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ヴァンパイアは交差点で迷う  作者: 徳島静
第一章「王都とクララクリース」
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焔騎士ヴァンパイアはあこがれの職業です!」


 王都の広場で冬場とは思えぬほどさんさんと太陽が照り付ける中、騎士団の広報係が二人、パフォーマンスに興じている。

 双子のように似通った女性二人だ。

 彼女たちが上げるにぎやかな声に、広場を行く人々は思わず目をやり立ち止まる。


ロアをあやつり戦う戦士。外界にうごめく恐ろしいドラゴンから街を守る騎士」

「でもわたしたちは一人では戦えません」


 石畳の上を舞台に二人はせわしなく足取りを変え、交互に台詞を口にしていく。

 その流麗な仕草は一流の演者か、はたまた踊り子を思わせる程。現に動きに釣られる見物人も一人、また一人と少しずつ増えていっている。

 十分に人が集まったところで、女性の一人が相方に目配せした。


「なぜなら騎士団は一年前の『赤の災厄』のせいで慢性的な『貧血状態』です。みなさまに分けていただく『血』が明日の平和をつくります。ですから――」


 ぺこり、と二人は頭を下げた。


「「献血をお願いしま~す!」」


 あらかじめ申し合わせていたのか、声をそろえて要求し、側に控えてあった馬車の中から、採血用の道具を取り出す。

 広場で献血活動が始まっていた。 

 そんな様子を遠巻きに、ベインは見つめて呆れていた。


「姫さま、いつから騎士団はアイドル活動を始めたんです?」


 赤の災厄から一年が過ぎた。復興は着々と進み、人々は平穏を取り戻しつつある。

 めでたく焔騎士となったベインは腰に下げた剣のさやを左手で撫で、右手で目にかかった黒髪

を掃い、隣の女性に問いかけた。


「アイドル! ああいったものがアイドルというのですか?」


 無垢な歓声を上げるのは、ヴェインの隣に寄り添うように立つ女性だ。

 桃色の髪を振り回し、清楚なドレスの裾を翻して、女性は高い声でまくしたてる。


「遠き国には、そのような文化があるといいますが、私は存じません。いえ、アイドルというのが、華やかな衣装をまとい、歌や踊りに興じるというのは理解できますし見たこともあるのですが。いかんせんアイドル文化の盛んな国には訪問したことが――ええと、何の話をしていたのでしょうか?」


 女性は指を口元に当てて、考え込む。

 碧眼が空を仰いでいる。

 釣られて見上げた先には青い空と、王都の街並みが更に高く、塔のように伸びている。 

 そして数十秒――沈黙がつづいた。


「姫さま!」

「あうっ」


 このままでは空に飛んで行ってしまいそうなクララクリースのあごを、ベインはかくんとかたむけた。


「あれは『クララクリース』という人物が考案したパフォーマンスなのかと俺は聞いているのですよ。天然のクララクリース様」

「ええ、『クララクリースという人物』が考えました。私があのようにしろと、騎士団の女性団員に命じたのです。ところで私は天然ではありません。抜けているように見えて、実はけっこう計算高いのですよ」


 天然であることを自覚すらしていない返答にベインはさらなる皮肉を持って返す。


「それで計算高い姫さまはどうしてあのようなことを?」

「ふふっ、その前に問いますね。ベインは献血にどのようなイメージを抱きますか?」


 わくわくと好奇心たっぷりの様子で、小刻みに体を動かしながら、クララクリースは質問を投げかける。

 小動物を思わせる落ち着きの無さだ。肩にかけた厚手のストールがずり落ちそうになる。 

 ベインは騎士としての模範解答を示す。


「それはもちろん姫さま、献血は王都の民が我々騎士の――」

「献血は痛いです! 嫌です!」

「……」


 生真面目に答えられようとした質問の答えは、割り込んで来た解答に邪魔される。

 言葉を失うベインをよそに『痛いのは嫌です。子供も大人も注射は嫌いです。もちろん私もその一人です』と、クララクリースは悪びれた様子もなく、むしろ自分のしたことに対する自覚すらないようだ。


 生地の薄い白手袋で覆われた手を胸に当て、大仰な仕草を持って、言葉を並べる。


「だから少しでも楽しくしましょう! ――と思い立ちああしてみたのです。ベイン? ――この案は名案だとは思いませんか?」


 瞳をキラキラ輝かせ、ベインを見上げるクララクリース。

 ベインは思わず目を逸らす。

 王女の天真爛漫な性格、悪く言えば捉えどころのないそれをベインはどうにも苦手に思っていた。


「む? 目をそらしますね? ベインがそうする時は大抵何かを言いたいことを呑み込んでいる時のように思えるのですが……」

「何もありませんよ。姫さまの案に感心していたまでです。きっと国民は列をなして献血に協力してくれるでしょう」

「ホントですか? 嘘ついてませんか? ホントなら目を見て話してください。ほら私の目をじーっと見れたらホントだって信じますよ。嘘ついていないと、認めて差し上げますね」


