学園の卒業パーティー中に、その声は響いた。
会場の中央に五人の美少年と愛くるしい少女がいる。周囲の人々はこれから始まる喜劇、あるいは悲劇に巻き込まれないようにそっと距離を置いた。初めからその六人のためにあったかのような空間に、笑みを張り付けた五人の美少女が歩み出た。
「「「「「お前たちが愛するエディを虐めたことは分かっている!」」」」」
「エディが一人ぼっちになるように他の令嬢たちに指示したことも、」
「エディを茶会に呼んでは『マナーがなっていない』と嘲笑っていたことも、」
「エディの勉強を邪魔しては教師にもエディに厳しく接するよう指示していたことも、」
「挙句の果てにはエディを階段から突き落としたことも、」
「全て証拠が残っているっ!」
「申し開きがあるなら聞くだけ聞いてやる。まずはエディに謝るんだな!」
次々と捲し立てる美少年たちに、囲まれている少女――エディは肩を震わせながら美少女たちをじっと見つめた。潤んだ瞳からは今にも涙が流れそうだった。
そんな様子を、少し離れた場所から見守る令嬢がいる。
まるで人気の劇を見に来たような陽気な笑みを浮かべているのは、この令嬢だけだろう。
(もう少しの我慢よ、エディ)
彼女は耐えきれずに「ふふっ」と笑みをこぼして、卒業生に用意されていたケーキを一つ、また一つと口元へ運んだ。
一方、断罪される側である美少女たちは、扇子で口元を隠しながら、溜息を押し殺していた。
(以前から思っておりましたけれど……)
(無駄口に関しては本当によく回りますわね)
(同じ文言を二度三度と聞かされれば嫌でも理解できますのに)
(ご自身が二度三度聞いても理解できないのですから、繰り返すのは致し方ないことかと思いますけどね)
(もう少しの辛抱ですわ、皆様。あの言葉がまだですからね)
(そうですわね)
(彼の人の努力を無駄にしてはいけませんわ)
(ええ、もちろんですわ)
ひそひそと話す彼女たちに気づいていないのか、美少年たちは今もなお大声で美少女たちの罪とやらの内容を言い続けている。同じような内容が四巡していることには気づいた彼女たちは、改めて溜息を押し殺した。
(((((あぁ、早く仰って下さらないかしら……)))))
「――……以上だ。お前たちがどれほど悪逆非道なことをしたのか、理解できたか?」
最終的には同じ内容を五回告げた美少年たちは、満足そうな笑みを浮かべながら美少女たちを睨みつけた。
「わたくしたちは何も間違ったことはしておりませんわ」
「ええ。何一つ」
「あなた方は悪逆非道とおっしゃいましたけれど、」
「この貴族社会で生きていくならば必要なことですわ」
「その者に必要だから行った、それだけですわ」
凛として、美少女たちは告げた。
その言葉に、周囲は断罪の話が進んだのだと、談笑を止め始めた。
一方の美少年たちは、彼女たちの言葉に拳を震わせ頬を赤く染めていた。口々に「だからお前は可愛げがない」、「今の言葉さえ理解できないとは、な」、「嫉妬を正当化しても見苦しいだけだぞ」といった内容の言葉を叫んだ。あまりにも口々に言うものだから、話した本人以外、誰一人として理解できた者はいなかった。
笑みを崩さない美少女たちに、少女は怯えたように半歩下がった。美少年たちはその様子にすぐさま気が付き、少女を守らんと美少女たちの前に立ちふさがろうとする。しかしそれよりも早く、少女は彼らの前に出た。
「……」
“私が悪いの”と言いたげに、少女は首を横に振る。顔は笑顔だったが、目元には雫がはっきりと残っていた。
「「「「「~っ、もう我慢ならんっ! お前との婚約は破棄だッ!!」」」」」
「修道院では生ぬるい」、「無一文で平民だ」、「国外追放だ」と彼らは口々に言った。「処刑」という言葉も聞こえた気がした。
「……あら」
少し離れた所で様子を見ていた令嬢は、口へ運ぼうとしたケーキを皿へと置き直す。
名残惜しそうにしながらケーキの乗った皿を給仕へ渡すと、茶番劇の起きた方へと歩き出した。
「“アリー・フォレスターの名のもとに、汝、エドワード・ノーサムの制約を解消する”」
そう、呟きながら。
婚約破棄を告げられた美少女たちは、心の中で拳を突き上げたり「やりましたわーっ!」と叫んだりしていた。もちろん、顔は驚いた表情のまま、だ。
「そ、れは、冗談ですか……?」
「うそ、ですわよ、ね……?」
美少女たちは持てる演技力を総動員して「信じられない」という反応をした。高位令嬢である彼女たちでも、全力で演技をしなければ笑みが漏れ出てしまうからだ。何せ心の中では花畑でスキップしていたり踊っていたりしている。なんなら空から花弁が降って来るし、誰も彼もが自分を祝福している気だってしている。「人生で一番嬉しい瞬間」と言っても過言ではないのだ。
