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ヴァンパイアは交差点で迷う  作者: 徳島静
第三章「紅飴」
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「ベイン、見つかりましたか?」


 入れ替わりでクララクリースがバンデッドの消えて行った通りとは反対側から現れた。口には自室から持ちだして来たと思われるペロペロキャンディー状のスティックを咥えている。

 アンナは果実の芯をいやしくかじりながら、クララクリースに尋ねた。


「クララ、いつも食べてるそれは何なの?」

「え? 『人間の血』ですよ?」

「――!? やっぱりクララは得体がしれない」


 クララクリースの異常な発言に、アンナは震えあがり、ベインの背に隠れた。

 嘆息したベインがフォローに入る。


「アンナを脅さないで下さい、姫さま。そういう発言をしれっとするから避けられるんですよ」

「えっ……酷い、事実を言っただけですのに……」

「もっと言い方があるでしょう。いいか? アンナ、あのキャンデーみたいなのは紅飴ディーって言って、焔騎士の命綱みたいなものなんだ」


 クララクリースが口から出して、今度は舌で舐めとっているそれについて、ベインはアンナに説明する。


「でもベインが舐めてるとこ、見たことない」

「俺はゾンビだから必要ないんだ。だけど普通の人間の場合を考えてみろ。紅に血を吸われたら、血がどんどん足りなくなるだろう?」


 血を吸って力を与える紅。

 焔騎士は当然人間なので、紅に血を吸わせれば、輸血が必要になる。

 けれど血を吸わせるたびに、いちいち注射針で血を足していては、面倒だ。


「紅飴は簡単に輸血が出来るように、人の血を凝縮してつくられた飴なんだ。普通の騎士はあれが無いと貧血で死ぬ」

「ちなみに私の紅飴は特注品です。大きいですし、味も普通のよりかは、あま~くしてあります」


 紅飴が溶けて、唇と舌が真っ赤に染まったクララクリースがベインの背に隠れるアンナを覗き込む。

 アンナは恐怖で硬直し、そして顔をベインの背に押し付けて見ないようにする。


「ど、どうしたのですかアンナ? 欲しいのでしたら、一本くらいは差し上げますから、隠れないで出てきて下さい」

「その前に、ご自分のお姿を見つめなおして下さい」

「あ、あら?」


 側の露店にあったガラス製品に顔を写して、ハンカチでふき取るクララクリース。

 露店の主人は悲鳴を上げていた。


「ベインはあんなの舐めないでね」


 アンナがベインの後ろの方から声を上げる。


「ああ、舐めないよ。その必要もないし、な――?」


 そこでベインは自分の話す言葉に何か違和感を感じ取った。

 それは何か? 

 一語一語、脳内でこれまでの会話での単語を整理する。

 ――『紅飴』、『輸血』、『貧血』、違う、この組み合わせではない。

 では他の単語か?

 ――『紅飴』『紅』『焔騎士』、やはりベインはしっくりとこない。


「アンナ、これはとっても大事なものなのです。アンナもベインのマズイ血を我慢して飲まないと消えてしまうでしょう?」


 クララクリースが諭している。


 紅は血を定期的に吸わないと、この世に存在を長く維持できない。

 しかし誰の血でもいいわけではない。主と決めた人間の生き血でなければいけないのだ。もし紅が血ならば何でも良いというのであれば、紅飴を直接食べさせれば良いし、他の人間から少しずつ血を吸うのもありだろう。それが出来ないのは、血に制約があるためだ。


 だから紅は焔騎士にしか、使役されない。

 紅飴で定期的に血を補充しなければ、主である人間は死んでしまうから。


「『焔騎士』もこれが『必要』なのです。飴を舐めないと死んでしまいます」

「それですよ、姫さま。犯人が分かりました」

「そう――だからアンナ怖がらないで。こっち、来てください。私は怖くありません、私は怖くありませんよ」

「姫さま、犯人は焔騎士です!」

「えっ?」


 引っ張ってようやくクララクリースはベインの方を向いた。

 ベインは予想する犯人の名を口にする。


「ついさっき会いました。名前は、バンデッド。赤の災厄の日から行方不明になっていた元騎士ですよ。俺は紅飴なんて舐めたことなかったから気が付かなかった」


 アンナは不思議そうな顔を浮かべて、ベインの背から姿を現した。


「さっきの悲しい人? どうして分かったの?」

「『焔騎士』には『紅飴』が『必要』なんだよ。そして紅飴は一般人には入手できない。焔騎士にしか支給されないし、騎士団と関わりのある人間しか造り方を知らない。もう騎士じゃないバンデッドさんは、メルルシャフトを手元に置いて置けるはずがないんだ」


 紅は主の血を吸い続けないと、この世で存在を維持できない。血を吸う周期は、主が紅飴を必要とするほどだ。バンデッドの紅メルルシャフトがもし、まだこの世に存在しているとしたら、バンデッドは失血死していなければ筋が通らない。


 それにバンデッドは広い人望を持つ騎士だった。

 広い人望は広い人脈につながる。バンデッドが騎士団内で紅飴の製造を知る機会は無くは無かったであろう。

 それから導き出される結果をベインは一つしか考え付かなかった。とても信じたくは無かったが……


「バンデッドさんは、自分の紅に何かをさせるために、人をさらっているんだ」


 それは恐ろしい答えだ。 

 ベインは口にしたくもなかったが、クララクリースは意図を読んだ。


「さらった人間を使ってどこかで紅飴をつくっているということですか? その男はどちらへ向かったんです?」

「多分、あっちですよ。森林地帯に隠れ家があります」


 ベインは森林地帯の方を指差す。バンデッドが消えていった方角だ。

 クララクリースは頭上を飛び交って、捜索に当たっている焔騎士の何人かに地上から合図を送る。


「俺たちも行きましょう。今なら追いかけられる。昨日は雨が降りましたからね」


 ベインの言う通りだ。

 森林地帯にまで辿り着いた三人は入口付近のぬかるんだ地面に残る足跡を発見する。

 きっとバンデッドのものだ。

 足跡をたどり追いかける。


 バンデッドの足跡は、途中草地などを選んだせいで、途切れたりしていたが、ベインたちは細かなヒントを元に追跡する。

 例えば踏まれた草の後、例えば通る際に押し倒された背の低い植物たちなどだ。

 そうして時間をかけ、辿り着いた場所は昨日アンナが目にとめた妙な岩のある場所だった。


「ほら、ベイン。わたしの直感はすごい」

「ああ、すごいな。お前の直感は百発百中だよ」


 得意げになるアンナを軽くほめながら、ベインは辺りを調べる。

 岩はやや不自然に景色から浮いており、そばには水が流れ出している。ベインは岩をコツコツと叩いて、気が付く。


「これ、自然物じゃないな、ん?」


 岩の影に隠れるようにして、レバーのような棒があるのだ。ベインはそれを引く。

 ぎぎぎ、と重たい音を立てて、岩がスライドした。

 目の前に洞窟の入り口が現れる。

 クララクリースは空で待機していた騎士を一人呼びつけて命令する。


「三十分経っても戻らなかったら、他の騎士も連れて突入しなさい。良いですか?」

「かしこまりました。クララクリースさま」


 騎士は了承した。

 ベインたちは洞窟の中に入る。

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