ただ後悔は愛でたかったことだけ。
クロエはフィリミナ時代、ケアレスミスで死んだことに関しては特に後悔していなかった。
自分の性格上、いつか人生を左右する大きなミスをするだろうなとは思っていたし、仕事も人間関係もそれほど重きを置いているわけではなかった。
まさかそれが世界を救うとか、そこまで大きな話になるとは思っていなかったのだが。
けれど一つだけ酷く後悔していることがある。
相変わらず天使のような幼女姿でお茶を飲みながら、誰にいうでもなくクロエはつぶやいた。
「リアムに……会いたい…」
正直いまだ世界一可愛いと思っている、リアムを置いて死んでしまったことだけが心残りであった。
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リアムはフィリミナが手違いで死ぬ1年前、王都の外れにある森の奥深くに捨てられていた少年であった。
痩せ細っていて目は落ち窪み、見た目は7〜8歳くらいに見えたが、こちらを見つめる青い瞳は利発そうな光を宿し、ぼろぼろな見た目だがひどく落ち着いていた。
見た目より歳は上なのだろう、足音で私の存在に気づきつつも刺激することを避けるためか様子を窺うようゆっくり視線を向けてくる。
薄汚れていても隠しきれていない美しい銀の髪と青い瞳、落ち着きを払ったその姿勢から訳ありなのはすぐに察することができた。
「少年、私はお前を害することに興味はないよ」
そう声をかけると何を察したのかその少年は強張りを解き、利発そうな瞳から鋭さを消した。
警戒することに疲れたのか、その表情には疲労の色が窺える。
「どうしようか。私に着いてきてもいいよ、それともそこにまだいるかい?」
「………着いていっても、いいでしょうか」
「もちろん」
おそらく相当高度な教育を受けてきたのであろう身分の高い少年が、立場の判断がつきづらい、しかも女である私に対して何の躊躇いもなく敬語を使ったことに驚いた。
驚きついでに自分の提案にも驚いた。
まさか着いてくるかと聞くなんて。
仕事に追われる日々に変化が欲しかったのか、それとも単なる人助けで善行を積んでおきたかったのか、その当時の自分の考えなんてもはや思い出すこともできないが、とりあえず少年を拾ったのだった。
少年は名前を頑なに名乗ろうとしなかったため、適当に「リアム」と名付けた。
ことのほか気に入ったらしい少年は、リアムという名を簡単に受け入れていた。
リアムは毎日よく食べ、よく動き、よく学び、よく笑った。
そのおかげであっという間に肉付きは良くなり、骨が音を立てそうなくらいぐんぐんと背が伸びた。
結果としてリアムは怖いくらいの美少年であることが発覚し、フィリミナはそれこそ時に愛玩動物のように、時に美術品のように彼を愛でることになるのだが、リアムはそれを嫌がる素振りは一切見せず、むしろ満足そうであった。