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ヴァンパイアは交差点で迷う  作者: 徳島静
プロローグ「永遠の交差点」
1/25

「馬鹿、真っ直ぐ進めばいいの」


 いつ雪が降り注いでもおかしくない寒さが王都を襲う。その夜は後に『赤の災厄』と呼ばれる特別な晩だった。

 たくさんの道が交わり、別れ、そして始まった晩だ。

 ベインはそんな土曜日の晩を物思いにふけりながら過ごしていた。

 王都の中心に近い『騎士団』の寮を眠れずにふらふらと徘徊しながら、幼なじみの言葉を想い返していたのだ。


焔騎士ヴァンパイアになる――その道だけを迷わず進んで、ベイン」


 同じ孤児院で生まれ育ち、苦楽を共にした幼なじみの少女は別れ際、ベインをそのような言葉で見送った。

 それ以来、ベインは幼なじみの言葉を馬鹿正直に受け止めて、まっすぐ走ってきている。

 けれども――


「俺は――まだ騎士にはなれていない」


 ベインは騎士団においては見習いの位置にいる。

 悪く言えば、落ちこぼれだ。


 一年以上も騎士団で訓練を積んでいたベインであったが、同期の誰よりも進歩が遅かった。剣術や体術などの基礎項目においては、引けをとらないのだが、焔騎士として最も必要不可欠な要素が、ベインには欠如していたためだ。


 ベインは焦り、迷っていた。このままで良いのか? 本当に自分は騎士に向いているのか、いくつもの不安がベインの心を迷わせる。


「おや? 眠れないのかい?」


 夜風に当たろうと立ち寄った、騎士団寮の屋上には先客がいる。

 声をかけて来たのは、ベインの先輩に当たるバンデッドという男だ。騎士団の中でも人当たりが良く、ベインにも良くしてくれる青年である。

 バンデッドの隣には女性がいる。長い金髪を後ろで三つ編みにした彼女は目を瞑り、夜風を受けている。


「ええ……どうにも悩んでて、らしくないのは分かってるんですが」

「はは、僕もだよ。どうやったら野良猫を救えるか考えてた」

「はい?」

「ああ、気にしないでくれ。それで君の悩みって言うのは『コレ』のことかい?」


 バンデッドは軽く笑顔を見せながら、隣にいる女性の肩をぽんぽんと叩いた。

 女性の瞳が開かれる。

 その両眼は紅だ。

 コレ扱いされたのが不服だったのか、少しだけ不機嫌な表情を見せる。

 バンデッドは『すまなかったよ、機嫌を悪くしないでくれ』とフォローしつつ、ベインに向き直り、言い直す。


「自分のロアが見つからないのが、悩みかい?」


 ベインは頷く。

 バンデッドの隣にいる女性は人間ではなかった。

 女性は、ロアと呼ばれる生物だ。焔騎士が使役する生物で、人間とよく似ており、共生関係にある。

 焔騎士になるには、自分の紅を見つけることが必要不可欠で、ベインはまだ自分の紅を見つけられていなかった。


「まあ……紅なんていうのはふわふわした存在だ。秘密主義者だし、ある日突然現れる。どこから来て、どこへ行くのか、一番大事な『目的』すら教えてくれない。見つからなくて当然だ。メルルシャフトと僕だって――どこで出会ったんだっけ?」