美少女たちの言葉に、美少年たちは気をよくしたのか次々に「婚約破棄だ」と言い直す。「今さらすがっても遅い」と愉悦に満ちた笑みを浮かべている。
「そうだな、土下座して『何でもしますのでお許しくださいませ』と言ったら考え直してもいい」
一人の美少年の言葉に、他の美少年たちも「それがいい」と賛同する。
「お前は俺に惚れているんだろ、早く言えよ」
そう口々に言う美少年たちの言葉に、美少女たちは心から二の句が継げなかった。周囲の人々も「何言ってんだこいつら」と言いたげな顔をしている。
「おい、さっさと言わないと許してやら「クズが」
――は?」
美少年の言葉を遮るように聞こえたのは、男の声だ。しかしそれは美少年たちのどの声とも違う。美少年たちは周囲を見渡すが、近場の少年たちからは「違ます!」とばかりに顔を横に振られる。それ以前に声はもっと近くで聞こえたことを、具体的にはすぐ隣から聞こえたことを、彼らは考えなかった。
そして少女は、驚いたように自分の喉に手で触れていた。
「ごきげんよう、みなさま」
静けさを破ったのは、先ほどまで少し離れて見守っていた令嬢――アリーだ。
「先ほど、婚約破棄と言う言葉が聞こえたのですが、よろしいですね」
にっこりと微笑むアリーに、美少女たちは「ええ」、「もちろん」と微笑み返す。
それに焦ったのは美少年たちだ。
「お前が謝るなら許してやる、今の内だぞ」
「許してほしいわけがありませんわ。婚約破棄、喜んでお受けいたします」
満面の笑みを浮かべながら、美少女たちは美少年たちに告げる。「どういうことだ?」と驚くのは美少年たちだけで、周囲は「そうだよな」と頷いているだけだった。
混乱している美少年たちをよそに、少女――エディは水晶玉を取り出す。アリーはその様子を見てから、改めて美少女たちを見れば、彼女たちは「早くして」と言わんばかりの笑みを浮かべて頷いた。
「では、ルーカス・フォン・ソールズベリー第三王子殿下とマクドゥーガル公爵家シャーロット様。オーウェン・フォン・ソールズベリー第四王子殿下とデイヴィス侯爵家エリザベス様。ユニアック公爵家ジュリアン様とバンフィールド侯爵家ソフィア様。ブリンクリー侯爵家アンドレイ様とルドマン伯爵家エレオノーラ様。サッチャー伯爵家ライアン様とホワイトリー伯爵家ヴァイオレット様。以上五組の婚約破棄を私、アリー・フォレスターの名のもとに受領いたしました。証人はここにいらっしゃる皆様全員、そしてこれをお聞きの国王陛下、王妃殿下ですわ」
「なっ!」と驚きの声をあげる美少年たちをよそに、水晶玉から『婚約破棄、確かに証明しよう』と国王の声がした。
「では国王陛下、お約束通り私、アリー・フォレスターとエドワード・ノーサムの婚姻を認めてくださいますわよね?」
『…………あぁ、認めよう』
渋々、という雰囲気を言葉からでも感じ取ることができる国王の返事に、アリーはにっこりと笑みをこぼす。
「どういう、ことだ……?」
「ホント、最後まで頭が悪いな」
混乱している美少年たちに、エディはため息交じりに呟く。その声はどう聴いても男の声だった。
「お前たちの計画は、初めからとん挫――あー、……失敗していたってことだよ」
「おかげで俺はアリーと結婚できるから、感謝してるけどな」とエディ――エドワードは続けた。小柄で華奢な、一見愛くるしい少女にしか見えない彼の言葉に、美少年たちはより混乱しているようだった。言葉にならない声が漏れ出て、美少年のうち二人がそのまま気を失った。
「一代限りの男爵家三男の俺が、魔法使いで次期聖女との呼び声高い、王妹殿下を母に持つ公爵令嬢のアリーとの結婚なんて、普通はできないからな。本当に感謝してるぜ」
エドワードは言い終わるや否や、美少年たちの側から離れる。美少女の一人に水晶玉を預けると、アリーの前に跪ついた。
「アリー。俺の生涯をかけて君を幸せにする。結婚してくれ」
エドワードから差し出された手に、アリーは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ええ、もちろん」
二人の手が繋がれたと同時に、二人を祝福する拍手が鳴り響く。
アリーに婚約者は今までいなかったが、“彼女には心からお慕いしている人がいる”というのは有名な話だった。「身分さゆえ、結ばれない」と嘆いていたことも。そんなアリーが、ついに想い人との婚姻が認められたのだ。しかも国王からの承認も受けている。祝福しないわけにはいかなかった。
その間にも、美少年たちは静かにやってきた兵士たちに連れられてそっと会場を後にした。気を失った二人は兵士たちが担いでいた。兵士が漏らした「あれは惚れるよなぁ」という呟きは、拍手でかき消えた。