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ヴァンパイアは交差点で迷う  作者: 徳島静
プロローグ「永遠の交差点」
2/25

「迷い人かね?」


 その不自然に低い声でベインは、はっとする。

 辺りを見回すとそこは見知らぬ場所だ。

 石畳が規則正しく敷き詰められた二本の道が十字に交わる交差点。夜のように暗い場所であり、頭上につるされた街灯のランプがポツンと一つだけ光を放つ。

 その街灯の下に、ベインはいた。

 側を見やると、人々が列を成してベインの前を通り、道を先へ先へと歩んで行っている。


「君だよ。道に迷ったかね?」


 二度目の同じ問いに、ベインは流石に横を向いた。

 奇妙な出で立ちの人物が立っており、その先では幼い少女がベンチに座っていた。

 幼い少女は水色のワンピースに身を包んで、どうやら眠りこけている。酷く疲れているようだ。

 声をかけて来たのは、奇妙な人物の方だ。黒い山高帽に、燕尾服、低めの背丈に不釣り合いな程幾重にも着こまれたコートが元の体型を分からなくしている。

 その顔面は怪我でもかくすかのように、包帯でぐるぐる巻きにされており、表情と髪色はうかがえない。


「バロン・サムディ……」


 だが、ベインはその姿に思いつくものがあった。


 バロン・サムディ。


 孤児院にいた子供の頃に、大人たちが子供をおどすのに使っていたおとぎ話の化け物だ。


 ――夜更かししていると、バロンサムディに連れていかれるぞ。

 ――永遠の交差点に連れていかれて、死者と一緒に行進させられるよ。

 そんな脅し文句が子供たちのしつけに利用されている、本当にいるかいないかなど誰にも分からない、おとぎ話の怪物だ。

 それがベインの目の前にいた。


「いかにも、私がバロンサムディだ」


 バロンサムディは微笑んで自身を肯定する。

 口元から覗く歯は、化け物にしては並びが良く、色も綺麗でひどく不釣り合いに思えた。


「あの世とこの世の境目『永遠の交差点』にようこそ。命を亡くした迷い人よ。それにしても今日は死者が多い。ここにいると君たちの世界で何が起きているのか、分からないのだが――何かあったのかね?」