 クララクリースは白手袋をはめた両の手でベインの顔をがっしりと固定する。

 そしてじーっとベインを見るのだ。


 整った長いまつげと、大きな碧眼。傷一つ見られない真っ白な肌を彩るのはぷっくりとした唇とピンクの手入れされた髪だ。


 そんな非の打ちどころのない女性がまばたき一つせずに、こちらを見るものだから、ベインは人形ににらまれているような不思議な感覚に陥る。少しばかり居心地の悪さすら感じていたのは、クララクリースが年の近い綺麗な異性であることも関係していただろう。


「ベイン……クララと何してるの」


 不機嫌な声が、目を逸らす理由を与えてくれた。

 ベインはここぞとばかりに、声の主に話しかけようとしたが、クララクリースの両手はまるで離してくれる気配がない。

 仕方がないので目線だけ横に向ける。


「アンナ……買い物出来たか?」

「ん……買ってきた」


 木製のバスケットを背伸びしてベインに手渡す少女の名は――アンナ。

 永遠の交差点で出会った紅の少女だ。あれ以来、彼女はベインが使役する紅となっている。

 ベインはバスケットを器用に持ち上げると、精一杯瞳だけをそちらに向けて中身を覗き、そして嘆息した。


「お前に買い物は任せられない」

「? ちゃんと言い付けは守った」

「ならこれは何だ?」


 アンナは記憶喪失だ。


 大抵の紅は日常生活に困らない程度の基礎知識を持ち合わせているが、アンナの場合はそれすらも永遠の交差点に置き忘れてきていたようだ。

 そのためベインがあれこれと手段を用いて、常識を覚えさせている。


「俺は必要なものを買ってこいって言ったよな?」

「必要なもの買ってきた」

「『料理を教えるから』必要なものを買ってこいって言ったよな?」


 アンナが持ってきたのは、『縫い針』と『黒い糸』だった。


「必要だと思った」

「あのなあ……これどうするんだ? 俺の肌にぶっさしてかっさばいて血を吸った後、縫合でもするのか? 人間の主食は、お前たち紅と違って血じゃないんだぞ?」


 アンナは分かったような分からないような微妙な表情を浮かべる。


 紅とは血を吸って生きる生物だ。


 人間と同じものも口には出来るが、定期的に主である人間の血を吸わなければ紅は『この世に存在を長く維持できない』つまり人間でいうところの『死』のような状態に陥ると、ベインは騎士団の座学で教わっていた。


「まあまあ、ベイン。怒らないであげて下さい。買い物自体はこなせたのですから、きちんと進歩しているではありませんか。この間は買い物に行ったきり、下層街にまで迷子になっていましたし――」

「姫さまはアンナに甘すぎます。あとそろそろ手を離してください」

「目を逸らしたので駄目です。認めません」

「すみませんね。嘘ついてましたよ、姫さま。姫さまの愉快なパフォーマンスに少しばかり呆れていました」


 クララクリースは『あらあら嘘をついていたのですね』と言い、そこでようやくベインの頬を

掴む手を離してくれる。

 ほんの少しばかりむくれている。自信満々の策をけなされたせいか、それともベインに嘘をつかれたせいだろうか。


「ではアンナのことも怒れませんね。勘違いより嘘つきの方が、罪は上ですから。そう思いますよねー? アンナー?」


 たいていの男ならばイチコロであろう、上品な微笑みをクララクリースはアンナに向けて同意を求める。

 丁寧な口調を少しばかり和らげて話しかけたのにも関わらず、アンナは人見知りするかのように、ベインの後ろにすっと隠れた。


「ベイン……私嫌われるようなこと……しましたか?」


 あからさまに意気消沈するクララクリースに対し、ベインは反撃とばかりに追い打ちをかける。


「姫さまは嫌われていませんよ。怖がられているんです。なー、お前は姫さまのこと怖いんだよなー?」

「ベインは嘘つきな上に、いじわるですね」

「うん、クララは怖い。なんとなく得体が知れないから」

「うっ、どう受け取っても肯定的に取れない拒絶を受け取ってしまいました」


 クララクリースは涙を流してもいないのに目元をぬぐう仕草を見せ、そっとアンナに手を伸ばす。

 そっ――逃げるアンナ。

 すっ――めげないクララクリース。

 すすっ――ベインを盾にするアンナ。


「ベイン。今日はもう、私お城に帰ろうと思います……」


 げんなりしたクララクリースは、そう告げる。

 その様子に慌てたのか、アンナは緑色の髪をひょこっと揺らし、ベインの影からそっと頭だけを出してフォローする。


「でもクララの血は美味しいから好き。ベインのは鮮度感が足りない」

「ゾンビだからな。我慢しろ」


 ベインは死者だ。

 にも関わらず、ここにこうしているのは、一年前の赤の災厄でバロン・サムディにゾンビに変えられたからだ。


 ベインの体は変貌している。

 血をいくら抜き取っても、体がバラバラになっても、何事も無く再生するのだ。故にその力は未知であり、王都を統べる最強の焔騎士であるクララクリースの付き人を務めるのも力を買われたというのが大きい。