「ご主人様がドラゴンの餌になりかけた時です」

「ああ、そうだったね」


 柔和な雰囲気のバンデッドと彼に仕えるメルルシャフトを、ベインは眩しく思う。

 二人は一人前の焔騎士とそのパートナー。

 ベインが望んで止まない憧れであり、ベインの心を焦らせ迷わすものだ。

 そんな羨望をいちはやく感じ取ったのか、バンデッドは話題をいちはやく切り替えた。


「ベイン――焔騎士にとって一番大事なのは何だと思う?」

「ドラゴンを退治することですか?」


 ベインは一般的にはごく当たり前と思われる回答を口にしながら、屋上に広がる景色を眺める。視界一杯に世界が広まった。


 荒野だ。


 ベインの立つ騎士団寮を中心に円形上に広がる街の外は、何もない荒野が果てしなく続く。

 世界の半分以上の景色は荒野で、それはドラゴンという生物が荒らしまわったせいである。焔騎士とはそんなドラゴンを退治する職業なのだ。


「それもあるね。でも一番大切なのは、もっと単純だ。救うことだよ」


 バンデッドはしみじみと話した。ベインが彼を見やると、まるで自分の内に語りかけているようでもある。


「何でもいいんだ。世界でも仲間でも、家族でも……僕たち焔騎士は何かを救うために力を与えられているんだ」


 ベインは熱弁するバンデッドの姿を網膜と記憶に焼き付ける。。

 彼こそが焔騎士だ――ベインの中でバンデッドが鑑となった瞬間だ。

 バンデッドは強く、優しく、迷わない。その姿勢が、迷うベインの心を打った。


「紅なんてきっかけに過ぎないよ。立派な騎士は誰かを救って、何かを救って。時に救えなかった時が来ても、それでもただひたすらに、迷わずに信じた道を進む――どうにかして、救おうとする。そんなものだと僕は思うね」


 まだ二十代半ばというのに、バンデッドの頭髪は白髪交じりだ。何年か前、家族を亡くしたと聞いていたからそのせいだろう、とベインは推測する。


「みんな一本の道を歩いてる。迷うことなんてない。君の人生は一度しかないだろ、ベイン?」


 ベインの脳裏に彼を送り出してくれた幼なじみの笑顔が浮かぶ。

 道は一つだ。

 ベインが焔騎士になりたかった理由。それは何よりも守りたい幼なじみの少女がいたから――

 バンデッドの言葉が、ベイン迷いを断ち切る。

 雲が晴れた様なベインの表情を見て、バンデッドもまた微笑む。


「救いたいものがあるんだね。なら君は焔騎士だ。後はもう紅を見つけるだけで良い。紅がどこから来るかなんて誰も知らないし、きっとその内ひょっこり現れる。焦りは――」


 ――ガゴンッ!


 バンデッドの言葉は皆まで言われない。

 さえぎったのは空に響いた殴りつけるような音だ。そちらに目をやると、夜空に赤く咲く大輪の花びらが見える。


「――ドラゴン!? それも王都内に入り込んでいるのか?」


 空に咲く赤い火花は、警告を告げる騎士団の合図である。

 ベインは見回し、それを見つけた。遠く王都の森林地帯にドラゴンの群れが見える。


「すまないベイン。僕は行かなければ」


 バンデッドは別れのあいさつもそこそこに、屋上を去っていく。ベインは寮の自室に戻ろうと廊下に出る。

 緊急の召集がかけられたのか、多くの焔騎士とすれちがいながら、廊下を歩く。


「ドラゴンは何匹だ?」

「数十匹の群れらしい。しかも一匹デカイのがいるぞ」

「まさか土曜日に現れるなんて……。よりによってクララクリースさまがいないときに」


 焦る声がベインの耳に、いくつも届いた。

 ベインはそれらの言葉を聞き流しながら、バンデッドの言葉を想い返していた。


 救う――という言葉だ。


 そうしていつの間にか、ベインは騎士団寮を出ていた。幼なじみの安否を気遣い、今すぐ下層街におもむこうと思い立ったためだ。

 騎士団寮の門をくぐった。遠く街の外周部の上には、小さなドラゴンに囲まれ、一匹の強大で真紅のドラゴンが羽ばたいているのが見える。

 赤々と燃え盛るその体躯から、何かが生まれ出た。


「――炎?」 


 それはあっという間の出来事だった。

 燃え盛る炎は王都の遠くに位置するドラゴンの口から放たれると、あっという間に、王都の中心にまでたどり着く。


 炎は砕け、爆発する。ベインの真上だ。

 赤い爆炎が騎士団寮の塔をへし折ったさまを、ベインはぼんやりと眺めており、それがグラつき倒れる様を見て、ようやく駆け出した。


 落ちて来る。無数の瓦礫が落ちて来る。


 ベインはようやく迷いを断ち切ったのだ。死ぬに死ねなかった。ただひたすらに生きるために走り、危機から抜け出ようと抵抗する。

 だが、瓦礫は無残にベインを呑み込む。視界が真っ暗になった。


「『ミスト』……」


 何も見えない中、送り出してくれた幼なじみの名を呼ぶ。


「ごめん、俺は……お前の事」


 人生最期の瞬間に、ベインはそのような中途半端な嘆きを残した。

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