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ヴァンパイアは交差点で迷う  作者: 徳島静
第三章「紅飴」
8/25

「昨日の夜にやっぱりベインに会いに行くって、言ったきり帰ってこないんだ」


 ベインは孤児院の子供の言葉を思い出し、罪悪感に苛まれる。

 あれからベインたちはミストを探して、あちこちと移動している。

 けれどもミストは見つからない。

 孤児院から騎士団寮までは、三時間もあれば到着する距離だ。もう丸一日経っているというのに騎士団寮にも孤児院にもいないのは、おかしい。


 考えられる可能性は、ベインたちが追う人さらいにあった可能性。


「くそっ……あんな別れ方しなければ」

「ベイン、怒らないで」


 イライラするベインをアンナはそっと上目遣いで見る。

 ベインは反省した。いくら切羽詰っているというのに、子供の前で余裕を失うのは少々恰好が付かない。ずっと近しい場所にいるアンナにまで不安を伝染させるのは、大人げないと言うよりかは情けない。


「ごめんな、アンナ。ミストは大切な人でさ、ついイライラしちまった」

「ミストってそんなに大事なの?」

「ああ、俺があの交差点を戻った理由だからな」

「わたしが忘れてる目的くらい大事?」

「ああ、もっと大事かもしれない」

「ふぅん……」


 それきり会話は途絶えた。

 ベインはアンナの手を引いて、下層街を歩いていた。そこは昨日アンナと歩いた森林地帯に近い通りだ。

 クララクリースは騎士団に連絡を取り、捜索の手を増やしに行っている。

 ベインはその間、ミストとその他に妖しい人物はいないかと、ここを歩き探しているのだ。

 人垣を注意深く見つめるベインは、やがて目的とは外れるものの、気になる人影を発見し、目を疑った。


「バンデッドさん?」


 黒髪に白髪が混じり始めた青年の影に近寄り、ベインは声を投げかけた。

 相手は不意を突かれたのか、一瞬体を震わせ、それからゆっくりとベインの方を向いて、そして人の良い笑顔を向けた。


「やあ、ベインじゃないか。こんなところで何をしているんだい?」


 あの赤の災厄の夜、ベインが命を落とす直前に会って以来だ。かつての騎士団の先輩騎士にベインは気さくに話しかけた。


「こっちの台詞ですよ。あの日以来見てないからてっきり死んだと思ってました」

「ははは……そう思われても仕方ないね。少しばかり『傷』を負っていてね。療養してたんだ。ずっと、メルルシャフトが側にいてくれた」


 見たところバンデッドの体に不自由な面は見られない。けれども目に見えない部分に後遺症が残っているのかもしれない。


「ベイン……この人誰?」


 人見知りしてベインの後ろに隠れていたアンナが、ひょっこりと顔を出す。


「ああ、この間言ってた先輩だよ。赤い果実を買ってた先輩」

「ああ、その人」


 紅の両眼がじっとバンデッドを観察している。

 バンデッドはそんなアンナとベインを交互に見やり、アンナの目が紅特有の色をしていることに目が付き、そしてベインの肩に手をやって感慨深く言葉を送る。


「騎士に……なれたんだね。おめでとう」


 ベインは気恥ずかしく頭をかき、軽い礼を返す。


「ありがとうございます」


 バンデッドは歩きながら話そうと、あごで通りを指し示す。

 三人は通りを歩きながら、会話を交わす。


「それで君はここで何を?」

「幼なじみが人さらいにあったようで」

「ああ、ここ最近多いみたいだね」


 バンデッドは通りの奥を見つめながらそう答える。

 ベインはせっかく再会した先輩に暗い話題を振るのも申し訳なく思い、また別の共通する話題を探す。


「そう言えば……バンデッドさん、騎士団はもう止めたんですか? 戻ってきてほしいって声、未だに聞きますよ」

「そうなのか……僕の人望も捨てたものじゃないな。でも戻るつもりはないかな。やることがあと少しばかり残っているからね」

「やること、ですか? ――何だよ、アンナ」


 裾を引っ張るアンナにベインの歩みは止められる。アンナは無言で指を差していた。

 アンナの視線を追う。

 その先には食べ物を売る露店があり、大きな赤い果実がぎっしりと積まれている。

 二人の様子を見たバンデッドはいくつかそれを買うと、中腰になってアンナと視線を合わせる。柔和な笑みを見せて、手に持ったそれを差し出す。


「君も……これが好きなのかい?」

「うん、甘酸っぱくて美味しいね」


 アンナは受け取り、感情の薄い表情のままかぶりつく。

 ベインも一つ受け取り、かじる。口当たりの良い甘酸っぱさが口内に広がった。

 バンデッドはしばらく果実を眺めながら、そっと語る。


「これはね亡くなった僕の妹が好きだったんだ。騎士になってお金が入るようになってからは、誕生日とか何かがあると買ってあげたよ。他にもいろいろと思い入れのあるものなんだ」


 バンデッドの妹が亡くなったことをベインは騎士団の噂で知っていた。赤の災厄が訪れる二、三年くらい前のことだったと思われる。

 詳しい話は知らなかったが、当時下層街に存在した小さな盗賊団の起こした事件に巻き込まれた、などといった内容を耳にしていた。


「まあ――昔の話だ。そろそろ失礼するよ。メルルシャフトが待っているからね」


 ベインはバンデッドの紅を思い出す。

 メルルシャフト――長い金髪を後ろで三つ編みにした物静かな女性の紅。

 特に話したことは無いがベインの周りでは珍しい大人びた感じの女性だったという印象があった。いつもバンデッドに無言で付き従う彼女は、忠誠心という言葉を体現しており、ベインは当時こう思ったものだ。

 この二人こそ信頼で結ばれた理想の焔騎士と紅だ、と。


「会えて良かったです」

「僕もだよ」


 小さくなっていくバンデッドの後ろ姿を見送って、それが森林地帯の方へと消えていくと、隣にいたアンナがぼそりと言い放つ。


「なんか悲しそうな人だね」

「そうか?」

「うん」


 アンナは直感でものを見るタイプだ。クララクリースのことも直感で得体が知れないと言い避けている。けれどベインはアンナの直感は子供に良く見られる特殊な感性の一つだろうと、特にあてにはしていない。

 バンデッドへの評価も、何となく感じ取ったものくらいだろうと受け取った。


 考えを巡らせえるうちに、アンナはまた果実に夢中になり、話さなくなる。

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