 ――もっとも、死から蘇った瞬間をクララクリースに目撃されたのが一番の理由である、とベインは考えているが。


「血……そうですねゾンビの血なんてマズイですし、輸血に使ったらどんな副作用が起こるかわかりませんから役立たずですものね。でも、ほら! アンナ美味しい『もの』あげましょうね~」


 クララクリースは腰に差してあった剣を鞘から引き抜いて、少しの躊躇もなく肘と手首の間くらいの場所を切った。

 すっと赤い線がクララクリースの白い肌に浮かぶ。


「さささ、出てきてください」

「そういうこと、平気でするから怖がられるんですよ……」


 アンナはベインを盾にしたままそっと様子をうかがっていたが、どうやら空腹に耐えかねたようだった。

 差し出されるクララクリースの手を取り、かぷりとかぶりつく。

 唇をすぼめて必死に血を吸うアンナを恍惚とした表情でクララクリースは見つめる。


「アンナは本当に可愛いですね。私にくれませんか?」

「姫さまにはもう紅がいるでしょう。見たことありませんが」


 焔騎士が焔騎士たる必要条件は自分の紅を見つけ、使役することだ。見つけると言ってもほとんどの場合騎士が探すのではなく、紅の方から勝手にやってくる。

 どこから来るか、紅の詳しい生態をベインは良く知らない。

 何となく不思議な生き物程度の認識だ、実際紅がどこから来るどのような生物なのかについて説明できる人間は、王都にもほとんどいないだろう。


「クララにもいるの? その子何が『目的』なの?」


 紅は個々人の『目的』に沿って現れ、行動するという。

 それぞれ目指す目的のために、人間に協力しているとも言われている。


「ええ、いますよ。目的は私も知りませんがね。アンナも忘れているのでしたか?」


 クララクリースは髪の毛をいじり、それから血を吸うアンナを優しく撫でた。


「うん……寝てる間に忘れちゃった」


 だがアンナはそれすらも忘れている。

 クララクリースももちろん自分の紅を使役しているが、ベインはその紅の姿はおろか声すらも

聞いたことが無かった。


「私の紅はとっても恥ずかしがり屋さんで、たまに口が悪くて、でもそれはそれは可愛い子なのですが……ベインには見せてあげません。アンナと交換なら考えなくもないですよ?」


 とんでもない提案を平然と口にする。

 ベインがちらりとクララクリースの方へ目をやると、鞘に戻されたクララクリースの剣がぴくりと少しだけ揺れたような気がした。


「いや! わたしはベインの紅だから」


 クララクリースの腕から口を離し、アンナは離れてゆく。


「つれないですね~」


 クララクリースは名残惜しさを引きずりながら、腕の傷をハンカチで軽く拭き取る。

 ベインは『くっ、くっ』と愉快そうに笑いを噛み堪えていたが、クララクリースにじろりと睨まれてすぐに止めた。


「知りませんでしたよ。姫さまにも手に入らないものがあるようですね」

「まあ、失礼ですね。王女だからと言って全てを手にできないことくらい、私自身理解しています。ベインのような『人間』には一生分からないような悩みもあるのですっ!」

「例えば?」


 好奇心からベインは尋ねた。 


「そうですね」


 クララクリースは考え込みながら、視線を移す。ベインもそちらに目をやった。

 ここは王都の中央に近い部分、比較的高い位置にある街の展望台のような場所だ。王族や貴族、そして騎士たちが住むのはここのような街の中央、それも高い位置にある上層街である。


 王都は円錐に近い形で造られた街である。

 階段や坂が続き、街の中央に向かうにつれてどんどん空へと近づくように造られている。


「実はたくさんあるのですよ。でもそうですね……一番欲しくても手に入らないものと言えば――」


 街の中央から離れ、斜面が途切れ平地になっている場所は下層街といって、身分の低い者が住まう。

 そこを抜ければ、外の世界だ。


 遠い遠い――どこまでも広がる荒野の景色。

 ドラゴンの荒らす、崩壊した世界。


「土曜日ですとか?」


 クララクリースは答える。


 今日は金曜日の午後。

 明日になれば王都のどの人間にも平等に訪れるであろう土曜日を、クララクリースは羨ましく思う。

 なぜなら、彼女に平凡な土曜など永遠に訪れないのだ。

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