 ベインはあらためて、辺りを見回す。

 背後からは死者と思わしき行列が生まれ出て、真っ直ぐ道を進んでいく。

 ベインから見て、右と左、交わるもう一本の道へと曲がる者は誰もいない。

 景色を一通り見終えると、ベインは答えを返す。


「ドラゴンが……王都を襲って」

「ああ、それでこの量か――」


 バロンサムディは言葉を失う。

 これが本当におとぎ話のバロンサムディなのか、ベインには確信が無かったが、もし本当だとしたらやけに人間臭く見える。もっと冷酷な生き物なのかと想像していた。


「けれども、それは私にはどうしようも出来ない事案だ。それよりも君のことだ」


 バロンサムディはちらりと脇にいる少女を見やり、それからベインに向き直る。

 少女は変わらず眠ったままだ。ベンチに座りすーすーと寝息を立てている。


「君は道を決めなくてはならない。迷子の迷子は長くここにはいられないよ。どの道を行くか――決めなくてはならない」


 そして道を示した。

 ベインの前後左右に続く、交わる二本の道の行き先は四つだ。


「君が来た道は現在に続いている。右は未来へ、左に曲がれば過去の世界に行き着く。真っ直ぐ進めば死者の世界だ」


 順に指示して道の続く場所を説明するバロン・サムディ。

 その様子は一見すると、ベインに可能性を示しているようにも見えたが――


「だが君は死者だ。後ろに戻ることも出来なければ、右にも左にも曲がれない。あの道を真っ直ぐ進むのが死者の務めだ。だから君はもう迷いようがない」


 提示されたのは一本道だった。死者と思わしき列は真っ直ぐ進む先だ。

 直進してこの世に別れを告げる、ただそれだけの道が正しいとバロン・サムディは告げる。

 だがベインは、それでも迷うのだ。


「出来ない」


 迷い人でありながら、芯のある強い響きだ。

 ベインは迷っている。この道を真っ直ぐ行けないと迷う。

 ミストを想うと、どうしても歩けなくなってしまう。


「救うべき人がいる。好きな人がいるんだ。俺はそいつを置いてはいけない」

「だが君はもう死んでいる。ずっとここで私の話し相手になるつもりかい? 退屈を持て余している私には、それも嬉しいが――」


 バロン・サムディはそこで言いよどみ、何かに目を向けた。ベインとバロン・サムディは一時的に言葉を失う。

 沈黙の中、声を発したのはベンチに座る少女であった。


「……この人と行く」


 枯れ木のように細く、どこまでも真っ白な肌をした少女は、深い緑色の前髪の奥にある真紅の瞳をこすりながらそう言った。


「この子は?」

「ああ、この子も迷い人だよ。紅だがね」


 純粋な雰囲気を持つ少女だ。

 ベインはなんとなく孤児院の子供たちを思い出し、優しい気持ちになる。そして小さい子供に語りかける時の口調で接した。


「お前紅なのか? どこから来たんだ? ここで何してる? ん?」


 少女はぼーっとしたまなざしで迷いながら答える。


「んーと、ね……右を曲がったんだけど、歩いてたらここに戻ってきた。何でいるかは分からない。ずっとずっと歩いて、忘れた」


 ベインは少女の言葉を考察する。

 右を曲がったということは未来の道を選んだということだ。

 ということはこの紅は過去の世界からこの交差点に来たのだろうか、そんなことを考える。

 その側でバロン・サムディもまた何かを思案していた。


「でもあなたを待ってた気がする」


 少女はベインの腕を引っ張った。

 向かう先は元来た道で、現実へと続く道だ。


「死んだままでは戻れはしないよ」


 バロン・サムディは引き止めるような発言をするが、その口調には先程までの頑なさは含まれていない。


「――だから、少しだけ手を貸してあげよう」


 驚くベインに、バロンサムディは白い手袋をはめた手をのばす。その上にはたたまれて紙の包みがのせられており、ほどくと赤い粉末がのせられている。


「飲みたまえ」

「これは?」

「君が道を戻るためのもの。さあ、水だ」


 ベインは急に協力的になったバロン・サムディに不信感を覚える。けれども他にどうしようもないのも事実だった。

 粉末を飲み、コップに入った水で流し込む。味は無く、変化も無いのでそのまま紅の少女の手を引いて、元来た道を戻っていく。

 そんな二人を見送りながら、バロン・サムディは最後に声をかけた。


「ああ、ところで君は私の二つ名をご存知かな?」


 バロン・サムディはおとぎ話の怪物だ。

 逸話も多く、通り名はいくつも存在する。

 墓守、死の神、永遠の交差点の番人、生と死の仲介者、土曜男爵――。

 だからベインはこう答えた。


「ありすぎて分からない」


 ベインは振り返ることなく、来た道を急いだ。背中の方では『ふふふ』と誰かが不気味に笑っている。バロン・サムディだろうとベインは考えた。

 少女と共に、迷わず道を行く。

 道の端は眩い光に包まれており、ベインは通り抜けると同時に眩しさ目がくらむ。 

 そうしてベインは目を閉じて――


===


「あらっ、お目覚めですか?」


 体がひっくり返されたように感じた。

 ベインが目を開けると、辺りはまだ夜だ。

 けれども燃えるような炎がそこらを照らしているせいで、昼間とかん違いしそうになる。

 体にやけに重みを感じ、起こすのもおっくうに感じたベインはそのまま声の主を見上げる。


「――クララクリースさま?」


 ベインの顔を興味津々と言った表情で覗き込んでいたのは、王都を統べる王女クララクリースその人であった。

 ピンク色の肩までかかる髪が、ベインの顔にかかりそうになる程、近くに寄せてこられている。

 急に襲ってきた現実感が、ベインに先程の出来事を疑わせた。

 夢だったのではないか、と。何せ彼はいま現実にいるのだから。


「ドラゴンは!?」


 やっと現実に追いつき焦るベインにクララクリースはなだめるかの如く、穏やかな声で答えた。


「安心してくださいもう終わりましたよ。私がけりを付けました。あなたは焔騎士ですか?」

「まだ見習いです」


 クララクリースの質問に、ベインは少しだけ歯がゆい思いをのせて答える。


「そうですか、見習いですか。戦い抜いた立派な騎士に見えなくもないです……が?」

「はあ……もったいないお言葉です」


 そう言い終えてもなお、覗き込む端正なクララクリースの顔立ちは消えない。

 それどころか、眉がひそめられる。

 クララクリースは変わった感性の持ち主ということで有名であり、ベインは内心気に障ることでも言ってしまったのかと焦るが、それは杞憂に過ぎない。

 続く言葉が、ひそめられた眉の理由を示していた。


「ところであなたはどうして生きているのですか?」


 クララクリースは寝そべるベインの頭から下の方を指でなぞっていく。

 つられて視線をそちらに下げていくベインは、気が付いてしまった。


「えっ?」


 ベインの体は腹から下が、がれきによって潰されていた。

 そうして頭がいくつものことに追いついていく。

 クララクリースが頭をどけて代わりに見えたのは、はるか頭上の崩壊した騎士団寮。恐らく死体の山だろう。痛覚が追いついて来て、死んでしまいそうになる、視界の端には退屈そうにぶらぶらと遊ばれる両足が見えた。


 少女の足だ。


 その両足が紅の少女のものであることに気が付くと、ベインは改めて自分の境遇を認識し、安堵にも似た想いを描く。


「ははは……」


 乾いた笑いが暗い空に消えてゆく。その笑みに意味などない。

 クララクリースは首を傾げて、ベインを見つめる。


「どうしました? 何か嬉しいことでも?」

「いえ、答えが分かりまして」

「答え……ですか?」


 質問を想い返す。『ところで私の二つ名をご存知かな?』

 ベインはそれに対する答えを呟いた。


「ゾンビメーカー」


 紅の少女は近くのがれきに座ったまま、ひまを持て余すように足をぶらぶらと不機嫌そうにゆ

らす。


 ――まるで恋人との約束で、待ちぼうけをくらったかのように。

 土曜日の晩が閉じて、日曜日の時間が始まっている。

 赤の災厄と呼ばれる日にいくつもあった終わりの場面――その一つがここの、この場所の景色だった。


 ヴァンパイアは交差点で迷い、ゾンビになった。

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