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うちのダンナ詩集

『ブラームス 交響曲第一番』がもたらした涙

作者: 陸 なるみ

* うちのダンナ詩集の一編です。夫が亡くなり300日になりました。

** 黒森冬炎さまご企画の「劇伴企画」参加作品です。

音楽の記述が詩の邪魔になっているかもしれません。

ただ、曲を流しながら(46分とかかかりますが)該当部分読んでもらえると納得していただけるかと愚考します。


 第1楽章 



(序奏 Un poco sostenuto)


湿度の高い夏が来た

君を空に連れ去った(いかづち)

容赦なく鳴っている



(主部 Allegro)


そんな朝に君は夢に現れて

輸血中だと顔をこわばらせ

いつもの頑固さで院内を

彷徨って見せる

私はおろおろしながら

ついていくことしかできない

会えたのは嬉しいのに

止めることも触れることもできずにいる




 第2楽章  



(Andante sostenuto)


診断を受けたのは去年の今頃

そして盛夏に君が逝くまで

この息のし難い季節を

独りで繰り返すのか

目が覚めて夢だったと気づくまで

数秒

仕事に行かねばと悟るまで

1分

フラッシュバックという語を思いつき

再度横たわり意識を遊ばせる

この2か月を()えるために



(コーダ)


君の声が聞こえる

「2か月真っ向から死に直面してみせたのに

おまえはまた情けない

怖かったのはオレのほうだってのに

でもできるように乗り切れ

見ててやるからやってみろ」




第3楽章 



( Un poco allegretto e grazioso)


庭には宣告を受けた君が

見つめていたバラが咲き

それ以前の輝く想い出に光が遊んでいる

庭いじりする私を君はキッチンから見ていた

今は薄暗い屋内から眺めるだけ

もう庭の一員にはなれない気がして

ひとりでは心が痛むことだらけ

君がいないと突きつけられることばかり




第4楽章



(序奏ピチカート Adagio)


心の表面にふつふつと泡立つもの

惧れと不安、自分を失う懸念

それを包み込むのはいつも君の役だった

仕事に行けないことは君がいてもあったし

困った顔で「目標を失うからだ」と苦笑した



(序奏第二部アルペンホルン風 Più andante)


一歩庭に出て見上げれば

君が昇って行った青空は頭上にあって

白い雲が浮かんでいる



(第一主題 Allegro non troppo)


「泣き足りないんじゃないか?

見ててやるから手放しで泣いてしまえ

オレがいなくなって普通でいられるほうがおかしいだろ?」



混沌の中に君への想いと君からの愛が渦巻く

眩しい昼の光に目を眩ませ

ふたりだったときの君の生への戦いと

これから来る私の足掻き

君の吐いた二酸化炭素を取り込んだバラが笑む



(第一主題再現)


「いいんだよ、もう、オレは満ち足りておまえを見てる

おまえは楽なように、できることをして生きろ、いいから、生きろ

見ていてやるから、生きろ

格好良くなくていい、情けなくていい

そのままでいいから」




(コーダ Più allegro)


山が私を見守るように

海が私を抱きかかえるように

ふらつき悩み立ち止まる私を

君は愛していてくれるのだろう

それが私たちふたりの姿だから

生きていようと死んでいようと

ふたりでひとつな私たちの

唯一の在り方だから





挿絵(By みてみん)

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バナー作成:秋の桜子さま。ありがとうございます。
― 新着の感想 ―
[良い点] 旦那様のお言葉が力強いですね。きっと逞しい、包容力のある方だったのでしょう。 この詩からは感傷的ではない、言葉の力強さを感じます。
[良い点] なるみ様の強い意思を感じる作品ですね。 [一言] 美しい庭の花と「泣き足りないんじゃないか?」この台詞が心に沁みました。いくら泣いても帰って来ない。解っている。でも…涙はいくらでも出てくる…
[一言] >オレがいなくなって普通でいられるほうがおかしいだろ? だから泣いてしまえと、こんなにストレートに伝えられると我慢のしようがないですね。泣かせ方をわかっているというか。 旦那さま、私はほん…
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